33章 継がれたモノ
「早くするノダ」
三体は素早く岩場を上へ上へと登って行き、途中で振り返るとネイたちを見下ろしてそう声をかけた。
ネイはルーナを背負いながら、三体を憎々し気に見上げた。
「おい! もう少しゆっくり進め。こっちはケガ人もいるんだ」
ネイの居る場所から少し下、ビエリが額に汗を浮かべながら着いて来ている。
時折、苦悶の表情を浮かべて肋骨の辺りを押さえているのを見ると、バジリスクの一撃で負った傷がかなり痛むようだ。
そのビエリのさらに下ではオツランがリーゼの手を借りながら上って来る。
地面に叩き付けられた背中がよほど痛むのか、ビエリと同様に岩を登るたびに苦悶の表情を浮かべていた。
そんなネイたちを見下ろして三体はため息をつく。
「のんびりとしていられないダス。クプラの香りが消えればバジリスクがまた元気になるダス」
そう言われるとネイも言葉を返せない。
一度ビエリたちを見下ろして小さく息を吐くと再び岩を登り始めた。
「やっと……着いたか……」
岩場の頂上まで辿り着くと、ルーナを降ろして肩で息をした。
「体力が無いノダ」
「もっと鍛えるベシ」
好き勝手言われるが、呼吸が乱れて言い返す余裕もなかった。
しばらくすると遅れてビエリが、そしてリーゼとオツランもやってきたが、他の者にも激しい疲労の色が浮かぶ。
ネイはそれを横目に岩下を覗き込むと、そこにはまだ小さくバジリスクの姿が見えた。
どうやらまだ動けないでいるようだ。
それを確認して安心すると、まだ荒れる呼吸を整えながら三体の方に向き直る。
「これからどうするんだ?」
頂上まで辿り着いたは良いが、そこは足場も大した無い狭い場所で、目に付くのは立ち塞がる岩壁ぐらいだった。
三体はネイの問い掛けに少し胸を張って見せると、そのまま何も言わずに岩壁に向かう。
岩壁の前まで行くと、チラチラとネイたちの方を警戒しながらコソコソと何かを始める。
ネイはその態度にイライラしたように、腕を組みながら足を踏み鳴らした。
しばらく三体がネイたちに見えないように何かをしていると、突如としてゴトゴトと音を上げながら岩壁の一部が横に移動し始めた。
そして円形の入り口がネイたちの前に姿を見せる。
ネイはそれを見て口笛を鳴らすと、入り口に近付いた。
「凄いな。お前たちが作ったのか?」
横に移動した岩を見ながら、感心した様子で三体に声を掛ける。
入り口の先には上へと伸びる緩やかな階段と、それを照らす蝋燭の灯りが左右に並んで見える。
「ま、まぁそんな所なノダ」
しどろもどろに答えているのを聞き、どうやらこの三体が作ったわけでは無いようだと解釈した。
そもそも路幅が三体には広すぎるようにも見える。
人間が利用するのにちょうどいい広さだ。
ネイが中を興味深く見ていると、他の者も近付いてきて中を覗き込む。
「しかしこの地下は本当によく出来ていますね」
「一体どれくらい広いのかしら」
王家であるオツランとリーゼにとって、この国は『生まれ育った国』どころか『自分たちの国』と言ってもおかしくはない。
それだけに自分たちの知らなかった地下の世界を目の当たりにすれば、その驚きはネイたち以上の
ものだろう。
「さぁ、この先に我々の居住区があるダス。先に中に入るダス」
そう促され、ネイたちが円形の入り口から中に入ると、三体は階段の横でまたコソコソと何かを始める。
すると開いた岩が先刻と同じように横に移動し、再び路を閉ざした。
「足元に気を付けるベシ」
そう言いながら、三体はテクテクと階段を上って行く。
ネイは左右の壁を眺めながらそれに続いた。
壁には再び壁画が描かれていたが、最初に目にした物よりも明らかにその質が劣る。
描線に力強さが無く、言うなれば子供の落書きのような感じだった。
「?」
ネイはその壁画の中の一つに目を止めた。
それは前を歩く三体を描いた様に見え、人間とおぼしき者の前でひざま突いている描写だった。
「それは初代王と我々の先祖なノダ」
ネイの様子に気付いた三体が足を止め、上から声を掛けてきた。
その言葉を聞いてオツランとリーゼも興味深げに壁画を眺めた。
「あなた方は初代王とはどう言った関係だったのです?」
オツランが三体を見上げて尋ねると、三体は階段を降りてきて壁画の前に立った。
「良き友なノダ」
「良き友?」
三体が同時にコクリと頷く。
「我々は元々ここに居たわけではないノダ。『外から来た種』なノダ」
「人間に追われ、この地に辿り着いたダス」
「しかしこの地は我々に不向きだったベシ」
そう言うと巻き毛の生え揃った身体を撫でた。
「そこでハフランは、我々にこの地下を与えてくれたノダ。地下は涼しく快適なノダ」
「それで『良き友』なわけですね?」
オツランが三体に向かい微笑んで見せたが、三体はゆるりと首を振った。
「? 違うのですか?」
訝しげな表情を浮かべるオツランを、三体はクリクリとした黒目でジッと見つめる。
「お前はハフランの素晴らしさを本当の意味で分かってないダス」
「?」
「お前はさっきバジリスクを見て言ったベシ。『今のうちにトドメを刺さないのか』と」
「それが何か?」
オツランは三体が何を言いたいのか分からず、眉間に皺を寄せた。
「自分たちにとって脅威だから命を奪うダス? 不都合だから殺めるダス? そんな発想をする種は人間だけダス。人間以外の種は恐ければ逃げるダス。命を奪うのは『生きるために必要』な最小限ダス」
「我々を追いやった人間も同じなノダ。違う種だから分からない。分からないから恐い。恐いから奪おうとするノダ……」
三体の瞳に怒りとも悲しみとも言えぬ色が浮かぶ。
「だがハフランは違ったベシ。分からぬからこそ知ろうとし、違う種だからこそ余計に尊重したベシ」
「……」
オツランは三体から目を逸らし、自分を恥じるように俯いた。
「住む場所を与えてくれたから『良き友』というわけではないダス。違う種の我々を知ろうとしてくれたからこそ『良き友』になれたダス」
「どうやらハフランの地位は受け継がれても、その魂は受け継がれなかったようなノダ」
「僕は……」
オツランは何も言い返せなかった。ただ自分自身の矮小さに肩を小さく震わせていた。
「そんな人間にはハフランの宝の価値は分からないノダ」
その言葉を最後に、その場が重い沈黙に包まれた。
「ここなノダ」
階段の最上段。そこには人間が屈んで入れる程度の大きさで、キノコのような形をした木製の扉があった。
「中に入れる前にもう一度確認するダス。その娘は本当に協力するダス?」
ネイはこめかみの辺りを人差し指で掻きながらルーナを振り返った。
ルーナはジッと斜め下を見据え、まるで自分のことを言われているのに気付いていないような様子だ。
「なぁ、こいつには無理じゃないかな? 他のヤツじゃダメなのか?」
『ダメぇ』
三体が同時に手で×印を作る。
「そんなに心配することないノダ。簡単なことなノダ」
その簡単なことが出来ないからこそ困っているのだが、それを分かってもらうのは難しそうだった。
「分かったよ。その期待に応えるように言い聞かせるさ」
諦めたように言ったネイに三体は頷いて見せると、キノコ型の扉を押し開けた。
「では入るベシ」
小さくため息をつき、ネイが屈みながら扉を抜けた。
とりあえず全員が入れたが、扉の高さはルーナが屈まずにぎりぎりで通れる高さだったため、ビエリはかなりの苦労を擁した。
扉の先はトンネル状の路が伸び、そこから左右にいくつもの同じ様な路が枝分かれしている。
幅は人間一人が余裕を持って通れる程度の幅だったが、高さはネイが多少頭を低くすれば通れるくらいはあった。
ただビエリだけはかなり窮屈そうだ。
「扉といい、この路といい……なんだか自分が巨人になったような気がしますね」
オツランが苦笑しながらそう言った。
「この左右の部屋は個人宅なノダ。だから勝手に開けちゃいけないノダ」
「個人宅ねぇ……」
呆れるネイをよそに三体はそのまま路を進み、突き当たりの扉で歩みを止めるとネイたちに向き直った。
「ここからが共有部屋ダス。お前たちはこの部屋以外は勝手に入ってはいけないダス」
その台詞に全員が頷いて見せると、三体は納得したように扉を開けた。
そして視界に飛び込んできたものは―――
「げっ! こんなにいたのか……」
―――わらわらと動く、三体と同じ背格好をした生き物の群れだった。
扉が開いて遅れることわずか、その群れの動きがピタリと止まり、開いた扉の方向に一斉に視線が集まる。
「紹介するベシ。我々『プドル族』の仲間たちベシ」
ネイはプドル族の視線に対し、顔を引きつらせて右手を軽く上げた。
「くぅ〜! やっと生き返ったぜ」
ネイは喉を鳴らしながら、小さなコップで八杯分の水を一気に飲み干して声を上げた。
「本当よね。ただの水をこんなにおいしく感じるなんて」
「ウン……ウマイ……」
リーゼとビエリも思わず顔が綻ぶ。
「しかし本当に驚きますね。まさか自分の住む国にこんな世界があるとは……」
オツランはしきりに感心しながら、周囲を見渡す。
周りではプドル族の者たちが遠巻きにネイたちを見ていた。
しかしその雰囲気は『警戒』というよりは、むしろ『好奇心』といった方が適切だろう。
現にネイたち一向の前には、お世辞にも「美味い」とは言えないにしろ、それなりに食べることが出来る食事が運ばれてきていた。
どうやら『めずらしい生き物』という感覚はお互い様のようだ。
「で? ルーナに協力して欲しいことっていうのは何なんだ?」
喉を潤し、一息付いたところでネイがそう口を開いた。
ルーナの方に視線をやると、二体の小さなプドル族がゴロゴロと膝にまとわり付いていた。
二体の大きさから察するに、おそらくまだ幼いのだろう。
「さっきも言ったように簡単なことなノダ」
そう言ってパンパンと手を二度ほど大きく叩くと、一体のプドル族が木製のトレイを持ってネイの横までやって来る。
「?」
手にしたトレイをネイが覗くと、そこには手に納まる程度の大きさをした、木製の歯車のようなものが乗せられていた。
ネイが『これは何だ?』と言わんばかりの表情を見せると、それを手に取るように顎で促してくる。
その歯車を手に取ると、トレイを持ってプドル族はペコリと頭を下げて離れていった。
「歯車みたいだが……これは何だ?」
歯車を手の上で転がしながら、不思議そうにそれを眺めた。
横で黙っていたオツランとビエリも、それを覗き込むように見る。
「それは此処からさらに奥に行った場所にある、扉を開けるのに必要な物だベシ」
「扉?」
「そうダス。ハフランが造っていった物ダス」
その言葉で、幼いプドル族をかまっていたリーゼも話に興味を示した。
リーゼが動いた拍子に、その膝に乗っていた幼いプドル族が転がり落ちて小さな声を上げた。
それを慌てて抱き上げ、頭を撫でてやりながらネイたちの話に耳を傾ける。
「ハフランは宝を残す際、その仕掛けを作っていったノダ。しかしその歯車が抜けてしまい、扉が開かなくなってしまったノダ。だからそれをもう一度はめ直して欲しいノダ」
「それで何でルーナさんなんです? 僕でも構わないんじゃないですか?」
オツランが横から口を挟む。その隣ではビエリも同意するように頷いている。
「それは無理だベシ。狭くて他の者ではそこまで入っていけないベシ」
「狭い? だったらお前たちが入って作業すれば良いじゃないか?」
『……』
ネイの疑問に三体が沈黙して互いに顔を見合わせると、三体同時に短い腕をネイに向かって突き出し、手の平を開いて見せた。
「中に入れても我々には無理ダス……」
「?」
「無念だベシ! 腕と指の長さが足りなくて届かないベシ!」
そう言うと三体は短い指を開閉して見せた。
「……さて食うか」
ネイたちは声を掛けることが出来ず、目を逸らせて黙って食事を再開する。
三体は無念さに肩を震わせていた……
つづく