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51章  誘導

 後方から何か固い物がぶつかり合うような鈍い音が響いてきた。

 その音に一度セティは足を止めたが、思い直すよに再び歩を進めた。

 そうして先頭を行くセティが茂みをかき分け、三人は森を出ることが出来た。

 森の外はまだ暗く、日の出には時間がある。

 ネイはラビに肩を借りながら、一度大きく息を吐いて森を振り返った。

 その動きに合わせてセティも立ち止まって振り返る。

「……さあ、こっちよ。あの二人なら大丈夫」

 ネイは向き直ると、セティに向かって頷いた。

 

 

 

 森を出て山道に出ると、セティはネイを近くの岩場へと導いた。

 その岩の一つ。岩陰に入ると、そこでルーナが地べたにジッと座って待っていた。

 セティが声をかけると、ルーナは無表情な顔をそっと向けてくる。

「……」

 ネイの視線とルーナの視線がぶつかった。

 セティはルーナを見つめるネイの横顔を見て、ため息混じりに笑みを浮かべると、ラビにネイを座らせるように指示を出した。

 ラビはブツブツと文句を言いながらもそれに従った。

 ネイがラビの肩を借りて腰を据えると、セティが傷を負った脚に布を巻きつけ始める。

「傷は浅いみたいね」

 傷の様子を見てセティが言うと、ネイは小さく笑う。

「そりゃそうだ。あの野郎、手加減してやがったからな」

 その不機嫌な口ぶりを聞いてセティも小さく笑った。

「なるほどね。で、肩は?」

「外れただけだ。もう自分で入れた」

 ラビが冷やかすように口笛を鳴らす。

 セティは一度ラビに冷ややかな視線を送ると、ネイとルーナを交互に見た。

 何かルーナについて分かったか?という意味だったが、ネイはそれに肩をすくめるだけだ。

 セティは何も言わず、納得するように数度小さく頷くと、立ち上がって森の方向に目をやった。

「それじゃあアシムたちの様子を見てくるわ……と言うわけであんたも来なさい!」

「なに? どういうわけだよ!」

 セティに肩を掴まれながらラビが不満の声を上げる。

「気をつけろ」

 ネイが見上げながら声をかけると、セティは振り返って一度頷いた。

「分かってる。もしものためにあまり近づかないようにするわ」

 そう言うと、セティは文句をこぼすラビを引き連れて岩陰から出ていった。

「……」

 ネイはセティたちの姿見えなくなるとルーナに目をやった。

 ルーナは相変わらずやや顔を伏せ気味に、一点をジッ見据えて座っている。

「……聖女ってヤツに会ったぜ」

「……」

 反応は無かったが、ネイは構わず言葉を続けた。

「……もう一人のおまえだよ」

 そこまで言うと、ルーナは表情の無い顔をゆっくりとネイに向けた。

 そのとき、ルーナの紅い瞳がかすかに揺れたように感じた。

「いきなり俺の名を呼びやがった。まるで前から俺を知っているようにな……。驚きだろ?」

「……」

「おまえも俺を知っていたのか? キューエルにでも聞いたのか? 一体おまえたちは何なんだ!」

 何も答えないルーナに苛立ちが募り、最期は怒鳴りつけるようになっていた。

 そしてネイは立ち上がり、足を引きづりながらルーナに歩み寄る。

「おまえ……本当に口が利けないのか! 今すぐ知っていることを全部話せ!」

 ネイはルーナの襟元を掴んで無理矢理立たせていた。

「おい、なんとか言え! キューエルは何でおまえをさらった! 俺に何をさせたいんだ!」

 すると、ルーナがゆっくりと顔を上げ、そして――

「な……」

 同じだった。聖女と同じように、ルーナはそっとネイに身を寄せてきた。

「おい……」

「……」

 声をかけるが、ルーナはダラリと腕を下げたまま、ただジッとネイに寄り添う。

 その行動にネイは戸惑ったが、押し退けることも出来なかった。

 ただ一つだけ、その瞬間に確信を持てたことがあったからだ。

 間違いなくルーナは自分に何かを伝えようとしている。

 それが何なのかは分からない。何故そう思うのかも分からない。

 だが、それだけは確かに感じ取ることが出来た。

 ネイはルーナの肩に手を置くことも出来ず、苦し気に目を閉じながら天を仰いだ。

「一体何なんだよ……」

 自分の行動が、意志が、何か見えない糸にでも操られているかのように、言いようのない不安が胸を締め付ける。

「……すまない」

 ネイは謝罪の言葉をしぼり出すように口にしていた。

 それは疑いを持って怒鳴ったことに対してか、分かってやれないことか、何についての謝罪かネイ自身にも分からなかった。

 ただ全てを投げ出し、子供のように泣き出したい気分だった。

 

 

 

 森の中、ファントムが右に動こうとするが、それをアシムの放った矢が阻止する。

 対峙してからアシムはそうしてファントムの進路を塞いでいた。

 間合いも木々を巧みに利用しながら上手く保っている。

 それに亡霊ファントム自身の動きにも、アサシンらしいキレが感じられなかった。

 オズマから受けたダメージが、その動きを鈍らせている。

 再びファントムが回り込もうとするが、再び放たれた矢がそれをさせない。

「間合いを詰めようとしても無駄です」

 アシムはそう言いきって笑みを浮かべる。

ここではオズマより貴方が有利だったのかもしれませんが、そんな貴方よりも私が有利です。私は森と共に育ったのですから」

「……」

 ファントムが何も応えずにいると、矢がファントムを狙いすまして木の陰から飛んで来る。

 それをファントムは大鎌で切り払った。

 ダメージが脚にきているようだが、まだ矢に反応する余力はあるらしい。

 再び威嚇するように飛んで来る矢も、軽く横へ移動して回避した。

 しかし、アシムはそれでも矢を一定の間隔を置いて放ち続ける。

 そして矢筒の矢がその数を減らし、残り数本となったときに手を止めた。

「どうでしょう。あなたも相当なダメージを受けているようですし、このへんで一度引いては?」

 木の陰に身を隠しながら声を投げかけるが、やはりファントムからの返答は無い。

 そんことにアシムは小さくため息を吐いた。

「いいですか。貴方は上手く避けていたつもりかもしれませんが、それは大きな間違いです」

 アシムは木の陰から身を出すとほぼ同時に二本の矢を放ち、再び身を隠す。

「っ!」

 ファントムはその矢に反応したが、その場から動くことはなかった。

 二本の矢はファントムに当たるどころか、左右に逸れて横の木に突き刺さる。

「?」

 そこでファントムは気付いた。放たれた矢が、今までの物とは明らかに違っていることを。

 二本の矢には何か小さな筒のような物が取り付けられていた。

「ユピっ!」

 ファントムが考える間もなく、アシムが声を上げる。

 するとファントムの頭上で何か動いた。

 ユピだ。ユピが背中に筒のような物を背負って、ファントムの頭上で円を描くように木から木へと飛び移っていく。

 ファントムの目がユピを捉え、その背に背負った筒に気付いたとき、同時にそこから何か粉のような物が降り注がれていることに気付いた。

「覚悟しなさい」

 冷たく静かな声がファントムの正面から投げかけられる。

 ファントムが正面に視線を戻すと、そこにはアシムが弓を構えて立っていた。

 ただ、その矢は先ほどの二本ともまた違っていた。

 その矢の先には火が灯されている。

「っ!」

 ファントムが動くより先にアシムの手から火矢が放たれる。

 だが、ファントムもその矢に反応していたため、今まで通り避けられるはずだった。

 そしてファントムが身体を動かした瞬間、信じられないことが起きた。

 突如としてファントムの周囲に炎が立ち上がり、ファントムの視界を完全に遮る。

 その直後、今度は左右から強烈な爆裂音が上がり、ファントムの身体は煙を上げながら後方へと吹き飛ばされた。

 

 

 

「くっ!」

 オズマは目を拭った。

 ボンヤリとした状態だが、なんとか視界が戻って来ていた。

 すでにアシムたちの姿は見えなかったが、離れた場所で人の動く気配を感じる。

「向こうか」

 オズマはさらに目を拭うと、気配を頼りにその方向へと急いだ。

 木々を躱しながら近づいて行くと、会話を聞き取れぬ程度だが人の声が聞こえてくる。

 どうやらアシムのようだった。

 その姿を視界に捉えたと同時に、アシムは火矢を放った。

 その灯りを目で追った直後、一瞬激しい炎が立ち上がり、一呼吸遅れて強烈な音が耳を突き刺す。

 オズマはその音に思わず顔をしかめた。

「な、何だあ?」

 頭を小さく振りながら音のした方に目を向けると、軋みを上げながら数本の木がゆっくりと倒れていくのが見えた。

 オズマは唖然としたままアシムに視線を戻すと、喜んだように飛び跳ねるとユピとハイタッチをしていた。

「あいつら……何をやらかしたんだ」

 オズマは炎が立ち上がった方に目をやりながら、ゆっくりアシムへと近づいて行く。

「おや? もう大丈夫なんですか?」

 アシムがオズマの気配に気付き、涼しい顔で声をかけてきた。

 オズマは不気味なものでも見るようにアシムを見ると、もう一度視線を移した。

 炎が上がったであろう場所には微かに火の粉が舞い、広範囲にわたり黒く焦げついていた。

 そして、さらにその奥にファントムが倒れているのが見える。

「一体何をしたんだ?」

 オズマの問いにアシムは笑顔を見せ、ユピの身体に結び付けてあった筒を外した。

 そしてその筒の底に付いているくさびを抜き取り、数回掌の上で振ってオズマに向かいそっと差し出す。

「これですよ」

「……なんだこれは?」

 オズマはアシムの掌に乗った黒い粉のようなものを珍しげに見たが、それが何なのかが分からなかった。

「これは硫黄、木炭、硝石しょうせきを混合した物で、まず木炭をすり鉢で……」

「ああ、作り方の説明は必要ない。要はなんだ?」

 オズマが慌てて止めると、アシムは苦笑して頭を掻いた。

「要は着火性の高い粉で、火が点くと爆発するんですよ」

「なに?」

 それを聞いたオズマが一歩後退りをする。

「はは、これくらいなら大丈夫ですよ。ただ、大量に密閉させて火を点けるとああなります」

 そう言ってアシムは倒れたファントムに顔を向けた。

「なるほどな……しかし、そんな顔してずいぶん派手なことをするな」

 オズマが感心したように顎に手をやって頷く。

「私の故郷では獣追い払ったり、魚を気絶させるのに使っていました。本当はこんな使い方はしたくなかったのですが……森も焼いてしまいましたし……」

 アシムが顔を向けた先では、まだ所々で火がくすぶっていた。

「こんなことに使ったと言ったら、おさに何と言われるか……」

 アシムがそう言って沈痛な面持ちを見せると、その顔を見てオズマは笑った。

「そのおかげで助かったんだ。俺は感謝するぜ。あんたに助けられるのは二度目だな」

 オズマの言葉にアシムも無理に笑顔を作って返す。

 そして二人がファントムに視線を戻すと、ファントムがわずかに動いた。

「っ! 驚いたな。生きてやがったのか」

 オズマが感嘆の声を上げるが、それに反してアシムは表情すら変えない。

 フラフラと立ち上がったファントムの身体は、傍目からも相当のダメージを受けていると分かる。

 黒いフードはボロボロになり、白い仮面は炭で黒くなってひび割れいた。

「今回はあなたの負けですよ。もう引きなさい」

 静かな口調で言うアシムの横で、オズマは呆れたように首を振った。

「……」

 ファントムは黙って睨みつけるように顔を向けてくるが、突然力を抜いたように肩を揺らし始めた。

 そうやって声を出さずに笑うと、もう一度動きを止め、フードの下から左腕を出してアシムを指差した。

 そうしてボロボロになったフードをなびかせながら身を翻し、森の闇に溶けるように消えた。

 その姿が消えるとオズマは大きくため息を吐いく。

「本当にお人良しだな。あいつ……必ずまた来るぜ」

 それを聞いたアシムは不快そうに眉間にシワを寄せる。

「お人良し? 私がですか?」

「ああ」

 オズマに向けた顔が自虐的な笑みに変わる。

「私はそんなんじゃありませんよ。もしそうなら、こんな所まで来てはいない」

「……まあ良いさ。とにかく、あまり情けをかけ過ぎないことだ。いつか足元をすくわれるぜ」

「……」

 何も答えないアシムに、オズマは鼻を鳴らして小さく笑った。

 そんな二人に、後方から茂みをかき分けて近付いて来る人間がいる。

 その音に二人が振り返ると、それはセティとラビだった。

「なんだあ? あの死神はもういないのか? せっかく相手をしに来てやったのにな」

 ラビが眉の上で手を水平に置き、わざとらしく周囲をキョロキョロと見回した。

「よく言うわ。ついさっきまで泣きそうな顔で人の後ろに隠れてたくせに!」

 セティがそう言うとオズマが豪快に笑い、アシムの顔にも笑顔が浮かんだ……。

 

 

 

 つづく

 

 


 余談ですが、現実の世界では火薬が最初に使われたのは6〜7世紀頃の中国らしいです。

 それらしい記述があるそうです。


 ヨーロッパでは火薬は13世紀に開発され、その後に大砲が、そして14世紀の中期〜末期頃に銃の原型が出来たそうです。

 

 そう考えると、恐るべし中国の知恵……という感じです(10/10)

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