121章 再来
人の話し声のようなものが聞こえてきたのは、乾いた服をルーナに届けたときのことだった。
自分たち以外はネイしかいないはずだが――ビエリは訝しく思い、首を傾げた。
ルーナが身支度を終えると手を引き、ネイのいる場所へと向かう。やはり、ネイが誰かと話しをしているらしく、声は次第にはっきりと聞こえてきた。内容までは聞き取れないが、なにやら険悪な雰囲気を感じ取る。
ビエリは逡巡すると、ルーナにその場で待つように伝え、独り腹這いになって茂みの中へと潜り込んだ。
出来るかぎり音を上げぬように注意しながら進んでいくと、草木の隙間からネイの姿が見えた――と、火の粉が舞い上がり、燃えた焚き木がそこかしこに飛び散った。
予告なく始まった見知らぬ男とネイの攻防を目の当たりにし、ビエリの顔が青くなる。
ネイが金髪の男に飛びかかったのが見えたが、両者はすぐに離れてしまった。二人の間に何が起きたか、ビエリの位置からはよく見えない。しかし、それでもネイがわずかに優勢に思えた。
ネイが優勢――それは、すぐに助けに飛び出さない自分自身への言い訳でもあった。
茂みの中で息を殺し、二人の動向を見守る。しかし、ただの傍観者ではいられない事態が起きた。ネイが叫んだのだ。
「ビエリ、逃げろっ!」
腹這いになっていたビエリはハッとし、頭を持ち上げた。
ネイと金髪の男の他に、もう一人いることにようやく気づいた。その人物が腰の長剣を引き抜き、ゆっくりとこちらに向かってくるのが見える。
ビエリは、ネイが“逃げろ”と叫んだ理由を悟った。腹這いのままで慌てて後退すると、茂みから抜け出してルーナの許へと駆け戻る。
たたずんでいたルーナの手首を掴み、すぐにその場から離れようとした――が、数歩進んだところでその足を止めた。
――今、自分が逃げ出したらネイはどうなるのか?
ビエリが怖々と振り返りると、茂みの影が揺れているのが目についた。思わず悲鳴を漏らしそうになる。長剣を手にした男が迫ってきているのだ。
ほんの一瞬芽生えた疑問が、脆くも崩れ去る。前に向き直り、再び逃げ出そうとした。しかし、まるで両足に根が生えたかのように動かない。
自分がいては足手まといになるため、ネイは“逃げろ”と言ったのだ――そう思い込もうとする自分と、それを即座に否定する自分がいる。
ビエリは額に汗を滲ませながら、きつく目を閉じた。
近づいてくる草木の擦れ合う音が、大人の囁き声に。脳裏に浮かぶ男の影が、石を投げつけてくる子供たちの影に変わる。
なぜ自分は虐げられるのか。生まれ持った巨躯を、生まれ持った容姿を恨んだ。追いかけて来る子供たちを恨んだ。しかし、それ以上に人を恐れてコソコソと逃げ惑う自分自身を憎んでいた。
自分を追って来る何かの影に、いつも怯えていた日々。しかし今、その影を吹き払う眩しい存在がいる。自分よりもずっと小柄で、華奢で、それにも関わらず、自分よりもずっと自信に満ちた存在だ。
忌み嫌われた自分の容姿を何でもないことのように笑い飛ばし、自分の巨躯を褒め称えてくれた存在。初めて自分に居場所を与えてくれた存在だ――
ビエリは瞼を持ち上げると、意を決したようにルーナの手を引いて駆け出した。近くの茂みまでルーナを連れて行き、その中に隠れるように促がす。
「ココデ、マツ」
そう言ってルーナの両肩に置いたビエリの手は、小刻みに震えていた。
震えを鎮めるように長く息を吐き出すと、ルーナの肩から両手を離してゆっくりと振り返る。
近くに迫った揺れる茂みの影。ビエリは止め処なく溢れ出る恐怖を抱えながら、一欠けらの勇気を握り締めて一歩踏み出した。
これで何度目か。暗闇で踊る凶刃が今度は太腿を浅く切り裂き、ネイの顔が痛みに歪んだ。
サーベルの腕ならキューエルもかなりのものであったが、スラルの腕もそれに劣らぬものがあった。むしろ正当なスラルの剣術は、我流のキューエルよりも隙がなく、攻守のバランスという点に置いてはキューエルよりも優れているように思える。
「鷹の眼、頭が切れるというのも考えものだな。余計な疑問が浮かび、反応を鈍らせる」
息を荒げるネイに、見下すようなスラルの視線が突き刺さる。
「あんた、始めから見逃す気なんてなかったろ」
「そんなことはない。しかし、君が素直に従うタイプの人間でないということが、よく分かったのでね。考えを改めたんだよ」
「改めるのが早すぎだ。心を開いて欲しいなら、もっと手間をかけろよ」
ルートリッジの受け売りだ。ルーナについてのことで、いつかネイ自身が似たようなことを言われた。
「気長に説得を試みるくらいなら、私は実力行使を選ぶよ。どちらにせよ、従ってもらことに変わりはないのだから」
「従わせるのと従ってもらうのでは、まるで別ものだろ」
「それは従う立場の解釈だ。申し訳ないが、私はそんなものに興味はない」
スラルが右足を滑らせ、低く下げたサーベルを振り上げてくる。右脇腹から胸にかけて切り裂くつもりだ。
ネイが退きながら上体を引いて躱すやいなや、スラルは手首を返した。
斜めに振り上げられた刃が反転し、今度は首を刈りにくる。身を屈めてその攻撃も躱すが、スラルの流れるような動きは止らない。
素早く腕を引き戻し、屈んだネイの顔を狙って突きを放ってくる。
――くそっ!
地面に片手をつきながら、ネイは頭を傾けた。
耳元で唸るような風音が鳴り、黒髪が揺れる。――どうにか回避することが出来た。しかし、反撃できる間合いではない。スラルがナイフの届かない絶妙な間合いを取っているためだ。
反撃に転じるには、どうしても一歩踏み込む予備動作が必要だった。しかし、ネイが踏み込もうとすとスラルは見事な足さばきを見せ、ナイフが届かない間合いを保ち続ける。
押せば引き、引けば押してくる。結果、一方的に斬りつけられる状況を繰り返していた。
――それなら。
ネイは踏み込むのではなく、逆にサーベルから逃れるように退く素振りを見せた。案の定、間合いを保つためにスラルが前に出ようとする。
ネイはスラルの動きを確認するまでもなく踏み止まると、動きを一転させて身を投げ出すように飛び込んだ。
互いに進み出たため、瞬時に間合いが詰る。
左足を前に出し、ネイが逆手に持った左手用短剣を振り上げると、スラルが顎を持ち上げて躱す。だがそれは、スラルの態勢を崩すための牽制だった。
スラルが反撃を試みようにも、懐に潜り込むほどの接近戦ならばナイフに分がある。その上、ネイは両手持ちだ。
反撃の間を与えることなくネイの腰が回転し、剣破壊短剣が外から内へと真横に振られる。仰け反ったスラルに躱すことは出来ない。しかし――
「惜しかったな」
スラルの口許に笑みが浮く。
スラルはサーベルを立て、刀身に左手を添えた状態でソードブレイカーを受け止めていた。あと一歩、といったところだった。だが、それでもネイの眼に失望の色はない。
ネイの眼の輝きに違和感を覚え、スラルの視線がソードブレイカーに流れる。そこで、スラルは目をわずかに大きくした。ソードブレイカーが逆刃だったのだ。
ネイは刃を向けて振ったのではなく、凹凸のある峰を向けて振っていた。そのため、ソードブレイカーの凹凸が、サーベルの刀身をしっかりと捕らえていた。
ネイの肘が下がり、絞るように手首が傾く。
――折れる。ネイが手応えを感じた瞬間、スラルは咄嗟にサーベルを手放した。
突如抵抗が無くなり、勢い良く下がるネイの肘。微かに響いた金属音と共に、サーベルは縦に回転しながら宙を舞った。
無手となったスラルが拳を固め、腹部と頬を続けざまに殴りつけてくる。スラルの拳は装甲手袋によって重さが増しているため、驚くほどに効いてしまった。息が詰まり、細かい光が視界の中で飛び交う。
負けじとマインゴーシュを振って返すが、腰の入っていないナイフの一振りではたかが知れている。ガンレットで簡単に弾かれ、逆に腹部にもう一発喰らってしまった。
ネイがたまらず離れると、スラルは落ちたサーベルを悠然と拾い上げて刀身に視線を這わせた。
「手放すのがあと少し遅れていたら、見事にへし折られていたな――」
サーベルを折ることは叶わなかった。刀身に擦れたような跡を残しただけだ。
「まさか、首ではなくサーベルの方を狙ってくるとは……。君は本当に油断ならない男だ。あの手この手を使ってくる」
「そういうあんたも、ずいぶんな“手”を使ってくるじゃないか。聖騎士団にしては品がない手だ」
腹部を抑えながら唾を吐き捨てる。どうやら口の中が切れたらしく、鉄の味がした。
「私は平民の生まれでね。品などは初めから備えてはいないよ。昔は子供同士、よく喧嘩もしたものさ」
「どうりで殴り方も様になってたわけだ」
ネイは背筋を伸ばすと、頬を膨らませながら息を吹き出した。腹部に鈍い痛みを感じる。
――痛え。こっちも一発殴ってやらなきゃ気が済まねえ。
ようやく今の状況に意識が集中していく。しかし、それを見透かしたかのように、再びスラルが揺さぶりをかけてきた。
「キューエルの遺体には、二種類の太刀傷があったらしい。おそらく、ナイフの類とのことだった。――キューエルは君が殺ったのか。一体何があった?」
知っていながら訊いてくるのか、本当に知らないのか、スラルの表情から読み取ることはできない。
「おまえには関係ない」
ネイが回答を拒否すると、スラルは首を縦に上下させた。
「確かに、関係のないことだ。どちらにせよ、キューエルは長くはなかったろうしな」
「どういう意味だ?」
訝しがるネイに、スラルの方も眉を寄せる。
「君は……知らなかったのか?」
「一体、何の話をしているんだ」
ネイが苛立ったように問うと、スラルは意外そうに目を丸くした。その表情は、駆け引きのようには見えない。それを証拠に、スラルは目を伏せると何かを考え込むように、しばし黙り込んだ。
目を上げると、怪訝そうな眼差しをネイに向けてくる。
「キューエルは胸を病んでいたはずだ。彼と最後に顔を合わせたときにも、間違いなく吐血があった。そのことから考えても、彼には死期が迫っていたはずだ。――君は、そんなことも知らなかったのか?」
スラルの話は、ネイに今までにない動揺を与えた。
キューエルと再会した際、ひどくやつれた、という印象を持ったのを覚えている。当時キューエルは、ミューラーが率いていた私兵団に追われていたため、逃亡生活の疲労による影響だとばかりに思っていた。
キューエルは胸を病んでいた――その事実と、そんなことまで知っているスラルに驚きを隠せない。
「あんたとキューエルは、一体どういう関係なんだ」
枢機卿と共に血判状に名が記されていたキューエル。枢機卿と反目しているというスラル。二人の繋がりが、いまいち掴めない。そもそも、スラルが事実を語っているのかどうかさえも分からない――
問いただすネイに、スラルの突き放すような冷笑が向けられる。
「キューエルとの関係を、わざわざ君に云って聞かせると思うか? この世に“絶対”というものはない。相手を始末し損なう可能性も、決してゼロにはならない。にも関わらず、勝利を確信して得意げに云って聞かせるのは、よほどの馬鹿がすることだ。もし、自尊心を満たすためにそうするというのなら、君の亡骸にでも云って聞かせるよ」
スラルがサーベルを構え直し、ネイが中指を立てる――と、離れた場所で草木が揺れ、野鳥が一斉に羽ばたいた。
甲高い鳴き声を響かせながら、野鳥の群れが頭上を飛び去っていく。その光景を二人で眺め、スラルが静かに口を開く。
「君の連れ――“ビエリ”といったかな。どうやら、ギャリーが見つけたようだな」
ビエリの体力を考えれば、甲冑を着込んだ相手に追いつかれるとは到底思えない。しかし、ネイの思いを否定するように、男の言い争う声が聞こえてきた。
激しく揺れる茂みの影。木霊する怒声。直後に訪れた静寂。――森が、全ての活動を止めてしまったかのようだ。
「始末したか」
スラルが確信めいた口調で呟いたとき、それは起きた。
まるで魚が水面を裂くように左右に分かれていく草木。何かが凄まじい勢いで近づいて来る――
茂みの中から勢いよく飛び出してきた大きな影は、よく見れば二人分の影によって形成されていた。
右手を掴まれ自由を奪われたギャリーと、そのギャリーを肩に担いだビエリ。
ビエリは勢いを緩めることなくスラルに向かっていくと、担いだギャリーを頭上に持ち上げ、咆哮と共に投げつけた。
虚をつかれたスラルに向かって、ギャリーの大柄な身体が宙を舞う。
スラルは反射的にギャリーを受け止めようとしたが支えきれるわけもなく、二人は重なり合って地面に倒れ込んでしまった。
下敷きとなったスラルが、ギャリーを押し退けながら苦しげに問う。
「何があった」
「申し訳ありません。あの男、突然茂みの中から飛び出してきました」
ギャリーが頭を左右に振りながら身を起こす。
二人がどうにか立ち上がると、そこへ両腕を広げたビエリが飛び込んだ。割って入るように二人の間を駆け抜け、左腕をスラルに、右腕をギャリーに叩きつける。
豪腕をまともに胸で受けた二人は両足を跳ね上げ、風に吹かれる木の葉の如く地面を転がった。
ビエリは足を滑らせながら踏み止まると、両肩を激しく上下に揺らしながら、威嚇するように、存在を誇示するように腹の底から吠えた。
唖然とするネイに向かい、ビエリが小走りでやってくる。興奮が冷めぬのか、ネイの前に立ったビエリは顔を真っ赤にさせながら、荒い鼻息を何度も吹いていた。
「ビエリ、おまえ……」
二人を吹き飛ばした以前に、ビエリが逃げずに姿を見せたことに驚いた。逃げ切れず、ギャリーに追い着かれたとは思えない。
「どうして逃げなかったんだ」
「オレ、オクビョウ。デモ……ネイ、オイテニゲナイ」
ネイが目をしばたかせる。
どうやらビエリは自らの意思で残り、ギャリーに挑んだらしい。そのことがネイをさらに驚かせた。まさか、“逃げろ”という指示にビエリが逆らうとは思いもしなかった。それも自分を救うために、だ。
現実的に考え、ビエリが助けに来なければどうなっていたか分からない。
ネイはうつむき、頭を掻いた。
「だからって、何もあの大男まで一緒に連れてくることはないだろ」
ネイが苦笑すると、ビエリが眉尻を下げてオロオロと目を泳がせる。
「でも、おかげで助かった。おまえはただの臆病者じゃないぜ。偉大なる臆病者だ」
ネイが笑ってビエリの胸を叩くと、ビエリも相好を崩し、照れ臭そうに頭を掻いた。
ギャリーが長剣を支えに立ち上がり、咳き込むスラルに手を貸す。
「団長、大丈夫ですか」
「ああ、なんとかな」
立ち上がったスラルを見やり、ネイが冷やかすように口笛を鳴らした。
「見かけによらず、なかなかタフだな。今のうちに逃げられると思ったが」
「いや、今のはかなり効いた。まるで野獣だな」
「それで、その野獣相手にまだやるかい?」
ネイが口許に笑みを作ると、その隣ではビエリが鼻を膨らませながら胸を張る。
「私はあまり相手をしたくはないのだが……。ギャリーと相談するとしよう」
スラルが改めて訊ねるまでもなく、ギャリーは憮然とした表情で長剣を構えた。捕まり、軽々と投げ飛ばされたことがよほど悔しかったのか、鋭い視線はビエリにのみに向けられていた。
ギャリーの視線を受けて身を縮めたビエリに、ネイが小声で問いかける。――ルーナのことだ。
「あいつはどうした?」
「カクレテレル」
ビエリが目配せをして背後を示すが、それはどう見ても怪しい動きだった。
「後ろに何かあるのか?」
さっそくスラルに勘付かれ、これまた図星であったことを伝えるように、ビエリが露骨に首を縮める。その様子に、ネイは苦笑いを浮かべた。嘘をつけないにもほどがある。
「まあ、気にするなよ。あんたたちの相手をするのは、どっちにしろ俺たち二人――」
ネイは言いかけた言葉を切ると、何かを凝視するように目を細め、ハッとした。同時に、ビエリも不思議そうに首を傾ける。
「おいおい……嘘だろ」
ネイは辟易した様子で呟くと、がっくりと肩を落とした。
――なんだ?
ギャリーは訝しんだ。
ネイたちの様子が明らかにおかしい。ネイが何かを呟いたが、何と言ったのか聞き取ることはできなかった。
目を凝らすと、ネイたちの視線が自分たちに向けられていないことに気づく。自分たちを通り過ぎ、その背後に注がれているようだ。しかし、背後には何の気配も感じない。
右隣に立ったスラルが動く気配を感じる。どうやらスラルもネイたちの異変に気づいたようだ。
背後の確認はスラルに任せ、ギャリーはネイたちの動きを警戒し続けた――が、突然身体が大きく左に傾いた。スラルに突き飛ばされたのだ。
視界の隅に身を屈めたスラルの姿が映り、額から右目尻にかけて何かが触れたような違和感を覚える。
突き飛ばされ、傾いた身体を左脚で支えると、スラルの声が耳に届いた。
「ギャリー、大丈夫か」
スラルがなぜそんなことを訊いてくるのか、ギャリーには分からなかった。しかし、不意に鋭い痛みが走り、視界の右半分が赤く染まる。
空いている左手で右目尻のあたりを拭うと、掌全体が濡れたのが分かった。おそらく血だ。
掌に視線を落とすと、暗闇のために黒く濡れて見える。そこでギャリーはようやく理解した。背後から強襲を受け、斬りつけられたということを。スラルが押してくれなければ、どうなっていたことか。
「大丈夫か」
もう一度スラルが声をかけてきた。
「ええ、助かりました」
痛みが走るのは額から右目尻にかけて。眼球は無事のようだった。しかし、先ほど拭ったにも関わらず、すぐに右半分の視界が閉ざされてしまう。かなりの出血だ。
ギャリーはもう一度左手で血を拭うと、睨みを利かせながらゆっくりと振り返った――が、相手を確認し、思わず絶句する。白い顔が宙に浮いていたのだ。
横長の形をした両目。左右に大きく広がった不気味に笑う口。その上、鼻がない。
――仮面、か。
それは白い仮面だった。宙に浮いているように見えたのは、仮面以外は黒のフードに包まれ、夜更けの暗闇に溶け込んでいたためだ。
仮面から下に向かって視線を動かすと、先ほど自分を襲ったものが何だったのかを知る。
フードの裾からわずかに飛び出した柄。その先で、緩い曲線を描いた刃が蒼白い輝きを放っていた。
「何者だ?」
スラルが静かに問うが、仮面の主は小首を傾げるように頭を傾けただけだった。肩がわずかに揺れ、笑っているように見える。
何も答えぬ仮面の主に代わって、背後にいるネイが口を挟んでくる。
「そいつは亡霊。ギルドの暗殺者、ファントムだ」
「この者が……。なぜこんな場所に姿を見せた」
「そいつは、俺の首をコレクションの一つに加えたいらしくてね。もっとも、どうやって俺の居場所を知ったのかは、俺自身が教えて欲しいところだけどな」
ネイが何でもないことのように言うと、スラルが納得したように肯く。
「なるほど。そういえば、君はギルドにも追われているらしいな」
スラルが道を空けるように横へと退くと、ギャリーも亡霊を睨みつけながら後に続いた。
三角を描く位置取り。その場にいる誰もが二方向に注意を向け合うと、ネイが唇を濡らして口を開く。
「愉快な連中が揃った、不愉快な状況だ」
暗殺者、聖騎士団、そしてネイとビエリ。それぞれの目的と感情が渦を巻き、夜はさらに深みを増していく……
つづく