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31章  勇気ある行動

 ジン、ギース、カーンと名乗った奇妙な生き物が再び攻撃を仕掛けようと身構える。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 オツランが三体に向かい、右手を差し出して慌てて叫んだ。

「今、君たちは『王の宝』と言いませんでしたか? それは『初代王ハフラン』のことではないですか?」

「ベシ?」

 三体は踏み止まり、同時に小首を傾げて顔を見合わせる。

「おまえたち、王を知ってるダス?」

 その返答にオツランが頬を緩ませた。

「知っているも何も……僕はそのハフランの末裔まつえいですよ」

 オツランが自分の胸に手を当てながらそう言うと、ジンたちの態度に戸惑いが表れた。

「っ!」

 そのとき、ネイの意識なかで危険を知らせる警報が急激な警告音を上げた。

 ネイは瞬時に鋭い視線を周囲に走らせるが、三体以外には何も見当たらない。

 それでも警告音は鳴り止まない。

 耳鳴りのようにガンガンと響く。

「っ!」

 ネイはハっとし、咄嗟に顔を上げた。

 そして、その目に飛び込んできたものは……

「上だあ! 離れろ!」

 ネイが叫び、その場にいたルーナ以外の者が一斉に頭上を見上げた。

 上から巨大な影が降って来る。

 しかし、誰一人その場を離れる余裕は無かった。

 巨大な影が、対峙した二組の中間に着地すると、その反動で地面の砂が突風のように四方に舞い飛んだ。

 舞い飛ぶ砂を腕で防ぎながら、全員が顔を背ける。

 そのことにより視界がさえぎられたが、後方でいち早くリーゼの悲鳴が上がった。

 どうやらビエリの背後にいて砂を浴びずに済んだらしい。

 ネイは砂でしみるのを堪えてなんとか目をこじ開けると、降ってきたモノの正体を視界に捉えた。

「なっ!」

 まずその大きさに愕然がくぜんとする。

 舞い上がる砂の中に浮かぶ影は小高い山のようだった。

 丸太のような尻尾を持ち、全身が黒光りしたうろこで覆われている。

 そしてその大きな身体は、鋭い爪の付いた四肢で支えられていた。

 黄色く無機質な眼に大きく裂けた口。

 その裂けた口からは毒々しい紫色の舌が、別の生き物のようにチロチロと姿を見せている。

「バジリスク……」

 ネイの隣、オツランが呟くように言った。

 その生物の名をネイは知らなかったが、危険な生物だというのは訊くまでもなく分かる。

 どう好意的に見たとしても、友好的な生物にはとても見えない。

 ネイたちが愕然と見上げる中、バジリスクがその大きな身体をよじる様に動かした。

「くっ! オツラン、来るぞ!」

 ネイの呼びかけにハッとし、オツランは慌てて横に飛び退いた。

 間一髪―――オツランが立っていた場所に、太い尻尾がむちのように振り下ろされてきた。

 その一撃は地面をえぐり、砂と土を撒き散らす。

 まともに受けていれば、タダでは済まなかっただろう。

「大丈夫か」

 飛び退いて倒れ込んだオツランにネイが手を貸そうとすると、今度はオツランがネイの腰に飛び掛って押し倒した。

 その直後、轟音を上げながら太い尻尾が二人の頭上を通過する。

 その風圧だけでも頭を持っていかれそうだ。

「いきなり現れて好き勝手暴れやがって!」

「とにかくどこかに退避しましょう!」

 ネイとオツランは素早く立ち上がり、ビエリに声をかけながらリーゼたちの元に走った。

 ネイとオツランがルーナとリーゼの手をそれぞれ掴み、身を隠せそうな岩陰を見つけてそこに向かう。

「ここに大人しくしてろ!」

 そう言って岩と岩の間にルーナとリーゼを押し込むと、慌ててその場を離れる。

 バジリスクが飛び跳ねて上から降ってきたのだ。

 地響きと舞い上がる砂。岩陰からはリーゼの悲鳴が上がる。

「野郎ぅ! なんで俺たちばかり狙ってくるんだ!」

 ネイはそう吐き捨てて周囲に視線を巡らせるが、すでに三体はどこかに姿を消していた。

(あの『ムクムク』め! とっとと逃げやがったな!)

 口には出さずに三体をののしる。

「ネイさんっ! 伏せて!」

 オツランの言葉でネイは反射的に身を伏せた。

 背後から唸りを上げ、バジリスクの尻尾が再び頭上を通過した。

 無事にやり過ごすと慌てて四つん這いのまま走り出す。

 ネイがなんとか距離を置いたのを確認し、ビエリとオツランも移動する。

 ちょうどバジリスクを中心に、三角形を描く位置にそれぞれが距離を置いて待機した。

 バジリスクは三人の中心で、紫色の舌を動かしながら頭を左右に揺らして標的を定めている。

 バジリスクは狙いを定めると、頭の動きを止めて歩き出す。

 しかし、標的は三人の内の誰でもなかった。

 その歩みは岩陰に隠れたルーナたちへと向かっている。

「いけない!」

 オツランがバジリスクの歩みを見て焦りの色を見せる。

「くそっ! ビエリ来い!」

 ネイは投げ棄てられた『フォーク』の元へ素早く駆け寄ると、そのフォークを拾いビエリに投げて渡す。

 岩陰からリーゼの悲鳴が再び上がる。

「ビエリ! そいつを叩き込んでやれ!」

 ビエリが力強く頷く。

「ネイさん! こっちにもお願いします」

 いつの間にか岩に上っていたオツランが、フォークを寄越せと手招きをする。

 それを見て、ネイはもう一本のフォークに駆け寄った。

「ガアア!」

 ビエリが大きく踏み込み、身体を捻りながら渾身こんしんの力を込めてフォークを投げ付けた。

 バジリスクは、リーゼたちの隠れる岩陰に鋭い爪の生えた前足をこじ入れていた。

「!」

 そのバジリスクの背にフォークは命中したが、硬い鱗に阻まれて弾かれてしまった。

 バジリスクは一向に気にした様子を見せず、その意識をリーゼたちから離さない。

「ネイさんっ! 早く!」

 オツランが必死の形相で手を振る。

 ネイがフォークを水平にして真上に投げ上げると、オツランはそれを掴んだ。

「オツラン、鱗の部分はダメだ! 眼を狙え!」

 オツランはネイを見下ろして深く頷き、素早く岩場を移動する。

 リーゼとルーナが隠れる岩の上、バジリスクの正面に周り込むと、一度右手に唾を吐きかけてフォークを握り直す。

 そして狙いを定め、手にしたフォークをバジリスクの眼に向かって投げつけた。

 オツランの手から放たれたフォークは風を切り、一直線にバジリスクへと向かう。

 そして、それは見事にバジリスクの左目に突き刺さった。

「よし!」

 バジリスクは苦しそうに激しく頭を左右に振った。

 さすがに効いたらしく、緑色の血を噴き出しながら耳をつんざくような甲高い咆哮ほうこうを上げる。

 その音の大きさに、ネイは思わず耳を塞いで顔をしかめた。

 しかし、オツランは怯むことなく次の行動へと移る。

 幅広曲刀シャムシールを逆手に持ち、そのまま岩場を蹴るようにして宙におどり出た。

 そのままバジリスクの頭に飛び乗ると、今度はシャムシールを深々と右眼に突き刺す。

 再び耳を塞ぎたくなるような咆哮。

 先刻以上に激しく頭を振ってバジリスクは暴れ回る。

 その激しい動きによりシャムシールが抜け落ち、しがみ付いていたオツランはバランスを崩して落下した。

 そして、そのまま背中を地面に打ち付ける。

「ぐう……」

 一瞬呼吸が止まり、苦悶の表情を浮かべたまま逃げることが出来ない。

「オツランっ!」

 それを見たリーゼが岩陰から飛び出して来てしまった。

 リーゼがオツランに駆け寄り名を呼ぶが、オツランは返事をすることすら出来ない。

 そのすぐ近く、バジリスクが地面を揺らすほど暴れまわる。

「あのバカ!」

 ネイが慌てて駆け寄ろうとしたとき、がむしゃらに動いていたバジリスクの尻尾がリーゼたちに襲い掛かった。

「逃げろおぉ!」

 ネイが叫ぶが間に合わない。

 リーゼはネイの声でバジリスクの尻尾が向かって来ることを知った。

 しかし、それを目で確認出来たときにはすでに手遅れだった。

 リーゼはオツランの頭を強く抱きしめながら固く目を閉じた……。

 

 

 

 ドガッ。

 鈍い音がリーゼの耳に飛び込んできた。

 バジリスクの尾はリーゼとオツランをなぎ払うはずだった。

 しかし―――

「グウ……ウググ……」

 代わりに誰かの呻き声が耳に届く。

 リーゼは恐々と瞼を持ち上げた……。

 そして目にしたのは、自分たちの前に立ち塞がる大きな背中だった。

 リーゼは呆然とその背を見上げる。

「ビエリっ!」

 ネイが驚愕と歓喜の混ざった声を上げる。

 ビエリはいち早く二人に駆け寄ると、信じ難いことにバジリスクの一撃をその身とその腕だけで受け止めたのだ。

 ビエリの口の端から一筋の血が流れる。

「ハナレル……ハヤク……」

 ビエリが振り返らずに言うと、リーゼは小刻みに頷いてオツランを岩陰に引き込んだ。

 同時にビエリはガックリと膝を突く。

 そのときにはすでにネイも近くまで来ていた。

「凄いぜビエリ!」

 ネイの言葉に、ビエリは右の肋骨のあたりを押さえながら引きつった笑みで応える。

「立てるか?」

 ネイが肩を貸すとビエリは無言で頷き、多少フラつきながら立ち上がった。

「よし。じゃあ、おまえも隠れてろ」

 まだ暴れているバジリスクに注意しながら、ビエリを岩陰まで連れて行って座らせる。

「ここで少し大人しくしてろ。あとは主役の出番だ」

 ネイがビエリに片目をつぶって見せると、ビエリも笑顔でそれに応えた。

「キヲツケル……」

 その場を離れようとするネイの背に、ビエリが掠れる声をかけた。

 

 

 

「さて、ああは言ったがどうしたものかな……」

 岩陰に身を潜めながらバジリスクに近付いたが、これといった良案が思い浮かばない。

 バジリスクは多少落ち着きを取り戻したらしく、忙しく首を振りながら辺りを窺っている。

 おそらく両目を潰され、なんとか気配を察知しようとしているのだろう。

「大人しく消えてくれれば何よりなんだが……」

「それは無理なノダ」

 独り言にいきなり背後から返事をされてドキリとした。

 ゆっくり振り返ると、両手を腰に当て、胸を張った巻き毛の生き物が三体いた。

「『ムクムク!』どこに隠れてやがった!」

「誰が『ムクムク』ダス!」

 三体が両手を振り上げて足をジタバタとさせる。

 分かりやすい怒り方だ。

「何の用だよ? 今は相手をしているヒマは無いんだ。あっちに行ってろ!」

「そんなことを言うものではないベシ! 後悔するベシ!」

「……どういうことだ?」

 ネイが片眉を上げて尋ねる。

「協力してやろうと言ってるダス」

 その台詞を聞き、ネイが疑惑を込めた目を向けた。

 三体はその視線を受け、再び偉そうに胸を張る。

「……どういう風の吹き回しだ?」

「先の二人の勇気ある行動に感動したノダ」

 三体が同時にしみじみと頷く。

「一時休戦ダス。どうするダス?」

 ネイはその申し出に逡巡したが、三体がなかなか使えるのは事実だ。

 そのため、結局はそれを受け入れることにした。

「よし、いいだろう。だがあの化け物をるのに何か良い案があるのか?」

 ネイの質問に三体は力強く頷く。

「もちろんなノダ」

「当たり前ダス」

「任せろだベシ」

 三体の揺ぎない自信に、ネイは一抹の不安を覚えた……

 

 

 

 つづく

 

 


 携帯版・PC版から、それぞれ一名づつ『投票』をクリックしてくれた方がいました。

 大変励みになりました。二名の方、大感謝!!

 私は勢いで書くので、連載というのはモチベーションを維持するのに苦労します。

『レクイエム』は自分には話が長過ぎた……と後悔することが度々あるので、大変救われます。

 本当にありがとう!(8/9)

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