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21章  協力者

 暗闇の中、息苦しさに人の影が身悶えする。

「ちょと! どこ触ってんのよ!」

「よせ! いてて! バカ、俺じゃない!」

「いいえ! 絶対あんたよ!」

「ビエリだ、ビエ……いてっ! バカやめろ」

 そのとき、暗闇に光が差し込み、視界が急に明るくなった。

 その眩しさに三人の顔が歪む。

 頭上を見上げると、呆れたように女が……いや、女装をしたアシムが覗き込んできた。

「貴方たち、少しは静かに出来ないんですか?」

「上手くいったか?」

 耳をセティに引っ張られながら、ネイがアシムを見上げて訊いた。

「もちろんです」

 そう答えてアシムは自慢気に胸を張り頷く。

 その言葉を聞き、三人は木箱の中からその身を出そうとしたが、同時に出ようとしたため、詰まって立ち上がることが出来なかった。

「ビエリ! おまえケガ人より先に出ようなんて厚かましいぞ!」

「アウ…キツイ」

「なに言ってんのよ! レディファーストよ、レディファースト! あんたたち、しゃがみなさいよ!」

 中腰の状態でジタバタする三人の姿を見て、アシムは大きくタメ息をついてうな垂れた。

 

 四人はモントリーブの首都アルガサに来ていた。

 ズラタンはクレスタを出て、アルガサにある館へ戻ったという話を耳にしたからだ。

 しかし、アルガサまで来るとその入り口で検問を張っていたため、三人は木箱の中に見を隠した。た。

 

「よく積荷のチェックをされなかったな」

 ネイが右肩を回しながらそう言うと、アシムは当然というような表情で深く頷く。

「まあ、私の美貌があれば当然です」

 その台詞に、セティとネイが冷ややかな視線を送る。

 検問を通るのにこの方法を決めた当初、アシムは女装をすることを頑なに拒んだ。

 しかし、二人の説得により渋々ながらもやっと了承したのだ。

「ビエリが可哀相じゃない?」

 セティはそう言うと馬車の荷台に目をやった。

 ビエリだけは外に出て来ない。

「仕方ないだろ。あの体格は目立ちすぎる。それに、クレスタでの大立ち回りで顔を憶えられている可能性が高いからな」

「そんなこと分かってるわよ」

 まるで自分に考えが無いかのように言われ、セティは不機嫌そうに口を尖らせた。

「で、この後はどうします?」

 アシムそう訊かれると、ネイは腕を組んで低く唸った。

「なんとかして館に忍び込むことが出来ればな」

「あれが館って呼ぶのかしらねえ……」

 三人はズラタンの館に目をやった。

 ズラタンの館は街から外れた小高い丘の上にあり、街全体を見下ろすように建てられていた。

 そのため、見通しの良い場所なら街中からでも外観を目にすることが出来る。

 建物の大きさ、立地場所と、それは館と言うよりもまるっきり城だった。

「完全に王様気取りだな」

 ネイが吐き捨てるように言った。

「あっ!」

 そのときセティが何かに気付き、先の通りを凝視した。

「どうしました?」

 アシムが尋ねると、セティは邪まな含み笑いをする。

「ムフフ……良い協力者が見つかったわ」

 

 

 

「フフフ〜ン……」

 私兵団員が一人、上機嫌に鼻歌を歌いながら通りを歩いていた。

 その男が建物と建物の間に差しかかったとき、それは起こった……

「フフン……グエェ〜!」

 建物の陰から伸びてきた手に突然首元を引っ張られ、カエルのような声を上げる。

 そして陰に引きずり込まれると、背後から口を押さえられ、喉元にナイフを当てられる。

「っ! ムググゥ!」

「おいおい動くなよ。喉にもう一つパックリと口が出来ちまうぜ」

「……」

 邪悪な口調で耳元に囁きかけられると、私兵は観念したのか大人しくなった。

 私兵が大人しくなると、壁に手を突いた格好でもう一人の人物が姿を見せた。

「ハァ〜イ! 驚いた?」

 満面の笑みを浮かべながら手をヒラヒラと振って見せる。

 それを見て私兵の目が見開いた。

「ムゴ〜ゴ」

「大きな声を出さない?」

 私兵はカクカクと首を縦に振って見せる。 

「いいわ。離してあげて」

 私兵の背後に声を投げかけると、私兵の喉元からナイフが離され、塞がれた口が自由になる

「セティちゃん! ……どういうことだよ?」

「ちょっと、大きな声出さないでって言ったでしょ!」

 セティが目を吊り上げながら、口に人差し指を当てて周囲に目をやった。

「おまえに頼みがあるんだよ」

 背後からそう言われ、私兵は振り返った。

「なっ! 鷹の眼ホーク・アイ! おまえ、こんな所で何やって……ぐおっ!」

 大声を上げた直後、後ろからセティに思いきり拳で殴られた。

「ぐぅ〜……」

「だから、大きな声を出すなって言ってるでしょ!」

 私兵は低い呻き声を漏らしながら、しゃがみ込んで後頭部を押さ込んでいた。

 頭を押さえた指の間から、赤い髪が逆立っているのが見える。

 ネイは私兵の前にしゃがみ込むと、神妙な面持ちで語りかけた。

「ギー……実はお前に頼みがあるんだよ」

 赤い矢レッド・アローのギーは、殴られた頭を擦りながらネイの顔を涙目で睨んだ。

 

 

 

「そんな不機嫌な顔するなよ」

 ネイが苦笑いを浮かべながら諭すが、ギーはブスっとしたままそっぽを向いている。

 ネイたちは、ギーが一時的に住処にしている廃家に場所を移し、無理矢理その家に上がり込んだ。

 ギーは四人を見渡すと、ネイを睨んで口を開く。

「で、なんなんだ? この男女と大男と……このサルはっ!」

 最後の言葉は天井にぶら下がり、ほこりを撒き散らしているユピに向けて言った。

 ギーの言葉にアシムの眉がピクリと動いた。

「失礼な人ですね。客を持て成すでもなく、こんなゴミ置き場に連れて来ておいて」

 アシムの言葉に、ギーのこめかみが小刻みに震えた。

「人の住処を……しかも勝手に上がり込んだくせにぃ! なんなんだネイ、この恐ろしく失礼なヤツは!」

 怒鳴りつけるギーに、ネイは不自然な笑みを浮かべながら両掌を向ける。

「まあ、落ち着けよ。そいつのことは気にするな。悪気はないんだ」

「そうよ。男が小さいことを気にしないの!」

 ギーもセティに言われると弱いらしく、口を噤んで顔を歪めた。

「で? 一体なんだよ! 頼みごとって」

「……単刀直入に言う。ズラタンの館に入りたい。手を貸してくれ」

「なにい? ズラタンの館? はんっ、諦めな! 普段から厳重な上に今は特にひどい。それに、あのミューラーも来てるんだ」

「ああ、知っている。……銀髪の娘もいないか?」

「ああん? 何だおまえ、あのガキの知り合いか?」

「知ってるのか?」

「知ってるも何も、あのガキをセルケアの集落から連れて来るとき、俺もいたからな」

 瞬間、アシムがわずかに険しい表情を作った。

 何気なく言ったギーの言葉で、アシムの気配が変ったのがネイには分かった。

 案の定、アシムがギーに向かい口を開く。

「貴方たちが来たとき、森を知る者が道案内をしたようですが……貴方はその者をご存知ですか?」

「あの案内役か?」

 ギーは片眉を上げると腕を組み、記憶を呼び起こすように短く唸った。

「う〜ん……たしかファ、ファ……」

「っ! ファムートですか!」

「ああ、そんな名前だった気がするな。もっとも、そいつは集落入り口までしか行かなかったと思うが……」

「……」

 アシムの表情が険しさを増し、今度は傍目にもはっきりと分かる。

「知り合い……みたいだな」

「知り合いなんて思いたくもないですがね。森で面倒を見ていたことがあるだけです」

 珍しく憎々しげに答えるアシムに、ネイは多少驚いた。

「何か因縁でもありそうだな」

 そのネイの言葉を質問と受け取らなかったのか、それともあえて聞き流したのかは分からなかったが、アシムはその問いに答えることはなかった。

「ギー、とにかく何とかしなさいよ」

「いや、セティちゃんの頼みなら聞いてやりたいんだけど……こればっかりは……」

 セティに凄まれ、困ったように目を泳がせた。

「館内にさえ入れれば、どんな形でも構わない。それ以外はおまえに迷惑をかけない」

「……」

 ネイは、何も答えないギーを凝視する

 ギーはボリボリと頭を掻きむしると、諦めたように肩を落としてタメ息をついた。

「分かった、分かりましたよ! ただしネイ、おまえ一人だ。おまえ一人だけなら何とかしてやる。そのかわり二日後の夜まで待てるなら、の話だが」

 その返答に、ネイたちが揃って明るい顔をする。

「もちろんだ。すまないな、ギー」

「勘違いすんな! おまえのためじゃねえ! セティちゃんの頼みじゃなければ引き受けやしなかったよ!」

 さも不機嫌そうに口を結んで横を向くと、その後でチラチラとセティを見る。

「ん? なによ?」

「いやぁ〜…そのぉ〜……」

 何か言いづらそうに横目でセティを盗み見するが、その顔を向けることはない。

 セティはギーの態度に苛立った様子で、一度床を強く踏み鳴らした。

「はっきり言いなさいよ!」

 ギーは一度体をビクリと震わせると、上目遣いにセティを見て口を開いた。

「あのぉ…代わりと言っては何ですがぁ……」

「なによ?」

 見下すようなセティの視線。

 ギーは強く瞼を閉じ、右手をセティに向かい差し出した。

「今度、一緒に仕事をしてくれませんか!」

「イヤ。絶対にイヤ」

 間髪を入れない即答だった。

 誘っていることに色気はなかったが、ギー的にはかなりの勇気を要したのだろう。

 即答で断られ、石にでもなったかと思うくらい硬直し、ゆっくりとうな垂れていく。

 背後から見ていたネイも、ギーの影が灰色に見えるくらい悲壮感を漂わせていた。

「お、おい……ギー?」

「……」

 ネイの呼びかけに、肩越しにゆっくりと振り返るギー。

 その目の色は、もらい泣きを誘えるほどの哀愁をかもし出し、肩は小刻みに振るえている。

「ま、まあ、気にするなよ。ほ、ほら、皆がいる前だからセティも……」

 ぎこちない笑いを浮かべながら、必死にフォローをしようとしたが、そんな努力もセティがあっさりとぶち壊した。

「どこで言われても同じ。絶対にイ・ヤ!」

 追い討ちかけるセティの言葉に、ギーの顔が見る々うちに歪み、目には今にも溢れそうなほどの涙が溜まっていく。

 そして許容量を超え、両目からその涙が零れ落ちそうになったとき、ギーは踵を返して猛然と走り出した……何かを叫びながら。

 しかし、その言葉を誰も翻訳出来なかった。

 廃屋から飛び出したギーの背を、残された者はただ呆然と見送る。

「……おまえ、嘘でも良いから、もうちょっと状況を考えて言葉を選べよな」

 ネイが恨めしそうにセティを睨むが、セティは目を閉じて澄ました顔をしていた。

「方向音痴の盗賊なんて、一緒に仕事が出来るわけないでしょ」

 

 

 

 二日後の夜、ギーは来ないのでは?と本気で心配したが、それは杞憂に過ぎなかったようで、ギーは日が沈みきると約束通り廃家に姿を現した。

「おまえたちの準備は済んだかよ?」

 そう言って三人を見るが、セティを見るのは気まずいらしく、顔を合わせようとはしない。

「ああ、なんとかな」

 ネイが深く頷くと、ギーは鼻を鳴らした。

「じゃあ説明するぞ。いいか? 明日から俺は、念願叶って館の敷地内勤務だ。だから今晩から敷地内の宿舎に泊り込める。そこでネイ、おまえを一緒に連れて行ってやる」

 ネイが、ギーに礼を言おうとすると、ギーはそれを手で制した。

 どうやら話はまだ済んでいないらしい。

「ただし! 連れて行くのは敷地内にある牢獄だ。もちろん非武装でな……それでも良いな?」

 そう言ってネイを見ると、ネイは肩をすくめて了承の意を示した。

 ギーも満足したように小さく頷く。

「三日に一度、囚人たちの食料を運び込むらしいが、それを俺が買って出てやる。そのときにネイの装備はどこかに隠しておく。まあ、場所は中に入ってから決めよう……ただ、食料の運び込みが実際いつになるか、それは俺も行ってみなけりゃ分からねえ。だから多少日にちは前後するかもな。準備が出来たら、おまえに合図を送ってやる」

 そこで再確認するように、一度三人を見回した。

 あくまでセティに顔は向けない。

「次に見取り図だが、それは我慢しろよ。見取り図を用意するためにヘタな動きをして、こっちの仕事に支障をきたしたらたまらないからな」

「そこまで面倒を押し付ける気はないさ」

 ギーは一度鼻を鳴らすと、ネイに手枷を差し出した。

 ネイはナイフやブレスレット、その他諸々もろもろの装飾品などを外し、それをビエリに手渡すと黙って両手を差した。

 そしてその両手首に手枷が取り付けられる。

 ネイは妙な気分になり思わず苦笑した。

 今まで、手枷を付けられるようなドジを踏んだことは一度もなかった。

 まさか初めての経験が、こんな形で訪れるとは想像すらしなかったことだ。

「じゃあ行くぞ。ネイの荷物は後で取りに来る」

 その言葉に四人は無言で頷く。

 そして二人が部屋を出ようとするとき、ネイの背にアシムが不意に言葉をかけた。

「痩せた体型に茶色の毛髪。顎に傷があるそうです」

 ネイが足を止め振り返る。

「ファムートとかいうヤツか?」

「ええ。もし出会うことがあったら、迷わずナイフを突き立てなさい」

「めずらしいな、おまえがそんな物騒なことを言うなんて」

「……」

 何も答えないアシムにネイは肩をすくめる。

「とりあえず、頭の隅にでも置いておくよ」

「……気を付けてください」

 

 

 

 廃家を出て館へ向かう途中、ギーは急に立ち止まるとネイに向き直った。

「なあ、協力する代わりと言っちゃあなんだが、俺からもおまえに頼みがある」

「なんだ?」

「脱出する直前でも良いが、出来るだけ騒ぎをデカくしてくれないか」

「?」

「その騒ぎに便乗して自分の仕事を済ませたいんだよ。遅かれ早かれ内通者の存在を怪しまれるだろうからな。もちろんそんなことをすれば、おまえはより危険が増すことになるが……」

「……分かった。出来る限り騒ぎをデカくして逃げ出してやるよ」

 そう笑うと、ギーの目の色が変った。

 それは、ネイの真意を解こうとするかのような真剣な眼差しだ。

「ホーク・アイ……おまえ、一体どうしちまったんだ?」

「なにが?」

「本来ならこんなことしてる場合じゃねえだろ? おまえ、『渡り鳥』になっちまうぜ? ズラタンだけじゃない……そうなりゃ組織ギルドからも追われるハメになるんだぞ?」

 ネイは両眉を上げて目を大きくした。

 さも驚いたような表情だ。

「なんだおまえ? 心配してくれてるのか?」

「ケッ! おまえの心配なんか誰がするかよ! ただ……セティちゃんを巻き込むなよな!」

 顔を真っ赤に染め上げて怒鳴りつけるギーに、ネイは笑いを噛み殺した。

「ギー、おまえは良いヤツだよ」

 ギーは眉間にシワを寄せて口許を歪めると、思い切り鼻を鳴らして再び歩き出す。

 ネイはその背中を見ながら目を細めた。

(ズラタンに追われる? ギルドから追われる? そんなことは大したことじゃないさ。そんなことよりもっと大事なことが待っている……そんな予感がするんだ)

 そう心に思い、ネイは小高い丘にそびえる館を見上げた……

 

 

 

 つづく

 

 


 えぇ、『裏レクイエム』というのがあります。

 これを本編とするなら、外伝のようなものです。

 本編を気にっていただけたら、そちらも読んでいただけるとありがたいです。

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