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24章  砂の王国

 バルト大陸。

 四方を巨大な渦の巻く死の海に囲まれ断絶された大陸。

 約千年ほど前、一人の者が大陸を統べる。

 しかし現在、大陸は七つの境界に分けられ争いを繰り返す。

 

 学ばぬ者。

 

 繰り返す者。

 

 罪深き者が住まう大陸。

 

 

 

 

 ドドドドド……

 地鳴りのような音と、地面がかすかに盛り上がってそれは向かってくる。

 ドーンッ!

 軽い爆発が起きたかのように目の前で砂が四方に飛び散った。

「キッキー!」

「逃げろ!」

 その言葉で四人は我先にと走り出す。

「アシム! おまえ狩りは得意だろ! あいつも狩れよ!」

「フフフ、何の冗談です? 森には荷馬車を丸飲みにするような生き物はいませんよ」

「ちょっとビエリ! あんたこんなときだけ行動早すぎ! 残って囮になりなさい!」

「イヤダ……」

「ん? おい、ルーナあいつはどうした?」

「はあ? あんたが保護者でしょ! 責任持ちなさいよ!」

 セティの言葉にネイは舌打ちをすると、立ち止まって来た方向を振り返った。

 ルーナはネイに背を向けたまま立ち尽くし、元の場所から動かないでいた。

「くそっ! あいつは何で協調性が無いんだ!」

 文句を言いながら全速力で引き返す。

 砂地に足を取られながら、やっとの思いでルーナまで辿り着くと襟元を鷲掴みにして再び折り返す。

 ルーナの身体は無抵抗のまま、風になびく洗濯物のように宙に浮いた。

 背後からは、地鳴りのような音が猛烈な勢いで再び近付いて来る。

 一方、三人は離れた場所で立ち止まり、身を低くしてネイたちの方向を振り返った。

「危険ですね……あれでは追いつかれます」

「死んだわね」

「アウウ……」

 三人が見守るなか、ネイの足元で再び爆発のようなものが起きた。

「うわああぁぁ!」

「……」

 ネイとルーナの身体が宙に浮き、そのまま回転しながら前方に飛ばされる。

 それを見たビエリがすかさず走り出し、ルーナは上手く受け止める。

 しかし、ネイはそのまま背中から地面に叩きつけられた。

「ぐうぅ……」

「ほら、早く走るんです! グズグズしているとまた来ますよ」

 アシムが叫ぶが、助けに向かうつもりはないらしい。

 ネイは呻きながらも自分が飛ばされたきた方向に目を向けた。

 先ほどまでネイたちがいた場所には、巨大な筒状の生き物が地面から顔を出している。

 身体の先端全体が大きな口になっており、口の中には鋭い無数の牙、外側には無数の触覚のような物がうごめいていた。

 その巨大な生き物が再び砂を撒き散らし、地中に潜ろうとしていた。

「あいつは一体なんだっ! あのデカい口で荷馬車まで丸飲みにしやがって!」

「おそらくミミズの一種じゃないでしょうか」

「あれがミミズ? あんな巨大なミミズなんているか!」

「サンドウォーム……」

 ルーナを抱えたビエリがボソリと呟いた。

「さんどうぉーむ? なんだそれは?」

「カイブツ…サバクニスム……アッタラタスカラナイ……ラシイ」

「会ったら助からないだと? ちくしょう! 絶望的な予備知識をありがとよ!」

「ほら、あんたち揉めてないで早く走りなさいよ!」

「くそっ! 一体なんでこんな目に!」

 砂漠虫サンドウォームが再び地中に身を潜めたのを目にし、ネイとビエリは再び走り出した。

 

 

 

 ここはバルト大陸南部に位置する国、ディアド。

 森の国であるセルケアの隣に位置する国だ。

 セルケアとは打って変わり、国の領土の八割が砂漠という砂地の国。

 ルーナを奪還してモントリーブから逃げ出した一行は、南下しながらセルケアを越えてこの地にやってきた。

 ジュカたちに迷惑が掛かるということから集落には寄らず、森を抜けたのだ。

 森を抜け、この地を目指したのにはもちろん理由があった。

 それは、この地にアシムの知人が居るらしく、その人物を頼ろうというものであった。

 なんでも森の生まれで、唯一他国へ移住した変り者らしい。

 他国へ移住してからは、アシムもその親交がないとのことだったが、追われる身になった今、身を置ける場所をどうしても必要としていた……。

 

 

 

「うう…もう走れないわ……」

 砂地に足を取られ、セティが四つん這いの格好になった。

「セティ!」

 それを見たネイがセティの元に駆け戻る。

「はあ…はあ…あたしは…もう無理…先に…行って……」

「……」

 ネイは黙ってしゃがみ込み、真剣な眼差しを向けながらセティの肩に手を置いた。

「ネイ……」

 ネイの蒼い瞳をセティも見つめ返す。

「……女盗賊セティ。この名前は忘れない」

「は?」

 ネイは深く頷いて見せると立ち上がり、踵を返して置き去りにしようとする。

 その瞬間、セティは目尻を吊り上げてネイの両足にしがみ付いた。

 ネイはバランスを崩し、砂地に顎から倒れ込む。

「ちょっと、あんた何考えてのよ! 普通は女を置き去りにしないでしょ!」

「おまえが『普通』とか言うな! 普通、もうダメなヤツはしがみ付く元気なんか無い!」

 その言葉にセティはさらに目を吊り上げた。

 ネイの首に腕を回してまとわりつくセティ。

 それを引き剥がそうと顔を押し退けるネイ。

 二人がもがいているうちに、サンドウォームはその距離を詰めてくる。

 もう逃げるには間に合わない距離まで間合いが詰まったとき、やっと二人は我に返った。

「わわわわわっ!」

 セティは慌てふためきネイの頭に抱きつく。

 二人がもうダメかと思ったとき、近くの砂丘から声が上がった。

「動かないでっ! サンドウォームは音と振動で獲物の位置を捉えます!」

 その声に反応し、二人は動きをピタリと止めて身を寄せ合った

 セティは顔を背けて目をつぶり、ネイの首に回した腕に力を込めた。

 ネイもセティを強く抱きしめ、強く目を瞑りながら顔を背けた。

「ひいい!」

「くっ!」

 …

 ……

 ………

 恐怖に身を固くするネイたちをよそに、砂地には静寂が戻る。

 ネイは恐る々に目を開いていく。

 続けてセティも片目づつゆっくりと目を開けた。

 二人の視線の先、微かな風に砂が流されている……

 サンドウォームがいる形跡はなく、二人の前には広大な砂の大地が広がっているだけだった。

 

 

 

「いや、それにしても助かったぜ。あんたが声を掛けてくれなきゃどうなっていたか……」

「ホント、ホント。もうダメかと思ったわよ」

 二人が何度も頷きながら礼の言葉を述べる。

「礼には及びませんよ」

 頭に布を巻き、良く日に焼けた顔に白い歯を浮かべて青年は笑った。

 その屈託のない笑顔にはまだあどけなさが残るが、太くはっきりとした眉は意思の強さを感じさせた。

 そしてもう一人、その青年の傍らで同じように頭に布を巻き、さらに顔の下半分をベールで隠した女性がいる。

 その女性は冷ややかな目で青年を睨んでいる。

 女性は目しか見えないが、その形ははっきりとした二重の切れ長で、長い睫毛まつげが美しさを予感させる。

 しかし、青年に向けたその目には、厄介事に首を突っ込むな、といった色が浮かぶ。

 そんな女性の視線を意にも介さず、青年は上機嫌に話を続ける。

「サンドウォームは地中に生息しているため視力が弱いんです。ですから、足音と微かな砂の動きで獲物を捕捉します」

「なるほどね。アシムと似たようなものか」

「アシム?」

「あっと、助けてもらって自己紹介がまだだったな」

 ネイはそう言うとまず自分が名乗り、その後で順に皆の名を呼びながら指差していった。

 そして最後にアシムを紹介する。

「失礼ですが、あなたは目が見えないのですか?」

 その青年の問いにアシムは気分を害した様子もなく、微笑みを浮かべながら小さく頷く。

 青年はどこか納得がいかぬ素振りを見せるが、その理由はすぐに分った。

 青年の視線は、アシムの背にある弓に注がれていた。

 おそらく、目が見えずに弓を扱えるものか?と思案しているのだろう。

 しかし、その疑問を口にしないのが青年の人の良さを物語っていた。

「信じられないかもしれないが、アシムは弓の名手なんだぜ」

 ネイが言うと、青年は感心したように頷いて見せる。

「……あっ! 申し送れました。僕は『オツラン』といいます。それと姉の『リーゼ』です」

 そう言いながらオツランは傍らの女性を示した。

 しかし、リーゼは不機嫌な眼差しのまま顔を背けただけだ。

「なんか態度が悪いわね」

 セティが笑顔を浮かべたままネイに耳打ちをする。

「すいません。姉は人付き合いがあまり得意ではないのです」

 セティの文句が聞こえたのかどうかは分らないが、オツランは苦笑いを浮かべた。

 ネイはそんなオツランに向かい、気にするな、と首をすくめて見せた。

 その後、砂漠の大地に足を踏み入れた理由をオツランが尋ねてきたので、ネイはその経緯を簡単に語った。

 とは言っても、ルーナのこと、それで追われていること等は伏せ、ただアシムの知人を訪ねて来たぐらいのことしか話さなかったが……。

 それでもオツランは納得して数度頷いて見せるが、それに反してリーゼの警戒心は増したようだった。

 オツランは姉のそんな様子には見向きもせず、ネイたちに同行を申し出る。

 このディアドには国内に街が一つしか存在せず、オツランたちもそこへ向かう途中とのことからだ。

 もちろんネイたちにとっても、何の知識も無いこの国で、案内役を申し出てくれるのを断る理由はなかった。

「では決まりですね。我々が道案内をします」

 そう微笑むオツランと、一層不機嫌さが増したリーゼ。

 その二人を先頭に、ネイたちはこの国で唯一の街を目指した。

 

 

 

 砂地の王国ディアド。

 その国で唯一の街アリスト。

 その街は城と供に存在する城下町で、街の外郭を砂避けのために石壁が囲っている。

 バルト大陸の最南端に位置し、そこからさらに南方に丸一日ほど進めば断崖になった海に出る。

 八割方が砂地というこの国あって、かすかに残る緑地に存在する街。

 そのアリストの門を抜けるや否や、アシムが大きく息を吐き出す。

「久々に木々のざわめきを感じます」

 森育ちのアシムはさすがに砂しかない土地は心底こたえたらしく、アリストに到着するなり安堵の声を上げた。

「砂地と緑地の境目に作られた街か……」

 アシムではないが、ネイもさすがに砂地にはうんざりしていた。

 街に着いても同じような光景だったら……と、正直不安を感じていた。

 しかし、そんな不安も杞憂に終わり、街中にはそれなりに木々も生え、見たこともない白い花がそこかしこに咲いていた。

「さすがに、皆さんは砂地にはうんざりされましたか?」

 二人の様子を見てオツランが苦笑しながら言葉をかけた。

「しかし、砂地も不利益なことばかりではないんですよ。見渡す限りの砂地のおかげで、他国からの侵軍があったときにいち早く発見出来るんです」

 確かにオツランの言うとおり、身を隠す場所のない砂地では、気付かれずに軍隊を進行させることはまず不可能だろう。

「それにサンドウォームです。アレのおかげでこの街は、長い歴史の中で外部からの侵略もされずに済んでいるんです」

「へえ……あの化け物はこの国の守護者ってわけね」

 セティの意見にオツランは満足そうに頷いた。

「じゃあ、俺たちはアシムの知人ってヤツを早いとこ探そうぜ」

「そう言えば名はなんという方なんです?」

 オツランがアシムに向かって尋ねた。

「カムイ、という名です。しかし相手が私を分るかどうか……。なにせ彼が我々の故郷を出たとき、私はまだ子供……ん? どうしました?」

 話の途中、オツランとリーゼの気配が変ったことに気付き、アシムは表情をわずかに曇らせた。

「アシムさんの知人は『カムイ』という名なのですか?」

「ええ、そうですが…… 」

 すると突然オツランは愉快そうに笑い出す。

 逆にリーゼは不機嫌さが増したように見えた。

「いや、失礼。思わず笑ってしまって……」

 ネイたちは顔を見合わせて首を傾げる。

 そんなネイたちにオツランは目を細めた。

「カムイという人物なら良く知っているんです。そういうことなら引き続き僕が案内しましょう」

 そう言ってオツランは右腕を広げると、左手を胸に当てて頭を下げた。

 オツランの言葉を聞いたリーゼは目尻を吊り上げる。そして

「先に行くわ」

 そう一言だけ吐き捨て、一人街の奥へ歩いて行ってしまう。

 その足取りには苛立ちが表れている。

「……いいのか?」

 リーゼの背を見送りながらネイが訊くと、オツランは肩をすくめて苦笑した。

 

 

 

 アリストはネイが知っている街とはどこか違っていた。

 唯一の街ということもあり活気があるのはもちろんだが、そういった活気のある街特有の殺伐としたものが感じられなかった。

 野蛮な声が飛び交うこともなく、行き交う人々の歩調も緩やかだ。

 時間の流れる緩やかに感じる。

 しかし、そういった感覚とは逆に、テントを張った店々に並ぶ見たこともないような品々は、ネイの好奇心を十分に刺激した。

「おい、ボーッとするな。置いていくぞ」

 ネイは立ち止まりルーナに声をかけた。

 その胸にユピを抱え、店先に吊るされた刺繍入りの布を見上げている。

「まあまあ、興味を持つのは良いことじゃないですか」

 そう言うとオツランはルーナの傍まで行き、品物の説明を熱心に始める。

 はたしてそれがルーナに伝わっているかどうかは不明だが、オツランは嫌がりもせず、ここまで五回も同じ行動を取っている。

 そんなオツランの様子に、アシムは感慨深げに頷く。

「しかし、気持ちの良い若者ですね」

「アシム……あんたそんな言い方するとオジさん臭いわよ」

 セティに言われ、アシムは苦笑しながら頬を掻く。

「それより店のヤツ等の態度、どこか変じゃないか?」

 ネイが疑問を口にすると、アシムとセティが首を傾げた。

「そうなんですか?」

「う〜ん……親切すぎる気がするんだよな」

 ネイの言葉通り、店の男は上機嫌にルーナたちに話かけている。

 その前の四軒もそうだったが、一様に笑顔を崩さない。

「そういうお国柄なんじゃない?」

「シンセツ…イイコト……」

 それでもネイは納得がいかないように首を捻っていると、やっと気が済んだらしく、オツランと手を繋ぎながらルーナが歩いて来る。

「何か気に入ったものでもあったかのかよ?」

「……」

 顔すら向けないルーナの反応に、ネイはタメ息をついてオツランを見た。

「しかし、本当に人の良いヤツだな。そんなことだと将来苦労するぜ」

 ネイが呆れたように言うと、オツランは頭の後ろを照れ臭そうに掻いて笑った。

「僕の性分です。それで苦労するなら仕方がないと諦めます」

「ご立派な御意見だこと」

 ネイは呆れたように眉を上げて見せる。

「ねえ、済んだなら早く行きましょうよ……もう暑くて暑くて……」

 セティは肩を落としながらそう言うと、口からだらしなく舌を垂らす。

 ちなみに、セティはビエリの作る影に身を屈めて常に入っている。

 そんなセティの行動に、ビエリは両眉を情けなく下げていた。

「そうですね。ではカムイの元に着いたら何か飲み物を用意しますよ」

 そう言ってオツランは笑った。

 

 

 

「着きましたよ。ここです」

「ここって……」

 セティは口をあんぐりと開け、オツランが指し示した方向を見上げた。

 そこにはいくつもの屋根が見える。

「……クリ?」

 ビエリが呟いた通り、建ち並んだ建物の屋根は、大きな栗のような形をしている。

 そして、その全てが黄色を主体とした色鮮やな配色で、それら無数の建物は分厚そうな石壁に囲われていた。

 それだけで街中で見た建物との違いは明らかだ。

 ネイたちはその様子を、石壁の一角にある大きな門の前で眺めていた。

「ここがカムイ……カムイ王の住居です」

 そう言うと、オツランは悪戯をした子供のような笑みを浮かべる。

「っ! 今……何と言いました?」

 さすがに建物が見えないアシムも、王という言葉に驚き呆然とする。

 ネイとセティは建物を見た時点で薄々予感していたので、これといった変化は見せずに口を開けたまま城を見上げていた。

 オツランは門の前に立ち、ネイたちに向き直り口を開く。

「では改めまして。ようこそアリストへいらしゃいました。僕はカムイ王の息子、オツランです。遠方より尋ねてくださった皆様を、心より歓迎いたします」

 オツランは胸に右手を当て、深々と頭を下げた。

 呆然と建物を見上げていたネイとセティは、口を開けたままゆっくりとオツランに顔を向ける。

「ネイ……あんた盗賊の分際で、王子様に向かって将来をどうこう語ってたわよね……」

「ああ……」

「……とんだ赤っ恥ね」

 オツランはゆっくりと上体を起こし、ネイたちに白い歯を見せる。

 その顔はさっきまでと変らず、あどけなさの残る笑顔だった……

 

 

 

 つづく

 

 


 しばらく更新しないつもりが、20日に感想をもらいうれしくて張り切りました。

 それと、PCから二人の方、ありがとうございます!(7/24)


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