表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/124

15章  若き回収者

 夕暮れ刻。通りは人に溢れていた。

 ゴミゴミした光景が、ここ数日の間、森しか眺めていなかった目には新鮮に写るから不思議だ。

「お、おい、あれ見ろよ。すげえ……デケぇ……」

「あの顔の傷……かなりの悪党だぜ」

 周囲の人間が好奇の目を向け、ヒソヒソと耳打ちし合っている。

 さっそく注目の的だ。

 道を空けてくれるのはありがたい……と言いたいところだが、まさにありがた迷惑だった。

「うおっ! ずいぶん別嬪べっぴんさんだな」

 鼻の頭を赤くした男が、下卑た笑みを浮かべながらおぼつかない足取りで近寄ってきた。

 目深に被ったフードの中身を不躾に覗き見る。

「やめておけよ」

 覗き見る男の頭を横から抑え、そのまま後ろに突き飛ばす。

 男は尻餅をつくと目を白黒させ、鈍った思考で状況を理解すると同時に、突き飛ばした相手を下から怒鳴りつけてきた。

「おまえのために言ってるんだ。亭主に殺されるぞ」

 そう言って親指で後方を指差しながら、冷ややか目で酔っ払いを見下ろす。

 酔っ払いはその指差した先を見ると、短い悲鳴を上げて四つん這いのまま逃げ出していく。

「やれやれ……」

 逃げる途中、男が無様に転ぶ姿を見てタメ息をついた。

「ネイ、なぜ私が女性ではないと教えてあげないんです」

 背後から声を掛けられ、ネイは逃げる男から視線を外して振り返る。

「いいんだよ。いちいち説明して回らなくても」

「しかし……」

 反論しながら目深に被ったフードを外す。

 首筋で一本に纏められている、長い白銀色の金髪プラチナブロンドの髪がサラリ肩に落ちる。

 客寄せ第二弾と言ったところだ。

 その効果はてき面で、途端に周囲の道行く人がその足を止めた。

「イイ女だなあ」

「綺麗な顔だわ……」

 その端整な顔立ちと美しい髪に、男たちの賞讃と女たちの羨望の声が小さく聞こえてくる。

「……どうする? 全員に説明して回るのか?」

 そんな周囲の人間を冷ややかに見ながら言うと、アシムも言葉を飲み込んだ。

「デモ、オレ、テイシュトチガウ……」

 二人のやり取りを横で黙って見ていた、客寄せ第一弾がおずおずと声を掛ける。

 その高い肩では、黄色い体毛の小動物が木の実を食べていた。

「ビエリ。おまえって体がデカいくせに、結構細かいことにこだわるヤツだな」

 ネイがジロリと横目で睨むと、ビエリはオロオロと目を泳がせてその巨体を縮めた。

 その拍子に肩に乗った小動物が地面に落下する。

 そのことに腹を立てたらしく、なぜかネイの足首にガジガジと噛み付いた。

「おいチビ助……怒る相手が違うんじゃないのか?」

「ユピはネイが嫌いですから」

 アシムはさりげなく嫌味を言うと、爽やかに笑った。

 ネイは舌打ちをし、ユピの首元をムズリと掴み、顔の前まで持ち上げた。

 威嚇の鳴き声を上げながら、短い手足をバタつかせて暴れている。

「焼いて喰っちまうぞ」

 そう吐き捨てると、一度鼻を鳴らしてビエリに向かい放り投げた。

「行くぞ」

 そう言って一人でさっさと歩き出す。

 その背に向かい、ユピが抗議の鳴き声を上げいたが徹底的に無視をした。

 

 

 

 此処はモントリーブ国内にあるクレスタ。

 クレスタは、モントリーブでほぼ中心に位置する街だ。

 モントリーブの首都というわけではないが、場所の関係でモントリーブ内の情報をもっとも得やすい。

 しかし、一つ問題があった。

 ミューラーがこの街の私兵団宿舎に来ているらしい。

 それでもクレスタに赴いたのは、キューエルの消息が途絶えたのがこの街だったからだ。

 もちろん、ミューラーもそれが理由でこの街に滞在しているのだろうが……。

 キューエルが脱走したことを耳にしたのは、モントリーブに入国した次の日だった。

 ギルドの情報屋の話によると、捕まった三日後には脱走してその姿を消したらしい。

 しかし、脱走してからこの街に来るまで、その足跡を残しているのが気になった。

 キューエルならそんなミスを犯すとは思えない。

 敢えてそうしたと考えた方が、ネイにはまだ納得がいった。

 そう考えたとき、キューエルがこの街で自分を待っていると確信した。

 少なくとも、この街の付近には潜伏している……。

 それともう一つ、情報屋から歓迎出来ない話を聞いた。

 ギルド内で、ネイが『渡り鳥』になったのでは?と噂になっているらしい。

 渡り鳥とは、ギルド内で使われる『逃亡した者』の隠語だ。

 仕事の報告をせず、姿を消したのだからそう思われても仕方がない。

 もっとも、その仕事の依頼主である『金のふくろう』がキューエルだったのだから、そもそも仕事として成立していないはずなのだが……。

 しかし、そんな事情を知らないギルドからすれば、渡り鳥と思われても仕方がないだろう。

 ルーナを連れていた関係で、ギルドにも消息を気取られぬようにしていたのだから自業自得だ。

 もしギルドに知られれば、キューエルとミューラーに気付かれる恐れがあったのだ。

 

 

 

 黒猫亭。

 そう看板に書かれた店で、ネイは不機嫌そうに左手で頬杖を突いていた。

 右手に持ったフォークで、木製の皿に乗った野菜をつつく。

 そのネイの浮かない様子を察知し、ユピにパンをちぎっていたアシムが手を止め、怪訝そうに声をかける。

「どうしたんです?」

「……別に」

 短く答えて、向かいに座るアシムとビエリをジロリと見る。

 この店に限ったことではないが、どうしても二人は目立ってしまう。

 今も周囲の人間の視線が痛いくらいだ。

 端から見れば、二人はまさに『美女と野獣』と言ったところだろう。

(クソッ……人目を集める盗賊なんて聞いたこともない)

 口には出さずにそう毒づいて、もう一度ジロリと二人に目をやる。

「コレ……タベタイ?」

 どう勘違いしたのか、ビエリはそう言うと、おずおずと自分の前に置かれた皿をネイに押して寄越した。

 名残惜しそに眉尻が下がる。

 ネイはタメ息をつき、その皿をビエリに押し返した。

「いらないよ」

 戻って来た皿にビエリの表情が晴れるが、ネイの視線に気付いて慌てて肩を小さくして俯く。

 ビエリの様子にネイはもう一度タメ息をついた。

 その直後、パンをちぎっていたアシムの手が不意に止まる。

「ところでネイ……貴方は人に恨まれる心当たりがありますか?」

 そう訊くと再びパンをちぎり始める。

「なに? 恨まれる心当たり?」

 ネイはそう訊き返し、顎に軽く手を当てて逡巡する。

「……心当たりがありすぎて、逆に分からないな」

 言いながら両手を開いて肩をすくめた。

「そうですか……」

 そこまで言ったとき、アシムの顔が弾かれたように跳ね上がった。

 アシムはテーブルに上にあった空の木製皿を手に持つと、その皿を縦にしてネイの顔の横まで素早く持っていく。

「おい、な……」

 ネイが問いただそうとした途中、耳元でガツっと鈍い音がなった。

「……」

 ネイは背を反らし、そっと皿の反対側を覗き込む。

 木製の皿には、この店の食用ナイフがしっかりと突き刺さっていた。

 背を反らした姿勢のまま、視線をもう一度正面に戻すとアシムが微笑む。

「今さら言わなくても分かると思いますが、どうやら貴方に軽い殺意を持っているようですよ」

「……」

 今度はそのまま、恐る々ナイフが飛んできた方向に視線を移す。

「っ!」

 その方向を見てネイの目が見開いた。

 向かいではビエリがユピを抱え込み、哀れになるくらい狼狽している。

 ネイの視線の先、腕と脚を組み、椅子に浅く腰掛ける人物がいる。

「セティ……」

 ネイが呟いたと同時に、相手は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 セティと呼ばれた人物はネイと目が合うと、椅子から立ち上がってネイたちの席に近付いてくる。

 ネイはバツが悪そうに顔をしかめ、慌てて目を逸らした。が、もちろん手遅れだ。

 その人物が向かってくる途中、他の席にいた男がその後ろ姿を目で追う。

 若い女だ。

 女はスラリとした体型に、よく引き締まった太腿を惜し気もなく露出した服を着ていた。

 膝上まであるロングブーツが、歩くたびにカツカツと軽快に音を立てる。

 バンッ!

 ネイの横まで来ると、手の平で激しくテーブルを叩いた。

 その音にビエリとユピ、そしてネイの体がビクリ震える。

「ここ……いい?」

 ニッコリと笑みを浮かべながら、ネイの左隣の席を指差した。

 ネイは十分な間を置き、相手の顔をゆっくり見上げる。

 柔らかそうな明るい紅茶色の髪を首筋まで垂らしている。

 やや吊り気味の大きな目が気の強さを表し、その深縁色の瞳は綺麗に輝いた。

 全身から、これから成熟に向かうという年齢特有の、健康的な魅力が溢れ出ている。

「ここ……いい?」

 返事をしないネイに、もう一度繰り返して訊いた。

 先刻より、弱冠語気が強くなっている。

「あ、ああ。もちろんさ」

 そう答えると椅子に腰掛け、左腕で頬杖を突いてネイに顔を向ける。

 その顔には、逆に不気味になるほどの満面の笑みが浮かんでいた。

「や、やあ、セティ! こんな所で奇遇だな。仕事か?」

「……」

 ネイは引きつった笑みを作り、極力陽気に声をかけたが返事はない。

 ただ満面の笑みを浮かべ、右手を差し出してきた。

「ハハハ……」

 ネイは引きつった笑みを浮かべたまま、その手を握り返した。

 握られた手をセティは笑顔のまま見下ろす。

「……なんの冗談かしら? お金よ、お・か・ね」

 満面の笑みを浮かべたままだ。

「ハハ……分かってるさ! 分かってる」

 そう言ってネイは手を握ったまま、逆の手でセティの肩を軽く叩いた。

 次の瞬間、セティの満面の笑みが無表情へと変化する。

 その極端な変化が怖い。

「じゃあ早く出して」

「……」

 ネイはその手を離すと同時に立ち上がり、踵を返して猛然と走り出した。

 店を飛び出し、通りを右に行こうとした直後、足首に何かが絡まり無様に転倒する。

「ぐっ!」 

 したたかに胸を打ちつけたネイの足首に絡まっていたのは、革製のムチだった。

 そして、その先はセティが右手でしっかりと握っている。

「一度だけ聞くわよ。今のは何かの冗談? それとも……」

 無表情に倒れたネイを見下ろす。

 そして、腰に掛けてある金属製の輪に左手が伸びた。

どうやらその輪は外側が刃になっているらしく、夜の明かりを反射して鈍く光っていた。

「一体何事です?」

 慌てて店から追ってきたアシムが、セティの後方から声をかけた。

 さらにアシムの後ろでは、三人分の荷物を持ち、頭にユピを乗せたビエリが隠れるように小さくなっている。

「こいつは、セティ……フリーの盗賊だ……」

 ネイは倒れたままの姿勢で、セティを見上げながらそう言った。

 後方のアシムを鋭く射抜くセティの目は、ネコ科の動物を連想させる。

(俺が悪かった。だからこれ以上目立たないでくれ……)

 誰に対してなのかは自分でも分からないが、ネイは胸中で謝罪の声を上げる。

 周囲はざわつき、人が集まり始めていた……

 

 

 

 つづく

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ