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14章  穏和な策士

 窓から陽が差し込む廊下を、ブーツを規則正しく響かせて歩く。

 そのリズムに合わせ、肩までかかった黒いしなやかな髪も揺れた。

突き当たりに見える扉まで近づくと、二度ほど軽く叩き返事を待つ。

「どうぞ」

 一呼吸間を置いた後、部屋の中から返事がきた。

 それを確認して扉を開けると、正面に置いてある机に向かい、中年の男が顔を上げることもなく書き物をしている。

 部屋に一歩踏み込み、後ろ手に扉を閉めると顔を上げるまで黙って待った。

 中年の男は羊皮紙に判を押し、満足げに頷くとそれを机の傍らに置いた。

 そこには同じように判を押した羊皮紙が何枚も重ねられている。

 中年の男は解放されたかのように、深く息を吐き出すと顔を上げた。

「やあ、カーク君。ご苦労さま」

 鷲鼻に口髭を生やし、細い目をさらに細めて微笑んだ。

 その男の言葉にカークは軽く頭を下げる。

「参りましたね。報告書やら始末書やらが溜まってしまって」

 そう言うと、苦虫を噛んだような表情をし、後ろに流したやや白いものが混じる黒髪をボリボリと掻いた。

 その言葉に、カークは口の端を少し上げて見せる。

「で? 彼は見つかったかな?」 

「いいえ。ミューラー団長の言った通り、足取りが全く掴めなくなりました」

 カークの回答を聞き、ミューラーは顎の下で両手を組むと、眉間にシワを寄せて険しい表情を作った。

「やれやれ……まだまだ始末書が多くなりそうですね」

 その言葉にカークは何も答えず、ただ直立不動で立っている。

「あと良い報告と悪い報告、それぞれ一つずつあります」

「ほお……では良い報……いや、悪い報告から聞かせて欲しいな」

 ミューラーの要望にカークは無言で頷く。

「ズラタン卿が明日、宿舎ここに来ます」

「うっ……胃が痛くなるような報告だ」

 言いながらミューラーは苦笑いをし、胃のあたりをさすった。

「お言葉ですが、自分はあの男を好きになれませんね」

 カークが無表情のまま言った。

 ミューラーは細い目を幾分か見開いて驚いた表情をする。

「君が感情論を私にぶつけるなんて、しばらくぶりに聞いた気がするね」

 そう言いながらミューラーは愉快そうに笑いを噛み殺す。

「しかし雇い主ですよ? あまりそんなことを口にするものじゃない。部下が聞けば指揮に係わりますからね」

「はい、承知しています。ですからここで言っているんです」

「困ったものですね」

 言葉とは裏腹に、ミューラーの表情はニヤニヤと緩む。

「どうしてそんなに嫌うんです?」

「商人が金にものを言わせて爵位などと……バカげています。しかも、今度は『教会』に媚びを売るのに必死です」

 表情を変えずに言ったが、語気に嫌悪感滲み出ていた。

 ミューラーはそんな部下を見て低く笑う。

「カーク君の言っていることは分からないではありませんが……」

「自分は媚びる人間は嫌いですから」

「まあ、たしかに。必死で少女の行方を追わせるのは、教会に貸しを作りたいからなんでしょうが……しかし、ズラタン卿が我々の雇い主であることに変りはない」

「お言葉ですが、自分はズラタンに雇われているとは思っていません。自分はあくまでミューラー団長に従っているだけです」

「困ったものですね……」

 頑なな部下の態度に眉尻を下げ、タメ息をつきながら顎を撫でた。

「しかし、ズラタン卿が明日来るとなると、早くキューエルの行方を探さなくては。少なくともその手がかりくらいはね」

「良い報告の方はそのことが多少関係があります。少なくともズラタンは納得させられるはずです。ヤツはキューエル自身に興味があるわけではありませんから」

「?」

鷹の眼ホーク・アイがこの国に入りました」

 その報告を聞いた瞬間、ミューラーの目が鋭く光った。

「たしかですか?」

「はい。それも隣国のセルケアから入国しました。しかし少女は一緒ではないようです」

「セルケアから? 姿を消したと思ったら、そんな処に行っていたんですか……」

 ミューラーは背もたれに体を預けると、腕を組んでしばらく考え込む。

「姿を消してからの日数で考えたら、その先の国まで行ったとは考えられませんね」

「はい。間違いなくセルケアに滞在していたと思われます」

「盗賊ギルドの人間が森ばかりの国にねえ……」

 ミューラーはそう呟くと満面の笑みを見せた。

「これで確信が持てました。少女を連れているのはキューエルではなく、やはりそちらが本命ですね。そしてキューエルも少女の行方を知らない」

「ええ、自分もそう思います」

「では彼を見失わないように、その行動を見張ってください」

「捕らえなくていいのですか?」

 その問いにミューラーはニヤリと笑う。

「彼を泳がせれば、おのずとキューエルも現れます。一石に二鳥というやつです」

「ヤツはまだこの国にいると?」

 カークの質問には答えず、ミューラーは腰を上がると背を向けて窓際に立った。

「……だからセルケアに少女を置いて戻って来たんですよ」

 部屋の中に静寂が流れる。

 カークからミューラーの表情が見えなかったが、こうゆうときは何か思考を巡らせているということを、今までの付き合いから心得ていた。

 カークは退室するでもなく、声を掛けるでもなくただ黙って待った。

「カーク君……盗賊のモノを盗むなんて面白いと思いませんか? その相手が、狙った獲物は外さないことから、ホーク・アイという通り名が付く盗賊なら尚のこと……」

 そう言い終えて振り返ったミューラーは笑っていた。

 ただその目だけは笑ってはいない。

「カーク君、彼は今どのあたりに?」

 空では厚い雲が広がり始め、嵐の予感を告げていた……

 

 

 

 つづく

 

 




 

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