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44章  舞う物

 深夜の静けさの中、左右からにじり寄る二つの影。

 セティは壁際でルーナを背にし、むちを手に気丈にも相手を睨みつけるが、その背には冷たい汗が流れ落ちた。

 そして手にした鞭の先に、腰に下げていた刃輪を素早く取り付ける。

 殺傷能力の無い鞭に、それを与えるセティの工夫。

 その行動を見て二人の暗殺者アサシンも警戒したのがはっきりと分かった。

 その隙を突き、向かって右側のアサシン目掛けてその鞭を水平に振りつける。

 乾いた風を切る音を上げながら、先に付いた刃輪がアサシンへ向かうが、その攻撃をしゃがんでかわされてしまう。

 しかしセティに焦りの色は無かった。躱されることは承知。言わばその一撃目はおとりだった。

 水平に振られた鞭が、手首を返すだけで上へと跳ね上がる。

「はっ!」

 短い声を発し、それと同意に跳ね上がった鞭が上から下へと動きを変えた。

 一撃目で、しゃがんだ姿勢となった相手の脳天を的確に捉え、刃輪がそこに食い込むはずだった。

 しかし相手はしゃがんだままの体勢から、後方へと飛び退いてそれを避けた。

 それと同時にもう一人が左側から突進してくる。

「くっ!」

 セティは刃輪が地面に食い込む直前、再び手首を効かせて鞭の方向を変える。

 それはまるで生き物のように、今度は左から向かって来る相手目掛けて襲い掛かった。

 向かって来るアサシンが、その鞭の動きに反応して踏み止まると、刃輪が鼻先を通過していく。

 標的に命中することのなかった鞭を、セティは手前に引いて左手で掴んだ。

 左手からダラリと垂れた鞭の先、取り付けられた刃輪が鈍く光った。

 アサシンの二人は間合いを詰められず、鞭を自在に操るセティに先ほどまでとは違った気配を向ける。

 暗殺を生業なりわいとする二人に油断があったわけではない。だが確かに気配が変った。

 暗殺者としての本質がセティに牙を剥く。

 しかし、セティはそんな威圧感を笑みを浮かべて受け流しながら、ゆらゆらと刃輪を小さく左右に揺らしていた。

「今のはほんの小手調べよ。『これ』が全てと思わないことね……女は秘密が多いんだから」

 その余裕が、二人のアサシンに『何かが在る』という疑念を植え付けた。

「……」

 わずかな迷いを見せた二人だが、すぐにジリジリと距離を詰め始める。

 それでも警戒心は増したようで、なかなか鞭の間合いには入ってこない。

 一気に決着ケリをつけるために二人同時に来る。

 セティはそう確信を持ち、相手の踏み込むタイミングに全神経を集中させた。

 二人が動きを止めた。そう思った直後、二人同時に地面を蹴った。

 しゃがんだ体勢のまま飛び退いたことにしろ、突進をピタリと止めたことにしろ、アサシン二人の身体能力はかなりのモノと分かる。

 地面を蹴って飛び出した身体は、驚くべき速度でセティに接近する。

 しかしセティもそのタイミングを外すことはなかった。

 二人が飛び出したと同時に鞭を一度小さく左右に振り、反動を付けて左から右に振り払う。

 しかし、アサシンも今回はそれを避けようとはしない。

 向かって左から襲って来る者が刃輪を弾き、金属音が周囲に響きわたる。

 右から襲ってくる者は、仲間が弾くことを予知していたかのように、鞭を気にする素振りも見せずに突進して来る。

 それを見て、セティは咄嗟とっさに空いた左手を胸元の入れ、何かを握り込む動作をした。

「!」

 その動きを見て突進して来るアサシンが立ち止まり、セティが胸元から手を抜こうとするのと同時に再び後ろに飛び退いた。

 胸元に左手を入れたままのセティが一瞬悔しそうな表情を見せ、その後に二人に向かい妖しく微笑んだ。

「凄い反応ね。残念だわ……仕留められると思ったのに」

 そう言いながら、何かを手離すようにして左手を胸元から抜き、その手に再び鞭を収めた。

 セティの胸元には……本当は何もなかった。在るように見せかけただけだ。

 全ては初めからハッタリだった。

 現実は、この局面を打開できる術を、セティは何一つも持っていなかった。

 何かが在るという疑念を持たせ、それを利用しながら時間をかせぐ。アシムが来ると信じて。

 それがセティの唯一の打開策だった。

 一度生まれた疑念はそうそう拭い去れるものではない。

 それに今回はアサシンの反応の良さが逆に功を奏した。

 もしあのまま襲い掛かられていたら、防ぐことはまず不可能だった。

 しかし、こういった手がいつまでも通じるものではない。

(アシム、早く来なさいよ!)

 そう胸中で毒づきながら、セティは悠然と笑って見せた。

 

 

 

 暗闇の中、そっと息を潜めて足音が過ぎ去るのをジッと待った。

 その音が遠ざかるとホッと息を吐き出す。

「まいったな……」

 ネイは膝を突いたままの姿勢でうな垂れた。

 教会本部はネイが思ったより、そして外から見た印象よりもずっと広かった。

 何より弊害となるのは、白い鎧を着込んだ者たちの多さだ。

 どうやら宿舎も建物内にあるらしく、その者たちに頻繁に出くわしそうになり、思うように動くことが出来ない。

 それと館内に侵入して初めて気付いたが、建物の構造は『口』の形をしており、中央部が吹き抜けになっていた。

 回廊の内側にいくつもの部屋が並び、どの部屋からも吹き抜け部にある中庭が見える。

 ネイはその部屋の一つ。二階にある部屋に身を隠していた。

 白い鎧の者たちは一階の方が多く感じた。

 そのことから、おそらく騎士たちの宿舎として使われているのは一階で、上の階が聖職者の利用部屋だと判断し、聖女と呼ばれるほどで千年に一度の復活際というのに必要ならば、それなりに良い身分だと考え、ネイは上の階を目指した。

 もっとも、肝心の聖女の存在と、復活際の噂が事実だとは限らなかったが……。

 建物自体は外から見た感じで五階くらいの高さはありそうだった。

 そのことを考え、少し気分が落ち込みため息を吐く。

(やはり見取り図くらいは手に入れるべきだったな……)

 不意に浮かぶ後悔の念に思わず苦笑いが浮かべると、ネイは再び回廊への扉に手を掛けた。

 

 

 

 部屋から出て上の階に向かおうとすると、向かいの壁、三階の部屋に人の姿を見た。

 ネイは慌てて身を低くし、その一つ上の階の窓に目をやった。

 どうやらランプを手にしているようで、灯りでボンヤリとその姿が浮かんで見える。

 相手からも自分が見えたかもしれないと思い、ネイは身を低くして窓際に戻り様子を窺ったが、どうやらその心配はないようで、その人影は窓に目を向けることもなく何かを始めた。

 その人物は部屋の燭台に火を灯しているらしく、その部屋の窓から漏れ出す灯りの量が次第に増していく。

 ネイが胸を撫で下ろして移動を始めようとすると、人影を見た部屋で再び別の人の影を視界に捉えた。

 そして初めに見た人物と何やら言葉を交わし、スッとその姿が下へと消える。

 椅子か何かに腰を掛けたのだろう。

(こんな夜中に何だ? まさか二人が良い仲ってわけじゃあるまい……)

 ネイのその疑問は、次の瞬間には『何かがある』という確信に変わる。

 同じ部屋に入ってきたのは二人だけではなく、その後も一人続いたのだ。

 ネイは少しの間だけ思考を巡らせると、身を低くしながら三階へと続く階段に向かった。

 

 

 

 階段はロの形をした回廊の、東西にそれぞれ一つずつある。

 ネイは西側の階段から三階に駆け上り、回廊を北に向かって走った。

 そして回廊が直角に曲がると、そこで一度立ち止まって先の様子を窺う。

 視線の先に人の気配はなかった。

 すぐさまネイは走り出し、中央付近にある扉に滑り込むように近付いた。

 部屋の中に人の動く気配は無い。扉の隙間からも明かりは漏れてはいない。

 それを確認し、素早く、しかし静かに扉を開けて部屋の中に身を入れる。

 案の定、部屋の中は暗く、人がいる気配はなかった。

 後ろ手に扉を静かに閉め、その扉に背を預けて一息吐いた。

 人影を見た部屋は北側の回廊。この部屋の隣だった。

 部屋の場所は二階から見たときにしっかりと記憶してある。

 そのとき、ネイの背後でガチャガチャと金属の擦れ合う複数の足音が聞こえてきた。

 ネイはすぐに扉に向き直り、身を屈めて耳を澄ます。

 どうやらその足音はネイが来た階段方向から聞こえるようで、そのままネイが潜む部屋へと近付いて来る。

 ネイは室内を見渡し、素早く窓のカーテンに身を隠した。

 しかしそんな必要もなく、足音はその部屋を通り過ぎていく。

 そして隣室の扉を叩く音がかすかに聞こえた。

 間一髪と言ったところだ。

 その足音の主たちが階段を上って来たのか、それとも下りて来たのかは分からないが、もう少しタイミングがズレていたら出くわしてしまうところだった。

 ネイは再び扉に近づき、外の気配を探った。

 どうやら今来た者たちは全員が部屋に入ったわけではなく、何人かは外で待機しているようで、ガチャガチャと動く音が微かに聞こえてくる。

 ネイは小さく舌打ちをして外に出るのを諦めると、今度は壁に近づき耳を澄ました。

 しかし安物宿とは違う。壁越しに隣室の声を聞き取ることは不可能だった。

 ネイはため息を吐くと壁から身を離し、室内をグルリと見回した。

 しかしこれといって目に止めるようなモノは見つからない。

 次にネイは窓際に移動して、窓からそっと外を見る。

 南側と東西に見える無数の窓。その中のいくつかには明かりが灯り、室内がうっすらと浮かび上がっている。

 ネイはわずかに逡巡すると、意を決して窓をそっと開けた。

 そして後ろ向きになり窓枠に手を掛けると、そのまま外へと身を投げ出した。

 

 

 

「やはり侵入者がいるようで、現在団長が直接調査にあたっています」

 静かな物腰の声が聞こえる。

 そしてその声の直後に、わずかだが室内がざわついた。

「教皇聖下、聖女様は無事なのだろうな」

 低くしゃがれた声だ。

「教皇聖下はすでにお休みになられています。聖女様も……付きの者が言うには、すでにお休みにな

られているそうです」

「確かか?」

「はい。枢機卿すうききょう猊下げいかが留守のため、我々は六階には行けませんが……心配なれば私が直接確かめに行きます。もちろん、司教閣下の責任の元で許可をくださると言うならですが」

 静かな口調だったが、言い方にトゲを感じる。

「……いや、いい。それより早く侵入者を見つけよ」

 しゃがれた声にはわずかなイラ立ちが込められていた。

 そして、その台詞の後に沈黙が部屋に広がる。

 どれほど間を空けたか、先ほどまでの二人とはまた別の、少し神経質そうな声が沈黙を破る。

「司教閣下。しばらく前から潜んでいる者でしょうか? 教皇聖下にはなんとご報告を?」

「事実がはっきりとしていないこんな状況で報告など出来ぬ」

「……」

 再び沈黙が広がる。

「こんなときに、枢機卿猊下はなぜヴァイセンなどに……」

 また別の声だった。しかし、それに答える者はいない。

 ただ椅子を引くを音が聞こえ、誰かが窓際に歩み寄る気配だけがした。

「とにかく……今はその侵入者の目的をはっきりさせるこ……っ!」

 窓がわずかに開いていることに気付き、言葉が途中で切れた。

「ふむ……侵入者がいるかもしれんというのに、なんと無用心な」

 そう言って、閉まりきっていなかった窓の取っ手に手を掛け、それを引いてしっかりと閉める。

 その後の会話は良く聞き取れず、ただボソボソと話している気配を感じるだけだった。

 

 

 

 司教たちが出て行った部屋の中。そっと窓が開き、ネイが前方に転がるように飛び込んできた。

 膝を突いた姿勢で、暗闇の室内を見回しながら窓を閉める。

 赤い敷物の上、長テーブルとそれを囲むように椅子がいくつか有るだけの部屋だった。

 他に目に付くのは簡単な棚と、その上に祭られた小さな女神像くらいのものだ。

 ネイはそっと立ち上がると、すっかりしびれてしまった両手両足を順番に振った。

「くぅ!」

 血液が急激に流れ始める感覚に、思わず小さく声が漏れる。

 壁にしがみ付いているのはさすがに一苦労で、周りの部屋からいつ姿を見られるかも不安だった。

 特に誰かが窓の近付いて来たときには肝を冷やした。

 しかし、その苦労の甲斐があったとネイは内心ほくそ笑んだ。

 ただ、侵入者については多少気になった。しばらく前からということは、どうやら自分のことではないようだった。

(他にも侵入者が……)

 少し考えるが、ネイはすぐに頭を振った。分からないことはいくら考えても分からない。

 そんなことよりも、聖女が存在するというのは確かだという事実は、沈みかけていた気持ちを再び奮い立たせた。

 それに居所もはっきりした。ただ――

 ネイは南、東西の窓にに目をやり、それを数えながら視線を屋上に向かって上げていく。

 次に、さっき向かいの二階から見た、現在自分がいる建物の情景を思い浮かべる。

 ――どう考えても五階建てで、肝心の聖女がいるという六階は無いように思えた。

 司教たちの会話にあった、六階というものがどこを指すのかがネイには分からない。

(どういうことだ? とにかく五階まで行ってみるしかないか……)

 そう考えを固めたとき、窓の外、ネイの目の前を白い無数の何かがヒラヒラと宙に揺れて見えた。

「?」

 ネイは窓に顔を近づけて目を凝らすと、それは花びらだった。

 無数の花びらが風に吹かれて揺れ落ちていた……。

 

 

 

 つづく

 

 


 9月18〜19日の間、PCから『投票』をクリックしてくれた2名の方、ありがとうございます。大変励みになりました。

 

 余談ですが聖下せいか猊下げいかは、某宗教での上級職の方に付ける敬称だそうです。

 要は『山田さん』みたいな感じだそうですが……違ってたらすいません。

 もちろんのことですが、参考にしただけでその宗教とこの話は全く関係は無いので、仮に違ってても、この話では『〜さん』という感じだと思ってくだされば結構です。

 

 では、次回も読んで頂ければ幸いであります(9/20)

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