46章 何故に知る
その背に映るは自信。
その腕に宿るは力。
その顔に浮かぶは薄い笑み。
圧倒的な強さ。オズマを形容する言葉がそれ以外には浮かばない。
それほどまでにオズマは飛び抜けた強さを誇っていた。
倒れていた一人が何とか立ち上がり、再び二人で挑むアサシンだったが結果は同じ。
アサシンですら、オズマの前では跪くことしか出来なかった。
それも、オズマは手にした槍斧の斧の部分を故意的に使っていないという手加減した状態だ。
「お前たちは身軽で気配も上手く消す。大したもんだ。だが、それも姿が見えているなら関係ねぇ」
ハルバートを地に突き刺し、腕を組んで笑みを浮かべる。
しかし常人なら関係ないわけがない。それほどまでにアサシンの動きは速く、そして洗練されていた。
やはり、オズマが特別なのだとセティは苦笑した。
そのオズマの背後、路地沿いの建物から近づく影がある。
しかし上手く気配を消し、セティはもちろん、オズマもその存在に気付いていない。
さすがのアサシンも打つ手がないのか、飛び込むことも出来ずにただ一定の距離を保っていた。
そのとき、セティの視界でほんの一瞬、何かが宙でキラリと光った。
直後、アサシン二人がオズマへ同時に飛び掛かる。
それも今度は真正面からだ。
「観念したのか」
不用意な突進にオズマはつまらなそうに言うと、地に刺したハルバートに手を伸ばす。
しかし、その手はハルバートを掴み損ねた。
正確に言えば、ハルバートが元の位置から動いたのだ。
セティはハルバートが傾いた方向に目をやった。
「!」
路地の壁の上、いつの間にか接近していたもう一人のアサシンがいた。
その手には何も無いように見えるが、確かに何かを引くような仕草を見せていた。
そして再びキラリと何かが光る。
(糸!)
セティが察したように、それは蜘蛛の糸のように細く、そして柔軟性のある物だった。
「くっ!」
オズマの手がハルバートに届かない。
その千載一遇の機会を、二人のアサシンは見逃さずに襲い掛かる。
だがオズマは避けようとはしなかった。それどころかハルバートを諦めると、逆に二人に向かい一歩踏み込む。
そして一人の顔面に目掛けて右拳を突き出した。
「うらあ!」
オズマの予想外の行動にアサシンの反応が遅れた。
オズマの拳は顔面に直撃し、砕けた仮面が顔と同時に弾け飛ぶ。
一人仕留めた。だが、もう一人の攻撃には間に合わない。
オズマの突き出した右腕の下。がら空きになった脇腹目掛け、爪形の刃が下から襲い掛かる。
「!」
しかし、突き出そうとしたアサシンの腕を何かが捕らえ、その攻撃を許さなかった。
「甘いわよっ!」
セティだ。セティの鞭がしっかりとアサシンの手首に絡み付いていた。
オズマはそれを見てニヤリと笑い、アサシンに向き直ると同時に腰を捻り、左拳をアサシンの顎に向かって下から振り上げた。
アサシンの身体が宙に浮く。
しかし、それは拳を受けたからではなく、身体を反らして後方回転をするようにしてその拳を避けたのだ。
オズマは手応えのなかった感覚に舌打ちをした。
だが完全には躱せなかったらしく、距離を取って着地すると、アサシンはその身体をグラつかせる。
オズマは追撃をせずにハルバートを取ろうとするが、壁の上にいるアサシンが強く糸を引いた。
重量のある特注のハルバートは、宙に浮くことこそなかったが、ズルズルとアサシンに向かって引き寄せられていく。
「返せっ!」
オズマが手を伸ばすが追いつかない。が、突然風を切る音が聞こえたかと思うと、まるで糸が切れたかのようにハルバートが動かなくなった。
それと同時に矢が地面に突き刺さった。
その場にいた全員が矢が飛んできた方向……建物の屋根に目を向けた。
「アシム!」
セティが声を発した。
「……遅れました」
白銀色の髪を軽くなびかせ、アシムが笑顔を見せた。
地上にいたアサシン二人が、アシムに視線が集まる隙を突いて、後方からセティとルーナに襲い掛かろうとする。
しかしその二人の足元に、ほぼ同時に二本の矢が突き刺さった。
「動かないでください」
アシムが二人にそう言い放つ。
オズマはゆっくり振り返り、突き刺さった二本の矢を見て口笛を吹いた。
「どうしますか? 戦力は三対三ですよ。しかも私は上から見下ろす形を取っている……我々が有利です」
その言葉にアサシンは少し間を置き反応を見せる。
顔を手で隠した者が弾け飛んだ仮面を拾い上げると、それを合図に他の二人も身構えたまま後ずさりを始める。
そして、そのまま路地裏の闇に溶け込むように三人は消えていった。
それを見届け、セティが大きく息を吐き出す。
「遅くなりました……が、どうやら私が来るまでもなく、強力な助っ人が来ていたようですね」
屋根から身軽に降りて、近付いて来たアシムがオズマに顔を向けながら微笑んだ。
そのアシムに、ルーナに抱かれていたユピがいち早く駆け寄り、嬉しそうに肩に上って頬擦りをする。
「いや、助かったぜ。正直言ってピンチだった。助っ人が助けられてちゃ話にならねぇな」
オズマがそう言って豪快な笑い声を上げた。
「……しかし逃がしちまって良かったのか?」
オズマの問いにアシムは首を振って見せる。
「確かに有利ではありましたが、ルーナもいますし。それに……」
アシムはセティに顔を向けた。
「呼吸が乱れています。傷を負っているのでしょ?」
「……まぁね。でも大丈夫よ。大した傷じゃないわ」
「それでも早く治療するに越したことはないですよ」
アシムにそう言われてセティは肩をすくめた。そして横のルーナに目をやる。
「まったく……あんたも逃げろって言われたらちゃんと逃げなさいよ」
セティは片眉を器用に上げ、呆れたよう表情を作ると、人差し指でルーナの白いおでこを突いた。
ルーナは無表情のまま、そっと突かれた部分を片手で押さえる。
その様子を見てセティが笑い、アシムも微笑む。
「では治療を済ませて急ぎましょう」
ルーナを見て笑っていたセティが、アシムに顔を向けて首を傾げた。
「急ぐ? どこへ?」
その言葉にアシムが意外そうに眉を上げた。
「アサシンは五人一組なのでしょ? だとしたら、あと二人はいるはずです」
「あ!」
セティもそこで気付いて声を上げると、アシムは深く頷いて言葉を続けた。
「ネイが危ない」
扉を開けたネイは思わず口許を手で覆った。
強烈な甘い香りに目眩さえしそうになる。
どうやら北回廊と西回廊の角に出たらしく、ネイの視界には花園が広がっていた。
そう花園。北回廊の屋上全体に花が咲き乱れ、まるで空中に浮かぶ花園のようだった。
そして開けた扉からは敷石が敷かれ、その敷石は先に見えるレンガ造りの建物まで伸びている。
ネイはその敷石に一歩踏み出だし、しゃがみ込むと花を一輪手にした。
本物の花だ。ご丁寧に土までしっかり有る。
「ここまでやると悪趣味だな」
ネイは苦笑して呟くと、立ち上がってレンガ造りの建物へと向かった。
北回廊と東回廊の角のあたりに造られたその建物は、敷地面積もあまり無く、高さもさほど無い。
屋上の幅の中心に建てられているため、下からはその姿を見ることが出来なかったのだろう。
何より特徴的なのは、その建物の形だ。
全体が半球体のような形をしており、淡い黄色に染められていた。
正面には二段ほどの階段があり、左右には二本の柱が立っていた。
そして二本の柱に支えられた屋根があり、その奥には扉が見える。
だが、ネイはその扉には向かわず、建物の左右に目をやった。
北側と南側にはわずかな出っ張りが有る。どうやら出窓のようだ。
その出窓を見つけると、ネイは北側の出窓にそっと周り込み、そこから室内を覗き見た。
どうやらバスルームらしい。
ネイはアテが外れて顔をしかめると、そのままグルリと東側に周り込む。
東側、ちょうど正面扉の反対側にも出窓があり、再び中を覗き見る。
今度は寝室だった。
いくつかの家具と、部屋の中央にレースに囲われたベッドらしきものがある。
だが、人がいるかどうかは外からは確認出来ない。
仕方がなく諦めると、ネイはそのまま西側に周った。
リビングのようで、テーブルに椅子が二脚、それにその他諸々の家具が見える。どれも高価そうだ。
そしてその室内から、正面扉、バスルームへの扉、寝室への扉がそれぞれ見える。
それにもう一つ気付きたが、火が灯っているわけでもないのに室内が思ったよりも明るい。
そうやって建物の構造を大よそ把握し、中に護衛らしき影が無いことを確認すると、ネイはそのまま正面扉に戻った。
(さて、それじゃあ聖女様ってヤツを確認させてもらおうか)
声に出さず呟き、扉の取っ手に手を掛ける。
鍵が掛かっているであろうと思って軽く引いたが、その予想は外れたらしく、扉は簡単に手前に開かれた。
調子が狂う。ネイは苦笑いを浮かべて鼻で小さく笑うと、室内にそっと身を入れた。
中に入ると室内が明るい理由がすぐに分かった。
頭上を見上げると屋根が円形にくり貫かれ、そこがガラス張りとなっていたのだ。
ガラスの向こうに星が見える。
そして次に室内を見渡す。
さっき見た通り、左にバスルームへの扉が見え、正面に寝室への扉が見える。
もしルーナが聖女なら、ここは蛻の殻のはずだ。
寝室へ行って確認しようかとも考えたが、とりあえずそれは最後の手段とした。
もし代わりの人間を置いていて、その人間に騒がれては厄介だ。
その前にこの部屋を調べ、ルーナが聖女だという裏を取る。
そう考え、ネイは室内を物色し始めた。
しかしその甲斐虚しく、すぐに諦めることとなる。
そもそも室内には調べるほどの物がさほどないのだ。
(仕方がない。直接確かめるか……)
ネイは静かにため息をついた。
もし誰かが居たら、不本意ながらも力ずくでルーナのことを聞き出すと決め、寝室の扉に静かに歩み寄った。
微かな人の気配を感じる。
ベッドの上、レースの向こう。確かに人の気配を感じる。
そこでネイは不意に違和感を感じた。
よく考えれば、もしルーナが聖女で今ここにいるのが代わりの者なら、その者が聖女のベッドで寝るだろうか。
ネイの胸中に、自分の考えが間違っていたのかもしれないという思いが広がり始める。
しかし、ではなぜ教会がルーナに固執するのかが分からない。
ルーナと聖女、そして復活祭は何かが関係しているという確信があった。
その確信の根源はあくまでも勘だが、その勘には自信もあった。
ネイが迷っていると、不意にベッドで人が動く気配がした。
(しまった! この間抜け!)
自分を叱責するがすでに遅い。
相手もレース越しにネイの影に気付いた。
「どなた? ……小父様?」
どこか幼さの残る声が不安気に問い掛けて来る。
「……」
ネイが応えないでいると、ベッドの人物の不安が増していく気配を感じる。
少し間を置き、怯えさせても特はないと判断してネイが声を掛ける。
「聖女……様ですか?」
「……」
しかし、聞き慣れない声に警戒しているのか、今度は相手が返事をしない。
やはり力ずくか。そう思いゴクリと喉を鳴らす。
「……誰です?」
不安そうに声を掛けてくる。
ネイはその言葉を無視し、ベッドに歩み寄ろうとした。が、その足を少女の言葉が止める。
「分かったわ! ネイね! ネイなのでしょ?」
その言葉を耳にした瞬間、ネイは身体が固まったように立ち尽くした。
(なに? 今……何て言ったんだ?)
思考が混乱して軽い目眩さえ感じる。
「な……」
聞き返そうとするが言葉が上手く出ない。
しかしベッドの人物は構わず言葉を続ける。
「そうでしょ? ネイでしょ?」
その声は不安ではなく、喜びに満ちていた。
何も言えずに立ち尽くすネイ。
そしてレースが開かれた……。
つづく