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122章 乱舞

 全身を覆い隠した漆黒のフードに、不気味な笑みを浮かべた白い仮面。混乱を撒き散らした亡霊ファントムに、四人の視線が集まる。

「シリアイ?」

 ビエリが身を屈めながら声をひそめてネイに訊ねてくる。

「ああ、おまえは知らなかったな……。おまえが砂漠国ディアドでお姫様から手厚い看護を受けているときに、俺はあいつから熱烈な求愛を受けていたんだよ。それも、俺の首を欲しがるほどの、な」

 タメ息まじりに答えると、ビエリは小首を傾げた。

「テキ?」

「少なくとも味方じゃあない」

 味方ではない――その自分の言葉から一つの発想が生まれる。どうにかファントムを引き入れることはできないか――

 スラルの様子を窺うと、ファントムの存在に多少なりとも戸惑いはあるようだった。どう対処すべきか決めかねているようだ。

 スラルたちが戸惑っている今が機会とばかりにネイが切り出す。

「おいファントム、聞け。おまえは俺の首が欲しいんだろ?」

 そう言いながらスラルたちに指を向けた。

「そこの二人は聖都の聖騎士団だ。どうやら、そいつらも俺の首を欲しいらしいぞ。でも残念ながら俺の首は一つしかない。そこでだ、まずは俺たちと一緒にそこの邪魔者をどうにかしないか?」

 共闘を持ちかけてみるが、ファントムは答えるどころか微塵みじんも動きはしない。それでもネイは身振り手振りを交えながら交渉を続けた。

「考えてもみろ。そこの聖騎士も俺たちも二人組。でも、おまえだけは一人だぞ。このままだと、おまえだけは一人で四人を相手にすることになるぜ。だからまずは俺たちと組めよ。それで邪魔者をどうにかしてから、ゆっくりこの前の続きといこうじゃないか」

 ネイが精一杯の友好的な笑みを作るが、白い仮面が邪魔をして、持ちかけた案にどういった反応をしているのかさえ読み取ることができない。

 ――くそ、いちいち分かり難いヤツだ。

 作り笑いをうかべたまま、口には出さずに毒づいた。

「そういうことなら我々と協力すべきだな――」

 不意にスラルが横槍を入れてくる。あんたは口を出すな、という意思を込めてネイが睨みつけるが、そんなことはお構いなしだ。

「我々としては、鷹の眼かれがこの場でその生涯に終えてくれるというのなら、その経緯はどうでもいい。君が彼の首を欲しがっているというのなら、我々は喜んで協力しよう」

 その申し出に一早く反応を見せたのはファントムでもネイでもなく、スラルの背後に控えるギャリーだった。ファントムによって血に染められた顔を強張らせ、唇をきつく結ぶ。

 ギャリーが見せた静かな拒絶。暗闇の中とはいえ、ネイはその不満を察した。

「おいおい、意見が食い違ってるんじゃないのか。あんたはそのつもりでも、あんたの部下は大いに不満そうだぜ。そりゃそうだよな。いきなり背後から斬りつけられたのに仲良くしろっていう方が無理がある」

 スラルが背後に顔を向けると、視線から逃れるようにギャリーが目をそらした。ネイの言ったことを無言で肯定している。

「ファントム、選べよ。背中を見せれば斬りかかって来るかもしれないヤツらと組むのか、俺たちと組むのか。それとも一人で四人を相手にするか?」

 この場で最も優位であるかのように、たっぷりと余裕を含ませてファントムに迫る。これ以上、ファントムに考える間を与えるのは不利益しか生まないと判断した。本来、ファントムとスラルたちの間に争う理由などは存在しないためだ。

 ネイの額に不快な汗が滲む。ファントムがスラルたちと手を組むようなことになれば、とてもこの場から逃げ切ることはできない。ファントムが如何なる答えを導き出すのか、内心では祈るような思いだった。

 それでも尚、ファントムが何の反応も示さないことにひどい息苦しさを覚える。張り詰めた空気を振り払うため、怒鳴りつけたやりたい衝動に駆られた。

 辛抱たまらず、おい、と声をかけようとしたとき、ようやくファントムが目に見える反応を示した。

 どうするべきか思い悩んでいるのか、緩慢な動きでうな垂れるように顔を伏せる。――しかし、再びそこから動かなくなってしまった。

 ファントムに注意を払いつつ、ネイがビエリにささやく。

「おい、あいつはどこにいるんだ?」

 ルーナのことだ。

 ルーナがいるであろう方向をビエリが指差そうすると、ネイはその手を慌てて押さえつけた。

「馬鹿、指を差すなよ。――で、向うにいるんだな?」

 ネイが目配せすると、ビエリは身体を小さくさせながら肯いた。

 ルーナが待っているであろう方向は、ちょうど正面、スラルとファントムの中間に位置していた。――最悪だ。

 ネイが舌打ちをすると、自分に対しての苛立ちと勘違いしたのか、ビエリはさらに身体を小さくさせた。

「いいか、ビエリ。もしファントムが聖騎士のどちらかに仕掛けたら、俺もそこに加わって逃げ出すチャンスを作る。逃げ出すチャンスが出来たら声をかけるから、いつでも逃げ出す意識は持っておけよ」

「ファントム、コッチニキタラ?」

「それは考える必要がない」

「ドシテ?」

 ファントムが先にネイたちに襲いかかって来るようなことになれば、スラルがその機を見逃すとは思えなかった。三人に一斉に襲われたのであれば、ネイたち二人ではどうすることもできない。

 ネイが何も答えないでいるとビエリは不安げな表情を作り、盗み見るようにファントムに目だけを向けた。

 ファントムは、未だ顔を伏せたままでたたずんでいる。その様が、ネイたちを焦らし、からかっているようにさえ見えてくる。

「あの野郎、勿体もったいつけやがって」

 ネイが苛立つ感情を呟きに乗せると、それを待っていたかのようにファントムがようやく次の動きを見せた。ネイに向かってゆっくりと左腕を持ち上げ、フードの下から白い手を覗かせる。思いのほか小さな手だ。

「その首、誰にも渡さない」

 仮面の下から漏れ出したくぐもった声。意思表示というよりも、どこか虚脱した印象を受ける口調にネイは顔をしかめた。

「俺の首を自分の物のように言うなよ」

 しかし、ファントムは無視して顔を背けると、白い仮面と白い指先をスラルたちに向け直した。

「おまえたち、邪魔」

 そう言い放ち、ファントムが肩を上下に揺らす。ファントムの狙いがスラルたちに移行したのだ。

 ネイがソードブレイカー握った右手に力を込め、力強く縦に振る。思わず小躍こおどりしたくなるような気分だった。

「行くぜ、ビエリ」

 ネイが威勢よく声を上げたと同時に、ファントムが漆黒のフードをなびかせた――

 

 

 

 スラルとの距離が詰まり、フードの下から覗いた刃が輝く。有無を言わさぬ強襲。ファントムの導き出した答えは、まずはスラルを排除することだった。

 大鎌が後ろに引かれ、スラルを切り裂くための予備動作が開始される。しかし、ファントムの狂気がその猛威をふるうよりも先に、ギャリーが行く手を阻むように躍り出た。

 耳を刺す金属音――ギャリーの長剣が、見事にファントムの刃を打ち払う。

 腕力の差は歴然だ。大鎌を弾かれた反動でファントムが大きく仰け反ると、ギャリーは長剣を右肩に担ぐように素早く構え直した。

 感情を抑えようという気は完全に失せている。ギャリーは遠慮なく怒りを剥き出しにさせると、前のめりになりながら力任せに長剣を振り下ろす。それは、斬る、というよりも叩き割ろうかという勢いだった。

 逃れようとファントムも身をよじるが、それだけの動きではとても間に合わない。仮に大鎌で受け止めようと試みたなら、ギャリーの長剣は大鎌を叩き折っていたことだろう。しかし、ファントムは違った――

 ファントムが身をよじりながら顔を持ち上げると、仮面の口許から霧状の液体が突如吹き出す。両目を襲った激しい痛み。視界が闇に包まれると同時に、剣の軌道にわずかな歪みが生じる。

 振り下ろされた長剣が勢い余って地面を打ち叩く。ファントムは一体どうなったのか、目では確認出来ずとも、手にした長剣が全てをギャリーに伝えてきた。始まりはわずかな歪みでも、大きくな弧を描こうとすれば歪みもそれだけ大きくなる。

 長剣が地を打つまで、ギャリーは何の手応えも感じなかった。それどころか、視力を奪われ、ファントムの位置さえ知ることが出来ない。この後に来るであろう反撃に対処することも出来ない。

 闇の中、失望と悔しさと怒りを入り混ぜて表情を歪めたとき、背後からの導く声がギャリーの耳に届いた。

「ギャリー、伏せろっ!」

 声に従い咄嗟とっさに身体を折って顔を伏せると、後頭部に風圧を感じた――

 

 

 

 自分の指示に従い、身体を折ったギャリーの頭上を大鎌が通過していく。間一髪といったところだ。

 駆け出していたスラルはギャリーの横をすり抜けると、ファントムの胴体部を狙ってサーベルを突き出す。それは、腰の入らない形ばかりの突きではあったが、元よりその一突きで決しようとは考えてはいなかった。

 さしものファントムも大鎌を振り抜いた格好で胴体を狙われては、身体を振って躱すこともままならない。致し方なく後ろに退いて避けようとするが、その行動を取らせることこそがスラルの狙いだった。

 体重を乗せた重い突きよりも、体勢を立て直す間をわずかなりとも与えない軽い突き。体勢を崩したままで後ろに退けば、必然的に重心は後ろに傾き、顔が無防備の状態で持ち上がる。

 スラルはファントムを追い、力強く踏み込んだ。

 ファントムの大鎌が動くのを、視界の隅に捉えていたが意にも介さない。大鎌はその形状ゆえに突きを放つことはできない。弧を描く大鎌と直線的なサーベルの突きでは、どちらが先に相手に到達するのかは明らかだった。

 スラルの肘が伸びきる寸前にファントムの頭が動きを見せる。限界まで引きつけ、頭を振ってサーベルを避けようというのだ。しかし、スラルは突きを放ちながらも肘の角度をわずかに変え、ファントムの頭の動きに合わせて切先の向きを修正した。

 ――無駄だ。

 スラルの眼が強い輝きを放つ。捕食者が獲物の姿を捉えたときに見せる、妖しい眼の輝きだ――が、その輝きは一つの存在によって瞬時にかき消されてしまった。

 いつの間に近づいていたのか、頭を傾けたファントムの肩越しにネイの影が見えた。

 突きを放ちきれば無防備になってしまう――反射的に悟るが、それでも踏み込んでしまったスラルの身体は止まらない。甲冑を着込んだ状態では、あまりに身体が重すぎた。

 罠にはまった獲物を見るように、ネイの口許には薄い笑みが浮かんでいる。その存在に気を取られ、放った突きまでもが勢いを落としていた。あろうことか、頭を傾けたファントムにまでサーベルを避けられてしまう始末だ。

 ――ファントムの鎌と、鷹の眼ホーク・アイが来る。

 突きを放ち切るや否や、スラルは強引に上体を起こして仰け反った。背中と腰、脹脛ふくらはぎの筋肉が悲鳴を上げるが、その甲斐あって横殴りに振られた大鎌からはどうにか逃れることができた。しかし、大鎌に続くように、回り込んだネイがスラルの懐に飛び込んで来る。

 ――この……早すぎるぞ。

 スラルの口の端が持ち上がり、自嘲めいた笑みが浮かぶ。体勢を崩し、後ろに傾いた身体――今しがた、ファントムをその体勢に追い詰めたはずだった。それがどうしたことか、今は自分がその体勢で追い詰められている。

 ソードブレイカーを持ったネイの右手が斜め下から伸びてくる。さらにその背後には、体勢を立て直して大鎌を構えるファントムの姿。

 避けきれない――スラルがそう判断したとき、表情を凍りつかせたのはネイの方だった。

 ソードブレイカーを止めて逃げ出すように真横に跳ぶと、ネイのいた場所にファントムが大鎌が振り下ろされる。思わぬ形で難を逃れたスラルも、すぐさま後退して体勢を立て直した。

「ば、馬鹿野郎、あの状況でどうして狙うのが俺なんだよっ!」 

 距離を起き、顔面を蒼白にしながらネイが声を荒げると、またもファントムは小刻みに肩を上下させた。

「ふざけやがって……」

 怒りに身を振るわせているネイを凝視しながら、スラルの中に一つの疑問が湧き上がった。

 ――今の動きは何だ……。

 スラル自身、大鎌を構えたファントムは自分を狙ってくるものだと思っていた。ましてやネイからすれば、ファントムは背後に位置していたはずだ。それにも関わらず、ネイはファントムの大鎌を回避して見せた。そのこと自体も驚嘆に値することではあったが、スラルが興味を引いたのはまた別の部分だった。

 ――その前もそうだ……。

 ネイとスラルが争うことになったのは、スラルの不意打ちが始まりだったが、そのときもネイは見事に回避して見せた。そのネイの動きにスラルは違和感を覚えたが、その違和感の正体が何であるのか、そのときには分からなかった。だが今回は違う。

 スラルの目には、ネイとファントム、両者の姿がはっきり映っていた。ファントムが大鎌を振ろうとする瞬間。それを回避するためにネイが動き出す瞬間。わずかに、ほんのわずかにネイの動き出しの方が早かったのだ。それは、ファントムが攻撃を仕掛けるよりも先に、ネイが回避行動に移っていたことを意味する。

 ――信じられん。

 スラルが目を細める。死なせるには惜しく思うほどの興味が湧く。しかし、膨れ上がる一方通行な想いを止めようとするかのように、背後からの苦しげな声がスラルに投げかけられた。

「団長……」

 どうなったのか耳で確認しようとするかのように、ギャリーが頭を左右に小さく揺らす。

「大丈夫か」

 振り返らずに声をかけると、肯いたようなかすかな気配を背中に感じた。

「申し訳ありません。不意を突かれました」

「一体何があった」

 ギャリーの背後にいたスラルには、ギャリーの身に何が起きたのか正確には把握できなかった。

「目をやられました。おそらく口に何か含んでいたのでしょうが、それを目に吹きかけられました」

「いつのまにそんな物を……。鷹の眼ホーク・アイといい、ファントムといい、まったく器用なことだな。――それで、目の方はどうだ」

「まだ霞みはしますが、どうにか……」

「口に含んでいたというのなら、致命的な毒の類ではないだろう」

「申し訳ありません」

 再度の謝罪には応えず、スラルは甲冑の留め具に手を伸ばすと、両肩、両脇腹、腰と、手早く片手で留め金を外していく。

「何を……。危険です」

 ギャリーが慌てたように声を高くしたが、スラルは構わず胴回りの防具を脱ぎ捨てた。さすがに聖騎士団ともなると装備も贅沢なもので、着脱にも優れた仕様になっている。

「これは集団戦ではないからな。流れ矢の心配もない。ましてやあの二人を同時に相手にするには、重装備ではとても動きについていけそうにない」

「では……」

 進み出て隣に並ぼうとするギャリーを、スラルが手で抑えつけた。

「そんな目の状態では、この暗闇の中で彼らの動きを追うのは至難だろう。悪いが、足手まといにしかない。それに――」

 ネイとファントム、順に目を向ける。防具を脱ぎ始めるという隙を見せたに関わらず、両者共に動かずにいた。

 先にどちらかがスラルに仕掛ければ、残った一人に背中を向けることになる。互いの間に協力関係が成り立っていない状態では、それはあまりに危険すぎた。

「彼らが相手では、君では少々分が悪い」

「それは、私があの二人よりも劣る、ということですか」

 ギャリーが不服を唱えると、スラルが呆れ気味に軽く吹き出す。

「彼らが君よりも勝っていると判断したのなら、私一人で相手をしようとは思わないよ。これはあくまで相性の問題だ。彼らは呆れるほどにずる賢い。そういう相手は私の方が向いている」

 完全に納得したわけではない。ファントムに対する怒りが治まったわけでもない。むしろ膨れ上がるばかりだ。それでもギャリーはそれ以上の反論はしなかった。

「では、私はどうすれば」

 スラルが、ネイの背後にいるビエリに向けて顎を振った。

「彼を任せる」

 狙いを定められたことに気付いたのか、ビエリは胸の前で両手を組み合わせると、身じろぎをするように後じさった。

 

 

 

 ギャリーがスラルのもとを離れ、木々の合い間を縫うようにして回り込んで来る。

 移動するギャリーを目で追っていると、ネイがしかりつけるようにビエリの名を呼んだ。何を言いたいのかはビエリにも分かった。

 ――あの人は自分に向かって来ている。それを自覚してビエリは一度大きく息を吸い込むと、忙しなく周囲に目を配った。

 地面に落ちた手ごろな木が目に留まる――といっても、それはビエリにとっての“手ごろ”だ。それなりの太さと長さはある。一般的には『丸太』と表現されてもおかしくはない。

 ビエリは木を拾い上げると、震える手で左右に突き出た枝を次々にへし折っていった。作業を終えて一本の棒状にすると、それが御守りであるかのように大事そうに胸に抱く。

 向かって来るギャリーが手にした青白く輝く長剣。それと自作の武器を交互に見比べてみる。

「アウウ……」

 今にも垂れ落ちそうなほど眉尻を下げて、拒絶する幼児のように激しく首を左右に振り出した。どう贔屓ひいきして見たとしても、ギャリーの長剣に対抗できるようには見えない。

「ビエリ、行け」

 ネイの指示に、ビエリは絶句した。

「何してる、早くしろっ! 周りに木が多くある場所まで行くんだよ」

 ビエリは戸惑いながらも首を縦に振ると、自作の武器を両手で構え、腰の引けた格好で足をすり出した。

 

 

 

 ――頼むぜ、ビエリ。

 ビエリと出会ったのは原始国セルケアの森だ。ネイはそこでビエリに襲われた経験がある。

 ビエリの体格から鈍重そうな印象を受けるが、それが誤った見解であることを身を持って教えられていた。ビエリはネイの動きに合わせて大斧を振ってきたのだ。

 鋼のような筋肉に覆われた巨躯。それでも機敏さを失わない瞬発力。ビエリほど恵まれた身体を持つ人間を他には知らない。素手同士ならば、あのオズマでさえ凌駕できるとネイは信じていた。

「他人の心配をしている場合か」

 忠告か、冷やかしか、どちらとも判断のつかぬ口調でスラルが言ってくると、ネイが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「ほっとけよ、余計なお世話だ。それに、あんたも心配した方がいいんじゃないのか。あんたの部下がビエリの相手をできるとは思えないね」

「ギャリー君は優秀だよ。ただ、君たちのような人間を相手にするには誠実すぎるだけだ」

「それでもビエリが本気になれば相手にならないと思うけどな」

 もっとも、最大の問題はそれだった。“本気”になれるかどうか。

 どれほどの優秀な身体能力を有していようが活用できなければ意味がない。活用するには、ビエリはあまりに自分といものを知らなすぎる。

「一つ提案があるのだが――」

 スラルが語りかけてくる。

「これは君にとっても有益な提案だと思うが。私はこの争いに無理に加わる必要はない。ファントムが君の命を奪ってくれるのなら、私にとっても望むところだからな。私は傍観者でもいいわけだ」

「だからなんだよ」

「だから、君に協力しようと言っている。まずは我々が協力してファントムを退けるのはどうか。我ながら人の好さに呆れてしまうが」 

 わざとらしく緩く首を振るスラルに無性に腹が立った。

「で、ファントム退治が済んだらどうするんだよ? そのまま友好関係を維持して、手を振って俺たちの見送りでもしてくれるのか?」

「君が来世に向けて旅立つというのなら、喜んで見送ろう」

 満面の笑みを浮かべたスラルの顔に、唾を吐きかけてやりたい。ああ言えばこう言う、というのがこれほど腹立たしいとは思わなかった。代わりに地面に向かって唾を吐き捨てる。そこにスラルの顔があるかのように。

「どこが俺にとって有益なんだよ。結局は同じことだろうが。むしろ三人での乱戦の方が、あんたと一対一サシでやるより助かる見込みがあるような気がするね。あんたに手出しする意思がなくても、あんたが傍観者でいられるとはかぎらないんだからな」

 ネイがファントムに目を向けると、スラルが鼻でタメ息をつく。

「ファントム君、結局は君次第のようだ。どうだろう、君に怒りを持っている部下も遠ざけたことだ。私を無視してくれるというのなら、私も手出しをする気は――」

 スラルがファントムに持ちかけた提案も無残に却下された。スラルが言い終えぬうちにファントムが動き出したのだ。ファントムは無抵抗の意を示して両手を持ち上げようとしていたスラルに斬りかかろうとする。

「君には言葉が通じないのか」

 スラルは苛立たしげに吐き捨てながら前に進み出ると、左手を顔の横に持ち上げた。

 装甲手袋ガンレットで大鎌の柄を受け止めると、刃が生み出した風が後頭部を撫でる。正面から見ればスラルの頭が横から貫かれたように見えるが、実際は大鎌の刃はスラルの頭の後ろにあった。

 ファントムが手にする大鎌は不気味な印象を与えるには十分すぎる効果がある。間合いも剣よりも広い。しかしその反面、殺傷力を発揮できる範囲は剣よりも遥かに狭かった。その実体は、首を刈ることにのみ特化した実用性の低い代物だ。

「扱いが神経質な武器は、欠点を見抜かれれば足枷になるぞ」

 スラルが余裕を含んだ笑みを浮かべると、ファントムが大鎌を引いて首を刈ろうとする。しかし、スラルは素早く柄を掴み、大鎌を引かせはしなかった――

 スラルが反撃に転じるのを目にしながら、ネイは未だ動けずにいた。二人が体良く争い始めてくれた。このままどちらかに隙が生じるのを待って一人を仕留めにかかるか、それともビエリのもとに駆けつけるか、迷いの中でネイはビエリを探した。

 ネイから見て右手側、森の中にビエリの姿はあった。木々を盾にしながらギャリーの剣から逃げ惑っている。幾本も生えた木が邪魔をし、ギャリーは長剣を持て余しているようだ。

 ビエリの性格からして、この後も真正面から挑むとは思えない。今の調子で逃げ回っていれば、そうそう捉えられることはない――そう判断し、ネイはどうするべきかを選択した。

 ファントムかスラル、どちらかを仕留める――と、心臓が一度大きく脈打つ。正面に向き直ると、ファントムの白い仮面がすぐそこまで迫ってきていたのだ。ビエリに気を取られている間に、ファントムは狙いをネイに変えていた。

 慌てて真横に身を投げ大鎌を躱すと、そのまま地面を転がり片膝をつく――が、目の前にはサーベルを手にスラルが待ち構えていた。

「ちょ、ちょっと待て」

 そんな言葉が口をつくが、スラルが待ってくれるわけもない。

 片膝をついた状態から後ろに身を投げると、両脚を開く格好で尻餅をついてしまった。その直後、サーベルが股間をかすめるように地面に突き立てられた。

 ネイが引きつった笑みを浮かべて顔を持ち上げると、スラルが小首を傾げるように肩をすくめてサーベルを引き抜く。

 スラルが再びサーベルを突き出してこようとするが、それより早く横からファントムの大鎌がスラルの首を狙う。スラルが身を傾けてファントムの奇襲を避けると、その隙にネイは素早く立ち上がった。

 スラルに躱されたことによってファントムは体勢を崩したが、そこから無理矢理に身体を回転させ、勢いを殺すことなく今度はネイを狙って大鎌を振ってくる。

 近くの者を無差別に狙う無秩序な攻撃。そんな闇雲に振られた大鎌をみすみす喰らうほど鈍くはない。 

「なめるな」

 ネイが軽々と躱すと、無防備になったファントムに向かい、すでに構えを取っていたスラルが踏み込む。次の瞬間、白い仮面の口許から再び霧状の液体が噴射された。しかし―― 

 白い仮面にサーベルの切先が突き刺さり、ファントムが背中から地面に倒れ込む。噴射した霧は、目を覆うようにして持ち上げたスラルの左腕によって防がれていた。

 サーベルを通して右手に伝わった手応えが、スラルの集中を緩ませる。それは一呼吸ほどの間ではあったが、その気配を見逃さずにネイは地を蹴った。

 わずかに生じた気の緩みが、サーベルを引かせることを遅れさせた。それでもナイフの類であるソードブレイカーの間合いを考えれば、まだスラルの身体には届かない。しかし、ネイが狙ったのはスラル自身ではなかった。

 スラルの身体よりもネイに近い位置にあり、すでにソードブレイカーの間合いに入っているモノ――それはサーベルだ。

 一度は失敗した行為。同じ失敗は繰り返さない。

 ソードブレイカーの凹凸が噛みつくと同時に捻りを加え、逃がすことなくスラルの牙をへし折った……

 

 

 

 

 

 つづく

 

 

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