34章 王の宝
「いいか、もう一度言うぞ? この部分に歯車を差し込むんだぞ」
図面を指差すネイの言葉に頷くでもなく、ルーナはジっと図面を見下ろしている。
「本当にこの娘は分かってるベシ?」
そう言って疑わしい視線をネイに向けてくるが、ネイはそれを聞き流した。
プドル族の元で一晩―――と言ってもそれが本当に一晩なのかはネイたちには分からなかったが、プドル族の時間の感覚で一晩休み、問題の扉がある場所へと向かった。
その場所までは大した距離もなく、強いて問題があったとすれば、出発間際に幼いプドル族がリーゼと離れるのをゴネたくらいのものだった。
辿り着いてみると『扉』と呼ばれたものは分厚そうな鉄で出来ており、とても単純な力だけでは開きそうに無いものだった。
その扉のすぐ横の岩壁には小さな四角の穴があり、その穴は角材で縁取りがしてあった。
その中に『仕掛け』があるようだが、確かに三体が言った通り大人の人間では潜り込むのに無理があった。
かと言ってプドル族なら複数が入れるかと言えば、それもやはり厳しいようだ。
三体の言うところによると、穴の中は入り組んでいてせいぜい一体ずつしか入れないらしい。
「いいか? 歯車を差し込んだら、横にレバーがあるらしいからそれを引けよ。レバーだぞ。分かるか?」
ネイが身振り手振りを交えながら説明しているのを見て、三体もルーナが通常の人間とは若干違うと気付いたらしく、不安な表情をオツランたちに顔を向けた。
「あの娘、大丈夫ベシ?」
その質問にオツランは苦笑いを浮かべるだけだったが、ビエリは「ダイジョブ」と力強く頷いた。
そんなビエリをリーゼは冷ややかに見る。
「それが済んだらこの縄を引けよ」
ネイは一通りの説明を終えると、ルーナの腰に縄を結びつけながらそう言った。
全員が見守る中、ルーナは四つん這いになると穴の中へと進み始める。
「あ、それと……」
まだ何か言おうとしたネイだが、そのネイの肩にオツランが手を置いて首を振った。
「あまり一度に言っても混乱するだけですよ」
「混乱するくらい理解をしよういう意思があるなら良いけどな」
「ほら、入りましたよ」
オツランに言われ、ネイが穴の方を見るとすっかりルーナの姿は見えなくなっていた。
それと同時に、ネイが輪状にして手に持っている縄がみるみる解けていく。
それを確認し『じゃあ行って来るノダ』と言って、一体がランプを手に持ち、照明役としてルーナの後に続いた。
時折その縄が止まるが、すぐにまた動き出すのを見ると、どうやら順調に奥へと進んでいるようだというのが分かる。
そうしてしばらく待つと完全にその縄が動きを止めた。
「どうやら着いたみたいだな」
「大丈夫ベシ?」
そう不安そうに言いながらネイの周りを二体がウロチョロする。
それからかなりの時間を待ったが、一向に縄が引かれる気配が無い。
時間が過ぎるにしたがって、二体のウロチョロする速度も増していく。
「目障りだから少し大人しくしてろ!」
ネイがそう怒鳴ったのに対して二体が何か言い返そうとしたが、そのとき唐突に縄が引かれた。
「やったベシ!」
そう声を上げて跳ねて喜ぶと、二体は素早く移動する。
その移動した先にあった岩を二体が動かすと、もう一つのレバーが岩の陰から現れた。
「さぁ開けるダス!」
そう嬉々として言うと、二体でレバーに飛びつきぶら下がる。
…
……
………
「? おい、何も起きないぞ」
「ふぬぬ……おかしいダス!」
二体で必死にレバーを下げようとするが、レバーは上がったままびくともしない。
「開かないどころか……レバーが下がりもしなくなったベシ……ムギギ」
それを見てビエリが二体の元に向かう。
「ドイテ……オレ……ヤル……」
二体を離し、ビエリが力を込める。
しかしビエリの力を持ってしてもレバーが下がることはなかった。
さらにビエリが力を込めよとするが、それを慌てて二体が止めた。
「やめるダス! それ以上やったらレバー自体が壊れるダス!」
そう言われてビエリしょげた様に諦め、レバーからその手を離した。
「本当にあの歯車のせいだったのかしら?」
リーゼが疑うように二体を見ると、二体は「間違いない」と胸を張る。
「どうしたノダ? なんで開けないノダ?」
レバーの前で一同がたたずんでいると、穴から出てきた一体が不思議そうに声を掛けてきた。
「それがレバーが下がらないダス」
「そんなわけ無いノダ。確かに歯車はちゃんと入ったノダ」
バカなこと言うなと言わんばかりにレバーに歩み寄ると、小さく跳ねてレバーに飛びつく。
「うぐぐ……これは……確かにおかしいノダ!」
「おい、一体どういう仕組みでこれは動くんだ?」
「中のレバーを一度引くと、そのレバーが戻るときに歯車が噛み合って動くようになるはずダス」
ネイもそれを聞いて腕を組み考え込む。
「!」
そこでネイが何かに気付いて穴の方を振り返った。
「ルーナはどうした?」
そこで他の者も気付いたが、ルーナが一向に戻ってこない。
地面に置かれた縄も、穴の中へと伸びたままだ。
「まさか……」
ネイは穴まで走り寄り、地面に伏せると穴の中へ頭を突っ込んだ。
「おい、ルーナ! どうした!」
「……」
ルーナに呼びかけたがいつもの如く返事は無い。縄も動かない。
「戻って来い!」
ネイがそう叫ぶとかすかに縄が動いた。
縄が動いたのを見てネイはホッ息を吐き、そのまま中を覗きながら待つと、黒い物体が少しずつ出口に向かって来るのが見える。
ルーナのワンピースだ。どうやら後ろ向きのまま戻って来たらしい。
穴から無事出ると、ネイはルーナの服に付いた砂を払ってやる。
「ご苦労さん。じゃあもう一仕事だ。今度はあそこのレバーを下げてきてくれ」
ネイがそう言って外のレバーを指差すと、ルーナはそこに向かって歩き始めた。
他の者が見守る中、ルーナはレバーの前に立ち、それを掴むと引き下げる。
ビエリが力を込めても下がらなかったレバーがあっさりと下がったのだ。
それと同時に何かが動く音がすると、鉄製の扉が勢い良く奥へと開いた。
「な、なんでダス……」
ネイ以外の者が不思議そうにルーナを眺める。
「さっき言ったろ。歯車が噛み合うのは引いたレバーが『戻るとき』って。ルーナが中でレバーを引いたまま押さえてたんだよ」
「ずっと引いたままで中にいたベシ?」
呆れたように言ったその質問にネイは苦笑した。
「ああ。レバーを『引くところまで』しか教えてなかったからな」
唖然とした全員の視線がルーナに集まる中、ルーナは何事も無かったかの様にレバーをただジッと見つめているだけだった。
「おお……これは……」
オツランが最初に鉄製の扉を緊張の面持ちでくぐり、そして驚愕の声を上げた。
「……まるで物置ね」
続いて入ったリーゼが憮然とした表情で言葉を継いだ。
胸を高鳴らせ、入った部屋には何に使えるのか不明な物が山積みになっていた。
ネイは傍らに置かれていた物をため息混じりに拾い上げる。
「期待させておいてコレかよ……」
手にした物を軽く投げ捨てると、それがぶつかり積まれた山の一角がガタガタと音を上げて崩れ落ちる。
その途端ネイたちは息を飲んだ。
「金だ……」
ガラクタに隠れていた女性の像が……それも金造りという見事な物が姿を現した。
ただ、ネイたちが息を飲んだのは『金で出来ている』という理由だけではなかった。
「姉さん……?」
オツランが思わず呟いた通り、その金造りの像はまるでリーゼを模して造られたかのようにうり二つだった。
これにはリーゼも、驚きの表情でただただ凝視していた。
「これは若くして亡くなられた初代の王妃なノダ」
「王妃……」
リーゼが口の中で反芻する。
「これがあったからこそ、お前達の『ハフランの末裔だ』と言う言葉を信じたベシ」
黒い瞳がジッっとリーゼを見つめる。
「これが王の宝ですか?」
オツランはどこか拍子抜けしたような調子で聞いた。
それに対し、三体は小さく首を振る。
「これは『ハフラン個人の宝』ダス、『王としての宝』とは違うダス」
「では……」
「ここで少し待つベシ」
「ただ最初に言っておくノダ。初代王の宝が、お前達にとっても宝であるとは限らないノダ」
「どういうことです?」
「言葉の通りダス」
「初代王の宝は我々には価値が無いものだと?」
「……価値がある物かどうかはお前が決めるノダ。もっとも、その価値の分からぬ者が『良き王』になれるとは思わないノダ」
三体の瞳が真っ直ぐにオツランを見据える。オツランはその視線を受け、力強く頷き返した。
三体はそのオツランの応えに満足したように微笑むと、部屋の隅から金の錠前が付いた箱を持ってきて、それをそっと置くと一つの鍵をオツランに手渡した。
箱は木製で、見事なまでの金の装飾が施されており、金の錠前とその装飾だけでもかなりの値が付くのは間違いなかった。
それだけにネイも期待にゴクリと喉を鳴らした。
オツランは一度三体に視線を送ると、三体の澄んだ視線を受けて震える手で鍵穴に鍵を差し込んだ。
ゆっくりと鍵を右に回すと、ガチャリとかすかに音を上げて金の錠前が解除される。
オツランは箱の蓋へと手を伸ばすと、一度大きく息を吐き出しゆっくりと蓋を持ち上げた。
「……」
蓋を持ち上げた格好で、そのまま動きを止めるオツランの背後、ネイたちは何事かと顔を見合わせた。
「オツラン……?」
リーゼが心配したように声を掛けるが、オツランは肩を小刻みに震わせたままで返事が無い。
「おい、オツラン。一体中身は何だったんだ?」
そう言いながらネイはオツランの横まで歩みよると、開いた箱に視線を落とした。
「……何だこれ? これが宝か?」
ネイはしゃがみ込んで箱の中身を不思議そうに手に取る。
「おい……」
オツランに尋ねようとしてネイはその言葉を飲み込んだ。
涙……オツランの目からは一筋の涙が流れていた。
「どうやら価値があったようだベシ」
「ハフランの想いは伝わったダス」
「オツラン、一つ詫びるノダ。やはりハフランの魂は継がれていたノダ」
三体は優しい眼差しでオツランを見下ろしていた。
頬を伝うオツランの涙が一滴、箱の中に流れ落ちる。
箱の中、オツランの涙で王の宝は輝いて見えた。
王が後世に残した『クプラの種』が……
つづく