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50章  亡霊VS獅子

 聖都を西に離れ、街の灯りが届かぬ山道。

 四人と一匹の影が、その道に浮かんでいる。

「本当に侵入路があるんでしょうね?」

 セティが前を行くオズマに、疑惑を込めて言葉を投げかけた。

「ああ、間違いねぇ」

「だいたい、何でそんな場所を知ってるのよ?」

 まだ疑いを持った口調で言うと、オズマは立ち止まってため息を吐いた。

「ちょっとは信用しねぇか。俺はこの街で育ったんだから、この街のことは何でも知ってるんだよ」

「この街で? 貴方がですか?」

 さも意外そうにアシムが言うと、オズマは不機嫌そうに眉を寄せて口をへの字に曲げた。

「なんだ? ダメか?」

「いえ……ただ意外だったもので。神の教えを聞いて育った者が、どうして傭兵なんかに?」

 アシムの疑問に、オズマは返答に詰まり頭を掻いた。

「まぁ、なんだ……俺は神様の加護より、自分の力を信じたんだよ」

「へえ〜……」

 ぎこちなく笑うオズマに、セティが疑惑の眼差しを向けると、オズマは取り繕うように背を向けて先を促した。

「とにかく、あそこに橋が見えるだろ?」

 そう言ってオズマは前方を指差す。

「あの橋を越えて、その先の森を抜ければ目的の場所に着く」

 そこまで説明したとき、アシムの肩に乗っていたユピが何かに反応し、短い鳴き声と共にその身体を硬直させた。

 そして同時にアシムもその気配に反応する。

「……その橋の方から何者かが来ますよ」

「ああん?」

 オズマが前方に目を向けると、確かにアシムが言った通り、橋の向こうに何者かの影が見える気がする。

 セティも目を凝らし、やっとその影を発見することが出来た。

「ん〜……一人みたいね。なんか慌ててるみたい」

「教会の人間でしょうか?」

 その影はよほど慌てているのか、転がるようにアシムたちの方に向かって来ていた。

 

 

 

 ラビはおぼつかない足取りで必死に走った。

「なんで俺が……何で俺が……」

 息苦しさの中、呪いのように同じ言葉を繰り返す。

 前方に橋が見え、その先には街の灯りが見えてくる。

 その灯りを見てホッとし、岩場に差し掛かったとき……。

「ぐええ!」

 突然岩場の陰から伸びてきた、太い何かに首を締め上げられた。

 走って呼吸が乱れていた上にさらに首を締められため、目の前が真っ白になってチカチカと銀色の火花が散った。

(なんで……今日は首ばっかり……)

 薄れ行く意識の中でそんなことを考えると、不意に首への圧力がわずかに緩んだ。

 ラビは必死に空気を吸い込もうとするが、それでもまだ思うように空気を吸わせては貰えない。

「ちょっと訊くけど、あなたは誰? 教会の人間?」

 女の声がラビの耳に飛び込んで来た。

(女! 信じられねえ! これが人に物を尋ねる態度か! どういう教育受けてやがる!)

 そう激しく罵倒するが、当然のことながら声には出ない。ただジタバタと身体をくねらせるだけだ。

「……ちょっと緩めてあげて。それじゃあ喋れないみたいだから」

 女の声がそう言うと、首を締めていた圧力がさらに緩んで激しく咳き込んだ。

 そこで初めて自分の首を締めていたモノが、人間の太い腕だと気付く。

「で、あなたは教会の人?」

 そう言いながら顔を覗き込んできた女は、紅茶色の髪に気の強そうな眼差しをしていた。

(この女ぁ! ふざけやがって! 何様だ!)

 胸中で激しく罵りながら、ラビは呼吸を整えて口を開いた。

「いえ……違います」

 視線を逸らしながら、祭服を下水溝で脱ぎ捨てておいたことに胸を撫で下ろした。

「フ〜ン……違うのね……じゃあ殺して」

「いっ!」

 あっさりと言った女の言葉にラビは耳を疑った。

 しかし女は腕を組みながら、冷ややかな視線を向けてくる。

「まて、待て! 待ってください! 実は僕は教会の人間です!」

 それを聞いた女の視線はさらに冷たさを増す。

「はっきりして。どっちなの? 嘘を許すのは一回限りよ」

 ラビはこの状況を何とか打破しようと、首に腕を回している背後の男を見た。

 しかし顔が見えない。相手の胸の辺りに自分の頭があることを悟り、そっと見上げる。

(デケぇ! コエぇ……)

 背後に立っている男はラビが予想していたよりも大きく、金色の髪を逆立てていた。

 男がラビの視線に気付いて、片眉を上げながら見下ろしてくると、ラビは慌てて視線を逸らした。

「ねぇ、悪いけど早く答えてくれない? じゃないと埋めるわよ」

 冗談には聞こえない女の口ぶりに、ラビは喉を鳴らした。

「えぇと……僕はしがない盗賊でして……」

 ゆっくり話しながら、相手が何者なのか思考を巡らせる。

「ちゃっちゃっと話す。男でしょ!」

 歯切れの悪い返答にイラついた女の激に、ラビは身体をビクリと震わせた。

「は、はい! 僕はしがない盗賊でして、教会で騒ぎがあったので逃げてきた次第です!」

「そう。で、何の騒ぎがあったの?」

「それは……ギルドの関係のヤツが、どうやらヘマをやらかしたみたいで。へへへ……」

 ラビは精一杯の愛想笑いをして見せた。

 だがそれに反し、女の顔には険しさが浮かんだ。

「そのギルドの人間は? まだ教会にいるの?」

「いや、この先でおかしなヤツに襲われまして……もう死んでるじゃ……」

「アシムっ!」

 ラビの言葉を遮り、女が岩陰に向かい呼びかけると、さらにそこから二人の人間が姿を現した。

(また女? しかも子連れ?)

 どういった一行なのかラビが計りかねていると、子供の手を引いていた人物が女に声をかけた。

「急ぎましょ」

 そう言って今度はラビに顔を向ける。

「あなたが案内しなさい」

(っ! こいつ、男か……)

 そんなことを考えていると、首に回った腕が外れ、突然襟元を掴まれて引きづられる。

「おら、行くぞ」

「ちょ、ちょっと! 今は行かない方が良いですよ。まだ亡霊あいつが居るかも」

 しかし、そんなラビの言葉は聞き入れては貰えなかった

 

 

 

 ネイは木の陰に身を隠し、荒い呼吸を飲み込んだ。

(あのドングリ! 一人で逃げやがって)

 ラビの姿が周囲に見えないことを確認し、声に出さず毒づく。

「うっ!」

 息つく間もなく危険を感知して咄嗟に頭を下げると、ガツリと鈍い音を上げて大鎌の刃が木に食い込んだ。

「気配もなく近付きやがって!」

 手をつきながらも必死で逃げると、後方でせせら笑いが聞こえる。

「もっと逃げろ……」

 逃げるのを楽しむようにゆっくりと後を追ってくる。

「くそっ! 余裕をかましやがって!」

 恐怖も過ぎれば怒りに変わるが、片腕の状態では何も出来ないのが現実だった。

 再びファントムの大鎌が振られ、太腿を掠めていく。

「くぅ!」

 バランスを崩して倒れこむと、ファントムは小首を傾げてネイを見下ろしてくる。

(舐めやがって! わざと外して遊んでやがる)

 ネイが下から睨みつけるが、ファントムはそんな表情を見て再び肩を揺らした。

 ヒュン―――

 風を切り裂く音がした。

 直後、ファントムが突然フードをなびかせ、大鎌で何かを振り払う仕草を見せる。

 矢だ。弾かれた矢は木に突き刺さり、小刻みに上下に揺れていた。

 ヒュン―――

 再び風を切る音がする。

 ファントムが木々の間を素早く移動するが、まるで糸でも付いているかのように、飛んで来る矢はファントムを的確に追尾していく。

 それをファントムが避けるたび、矢が木に突き刺さっていく。

 そして六本目を避けたとき、茂みの中から大きな音が上がった。

「うらあぁ!」

 叫び声と共に、細かい枝を吹き飛ばして茂みの中から凶悪な刃が顔を出す。

 その刃をファントムは大鎌で受け止めるが、構うことなく大鎌ごとその身体を後方に吹き飛ばした。

 しかし、ファントムは飛ばされながらも茂みに向かって何かを投げつけ、後方に宙返りをして着地する。

「……飛ばされながらも両刃短剣ダガーを投げつけるかよ。やるじゃねえか!」

 そう言いながらガサガサと茂みの中から巨躯が姿を見せた。

「オズマ!」

 ネイが声を上げると、オズマは頬に流れる血を親指で拭ってニヤリと笑う。

「ネイ、こっちよ!」

 声の方向に顔を向けると、セティが別の茂みの中から手を差し出していた。

 ネイは這うように駆け寄ると、その手を掴んで茂みの中に飛び込んだ。

 そこにはアシムもいた。そしてセティが安堵の笑みを浮かべる。それに――

「ドングリ……なんでお前が一緒にいるんだ?」

「誰がドングリだ!」

 ラビは不機嫌を顔一杯に表し、ネイに向かって怒鳴りつける。

「さぁ、そんなことより向こうにルーナを待たせています。早く」

「ほら、あんたも手を貸しなさい!」

 セティに言われ、ラビが渋々とネイに肩を貸す。

「アシム、お前は?」

 移動する気配を見せないアシムに、ネイが声をかけると微笑んで返す。

「私はオズマと一緒に彼の相手をします。森の中ここではオズマの武器は不利ですからね」

「そうか……気を付けろよ」

 アシムがコクリと頷いた。

「さぁ、行くわよ」

 

 

 

 木々の間を蛇行しながら移動するファントムに、オズマは槍斧ハルバートの穂先を合わせて動かす。

 が、ガツリと音を立て、ハルバートの柄が木に当たるため、思うようにファントムの動きを捉えることが出来ずにいた。

 ただでさえ長い『特注品』のハルバートが、森の中では逆に足枷となる。

 再び柄が木に当たりその動きが阻まれると、オズマの口から小さく舌打ちが漏れた。

 ファントムもそれが狙いで木々の間を縫うように移動しているのは明らかだ。

 何度目かにハルバートの動きが阻まれたとき、突如としてファントムの動きが変化を見せた。

 地面につかんばかりに身を低くし、直線的に向かって来る。

 オズマはわずかに反応が遅れたが、それでもハルバートの穂先はファントムをなんとか捉えた。

 ハルバートを突き出そうと右肩がピクリと動いた瞬間、ファントムは木々を挟んでオズマの左側に回り込んだ。

 それに合わせてハルバートを動かそうとするが、木が邪魔で穂先を左に向けることが出来ない。

 オズマは左足を前にした半身の体勢で構えているため、左側に回り込まれるのは致命的だった。

 ファントムがガラ空きとなった左側から、滑るようにオズマとの間合いを詰めて来る。

「っ!」

 ハルバートを立てて身体を反転させるが、ファントムの踏み込みの方が速い。

 弧を描くように大鎌がオズマの首元を狙って振り下ろされる。

「うおお!」

 だが、オズマは身体を捻り、咆哮と共に大鎌の刃を左肘で叩き弾いた。

 振り下ろされた大鎌は軌道を逸らし、そのまま勢い良く地面に突き刺さる。

 避けるや否や、オズマは左肘を身体に引きつける反動で右手のハルバートを前方に突き出す。

 ハルバートの刃が顔面を捉える寸前、ファントムは頭だけをわずかに横に動かしてその突きを回避した。

 斧の刃がファントムの肩口を掠め、黒いフードがわずかに引き裂かれる。それを見たオズマの攻撃は止まらない。

 左手で仮面の上からファントムの顔を鷲掴みにし、さらに一歩踏み込んで横の木にその頭を渾身の力で叩きつけた。

 仮面と木の軋む音が同時に響く。

 オズマがゆっくり手を離すと、ファントムは糸の切れた人形のように、顔を伏せてズルリと腰を落とした。

「……終わりだ」

 動かなくなったファントムを見下ろしてハルバートを振り上げた直後、ファントムが伏せていた顔を素早く上げた。

「っ!」

 微笑を浮かべた仮面の口許から、オズマの顔を目がけて何かが吹き出される。

 オズマに分かったのは、その吹きつけられた何かが霧状だったこと。そして、それが自分の視力を奪ったということだけだった。

「ぐっ!」

 目に激しい痛みを感じ、瞼を開くことが出来ない。

 オズマが数歩、後ずさりながら顔を背けると、ファントムの立ち上がる気配に低い笑い声が聞こえた。

 視力が利かないながらも、気配のある方にハルーバートを振ろうとするが、立ち並ぶ木々がそれを遮る。

「くそぅ!」

 ファントムの動く気配を感じた直後、耳元でヒュンと風を切る音が聞こえ、ファントムが距離を取っていくのが分かった。

「?」

 ファントムが襲ってくる気配が無い。

「大丈夫ですか」

 アシムの声だ。

 その声と駆け寄ってくる足音が聞こえる。

「大丈夫ですか」

 もう一度かけられた声は、今度は耳元で聞こえた。

「面目ねぇ。目をヤられた」

「毒……ですか?」

 険しいアシムの声に、オズマは口許に笑みを浮かべて見せた。

「いや、口に含んでやがったから違うだろうよ」

「……ではここにいてください」

「どうするんだ?」

「まかせてくだい。私には必殺技があります」

 アシムは冗談のような台詞を、自信に溢れた口調で言った……。

 

 

 

 つづく

 

 


 正直戦闘シーンが嫌いです……。

 特に実力を僅差にしたい戦闘シーンは嫌いです。


 舞台や時代劇でいう殺陣――

 どうやって相手の攻撃を躱わして反撃するかに毎度悩みます。

 キーボードを叩く指がピタリと止まります。

 魔法や一撃必殺の『必殺剣』のようなもので戦えば、細かい動きはいらないだろうな……とタメ息をつくことが多々あります。

 そして、そういう戦闘シーンの方が、読んでいて爽快でイメージし易く、私が書くようなのは頭に浮かびにくいだろう……というのも感じます。


 出来るだけ動きの流れが不自然じゃないように、こう動いて、こう来る……という感じで、自分の身体を動かしながら文章を作っていると、はっきり言ってアホみたいです。

 というわけで、次回は必殺技を出すことにしました!(10/7)

 

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