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52章  帰郷の途

 ネイの耳に森の方から大きな音が届いた。

 それから一呼吸遅れて、森から飛び立つ野鳥の羽音が聞こえる。

「なんだ?」

 訝し気に森の方向を見るが、ネイのいる場所からでは距離が有るため確認することは出来なかった。

 様子を見に行くか逡巡したが、結局は大人しく待っていることにした。

 森で何が起こったにせよ、今の状態の自分が行っても足を引っ張るだけになると判断してのことだった。

 そうしてしばらくジッと待っていると、森の方角から向かって来る足音をネイの耳が拾った。

 ネイはわずかに身を強張らせたが、すぐに力を抜いて安堵の息を漏らす。

 足音は複数で、何より気配が丸分かりだ。

 もしアサシンならそんなバカな近づき方は決してしない。

 足音は迷うことなく、真っ直ぐにネイとルーナの潜む岩陰に向かって来る。

 そして岩陰を覗き込むようにして一人が顔を見せた。

 月明かりで白銀色プラチナ・ブロンドの髪が輝いて見える。

「お待たせしました。終わりましたよ」

 ネイは笑みを浮かべて俯きながら、軽く右手を上げて了解の意を示した。

「肩を貸しましょう」

 そう言ってアシムはネイに右手を差し出したが、すぐにネイが右肩を負傷していたことを思い出し、差し出す手を左手に変えた。

「さっきのデカい音は何だったんだ?」

 差し出された手を掴みながらネイが聞くと、アシムは少し意地の悪い笑みを浮かべる。

「私が魔法を使ったんですよ」

 ネイはアシムに肩を借りると鼻を鳴らした。

「ああ、そうかい」

「おや? 驚かないんですか?」

「おまえが魔法を使えるって言っても、驚かない自分が不思議だよ」

 そう言ってネイが苦笑すると、アシムは不思議そうな表情をつくった。

「とにかくバカなこと言ってないで早いところ行きましょう」

 セティがルーナの手を引きながらネイたちを急かすと、ラビも早くしろと声をかけて来る。

「行く? どこへだ?」

 ネイがそう言いながらチラリとラビに視線をやった。

 それを見てセティもラビに視線を向ける。

「さっき少し話したんだけど、あいつが着いて来いって。どうやらあたしたちのことを知ってるみたいよ」

「なに?」

「正確に言えば、教会に追われてるヤツがいることを知っているだけだ」

 ラビはそう言いながらネイに近付いて来て言葉を続ける。

「そして、その人間に会いたがってる人物がいる……俺の雇い主だ」

「そいつに会えっていうのか?」

 ネイが警戒心をあらわに言うと、ラビはニヤリと笑った。

「強制はしない。ただ、お前たちにとっても悪い話じゃないぜ。その人に会えばきっとかくまってもらえる。少なくとも数日はな」

「……」

 ネイは推し量るようにラビを見るが、ラビは笑みを浮かべたまま手を軽く開いて見せた。

「おまえは何のために教会に忍び込んでたんだ?」

 ネイの鋭い視線を、ラビは軽く顎を上げて見下ろすように受け止める。

「それは着いてくれば移動しながら話してやるよ。それより早く決めた方が良いぜ。さっきの音を聞いて教会の連中がやって来るだろうからな」

 ラビの余裕を持った笑みを見ながら、ネイは思考を巡らせた。

 ラビの目的が分からないのは確かだが、グズグズしている場合ではないのもまた事実だ。

 何より身の隠し場所のアテが無い。

(こいつ一人なら、話を聞いてからでも問題はないか……)

 ネイはアシムとセティに目をやると、二人は頷いて返した。

「……良いだろう。案内してくれ」

 ネイの言葉にラビは満足そうに頷いた。

 

 

 

「あんたは来ないのか?」

 ネイが尋ねると、オズマは頭を掻いた。

「教会の連中が来たらゴマかす人間が必要だろ? 俺は顔見知りもいるしな」

「……」

黒馬あいぼうも宿に繋ぎっぱなしだし、それにまだ『用事』の途中だ。今回はしばらく聖都を離れるつもりはねえ」

 オズマはそう言うと一度聖都の方向を振り返った。

「世話をかけますね」

 アシムが申し訳なさそうに頭を下げると、オズマは笑みを浮かべる。

「なあに、俺も久々に血が騒いで楽しませてもらったよ」

「そうですか。では……」

 アシムが右手を差し出すと、オズマは苦い顔を作ってそれを拒んだ。

「よそうぜ。きっとまたどこかで会うさ」

「……分かりました」

 アシムも納得したように、笑顔で差し出した右手を引いた。

「戦場で再会……なんていうのは勘弁して欲しいけどな」

 ネイがアシムに肩を借りながら言うと、オズマが豪快に笑う。

「なるほどな。俺と会うには一番確率が高そうだ。もっとも、そのときは敵同士かもしれねえがな」

「それは困りますね」

 アシムが眉をよせて顔をしかめる。

「おい、いつまでもそんな話をしてないでとっとと行こうぜ」

 黙って三人の様子を見ていたラビが冷ややかな口調で言うと、その横でセティも腕を組みながら同意するように頷く。

 それにアシムとオズマが肩をすくめた。

「じゃあ嬢ちゃんたちも元気でな。じゃあなチビ助」

 オズマが大きな手で、ルーナに抱かれていたユピの頭を撫でると、ユピは小さく鳴いてそれに応えた。

「では行くとしますか」

 アシムの言葉に一同が頷く。

 そしてオズマに見送られる中、一行は山道を北西へと向かって歩き始めた。

 ネイは一度だけ教会本部の方向に視線を移す。

(必ずまた来る……)

 北回廊、屋上にいるであろう少女に向かい、そっと心の中で呟いた。

 翌朝、聖都では頭のない裸体の死体が五体見つかった……

 

 

 

「やっぱり馬車ぐらいは手に入れてから来るべきだったわ」

「今さら言っても仕方ないだろ。グズグズしてたら国境を固められてた」

 ため息混じりに言ったセティをネイが嗜めた。

「そんなこと分かってるわよ。ちょっと言ってみただけじゃない」

 セティはツンと鼻を上げて不愉快そうに顔を背ける。

 ネイたちが聖都を脱出して一日半が過ぎていた。

 教団本部で起きた騒ぎがどういった結論に達したのかは分からなかったが、教会の人間が追ってくる気配は感じられなかった。

 ネイたちは山道を抜けるとそのまま北上し、国境を越えて『フォンティーヌ』へと入国していた。

 フォンティーヌはバルト大陸北西部に位置する国で、西にヴァイセン帝国、東にベルシアが隣接している国だ。

 フォンティーヌを治める王家は、『始まりの王』の血筋を最も色濃く継いでいると言われ、代々の王は『尊厳王』と呼ばれて国民の尊敬と畏怖を一身に受けていた。

 尊厳王。そう呼ばれる王が治めるだけあり、フォンティーヌは規律と礼節を重んじ、文武両道を良しとする国である。

 そのため士官学校などの育成機関が発達しており、統率力に優れた国家が成り立っていた。

 しかしその反面、『生まれ』を重要視する傾向があり、そういった点では『実力重視』のヴァイセン帝国とはその思想が真逆であると言える。

 罪人たちの国であるベルシアとは根本的に違うために比べようもない。

「モントリーブ、セルケアにディアド……そして聖都に今度はフォンティーヌか。大陸の半分をグルリと周っちまったな」

 ネイがうんざりしたように吐き捨てた。

 脚の痛みはある程度引き、肩の痛みも腕を吊るしてある状態ではあるが、動かさなければその痛みはほとんど感じられなかった。

「これでフォンティーヌまで逃げ出すハメになったら、まさしく大陸に居場所がなくなるわね」

 セティがからかうように言うと、ネイがジロリと睨む。

「まあ安心しろ。おまえたちが協力的なら悪いようにはしない」

 先頭を行くラビが振り返ってそう言うと、口許だけを笑って見せる。

 それは悪党のような笑みだったが、ネイたちはラビの本質を知っているだけに説得力は皆無だ。

 案の定、セティが怯むことなく口を尖らせながら文句を言うと、ラビは眉をひそめて肩で息を吐く。

「おい、おまえは状況を理解してるのか? 行くアテの無いおまえたちにとって、俺は救いの主だぞ。少しは敬え」

「なに言ってるのよ! 協力ってことは対等よ!」

 再びラビは大きなため息を吐いて頭を振った。

 ラビがネイたちに言った協力。それは、ネイたちが追われている理由を、ラビの雇い主に直接話してほしいというものだった。

 教会に追われている者の存在は知っていたようだが、その理由については知らないとのことだ。

 しかしラビの雇い主にとって重要なのは、ネイが追われていることではなく、ネイを捕らえるように指示を出している人物の方らしい。

 その人物とは教会で第二位の地位にいる人物。枢機卿と呼ばれる者だということだ。

 その者がネイたちを捕らえるようにヴァイセン帝国に要請したのだという。

 そして、そもそもラビが教会に潜入していたのは、その枢機卿の動向を探るためだったというのだ。

 どういった理由からかは言わなかったが、ラビの雇い主は枢機卿に不信を感じているらしく、その枢機卿が直接的に指示してまで捕らえようとする人物ネイに興味を持っていたという。

 ラビがそこまで情報を漏らしたのはネイたちを信用したからではない。

 追われる身のネイたちが、その情報を教会に漏らすことは出来ないと分かっているからだ。

 さらに言えばラビ自身も言ったように、ネイたちに他に行くアテが無いことも大きいだろう。

 だからこそ、ある程度ネイたちの信用を得るために、そこまでの情報を提供したといえる。

 だが、ネイもそれだけでラビを信用するつもりはなかった。

 それでもその話に乗ったのは、やはり他に行くアテがないという事実が大きかった。

 それに、『追われている理由を知らない』という部分に関しては、本当のことを言っていると判断出来た。

 雇い主なる人物がどうかは知らないが、少なくともラビは追われている理由を知らない。

 それはルーナを目にした反応で分かった。ルーナに対して何も気に止めていないからだ。

 

 

 

「あなたの雇い主とはどこで落ち合うのですか?」

 体良く休息がとれそうな横穴を見つけ、そこで一息ついたときにアシムが口を開いた。

「この先ににある『ソエール』っていう街に着いたら、そこで落ち合うように俺が手配する」

 ラビは適当な小岩を見つけて腰を下ろしてそう返事をすると、ネイがわずかに目を伏せた。

「協力するかは、そいつに会ってから決めて良いんだな?」

 念を押すようにネイが言うと、ラビは自信に満ちた笑みを浮かべた。

「ああ、構わない。もちろん断ったからといって、教会に売り渡すような真似はしねえよ」

 その笑みには、どうせ他に選択の余地はないだろ?といった余裕が含まれていた。

「でもフォンティーヌっていえば信仰にも厚い国でしょ? どうしてそんな国の人間が枢機卿を探るわけ?」

 セティが疑惑を込めて冷ややかに見ると、ラビは嫌な物でも見るようにセティを見る。

「本当にしつこい女だな。だから、俺からはそれ以上なにも言えないって言ってるだろ」

 ラビに言われるとセティは目を吊り上げて何か怒鳴りかけたが、諦めたように言葉を飲み込んで頬をふくらませた。

「とにかく、おまえたちにとって悪い話じゃないってことだけは確かだ。それだけは信じてくれて良い……まあ、盗賊を信じる盗賊なんて聞いたことがないがな」

 ラビは自分で言った言葉に笑みを浮かべながら数度頷く。

 ネイはその様子を見て小さくため息を吐くと、ルーナに視線をやり、その後でセティとアシムの顔をそっと覗き見た。

 教会本部でのことは二人にまだ言っていない。そして二人もそのことについて触れては来なかった。

 ラビがいるからなのか、それとも自分には関係ないと思っているのかは分からなかったが、ネイも今は話す気になれなかった。

「ねえ、そういえばあんたってフォンティーヌからベルシアに流れて来たのよね?」

 不意にセティに話をふられ、ネイは弾かれたように頭を上げた。そして緩くかぶりを振る。

「まだ幼かったからな……よくは覚えてはいないさ」

「本当か? どこの街育ちだ?」

 ラビが意外そうな表情をつくって話に食いついた。

「……ソエールだよ」

 ネイが苦虫を噛んだような顔で言うと、アシムが驚いたように眉を上げる。

「これから行く街じゃないですか。では故郷に帰ることになるわけですね」

「故郷? そんな良いものじゃないさ。ほとんど覚えてもいないんだからな」

 吐き捨てるように言うと、胸に苦いものがこみあげた。

 ソエール――その街はネイにとって、出来ればもっとも近付きたくない土地だった……。

 

 

 

 つづく

 

 


 9月11日?にPC版から投票をクリックしてくれた1名の方、大変ありがとうございます!

 

 前々回の後書きで「次回は必殺技〜」などと大袈裟なことを言ったので、前回の話を読んで投票していただけたのは本当に嬉しかったです。

 多分ファンタジー好きの方には、『必殺技』として受け入れられないだろう……と思っていたので。本当に感謝!(涙)


 では次回も読んでいただければ幸いです(10/15)

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