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32章  砂地に咲く花

 一人と三体は岩陰からバジリスクを覗き込んだ。

 両目を潰されたバジリスクは、獲物を捕らえようと頭を揺らして周囲を探っている。

 ネイはその様子を見て、眉間にシワを作ると吐き捨てるように言った。

「ちっ、しつこいやつだ」

「バジリスクは一度獲物を見つけると、そうそう諦めたりしないダス」

「肉食のバジリスクは砂漠ではなかなか獲物に出会えないベシ」

「だから『いなくなる』なんて願望は捨てるノダ」

 忠告を受け、ネイは小さく鼻を鳴らす。

「よほど俺たちは美味そうに見えたようだな……。で、あんな化け物をどうする気なんだ?」

「バジリスクにも弱点があるベシ」

「弱点? そんなものあるのか?」

 両眉を上げて目を見開くと、三体は同時に頷いて見せる。

「『クプラ』が弱点ノダ」

「くぷら? クプラってあの白い花だろ?」

「そうだベシ。バジリスクはクプラの香りを嗅ぐと力が抜けるノダ」

 ネイが疑惑の眼差しを三体に向ける。

「本当かよ……でもどうやってあの花の匂いを嗅がせるんだ?」

「そこでお前の出番ダス!」

 三体が同時にビシリとネイを指差した。

「嫌な予感がするぜ……」

 

 

 

 ネイはジロリと横目で三体を睨んだ

「本当なんだろうな」

「もちろんなノダ」

 自信満々で頷いて見せる。

 それでもネイの顔から不信感は消えない。

「なんだってこんな間抜けな格好を……」

 そう呟きながら、ネイは自分の身体を情けなさそうに見下ろした。

 服の至る所にクプラが着けられている。

 クプラは三体が下まで行き、素早く摘んできたものだ。

「文句を言うなダス。これを持つダス」

 そう言って二つの袋をネイに手渡した。

「今度は何だ?」

 ネイは袋を受け取ると、それを顔の高さまで持ち上げてしげしげと眺める。

「中にクプラを詰めてあるベシ。それをバジリスクの鼻の穴に突っ込むベシ」

 ネイはそれを聞いて袋を鼻先に近付けてみる。

 確かに、身体に着けたクプラと同じ甘い匂いが袋から発せられていた。

 その甘い匂いに胸焼けを覚えて顔をしかめる。

「本当にこんな物が弱点なのかねえ……」

「いいから早く行くノダ」

「まあ良いさ。その代わりおまえ達もちゃんと仕事をしてくれよな」

 その台詞に三体は胸を張り、そこを叩いて応えた。

 

 

 

 三体は岩場を降り、獲物の気配を求めてうろつくバジリスクに忍び足で近付いていく。

「上手くやれよ……」

 ネイはその様子を岩場の上から窺っていた。

 三体は一定の距離まで近づくと互いに頷き合い、次の瞬間にバジリクに向かって音も無く駆け出した。

 短い足が信じられない早さで交差し、あっと言う間にバジリスクの足元に潜り込む。

 しかし、そこまで近付くとさすがにバジリスクも気配を察知し、再び尾を振って闇雲に暴れ出した。

 三体はバジリスの周囲を円を描くように移動し、暴れる足や尾を俊敏な動きで躱し続ける。

 バジリスクは捕らえられない獲物に不快感を示し、怒りを表すように頭を真上に跳ね上げた。

 同時にその口から発せられる甲高い咆哮ほうこう

 それは、興奮時に見せるバジリスクの威嚇いかく姿勢だった。

 

 

 

 バジリスクが頭を上げたため、ネイが待機している岩の上までその頭が近付いた。

 咆哮を上げた一呼吸分の間、バジリスクの動きがその姿勢のまま固まる。

 咆哮に顔をしかめながら、ネイは覚悟を決めると岩場からバジリスクの頭へと飛び降りた。

 突然頭にに張り付いた異物感にバジリスクが激しく頭を振る。

「くっ!」

 ネイは振り落とされないように鱗に指を掛けて歯を食いしばった。

 下では三体が口々に何かを叫んでいるが、それを聞き取る余裕は無い。

「このっ! 大人しくしろ!」

 必死にしがみ付き、どうにか首にワイヤーを巻き付けた所で鱗から指が離れてしまった。

「うわあぁ!」

 頭から落ちたネイは宙吊りになり、風車のようにバジリスクの首の周りをグルグリ回る

 バジリスクがワイヤーの巻き付いた違和感でさらに激しく首を振るため、ワイヤーに引かれた左腕が抜けそうな感覚になる。

「危ないダス!」

 身体が下から上へと振り上げられるときにその言葉が耳に入り、目を見開くと眼前に岩壁が迫っていた。

「っ! くそったれ!」

 岩壁に叩きつけられる寸前、ネイは足を前に出して岩壁を『駆け上がった』。

 その勢いのまま岩壁を駆け抜け宙に舞うと、身体を捻って再びバジリスクの頭に飛びついた。

『おおぉー』

 三体は拍手をしながら感嘆の声を上げる。

「へへへ……やったぜ……」

 ネイは肩で息をしながら引きつった笑みを浮かべた。

 

 

 

「今のうちダス! 早くするダス!」

 下から三体が飛び跳ねながら、ネイに向かって怒鳴りつけてくる。

「分かってるよ! そう急かすな!」

 ネイはワイヤーを握ると、それを伝ってゆっくりと頭から鼻先へと降りていく。

 バジリスクは暴れ疲れたのか、荒い鼻息を上げながら動きを止めていた。

 ネイの目の前には紫色の血液に染まった無機質な目が見開いている。

「動くなよ……」

 小さく呟きながら鼻の穴に手が届く位置まで来ると、腰に下げたクプラ入りの袋に手を伸ばした。

 まず一つ、袋を鼻の穴に押し入れる。

 突然鼻に違和感を覚えたバジリスクは三度みたび暴れ出した。

「うわっ!」

 慌ててもう一つの袋を鼻に押し込めたとき、鼻先からずり落ちて口の前に身を投げ出す格好になってしまう。

 今度は口に感じた違和感にバジリスクが大きく口を開き、ネイの身体全体に生臭い息が吹き掛かった。

 大きく開かれた口の中には鋭い歯がいくつもあり、その歯からは唾液の糸が無数に引いている。

 喰われる。そう思いネイの背筋が凍りついた。

 しかしそのままバジリスクの口が閉じることは無く、代わりにぶら下がった身体がガクリと一度下に下がる。

 その直後、急速に地面が近付いて来る。

 いや、正確にはネイの身体が急速に地面に落ちて行ってるのだ。

 ネイは何とか膝を曲げ、衝撃を吸収して着地すると素早くその場から距離を置いた。

 ほぼ同時にバジリスクの身体が大きな音と砂埃を上げながら地面に倒れこむ。

 その音を最後に周囲に静寂が広がった……。

 

 

 

 何かが倒れる大きな音とその後の静寂。

 そのことを不信に思い、リーゼは恐々と岩の間から顔を出して周囲をうかがった。

 まず目に飛び込んできたのは倒れ込むバジリスクと、その近くでそれを見下ろすネイ。それにあの奇妙な三体の生き物だった。

 周囲をキョロキョロと身ながら身体を外に出し、ネイに声を掛ける。

「一体どうなったの? もう大丈夫なの?」

 その声でネイは振り返った。

「あぁ、そうみたいだ」

「?」

 自分たちを襲った奇妙な三体の生き物と一緒にいるネイ。そして近くで倒れているバジリスク。

 状況が把握出来ず、困惑の表情を浮かべるリーゼにネイは肩をすくめた。

「この『ムクムク』とは成り行きってやつだ。こいつについては……俺にも良く分からない」

 台詞の後半はバジリスクを親指で指し示しながら言った。

 そのバジリスクは気持ち良さそうに半目を開け、腹を規則正しく上下させている。

 どう見ても夢心地といった感じだ。

「とにかく説明は後だ。こいつが大人しい間に場所を移そうぜ。オツランとルーナを連れて来てくれ。俺はビエリを連れてくる」

 まだ困惑の表情を浮かべていたリーゼだが、ネイの言うことに素直に頷くとオツランとルーナの元へ走った。

 

 

 

「これは一体……」

 オツランも驚いた顔でバジリスクを見下ろした。

「どうやらこいつの匂いを嗅ぐと力が抜けるらしくてな」

 ネイはそう言いながら、クプラを一輪摘んで見せた。

「クプラにそんな効果が? 始めて知りました……」

「それは当たり前ダス。おまえたちの街にはクプラが多く咲いているダス」

「バジリスクは力が抜けるのを嫌って、クプラが多く咲く場所に滅多に近付かないベシ」

「それでバジリスクを見かけることが無いのね……」

 三体がウンウンと満足気に頷く。

「しかし今のうちにトドメを刺すべきでは?」

 その問いかけに、三体は不信そうにオツランの顔を下から顔を覗き込んだ。

「な、なんです?」

「おまえ……本当に初代王ハフランの末裔ダスゥ?」

「な、なぜです?」

 三体は顔を見合わせて首を捻った。

「……まぁ良いノダ」

「おい、そんなことより早く行こうぜ」

「行く? どこへです?」

「何でもこの『ムクムク』の住処すみかがこの地下にあるらしく、そこへ連れて行ってくれるそうだ。そうだろ?」

 ネイが三体に声を掛けたが、三体はまだ不信そうにオツランを見ていた。

「おい!」

 ネイが再び呼びかけると、やっと三体はオツランから視線を外してネイを見た。

「そうなノダ」

「バジリスクに向かって行った勇気に敬意を表して招待するベシ」

「ただし!」

 そこで三体が同時に短い指を一本立てる。

「一つ条件があるノダ」

「なんだよ?」

 ネイがそう言うと三体は毛だらけの顔に白い歯を浮かべた。

「その娘に力を貸して欲しいノダ」

 そう言って三体はルーナを指差す。

 全員の視線が集まる中、ルーナはただバジリスクをジッと見下ろしていた……

 

 

 

 つづく

 


 8月10日〜8月13日の間に、携帯版から3名の方が『投票』をクリックしてくれました。

 3名の方、ありがとう!(8/14)

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