27章 階段の先
ジリジリと太陽が砂地を熱し、先の景色がゆらゆらと歪んで見える。
その熱気の中でも暑さを感じないかのように、三頭のラクファローは黙々と歩いて砂上船を引いていく。
しかし、砂上船に乗る者たちはラクファローとは違う。
特にこの地に慣れぬ者にはその暑さは格別だった。
「ちくしょう…暑いな……」
砂漠の街、アリストを出て二日が経つが、たった二日でこの暑さに慣れろという方が無理だった。
「あなた、その言葉を何度繰り返してるの?」
斜め向かいに座るリーゼが、冷ややかな視線をネイに向ける。
しかし、リーゼの言っていることもまた事実で、ネイの口から何度同じ言葉が漏れたか分からない。
この土地の気候はネイが思っていたよりも遥かに厳しかったということだ。
昨夜などは、日昼の暑さからは考えられないくらいに冷え込んだ。
それこそ毛布に包まらなければ寒さで震えるほどだった。
そして陽が昇ると再びこの暑さだ……。
夜が冷え込んだだけに、より一層その暑さを体感することとなる。
「来ますよ」
リーゼの小言にネイが苦々しい表情をしていると、オツランが顔を覗かせて言葉を掛けてきた。
その言葉にネイは舌打ちをすると砂上船の窓を閉め、壁に手を当てて身体を支える準備をする。
そして、横に座るルーナの腕を掴んだ。
その直後、砂上船がガタガタと軋みながら激しく左右に揺れた。
ルーナはその揺れに身を任せるまま、身体を前後左右に揺らしている。
そのまましばらく揺れに耐えると、船体の揺れは次第に収まり、ネイが大きくタメ息をついた。
「暑さに寒さ、砂漠虫にこの突風……本当にとんでもない土地だ」
さっきのような突風にあうのはこれで三度目だ。
初めてこの突風に出くわしたのは食事中のときだった。
オツランとリーゼはいち早く察知し、慌てて船内に逃げ込んだ。
ルーナは食器を持ったまま、オツランに抱えられて難を逃れた。
一方、理由も分からず外に取り残されたネイとビエリは、そのまま風に飛ばされて砂まみれになり、散々な目にあった。
このような突風は昼間しか起こらないが、多いときでは一日に三度ほど起こるらしく、ネイたちがこの国に入国した際は、たまたま突風の無い幸運日だったということだ。
タメ息を漏らしたネイにリーゼは鼻を鳴らし、ツンと顎を上げて見下ろすように視線を向ける。
「そんなに嫌なら、さっさと出て行ったらどうかしら?」
「そう出来るならそうしたいんですがね……」
苦笑するネイの隣、リーゼはルーナに視線を移した。
俯いて一点を見据えるルーナの様子に、リーゼは鼻で小さく笑い飛ばす。
「その子が何者かなんて本人に聞けば済むことでしょ?」
それが出来ればこんな所にいつまでもいないし、そもそもこの国にも来ていない。
ネイは、おまえはバカか!と言いたいのを、顎を引いてグッと堪えた。
そして引きつった笑みを浮かべる。
「そ、そうですね。それが出来れば一番なんですが……」
なんとか笑顔を保ったが、そんな努力も関係なしに、リーゼは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「汚らしい盗賊の手を借りるなんて、王家として一生の恥だわ」
不自然な笑顔を浮かべたネイのこめかみに、薄っすらと青筋が浮く。
じゃあ、その一生をここで終わらせてやろうか?という底意地の悪い言葉が頭に浮かぶ。
「そもそも盗賊なんかを貴重な遺跡に入れて大丈夫かしら? 手癖が悪いからしっかり眼を光らせておかなくちゃいけない」
涼しい顔で言うリーゼに、ネイの我慢が限界点を突破する。
しかし、まるでそれを諌めるようなタイミングで砂上船がゆっくりと停止する。
オツランがドアを開けた。
「着きましたよ。……ん? どうしました?」
オツランが見たのは、笑顔で右手を振り上げながら、それを左手で必死に抑えるネイの姿だった。
「ずいぶん荒れてるな……」
地下遺跡の入り口を目にしたネイが率直な感想を述べた。
「ええ。あの突風のせいで砂が叩きつけられ、風化が進んでしまって……」
「なるほどね」
何枚かの敷石の中央に暗闇がぽっかりと口を開け、そこには格子が嵌められていた。
その奥には、地の底に伸びる階段が見える。
入り口の左右には円柱状の石柱が数本立ち並び、各々の柱には何かの模様が刻み込まれていた。
しかし、半ば崩れかかっているため、その模様をはっきりと見取ることは出来ない。
その他にも、すでに崩れて原型を留めていない石造りの人工物が散乱している。
「しかし安心してください。地下は綺麗な状態のままですよ」
オツランはそう言うと格子の前にしゃがみ、そこに取り付けられた錠前を解除した。
見守っていたネイがビエリの名を呼ぶと、ビエリは頷いて格子に手を掛ける。
ビエリが軽く力を込めると、格子は鉄同士が擦れ合う嫌な音を上げ、手前にゆっくりと引き上げられた。
ネイが中腰になり様子を窺うと、微かに風の音が反響しているのが分かった。
しかし、それ以外は特に変わった様子は見受けられない。
「では行きましょう」
いつの間にか準備していたランプを片手に、オツランが最初に階段を降りていく。
続いてリーゼ、ネイ、ルーナが降り、最後に格子を抑えていたビエリが続いた。
階段は人一人が通るには十分な広さがあり、左右の壁には壁画が描かれていた。
深さはかなりのもので、途中までは砂埃もあったが、最下段に着く頃にはその砂埃さえも感じられなくなった。
暗闇の中、オツランの持つランプの灯りだけが良く目立つ。
「…サムイ……」
最後尾にいたビエリが二の腕を擦りながら呟いた。
今まで地上の暑さを感じていたため余計にそう感じるのかもしれないが、確かにビエリの言うとおり、冷気と言ってもいいくらいの冷たさが地下には漂っていた。
「ちょっと待っていてください」
オツランがそう言うと、ランプの灯りがネイたちから離れて小さくなっていく。
灯りを目で追っていると、その数が一つから二つ、二つから三つと増えていき、それに伴い地下遺跡の全容が次第に明らかになっていく。
そして、その見事な造りにネイが感嘆の声を上げた。
足元には光沢のある敷石が綺麗に敷き詰めらており、無数に有る柱は天然の岩をそのまま削り出して利用してある。
何より目を引くのは、広間の中央にある祭壇のようなものだ。
それは四段ばかりの階段がある高台に建てられ、見事なまでの浮き彫りと装飾が施してあった。
「どうですか。なかなか見事なものでしょう? あと上もご覧になってみてください」
ネイたちの元に戻って来ながら、オツランはそう言って天井を見上げた。
それに合わせてネイも天井に目を向ける。
天井まではかなりの高さがあり、そこにも壁画が全面に描かれていた。
「本当に大したものだ……」
天井を見上げたまま、ネイはタメ息混じりに素直な感想を述べた。
「そんなことより、自分のやるべきことを早くしていただけないかしら?」
「……分かってますよ」
天井からリーゼに視線を移してそう応えると、周囲を見回して地下を把握する。
その後で地上への階段に戻り、そこから右回りに地下の壁を注意深く観察していく。
壁にも祭壇と同様に、様々な模様が浮き彫りで表現してある。
「この地下遺跡はどんな理由で造られたんだ? 初代王の墓か何かか?」
ネイが壁を見ながら、着いて歩くオツランに声をかけた。
他の者は、祭壇の階段に腰を掛けて待っている。
「いいえ、そうじゃありません。王家の墓はまた別にあります。正直言いまして、この地下遺跡が何を意味するかは我々にも分からないんです」
ネイが足を止めてオツランに向き直る。
「分からない?」
「そうです。というのも、この地下遺跡は発見してまだそんなに年月は経っていないんです」
「そうなのか?」
「ええ。そもそもこの地下遺跡の存在は、初代王のことを書かれた書物を見つけ、初めて知ることが出来たのです。それまでは砂に埋もれていました」
「砂に埋もれて? 入り口には柱もあったと思うが……あれもか? 結構な高さだったぞ」
「ハハハ、あれは発見当初は倒れていたんですよ。土台になる石があったので、そこに我々が立て直したんです」
「なるほどな」
「ちなみに地下への入り口も、当初は分厚い石壁で閉ざされていたんです。ただ、それでは出入りに不便ですから」
「それで格子に変えたのか?」
「そうです。もちろん調査が終わったり、しばらく調査する予定がない場合は、石壁で再び閉じておきますがね」
遺跡に格子は不釣合いだと思っていたネイは、合点がいったように数度頷いた。
そして再び壁沿いに歩き始める。
「どうですかね? 何かありそうですか?」
「さあな……だがあるとすれば、隠し扉かその手の類の物だろう?」
「なぜです?」
「おまえたちが隅々まで調べても、宝らしき物は何もなかったんだろ? だったら『この部屋』じゃないってことさ」
オツランが同意するように頷く。
「僕もそう思います。しかし、そういった物も注意したのですが、結局見つけることが出来ませんでした」
「ああ、そうかい」
「何か気になる所でもありましたか?」
「ああ、一つだけな」
壁を観察しながらあっさり言ってのけると、オツランは顎を引いて目を丸くした。
「本当ですか! どこです?」
「一面の浮き彫り式さ。豪華さを出すためかもしれんが、その演出がちょっとしつこ過ぎる気がする――」
ネイは壁から目を離し、もう一度周囲を見回した。
「浮き彫りは凹凸があるから灯りで影が出来だろ? だからここまでやると、豪華と言うよりも却って不気味だ」
オツランもネイと同じように周囲を見回す。
「確かに、そう言われてみればそうかもしれませんが……」
ネイに言われた後に見てみると、確かにその造りがこれ見よがしで『しつこく』見えてくる。
だが、だからといって何がおかしいのかオツランには分からない。
その後、二人は地下内の壁際をぐるりと一周し、祭壇も調べたがこれといった物は見つからなかった。
一通り調べ終えると、ネイは祭壇の階段に腰を下ろした。
「ナニカ……アッタカ?」
ビエリが声をかけると、ネイは両手を開いて肩をすくめた。
リーゼは腕を組みながら、それ見たことかと言わんばかりにネイを見下ろす。
ネイは腰を下ろしたまま、もう一度周囲をぐるりと見回した。
「っ!」
するとネイは何かに気付き、腰を上げて階段に向かって歩き出した。
「どうしました?」
オツランが声をかけたが、ネイは手でそれを制して質問には答えなかった。
階段下まで来ると、その階段を下から見上げ、その後で向き直ってもう一度地下を見回す。
「一体どうしたんです?」
オツランが不思議に思い、ネイの元までやって来た。
「……オツラン、地上からここまではどれくらいの深さだと思う?」
「上からですか? う〜ん……結構な深さだとは思いますが」
オツランは質問の真意が分からず、眉間にシワを寄せた。
しかし、ネイはそんなオツランの疑問をよそに、顎に手を当てて自分の思考に没頭する。
「階段はただの通路とはいえ、ここと比べてずいぶん素っ気無い造りだよな」
ネイが独り言のように呟くと、オツランは首を傾げた。
「それはそうかも知れませんが……」
それがどうかしたのか?と言いたそうな表情をネイに向ける。
するとネイはその場に片膝を突き、ジッと石床を見つめた。
しばらくその体勢で何かを思案していると、急に立ち上がりビエリの名を呼んだ。
遠巻きに様子を窺っていたビエリは、突然名を呼ばれて慌てたようにやって来る。
そのビエリにネイは何事かを伝えると、ビエリはそのまま階段を駆け上がって行った。
その姿を階段下から見上げたオツランは、訝しげにネイに向き直る。
「一体何を?」
「まあ、待ってろよ」
そのまましばらく待つと、ビエリが息を弾ませながら、何かを肩に担いで戻ってきた。
ビエリが肩に担いできた物――それは巨大なハンマーだった。
それを見てネイは満足気に頷くと、階段を降りてすぐの場所、一枚目の敷石を指差す。
ビエリは頷き、肩に担いだハンマーを一度降ろすと、大きく息を吸い込みハンマーを振りかぶった。
「えっ!」
それを見たオツランが慌てて止めようとするが、大きく振り上げたハンマーは勢い良く振り降ろされてしまった。
火花を散らしながら、ハンマーと石床のぶつかり合う強烈な音が地下に響き渡る。
オツランは固まって唖然としていたが、数回同じ音を立てるとリーゼが目を吊り上げながら走り寄って来た。
「あなたたち一体何をしてるの! 止めなさい!」
リーゼの怒鳴り声で、ビエリはハンマーを振り上げたまま動きを止める。
そして救いを求めるようにネイを見るが、ネイは腕組をしたまま床を指差した。
ビエリは一度リーゼに目をやり、小さく頭を下げると再びハンマーを叩きつけ始めた。
その間、リーゼがオツランの袖を引きながら何かを怒鳴っているが、ハンマーが叩きつけられる音に掻き消されて全く聞こえない。
オツランは呆然とし、ハンマーに合わせて頭を上下させるだけだ。
何度ハンマーを叩きつけたか、ビエリの頬を汗が伝ったときにそれは起こった。
ハンマーを叩きつけた直後、石床にヒビが入ると、そのままガラガラと音を上げながら砕けた石が『真下に落ちた』のだ。
モウモウと砂埃を上げながら姿を現した物――それは、地上へ伸びた階段とそのまま繋がる新たな階段だった。
オツランの袖を引いたままの格好で、リーゼがその階段を呆然と見下ろす。
ネイはリーゼの顔を見て、口許にニヤリと笑みを浮かべた……
つづく
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