表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/124

25章  砂漠の王

 真紅の絨毯にきらびやかな装飾品。

 そして横長のテーブルに並べられた豪華な食事。

 食べ物に目が釘付けになる者、調度品の値踏みをする者とそれぞれだが、目の前にあるそれらの物を、各々が好機の目で見つめる。

「あたし、王様に会うなんて初めてだから緊張するわ」

「オレモ……」

 そんなことを言い合っているセティとビエリを見てアシムは苦笑した。

「私もですよ。知人とはいえ昔のことですし、ましてや王になっているなんて……知らない人間も同然です」

 三人が固くなる中、ネイは何事も無いように部屋の中を見回しているが、落ち着きなく動き周る様子はいつものネイらしくない。

 一方ルーナは椅子に座り、テーブルの一点をジッと見ているだけで、いつもと何ら変わることはなかった。

 ユピはもちろん論外だ。テーブル上の果物を必死に頬張っている。

 落ち着かない状況の中、ガチャリと扉が鳴ると四人の肩がビクリと震えた。

 その四人の緊張を裏切るように、顔を見せたのはオツランだった。

「遅くなってすいません。カムイ王が謁見の間でお待ちです。皆さんこちらにどうぞ」

 四人はオツランの顔を見ると、どこか安堵の表情を浮かべる。

 そんな様子にオツランは首を傾げた。

「どうかしましたか?」

「いえ、何でもありませんよ」

「そうですか。ではこちらへ」

 三人が席を立ち、ネイもその後に続く。

 謁見の間までの通路には円柱状の柱が続き、その隙間からは強い日差しが差し込んでいる。

 途中、オツランと同じように頭に布を巻いた兵が直立不動の姿勢で頭を下げてくるが、そのたびにビエリも頭を下げるのが滑稽だった。

 通路をオツランに着いて進むと、大きな両開きの扉に行き着く。

 扉の左右には四名づつ、槍を立てた兵士が一列に並んでいた。

 オツランがその扉を押して開くと、再び真紅の絨毯が敷かれた大広間になっており、絨毯は真っ直ぐに部屋の奥まで伸びていた。

 そして絨毯の左右には兵士が立ち並び、その先には先ほどと同じように扉が見える。

 五人が兵士たちの間を進むと、兵士がその速度に合わせて順番に槍を立てていく。

 その度にビエリが身体を震わせた。

 再び扉を押し開くと、今度は部屋の奥、三段ほど高くなった場所に金の装飾が施された豪華な椅子があった。

 その椅子までは、同じように左右に兵士が立ち並んでいる。

 オツランは部屋に入ると脇に逸れ、左手を部屋の奥に指し示して頭を下げる。

 ネイたちはそれを受け、ユピを肩に乗せたアシムを先頭に部屋の奥へと歩を進めた。

 堂々と歩くアシム。

 その後に、両手を頭の後ろで組んだ格好のネイが続く。

 そのネイの服を指で摘み、左右の兵士を恐々と見ながら歩くセティ。

 ルーナの肩に両手を置き、その小さな身体に隠れるようにして歩くビエリが続いた。

 主のいない椅子の前、階段下まで進むと、最後尾から着いてきたオツランが声をかける。

「しばらくお待ちください。もうすぐお見えになります」

 アシムは肩越しに振り返ると無言で頷いた。

 その場でしばらく待つと、椅子の後ろ、赤い垂れ幕の向こう側からカツカツと数人の足音が聞こえてくる。

 その足音が聞こえると、オツランと左右の兵士が一斉に膝を突いて頭を下げる。

 それを見てネイたちも慌てて同じ姿勢をとった。

 その姿勢のまま待つと、布の擦れ合う音がして、足音がゆっくり椅子に近付いて来るのが分かった。

 その足音は椅子の横まで来ると鳴り止み、謁見の間が再び静寂に包まれる。

「堅苦しい挨拶はいい。顔を上げてくれ」

 声質は低いが良く響く声だった。

 アシムがゆっくり顔を上げると、カムイ王は満足げに頷く。

「立ってくれないか」

 その指示に従いアシムが立ち上がると、カムイ王は自ら階段を降りてアシムに歩み寄る。

 少し浅黒い、ほっそりとした面長の顔に、綺麗に切り整えられた黒髪。

 顎に生やした髭も綺麗に整えられていた。

 カムイ王はアシムの前まで近づくと、その顔をしげしげと見つめて目尻に深いシワを作る。

「良く訪ねてくれたな。しかし……すっかり良い女になったな!」

 カムイ王はアシムの肩をバンバンと勢い良く叩き、高らかに笑い声を上げる。

 ネイたちはそんなカムイ王を見て、互いに顔を見合わせた。

 

 

 

「本当ですかっ!」

「ああ、悪い!」

 唖然とするアシムに、カムイ王は両手を顔の前で合わせて頭を下げた。

「ほら、おまえってまだ幼子だっただろ? そのくらいの年齢は分らないものだよ」

 そう言い訳をしながら、腕を組んで数度頷く。

 カムイ王はアシムをずっと女だと思っていたらしく、その事実にアシムも愕然としていた。

「そうか……おまえは男だったのか。おまえたちは美人姉妹だと思って将来を楽しみにしていたのになあ……」

 心底悔しそうに右の拳を握り締めて震わせると、がっくりと肩を落とす。

 しかし、アシムはカムイ王の言葉に険しい表情を見せるだけだった。

 ネイたちはカムイ王に誘われ、客人として食事を共にしていた。

 長テーブルの上座にカムイが座り、カムイ王の右隣に王妃、リーゼ、オツランが座った。

 そして左隣にアシム、ネイ、セティ、ルーナ、ビエリの順に座る。ユピはビエリの膝の上だ。

 アシムの正面に座る王妃は口許を扇で隠し、目には微笑みを浮かべている。

 本来この王妃が正統な王家の血筋のはずだが、そういった威圧的な態度は微塵も感じさせず、楽しそうにアシムとカムイのやり取りに耳を傾けていた。

 時折漏らす慎ましい笑い声が、品の良さと性格の穏やかさを物語っている。

 その王妃の隣、ネイの正面に座るリーゼは一切口を利くことはなく、笑顔も見せずに黙々と食事を口に運んでいた。

 顔を隠したベールが無いため、今はリーゼの顔がはっきりと分かる。

 長い睫毛まつげと切れ長の目はもちろんだが、紅い唇と金色に近い栗色の髪が印象的だった。

 肌が透けるように白いため、唇がより際立って見える。

 ただカムイ王や王妃と違い、時折ネイたちに向ける冷やかな視線が、ことさら身分の違いを強調しているようにも見えた。

「あちらのお嬢さん、お食事がお口に合わなかったかしら?」

 唐突にのんびりした口調で王妃が口を開いたので、一瞬誰のことを言ってるのか分らなかったが、その視線がルーナに向けられていると知り、その言葉の意味が理解出来た。

 ルーナがテーブル上の料理を見つめるだけで、口に運ぼうとしないために心配したらしい。

 セティがルーナに何か耳打ちをすると、ルーナも食事を口に運び始めた。

「いいえ、そうではないと思います。彼女は何と言いますか……」

 アシムがどう説明したものかと言い淀んでいると、隣でネイが助け舟を出す。

「口に合う、合わない以前に、いつもあんな調子です。気にしなくて大丈夫ですよ」

「まあ、そうですか……」

 どう解釈したのか、王妃は瞳に悲哀の色を浮かべた。

 ネイはそんな王妃の様子をそれとなく窺った。

 今まで想像していた王家のイメージとあまりに違っていたからだ。

 もちろん容姿的なものに問題はなく、リーゼの白い肌、切れ長の目、金色に近い栗色の髪は母親譲りのものだと分る。

 ただ、王家の人間とはもっと高飛車だというイメージを持っていた。

「まるで人形ね」

 そう吐き棄てるように言ったのはリーゼだった。

 どうやらルーナを指して言ったらしい。

 王妃とは逆に、リーゼはまさにネイの想像した通りの王族だった。

 隣でオツランが嗜めるが、リーゼは一向に気にする様子もなく涼しい顔をしている。

「だってそうでしょ? ずっと無表情だし、口は利かないし……人形と同じじゃない」

 その言葉にセティがピクリと動くが、ネイがテーブルの下でセティの膝に手を置いてそれを制した。

 セティが不満げにネイを見ると、ネイは小さく首を振る。

 そしてリーゼの目を真っ直ぐに見据えた。

「人形か……たしかにそうですね」

 ネイが椅子の背もたれに寄りかかり、口許に笑みを浮かべながら同意すると、リーゼは不快そうに睨みつける。

「それに比べて王女様は生き々としておられ、とてもお美しい」

 褒め称えるネイに、リーゼは汚い物でも見るような冷やかな視線を向けた。

 両脇に座るアシムとセティは、めずらしく媚びを売るネイに嫌な予感を感じたが、その口を止めるのは間に合わなかった。

「特にその御召し物、素晴らしいです。なんと言いますか……そう、まるで幼女が持つ人形のようだ」

 その言葉を聞いたリーゼはテーブルを叩いて立ち上がった。

 その肩が怒りに震える。

「リーゼ……座りなさい」

 そのやりとりを黙って聞いていたカムイ王が言葉を発した。

 静かな口調だったが、低く重みのある雰囲気には逆らわせない何かがある。

 カムイ王の言葉にリーゼは下唇を噛みながらうな垂れるが、もう一度ネイを睨むとナプキンで口許を拭って部屋を出て行ってしまった。

「娘が失礼をした、私が代わって詫びよう。あれは我儘わがままに育ててしまって――」

 カムイ王はテーブルに両肘を突いて手を組み、深いタメ息を漏らす。

「だが、さっきのは良くないな。身分をどうこう言うつもりは無いが、父親の立場としてはあまり気

分が良くない」

 そう言いながらネイを見る目は、怒りこそ現れているようには見えないが、威圧感は充分すぎるほどにあった。

 部屋の中に緊張が走る。しかし―――

「フフ……ウフフフ」

 突然その緊張を破るように王妃が笑い出した。

 扇で口許を隠しながら、愉快でたまらないといった様子で身体を前後に揺らす。

 その様子にカムイ王は顔をしかめる。

「困るなあ……せっかくの威厳の見せ場だったのに」

 カムイ王は椅子の背もたれに寄り掛かり、片眉を上げて王妃を見た。

「だって……あんなに堂々と王族に皮肉を言う人なんて。それに、さっきのリーゼさんのお顔ったら本当に悔しそうで……」

 王妃は笑いが止まらないらしく、笑いを含みながら必死で言葉を発する。

「リーゼさんのあんな感情的な表情、本当に久しぶりに見たものですから」

 涙を拭いながら王妃はまだ肩を揺らしていた。

「う〜ん……」

 肩透かしをくらったカムイ王は、下唇を突き出しながら頭を掻いた。

 その仕草は、まるでねた子供のようだった。

 

 

 

「まったく、あんたには肝を冷やされるわ」

 セティが呆れたように、ベッドに寝転ぶネイを見下ろした。

 食事を終えると部屋を用意され、アシム以外の者はそこで時間を潰していた。

 アシムは部屋に移る途中でカムイ王に呼び止められ、そのままネイたちと別行動となった。

「でも良い気味だったわ。王族ってだけであの女の態度……ああ、腹が立つ!」

「デモ、キレイ……」

 床に座り、ユピとジャレていたビエリがボソリと呟いた。

「はああ? ビエリってああいうのが好みなわけ? 趣味悪いわよ」

「チ、チガウ! チガウぅ……」

 ビエリは困ったように目を伏せ、ブンブンと激しく頭を振る。

 そんなビエリに、セティは腕を組みながら疑惑の眼差しを向けた。

「そんなことより、アシムのヤツ遅いな」

 そう言いながらネイがベッドから身を起こす。

 この部屋に来てから結構な時間が経つが、アシムが戻ってくる気配が一向に無い。

「久しぶりの再会らしいから、二人で昔話に花を咲かせてるんじゃないの?」

「だと良いがな」

 ネイの不安に理由わけは、セティとビエリにも分った。

 アシムは、この国まで来た詳しい事情を問いただされているのかもしれない。

 現状は分らないが、貴族であるズラタンの元からルーナをさらったのだから、手配書くらいは出回っていてもおかしくはない。

 カムイ王がアシムとは旧知の仲と言っても、それは王になる以前のことだ。

 事情を全てを知った上で、他国で罪人扱いされている人間をかくまってくれるかは疑問だ。

 三人の視線がルーナに集まる。

 ルーナは窓際に立ち、ぼんやりと夜空を見上げている。

「オレ、ダイジョウブ、オモウ。アノオオサマナラ」

 ビエリが誰に言うでもなく、独り言のように呟いた。

(あの王様なら大丈夫、か……)

 ネイは声には出さず、ビエリの言葉を反芻はんすうする。

 ネイ自身も、その部分は反論する気にはなれなかった。

 カムイ王は、今までネイが見聞きしたどの貴族や王族とも違っていたからだ。

「でもさ、アシムが詳しく事情を聞かれているとも限らないし、仮に聞かれても正直に言うとは限らないじゃない」

 セティが軽い口調でそう言ったが、ネイもビエリもそれには返事をしない。

 そのとき、不意にドアを叩く音が鳴り、一人の兵士が部屋に顔を見せた。

「失礼します。ネイ様とルーナ様はどちらですか?」

 その言葉に三人がギクリとする。

 しかし、そんな様子をおくびにも見せず、ネイが軽く手を上げると兵士は一度頷いた。

「ではルーナ様は?」 

 窓際で背を向けていたルーナの身体を、セティが兵士の方に向けさせる。

「では御二人は私に着いて来ていただけますか。カムイ王がお呼びです」

 ネイはベッドから腰を上げるとルーナの肩に手を置く。

「行こうぜ」

 ビエリとセティの不安げな視線を受けながら、二人は部屋を出た……

 

 

 

 つづく

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ