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22章  重なる手

 真円の月が夜空に浮かび、周囲の景色を蒼く染め上げる。

 ギーは足元に落ちた石を拾い上げ、足元にある格子の間にそれを投げ入れた。

 しばらく神経を集中させていると、石壁の向こう側、かすかに人の動く気配を感じた。

 それを感じ取ると、ギーは小さくタメ息をつきながら夜空を見上げる。 

 

 ――『満月の夜は盗賊の休日』

 これは昔から言われ続ける盗賊の間での格言だ。

 満月の光は、闇に身を潜めたい人間の姿すら映し出す。

 それだけでも迷惑な話だが、さらにもう一つの意味がある。

「月は別世界へ通じた穴。満月の夜はそこから誰かに覗かれている」

 それは迷信に過ぎないことだが、そういう迷信に拘る人間が盗賊には多い。

 いや、むしろそうゆうことに拘るくらい臆病で、警戒心が強い人間だけが盗賊として生き残れるだけなのかもしれない――

 

 囚人分の食料の運び込みは、ギーが敷地内の宿舎に移った日から四日後だった。

 ネイの装備は、決めておいた場所に置いておいた。

 それは、運び込んだ食料を保存しておく木箱の中だった。

 ギーがネイにしてやれることはそこまでだ。

 

 自分の役目を終えると、森から連れてきた銀髪の少女の姿が頭に浮かんだ。

「ズラタンといい、ホーク・アイといい、なんであんなガキにこだわるかねえ……」

 そこで自分の方針を思い出し、苦笑いを浮かべてかぶりを振る。

「いけねえ、いけねえ。余計なことに首を突っ込むのはオレの主義じゃねえな」

 格子を見下ろし、姿の見えぬ同業者に声をかける。

「まあ、せいぜい上手くやるこったな……」

 去り際にもう一度月を見上げ、自分の今日の持ち場へと向かった。

 

 

 

 暗闇の中、一人の影をギーの目が捉えた。

 その人物は、素早い動きで建物から建物へ移動を始めた。

「さすが鷹の眼ホーク・アイと言ったところか……」

 ギーは不本意ながら、感嘆の声を上げた。

 今日の持ち場に戻り牢獄への入り口を見下ろすと、すでにネイは外へと脱出をしていた。

 その身のこなしは、そこから人が出て来ることを前もって知っていなければ、とても気付きはしないだろうと思えるものだった。

 ギーの今日の持ち場は、敷地内に二つある城壁塔のうち、低い城壁塔での見張り役だった。

 これにはもちろん狙いがあった。

 敷地内の見取り図がない上、目的の場所も分からない状態なら、ネイは敷地内で最も高い城壁塔を目指すことになるだろうと予想した。

 そこで、残り一つの見張り場であるこの場所を、自分が受け持つようにギーは前もって根回しをしておいた。

 ギーの予想通り、しばらくするとネイは城壁塔を目指して移動を始めた。

 その間にネイは二人の仕留め、その装備を奪って兵士に成りすましている。

 そしてあっと言う間に見張り台を占拠してしまった。

 ギーはその光景を城壁塔から眺め、タメ息混じりに鼻を鳴らす。

「おまえは大したヤツだぜ……」

 ギーは半ば呆れ気味に、賞讃の意をもう一度口にした。

 そのギーの視線の先、すでにネイは次なる目的地を決めて移動を始めていた。

 

 

 

「ん? 何かあったんですかねぇ?」

 ズラタンの部屋へ呼び出されたその帰り、廊下を歩いていたミューラーは、外の異変に気付きその足を止めた。

 窓から外を見下ろすと、地下牢獄への入り口付近で兵が数人、何か慌てている様子が見て取れる。

「何事でしょう?」

 ミューラーの隣に並び、同じように外を見下ろしたカークも怪訝そうな表情を浮かべる。

 そのとき、二人が歩いてきた方向からガチャリと音が鳴り響き、扉の一つから一人の男が出てきた。

 その扉の場所は、つい先刻ミューラーたち二人が出てきた部屋だった。

 男は部屋から出てくるとミューラーたちに気付き、ニヤニヤと笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。

「なんだ? あんた等まだいたのか? 早く自分たちの仕事に戻らねえと、またこっぴどく嫌味を言われるぜ」

 その言葉にミューラーは肩をすくめて見せるが、カークは不快そうに眉をひそめた。

 しかし、カークの表情に男は気にした素振りも見せず、すぐ近くまで来ると二人と同じように窓

から外を見下ろした。

「ヒャッハッハ! どうやら何か問題発生みたいだな。これ以上ズラタンの評価を落とさないように気を付なよ。もっとも……それが妥当な評価なのかも知れねえな」

 甲高い笑い声を上げてそう言うと、カークの肩に手を置いてニヤリと笑って挑発して見せる。

 しかし、カークは目線を合わせることもなく無視をする。

 男はつまらない物でも見るような視線を一度向け、諦めたようにそのまま二人から離れていった。

 男の背を見送ると、ミューラーは苦笑いをして息を大きく息を吐き出した。

「まったく、ヒヤヒヤしましたよ。もしかしたらカーク君が斬ってしまうんじゃないかと思いました」

「あんな安い挑発に乗るほど愚かではありません。しかし、ヤツは一体何者でしょう?」

「さあ? ズラタン卿に上手く取り入ったようですがね」

「……フン、気に入らないですね」

 ミューラーは口を真一文字に結んだカークの顔見て微笑むと、カークの肩を叩いた。

「まあ、彼の言う通りどうやら問題発生のようですから、我々は我々の仕事をするとしましょう」

 カークが無言で頷くと、二人は外に向かい廊下を進んだ。

 

 

 

 どうやらネイが狙いを定めたようだと察すると、ギーは自分の仕事をするために城壁塔を駆け下りた。

 地上に降りると、先刻までは無かった異様な慌しさが周囲には広がっていた。

(気付かれたみたいだな……予定より早かったんじゃないのか?)

 ギーは周囲に目をやり、ガチャガチャと甲冑を鳴らして走る兵士を一人掴まえると、その兵士にことの経緯を尋ねた。

「俺も詳しいことは分からんが、なんでも一人牢獄から脱走したらしい。しかも、そいつはズラタン卿を狙った暗殺組織アサシンギルドの人間だって話だ!」

 それを聞いてギーは思わず吹き出しそうになり、慌てて口許を隠した。

「おまえも早く館の入り口へ行って警備を固めろ」

 そこまで言うと、兵士は再びガチャガチャと音を立てて走り去っていく。

「アサシンギルドだって? そりゃギルド違いだろ」

 口許が思わず緩む。

 ギーにとって、何の理由も必要とせず、堂々と館に近寄れるこの状況はありがたかった。

 もちろんそれを考慮して、ネイ自身が『アサシンギルド』などと思い切った情報を広げたのだろう。

 ギーがこの機を逃すまいと館に向かい走りかけたとき、視界の隅で不自然な影を捕らえた。

 もっとも不自然とは言っても、よほど注意しなければどうということがない程度だったが……。

 周囲が慌てふためき移動してる中、一人だけなんでもない建物の中に入って行く姿を見た。

 今のはネイだ。

 そう直感し、わずかな時間その建物を凝視した。

(アサシンギルドだなんて、そこまで騒ぎを大きくしたらおまえは逃げ切れるのかよ? しかも足手まといになるガキを一人を連れて……)

 そんな考えが頭をよぎったが、ギーはすぐにそれを振り払った。

「そんな心配をされるようなヤツなら、鷹の眼ホーク・アイなんて通り名が付くわけねえよな……」

 そう呟き、もう一度ネイの入った建物に視線を投げる。

(あいつは狙った獲物は逃さない)

 ギーは苦笑し、館に向かって走りだした。

 

 

 

 部屋の隅で人の気配を感じた。

 ネイはその気配の元へゆっくりと近付くと、そっと右手を差し出した。

「またせたな。行こうぜ」

「……」

 しかし反応がない。

 ネイはタメ息をつくと、頭に被った兜を脱いだ。

「俺だよ。ネイだ」

 その言葉を聞きやっと反応を示す。

 気配の主がゆっくりと立ち上がると、その姿が月明かりに照らし出された。

 深い紅色の瞳をし、銀色の髪を持った少女ルーナだった。

 その銀色の髪は月明かりで青みを帯びて見える。

「……行こうぜ」

 ネイがもう一度右手を差し出す。

「あとはおまえ次第だ。どうするかはおまえが決めろ」

「……」

 ルーナは差し出された右手に手を伸ばし、その手を握った……。

 この瞬間、ネイはハッキリと自覚した。

 ギルドからおかしな依頼を受けてキューエルに再会し、そしてそのキューエルが連れていた少女。

 この少女もまた、自分に『何か』を連れて来たのだと。

 知らず知らずのうちに口許に笑みが浮かぶ。

「決まりだな……じゃあ行くぜ」

 ネイは踵を返し、扉へと向かった。

 ルーナの小さな手をしっかりと握って……

 

 

 

 つづく

 

 


 やっとプロローグの場面まで辿り着きました。長かった……

 

 どうでしょうか?

 上手く繋がったでしょうか?

 自然な流れだったでしょうか?

 この場面は、色々な意味でプロローグにしたのですが……(7/18)

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