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49章  闇より深き闇

 月明かりを浴び、微かに身体を揺らしながら白い仮面が不気味に笑っている。

亡霊ファントム……」

 ネイが呟くように言った言葉を聞いて、ラビが金魚のようにパクパクと口を動かした。

「ファファ、ファントムぅ?」

 そう言ったラビの顔は恐怖で強張っている。

「な、何だそりゃ!」

「……悪いが、今は説明しているヒマは無い」

 ネイがファントムから視線を逸らさずに答えると、ラビはネイの横顔を見ながら喉を鳴らした。

 そしてファントムに顔を向けると、引きつった笑顔を作りながら小さく手を上げる。

「あのぉ……僕は部外者なのでこれで失礼します」

 そう言って一際大きく笑うと、バシャバシャと音を立てながら土手に向かおうと二歩進む。

 しかし、それをファントムが許すはずもなかった。

 横にスライドするようにわずかに動き、立ち去ろうとするラビに威圧を与える。

 ラビはファントムの動きを視界の隅で捉え、横を向いたまま目線を合わせずに立ち止まった。

 そしてクルリと反転してネイに向き直る。

「ホークアイ君……彼は何で僕まで?」

 そうネイに言ったラビの顔は、引きつった笑顔のままだ。

「さあな。そんなことは本人に聞いてくれ」

 ネイにそう言われ、そっとファントムを横目で見るとその顔が青ざめる。

 ファントムは小さくクスクスと、どこか調子のズレた笑い声を上げていた。 

「こわっ! アイツ笑ってるぞ! どうにかしろ!」

 ネイの耳元で小声で怒鳴りつける。

「だったらお前も手伝え! 一人じゃ無理だ」

 まだ右肩の自由が利かない状態では、まともに応戦が出来るわけもない。

 ましてや相手は、アサシン二人を一人で始末するようなヤツだ。

 チラリとネイは二体の遺体に目をやった。

 首の斬り口は鋭利な物で斬り取られたものだと分かる。それも間違いなく一撃だ。

 その事実にさらなる戦慄を受ける。

「無理だ……」

 ラビがガチガチと歯を鳴らしながら呟いた。

「なに?」

「俺には無理だって言ったんだ!」

 ラビはそう言いながら、両眉の端を情けなく下げる。まるで泣き出す寸前の子供の顔だ。

「二対一だぞ! そんな情けない顔するな!」

 ラビを励ましながら自分自身にも言い聞かせるが、そんな気持ちもラビには通じない。

「戦闘は専門外なんだよお……。俺は兎の耳ラビット・イヤーだぞ!」

「だから何だ!」

「お前は外敵に立ち向かう兎なんて見たことあるのかよぉ!」

「な……」

 両拳を握り締めながら力いっぱいに訴えるラビを見て、ネイは逃げる決心をした。

 

 

 

「ちくしょう、ふざけやがって」

 二人の様子を見て、小さく肩を揺らすファントムにネイは小声で毒づいた。

「バカ! 怒らせるようなことを言うな!」

 完全に腰が引けているラビに、ネイは哀し気な視線を送って首を左右に振る。

 そしてすぐにファントムを睨みつける。

「……」

 そこまで二人の様子を楽しむように傍観していたファントムが小首を傾げた。

 その行動が、もういいのか?と言っているようで、益々ネイの神経を逆撫でした。

「来るぞ!」

 ネイが言うとラビは身構え直すが、その格好は腰が引けていて不恰好極りない。

 ファントムが黒いフードの隙間から右手をそっと外に出した。そして、その右手には何かが握られている。

「?」

 ネイが目を凝らして見ると、それは折畳み式になった片刃のノコギリのように見えた。

 ただ、その刃の長さは柄の部分よりも長く、ノコギリの刃にしては異様に長い。

 すると、ファントムはネイの疑問を振り払うかのように、手にした物を横に鋭く一振りする。

「いっ!」

 次の瞬間、ネイの横でラビが驚きの声を上げた。

 手にした物はどうやら伸縮式になっていたらしく、ファントムが一振りすると柄の部分が三倍近く伸びた。

 そして、それと同時に折畳まれた長い刃が直角に開く。

 その形は鎌……それは大きな鎌だった。ファントムはそれを引きずるように持ちながら肩を揺らす。

 黒いフードと大鎌。その姿はまるで――

「死神だ……あれは亡霊なんて生易しいものじゃねぇ!」

 発狂しそうな勢いでラビがネイに怒鳴りつける。

 しかし今回はネイも返す言葉が出ない。ラビと全く同じ印象を受けていたからだ。

 何も答えないネイに、ラビはすがるような眼を向ける。

「……やっぱり俺には無理だ!」

 ラビはバシャバシャと水しぶきを上げながら、必死に土手へ向かい始めた。

「バカっ! 一人で動くな!」

 ネイが止めるが聞く耳を持たない。今回は止まることなく、ただ逃げることに必死だ。

 ネイは舌打ちをしてファントムに目をやると、我が目を疑う光景を見た。

 逃亡を阻止しようとラビに向かうファントムの足元。水しぶきを上げるどころか、すねまである水は乱れることなく、まるで水面を滑るように移動する。

 黒いフードの裾が水面に広がり、その錯覚をさらに助ける。

 だが、そんな光景に目を奪われている場合ではない。

 バシャバシャと音をあげながら進むラビと、滑るように進むファントム。その差は明らかで、あっと言う間に二人の距離は縮まる。

「ひいぃ!」

 迫るファントムに目をやり、ラビが悲鳴を上げた。

 ファントムが完全にラビを間合いに捉え、大鎌を振り上げようとする直前、ネイは左腕を振った。

 ファントムの大鎌がラビの首を狙って、鋭く振り下ろされる。

 しかし――

「ぐぇ!」

 ラビがバシャリと尻餅をつくと、ファントムの鎌はラビの首を捉えることなく空を切った。

 その隙を突き、ネイが素早く詰め寄り斬り掛かるが、ファントムはそれをヒラリと飛び退いて躱す。

「立て! 走るぞ!」

 ネイが咳き込むラビを無理矢理立たせると、ラビは咳き込みながらも首に巻き付いたワイヤーを外して走り出した。

「なんてヤツだ! 助けるならもうちょっとまともな助け方をしろ! 呼吸が止まって死ぬかと思ったぞ!」

「うるさいドングリ! 一人で逃げようとしたくせに文句を言うな! 頭が無くなるよりマシだろ!」

 文句を言い合いながら逃げ去る二人を見て、ファントムは首を傾げた後に肩を揺らした。

 

 

 

 ラビが走りながら前方を指差した

「あの森を抜ければ聖都だ!」

 ネイはチラリと後方に目をやり、ファントムの姿が見えないことを確認する。

 二人は東に向かい走っていた。

 ラビが言うには、下水溝から出た場所は聖都の西に位置するらしい。

 その方向は、ネイが下水溝を歩いて感じた方向感覚とも合致していた。

「追って来ないか?」

 森に入って足を止めると、ラビが息を切らしながらネイに尋ねた。

「ああ、大丈夫そうだ。しかし、あっさり見逃してくれたのが逆に怪しい……」

「そんなことよりファントムってのは何者だ? あの笑い方はどう見ても危ないヤツだろ!」

「アサシン・ギルドのトップクラスだ。俺も現実に眼にするまで、本当に存在しているとは思わなかった」

「アサシン・ギルドぉ? どうして同じギルド繋がりのヤツがおまえを狙うんだ? おまえもギルドなんだろ?」

「……話せば長くなるんだよ」

 ネイがそう言ってそっぽを向くと、ラビは眉を寄せてため息を吐く。

「あのなぁ、職場の人間関係は大事だぞ」

 神妙な面持ちで腕を組みながら何度も頷くラビに、ネイは苦笑した。

「とにかく聖都に急ごう。聖都まで行けば……っ!」

 ネイはそこまで言って突然ラビを突き飛ばし、同時に自分自身も横に飛んだ。

 そしてその二人の間に突然、大鎌が振り下ろされ、黒いフードが現れる。

「わっ! 上から降って来やがった!」

 ラビは倒れたまま、腰を抜かしたように地べたを這いながら後退する。

 ファントムはそんなラビにわずかに顔を向けると、すぐにネイを見る。

 ネイはすでに立ち上がり、ナイフを両手に身構えていた。

「良い勘……ククク、鷹の目ホークアイ、面白い。もっと楽しませろ」

 仮面のせいか、聞き取りづらいその声にネイは顔をしかめるが、すぐに表情を引き締める。

「思ったよりもお喋りだな。話相手が欲しいなら、今から司祭にでも懺悔してこいよ」

 ネイにそう言われると、再びファントムは肩を揺らす。

「バカっ! 挑発してどうするんだ! 穏便に済ませてお引き取り願え!」

 まだ立てないでいるラビが横槍を入れてくるが、顔を向ける余裕は無い。

 ネイはファントムの動きを注意深く観察した。

 小柄な体格で黒いフードを頭から被り、裾は地面に広がっている。

 その格好のため、どういった姿勢でいるのか分からないが、端から見ればただ棒立ちになっているように見える。

 一見すれば隙だらけだ。しかしその実、一歩も踏み込むことが出来ないほど隙が無い。

 そんなネイを見て、ファントムはただ肩を揺らしている。

 その揺れが止まった瞬間、突如としてファントムが動きを見せた。

 一気に距離を詰め大鎌を横一閃してくる。

「うわっ!」

 ネイはそれを腰を落としてなんとか躱すと、腹部目掛けて左手のナイフを突き出す。

 が、ファントムは身体を、まるで『くの字』にするようにグニャリと曲げてネイのナイフを避けた。

 そして振り抜けた大鎌が、今度は真上から振り下ろされる。

「くっ!」

 ネイは再び横に転がりなんとか回避するが、起き上がって向き直ると、すでにファントムは目の前まで距離を詰めていた。

 られる。そう思ったとき、ファントムの手がネイの右肩を掴んだ。

「ぐわぁ!」

 思わずネイの口から苦痛の声が漏れ、その場に崩れ落ちる。

「今、一回死んだ。もっと楽しませろ」

 ネイを見下ろし、笑いを含みながら言葉を投げかける。

 しかし、その声に感情の類は感じられない。

(こいつ、右腕が利かないのを分かってた! 遊んでやがる!)

 ネイの全身にゾクリと鳥肌が立つ。

「このっ!」

 恐怖を振り払うように、膝を突いた姿勢のまま足元を狙って左手のナイフを振るが、ファントムは軽く後方に飛んでそれを躱した。

 ネイは空を切った左手のナイフをそのまま手放し、左腕をファントム目掛けて振りつける。

(くらえ!)

 宙に浮いたファントムに避ける術は無いはずだった。確実にその顔を、ワイヤーの先に付いた刃が捉えるはずだった。

 しかし、当たる直前にファントムは森の木を蹴って、空中でその身を移動させた。

「なにっ!」

 そして枝に大鎌の刃を引っ掛け、そのままぶら下がった状態で肩を揺らす。

 ネイが右手のナイフを左手に持ち替えて再び身構えると、ファントムも大鎌を枝から外して地面に舞い降りる。

(こいつは……とんでもねぇ)

 ネイの青ざめた頬を冷たい汗が伝う。

「ククク……」

 微笑を浮かべる白い仮面。

 そのファントムの周囲だけが、より一層に暗く見える気がした。

 

 

 

「やっぱりね……」

 建物の陰に身を隠したセティが呟いた。

 視線の先には教会へと続く長い階段があり、白い鎧を身に纏った者たちが、その階段を慌しく行き交っている。

 セティはそれを確認すると、建物の陰が作り出す闇に紛れて姿を消した。

「どうでした?」

 戻って来たセティにアシムが声を掛ける。

「やっぱり教会内なかで何かあったみたいね。聖騎士団の連中がこんな時間にウヨウヨいるわ」

「あのニィさんが見つかっただけじゃないのか?」

 オズマが腕を組みながら眉を上げる。

 しかしセティはオズマの発言を、首を振ってきっぱりと否定した。

「ネイに限って簡単に見つかるなんて、そんなヘマはしないわ。もし見つかったなら、何かがあったはずよ」

「私もその意見に賛成ですね。この状況になっても戻って来ないのは、やはりおかしいですね。彼は自分の能力を過信するきらいがありますが、それを信じてそこまで無茶をするタイプでもない」

 アシムにまで否定されると、オズマは肩をすくめて小さく笑った。

「しかし何かがあったにせよ、聖騎士団の方々がこうも警戒している状況じゃあ、我々としてもどうしようもないですね」

 アシムの台詞にセティも良い案が出させず、イラつくように親指の爪を噛んだ。

 その二人の様子を見て、オズマが口を開く。

「何なら誰か中に入って様子を見てくるか?」

 あっさりと言ったオズマの言葉に、セティとアシムが唖然とした表情を見せた。

 そしてすぐにセティが呆れたように笑う。

「それが出来ないから困ってるんじゃない」

 しかしオズマは腕を組んで、自信満々に笑みを浮かべて返す。

「嬢ちゃん。誰が正面から入るなんて言った? 忍び込むのに良い場所があるんだよ」

「そんな場所があるんですか?」

 オズマは腕を組んだまま深く頷いた。

「ああ。教会の小奇麗なヤツらじゃあ、通り道に使うなんて考えもしない場所さ。そこから入って誰かが様子を見てくりゃ良い」

「そんな場所が在るなら、あたしが行くわ」

 セティがそう言うと、オズマは困ったように頭を掻いた。

「嬢ちゃんかぁ……う〜ん……あんまり女にはオススメ出来ない道なんだけどな……」

「だったら私が行っても良いです。とにかく急ぎましょう」

 急かすアシムにオズマは再び頷き、西に見える森に目をやった。

「よし。じゃあ着いて来な」

 

 

 

 つづく

 

 


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