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120章 駆け引き

 荷物の上に半裸の身体を投げ出し、木々の隙間から覗く星空を、見るでもなしに眺めていた。

 頭の中では、答えの出ない疑問がグルグルと巡る。

 血判状の二枚目には、斜線によって名が消されていた人物も数名いた。その者たちを除いても、血判状に記されていた人物は二十弱。ただ、記された時期には開きがあるらしく、最上と最下の者では文字の濃度にかなりの差があった。

 最上に記された人物の名は“マッツォーラ”――現枢機卿だ。最上ということを考えても、血判状に並んだ者たちの代表各とみて間違いないだろう。

 他の者たちも記されていた地位を見るかぎり、各国において重要な地位にある者たちばかりだった。しかし、そんな中で特異な存在が二名。その二名がネイの気を引く。

 一名はキューエルだ。キューエルは国籍も地位も記されていない状態で、最下に名が載っていた。

 補足するならば、キューエルの一つ上には、商業国モントリーブで唯一爵位を持つズラタンの名があった。

 気になるもう一名は、国籍こそ記されてはいたが、その地位は記されていなかった。しかし、その国籍が気になる。その人物の国籍は、罪人国ベルシアとなっていたのだ。

 ――ゾラ……

 記されていたその名を、声には出さずに反芻はんすうする――が、いくら記憶を探ってみても、“ゾラ”という人物に心当たりはない。

 そもそもベルシアには、血判状に並ぶ者たちに見合うような地位は存在しない。国家に相当するような組織が存在しないためだ。にも関わらず、ゾラという人物は比較的上の位置に名が記されていた。

組織ギルドの上層部、か……」

 ベルシアで地位が高い者を強いて挙げるとするならば、それギルドの人間以外に考えられない。

 ベルシアという国に置いて、ギルドこそが最も大きな影響力を有しているからだ。しかし、だからといって、ギルドがベルシア全体を統制しているというわけでもない。単純に、ギルドが最も規模の大きな集団というだけの話だ―― 

 ネイは苛立たしげに頭を掻いた。血判状、復活祭、ゾラ、キューエル――分からないことだらけだ。

 口をひん曲げながら能天気な星空を忌々(いまいま)しげに睨むと、不意に水を浴びるような音が耳に飛び込んでくる。その水音に誘われ、ネイは上体を起こすと背後に目を向けた。

 茂みの隙間に、月明かりを浴びたルーナの後ろ姿が浮かんでいる。いつもは馬の尾のように一つにまとめた銀髪が、今は背中に広がりキラキラと輝いていた。

 ズラタンの元からルーナを連れ出したキューエル。そのズラタンとキューエルは、共に血判状に名が記されていた。

 ――キューエル。あんた、あんなヤツらの仲間だったのか。それを裏切ったのか

 ネイの知っているキューエルは、権力というものを毛嫌いしていた。そのキューエルが、権力者と共に肩を並べる。それがほんのひと時のことであれ、違和感と不快感を覚える。

 ネイは傍らに置いた水筒の中から、再び血判状を取り出した。

 他に血判状の内容を知るのはラビだったが、ラビはルートリッジと共に聖都に身を隠し、しばらくは将軍エインセと連絡を取り合わないことになっている。

 ネイはしばらく血判状を眺めると、その後で左手用短剣マインゴーシュを手にした。

 マインゴーシュを使い、血判状の下部を切り取り始める。ちょうどキューエルの名を切り取る形だ。続いてもう一枚の上部を切り取り、二枚の血判状の長さを器用に調整した。

 作業を済ませて血判状を戻すと、切れ端を両手で広げ、“キューエル”という文字をジッと見つめた。

 名を切り取ってキューエルの関わりを隠蔽いんぺいしようとしても、ほんの時間稼ぎにしかならないことは分かっていた。

 血判状を将軍エインセに届ければ、キューエルのことを含め、いずれは全てが白日の下にさらされるだろう。むしろ、そうなってくれなければ苦労して届ける意味がない。しかし――

「あんたについてのことだけは、俺が先に知ってやるよ」

 キューエルが何をして、何を知り、なぜ変わったのか。その事実だけは誰よりも先に自分が辿り着きたい。何より、自分が何ひとつ知らぬうちに、キューエルが枢機卿たちと同志であったと思われることが我慢ならなかった。

 ネイは切れ端を握り潰して焚き火の中に投げ入れると、燃え崩れていく“キューエル”という文字を睨むように見届けた。

 

 

 

「もう乾いたんじゃないのか?」

 ネイが声をかけると、ビエリが焚き火で乾かしていた三人分の服を確認し、首を縦に振る。

 さっそく二人が乾いた服を着込む。夜も更け、さすがに半裸では肌寒く感じ始めていたため、その生暖かさがありがたい。

「もう上がるように言ってこい」

 ネイが背後を指差すと、ビエリがルーナの衣服一式を抱え込み、いそいそと茂みの中に消えていく。

 ビエリがいなくなるとネイは血判状を取り出し、エマから譲ってもらった地図と共に懐に入れた――と、茂みをかき分ける微かな音が耳に飛び込む。ビエリたちとは真逆の方向からだ。

 暗く広がる森の木々。焚き火の灯かりが届かぬ場所で、茂みの影が小刻みに揺れている。こちらに近づいて来ていることから、森の動物とも思えない。 

 ネイが身を低くして腰のナイフに手を伸ばそうとすると、それを察したのか、茂みの中から男の声が上がった。

「待ってくれ、驚かせる気はなかった」

 声の主を見極めようとネイが目を細めると、二人の男が茂みの中から姿を見せた。

 金髪の男と大柄な男。灯かりに照らされた男たちの姿を目にし、ネイの目が大きく開く。二人は、白い甲冑を身に纏っていたのだ。

「ようやく見つけた」

 金髪の男は安堵したように吐息を漏らし、さらに言葉を続けた。

「いや、驚かせてすまない。森の外からあるじ無き二頭の馬が見えてね。気になったので足を踏み入れた、ようやく灯かりを見つけられたというわけだ。――ここ、いいかな?」

 そう言って地面を指差す。そこには、ビエリが腰を下ろすのに利用していた大きめの石がある。焚き火を挟んでネイと向かい合う位置だ。

 ネイは相手を睨みつけたが、金髪の男はそんな視線を意にも介さずに涼しげに微笑んだ。

「ここ、いいかな?」

 再度同じ問いかけを繰り返してくる相手に、ネイが肩をすくめる仕草で応える。

 金髪の男が目配せすると、それを受けた大柄な男は後退し、二人と距離を置いた。

 大柄な男が背中を木に預けて腕組みをすると、金髪のが向き直って石の上に腰を下ろす。それを見て、ネイも浮かせていた腰を静かに下ろした。

 警戒心を露骨にしたネイの視線に晒され、さすがに金髪の男も苦笑いを浮かべる。

「一応、名を名乗った方がいいだろうか? “一度目”の対面のときは、そんなヒマもなく君は去ってしまったから」

 金髪の男が何のことを言っているのか、ネイはすぐに察した。

「いや、必要ない。あんたは聖騎士団の団長、“スラル・ガトー”だろ。ゴルドランですれ違ったときに目が合った気がしたが、どうやら気のせいじゃなかったみたいだな」

 スラルが満足げに頷く。

「名を知っていてくれて光栄だな。ちなみに、後ろの彼は“ギャリー”という。私の優秀な部下だよ」

 スラルの背後に目をやると、ギャリーは腕組みをした格好のままで顎を引いた。頭を下げたつもりらしい。

「君の名を訊ねてもいいかな?」

 スラルの目が真っ直ぐに向けられてくる。口許には笑みが浮かんだままだったが、その眼差しには油断ならぬものを感じる。

 ネイは視線を避けるようにうつむと、小さく鼻で笑った。

「駄目だ、と言ったら訊かないのか?」

「駄目だと言うなら訊きはしないが、自ら名乗りたくなるような手段を取るかもしれない」

 口調は軽く、冗談とも本気とも取れる。

「結局は脅すなら、意思を尊重するような訊き方をするなよな。――俺は“ネイ”だ。でも握手を交わす気はないぜ」

 ネイが両手を軽く上げて拒絶の意を示すと、スラルは声を上げて笑った。

「ネイ、君は楽しい男だな」

「喜んでもらえて嬉しいね。このまま消えてくれれば尚のこと嬉しいけどな」

「残念だが、それは無理な相談だ。何の用もなしに、こんな場所まで来るわけがないからな」

「だろうな」

 ネイが鼻で息をつくと、スラルが目尻を下げる。街角で見せられたのなら、さぞ親しみの持てる笑顔だろう。

「ネイ、率直に言うが、私は君たちが連れ出した兎の耳ラビット・イヤーを必要としていた」

 ネイの脳裏にエマたちが捕らわれた光景が浮かぶが、それを察したようにスラルがかぶりを振った。

「安心したまえ。我々は彼らを捕らえてはいない。理由わけあって、兎の耳ラビット・イヤーを追ってきたのは我々二人だけでね。途中、彼らに追いつくことは出来たのだが、そのときに捕縛を諦めた」

 話を聞き、怪訝そうに眉を寄せたネイに、スラルは苦笑いを向けた。

「オズマが一緒だったんだよ。我々二人だけでは手を出すことも出来ず、物陰で指をくわえていたというわけだ。しかし、そのときに君の姿が見えないことが気になってね――」

 そこからスラルは、この森まで辿り着いた経緯を淡々とした口調で語った。

 オズマたちと同じ方角に向かうのなら、ネイがわざわざ別行動を取るわけがない。そう考え、東へ向かったオズマたちとは逆に、西への道を選択したこと。そこから、先ほど述べたように森の入り口で二頭の馬を見つけたこと――

「我々が、なぜ君を追ってきたのか察しがつくだろ?」

 焚き火による陰影のせいか、笑みを浮かべたスラルの顔が作り物のように見える。

「さあね。もしかして俺に一目惚れでもしたのか? もしそうなら、悪いが俺にそういう趣味はない」

 ネイが嫌そうに身を離すと、スラルが再び軽やかな笑い声を上げた。

「君は本当に楽しい男だ。もう少し君のことを知りたくもあるが、私がまず知りたいのは、なぜ君が別行動を取ったのか、だ。――君は探しに来たのだろ。兎の耳ラビット・イヤーが枢機卿猊下から盗み出した物を。彼は捕らえられたとき、それを手にしてはいなかった。つまり、どこかに隠したはずだ」

 二人の視線が真っ向からぶつかり合う。互いに視線を外すことはしない。

「もう手に入れたのか? それとも、まだ探している最中か?」

「何のことか分からないな。俺は野鳥を観察しに来ただけだ」

 ネイが口の端を上げると、スラルはうなだれて吐息を漏らした。

「この状況で、そんな軽口を叩けることに感心するな。その余裕がどこから来るのか興味深くもあるが……。しかし、先に言ったように、私は力尽くというのも嫌いじゃない」

 ネイはスラルの動きに警戒しつつ、その背後に立つギャリーに目をやった。

 ギャリーは腕を組んだままであったが、その眼から怒りのような激しい感情を受けとる。気持ちはすでに臨戦体勢に入っているのだろう。

 ギャリーは大柄だが、体格ではビエリの方が勝っている。ビエリにギャリーの相手が務まるかどうかを考えたが、それはすぐに振り払った。

 野盗ならいざ知らず、相手は聖騎士団だ。体格で勝っているからといって、それだけでどうこうできるとも思えない。

 ――厄介な状況だな。

 ネイの背中に薄っすらと汗が浮く。追いつめられた状況は、次第に冷静な思考を奪っていく。何か一つ、何か一つでも前に出る足がかりが欲しかった

 意を決するように、ネイは顎を引いてゴクリと喉を鳴らした。

「もしも、あんたの探し物を俺が手に入れていたとして、それを素直に渡せば見逃してもらえるのか?」

「それは約束しよう。そもそも私は、君を捕らえに来たわけではない」

 スラルの顔に穏やかな笑みが戻った。表情だけ見れば、その返答に嘘があるようには思えない。

「なら、渡す前に一つだけ教えてくれ」

「それは質問の内容にもよる」

 スラルが、言ってみろ、というように、ネイに向かって顎を振った。

 ネイが乾いた唇を舌で濡らす。次の質問を投げかけるには多少の思い切りがいる。

「この“地図”は一体何なんだ?」

 ネイが懐を押さえながら訊ねた。

 当然ハッタリだ。懐に入った地図とは、エマから譲り受けた何の変哲もない地図に他ならない。それでもスラルはすぐには答えなかった。静かにネイを見据え、何かを思案しているように見える。しかし――

兎の耳ラビット・イヤーから、何も聞いてはいないのか?」

 スラルは話に乗ってきた。その瞬間、ネイは緊張を解くように、細く、静かに息を吐き出した。

「盗賊ってやつは、自分の盗み出した物を簡単には口外しないもんだ。自分で確かめろ――そう言われたよ」

「それなら、残念ながら答えることはできないな」

 ネイの中で、わずかながら精神的な余裕が生まれる。

 ――この男は、この森で何を手に入れたのかを知らない。

 崖っ縁から一歩離れたような気分だった。

 ラビが盗み出した物が血判状であるということを、スラルが知っているかどうか。それはネイには判断できない。しかし少なくとも、この森で何を手に入れたのかは分かってはいない。

 ただ、血判状の存在自体を知らない可能性も高いように感じた。血判状にスラルの名が載っていなかったためだ。

「――それで、素直に渡してもらえるのかな」

 黙り込んだネイに、スラルが訝しげな眼差しを向けてくる。

 ただの地図を渡したところで問題はないが、この状況で地図を渡せば内容を確認される。そうなれば、無価値な地図だと気づかれてしまうだろう。

 素直に渡すのではなく、地図をおとりにして逃げ出せる状況を作る必要がある。

「そうだな――」

 ネイが勿体もったいつけるようにゆっくりと口を開いた。それと同時に、ネイの中で危険を知らせる鐘が、けたたましくしく鳴り響く。

「やっぱり止めておくよ。交渉決裂ってやつだ」

 次の瞬間、石の上に腰を下ろしていた両者が動いた。

 ネイの上体が後ろに傾き、反してスラルの上体は前に傾く。前傾姿勢となったスラルの左太腿が下がり、右手は腰のサーベルに伸びる。

 瞬きをする間もなく、上体を反らしたネイの喉元を風が撫で、白刃が横切っていく。

 スラルの一振りを回避したネイは背中から地面に倒れこみ、それと同時に右足を焚き木の下に滑り込ませた。

「くらえっ!」

 スラルの顔を目がけ、燃え盛る焚き火を蹴り上げる。

 激しく舞い上がる火の粉。スラルは左手でマントの裾を掴むと、火の粉を振り払うように左腕を振った。その一瞬、スラルの視界が自らのマントでさえぎられる。

 ネイは素早く立ち上がると剣破壊短剣ソードブレイカーを引き抜き、身を低くしてスラルの左手側に回り込んだ。マントを左手で掴んでいる以上、最も長く死角となるのは左手側だ。

 スラルが掴んでいたマントをすぐに離すが、その目は正面に向けられたままで、ネイの姿を捉えてはいなかった。しかし――

「左ですっ!」

 離れた場所でギャリーが叫び、その声に反応したスラルの視線が左に流れる。

 ――遅いっ。

 スラルの身は、すでにソードブレイカーの間合いに在った。

 ネイが斜め下から右腕を突き出す。スラルは甲冑を身に纏っているため、狙うは首筋。避ける間はない。しかし、スラルは避けようとするのではなく、腰をわずかに捻り、左肩を押し出すようにネイに向けた。

 ソードブレイカーの刃が左肩の防具に当たり、金属の擦れ合う不快な音を上げる――と、ネイの口から舌打ちが漏れ、スラルの口許には笑みが浮く。

 軌道の逸れた刃は狙いを外し、無常にもスラルの左耳をかすめただけだった。

 スラルが飛び退いてネイの間合いから逃れるが、それはまだサーベルの間合いであった。しかし、スラルがサーベルを振るよりも先に、今度はネイが飛び退く。

 ネイが優勢だった攻防。それだけに落胆の度合いもネイの方が大きい。相手が二人いることを考えれば、一撃で仕留められないまでも、せめてそれなりの傷を負わせておきたかった。

 悔しげな表情を浮かべるネイを視界に捉えながら、スラルが声を上げる。

「ギャリー、今の彼の動きを見たか」

「ええ、見ました。まさか、反撃に転じるとは思いもしませんでした」

「私もだ。不意打ちを仕掛けたつもりが、逆に不意打ちを喰らってしまったよ」

 スラルの視線が地に落ちる。そこには焚き火の残骸があった。

「気をつけてください。反応の鋭さと身体のキレでは相手に分がありそうです」

 ギャリーの忠告に、スラルが顔をしかめた。

「上官に向かって言ってくれるではないか。しかし、ああも上手く切り返されては反論はできんな。――そうだろ、鷹の眼ホーク・アイ

 突然の呼びかけにネイの心臓が大きく脈打つ。

 ――この野郎。

 スラルがゆっくりと切先を向けてくると、ネイは顔を背けて唾を吐き捨てた。

「俺が誰だか知ってたなら、始めからそう言えよ。わざわざ名乗らせやがって」

鷹の眼ホーク・アイのことは知っていたが、君のことは知らなかったんだよ。もっとも、ゴルドランですれ違った直後に、君こそが鷹の眼ホーク・アイだということに気づいたがね」

「わけの分からないことを言いやがって」

 ネイは左手用短剣マインゴーシュも引き抜くと、スラルを警戒しつつ視線だけをギャリーに向けた。

 ギャリーは未だ剣を抜く気配を見せない。どうやら手出しをする気はないようだ。

鷹の眼ホーク・アイ。猊下から盗み出した物を、君がどうしようとしているのか当ててみようか?」

「言ってみろよ」

「猊下と帝国の繋がりを暴き、帝国のディアド侵攻を妨害するつもりだろ。そして、それは尊厳国フォンティーヌのエインセ将軍の意向だ。――違うか?」

「そんなことまで言っていいのか? 枢機卿と帝国が繋がっていることを認めているようなもんだぜ」

 ネイが否定も肯定もせずに無理矢理に笑って見せると、スラルは鼻で笑い飛ばした。

「君の教会に対する認識を間違っている。教会は決して一枚岩というわけではないのだよ。人が集まれば役割が生まれ、役割が生まれれば利害関係が生まれるものなんだ」

「権力争いってやつか……。それで、あんたと枢機卿は足を引っ張り合う仲ってわけかい」

「悲しいことが、そういうことになる」

 聖騎士団団長と枢機卿の権力争いという事情を知り、スラルが血判状の存在を知らない可能性がさらに高くなったように思えた。むしろ、スラルの言っていることが本当なら、スラル自身も枢機卿と帝国の繋がりを探っているのではないか――

「私は自分のことを話した。次は君のことを少しは話してほしいのだな」

「盗人の身の上話なんか聞いてどうするんだよ。権力争いとも無縁の身分だぜ」

「では、私から質問するとしよう。――以前、砂漠国ディアドに身を寄せた異端者を捕らえるため、枢機卿が帝国軍に捕縛を呼びかけたことがある。しかし、帝国軍はその者を取り逃がし、異端者はフォンティーヌで消息を絶った聞く。――それは君のことだな?」

 スラルの問いかけが、ネイの中に疑問を生む。

 枢機卿に追われたのは、ズラタンの許からルーナを連れ出し、逃げたためだ。そのズラタンは枢機卿と血判状で繋がっていた。ならば、ルーナを連れて逃げた者が鷹の眼ホーク・アイというギルドの盗賊であるということを、枢機卿も当然知っていると思える。しかし、スラルはそれを今さら確認してきた。

 自分を鷹の眼ホーク・アイだと分かったのなら、なぜ今さらそんな確認を取るのか。

 ――こいつ、枢機卿から何一つ聞かされてはいないのか?

 ネイは、どう答えるべきか逡巡した。しかし――

「どうやら、俺のことみたいだな。異端者扱いになっていたのは初耳だが」

 正直に答え、スラルのペースに乗った。

 何も聞かされていないようなスラルの口ぶり。もしそうならば、どこで鷹の眼ホーク・アイという名を知ったのか。その通り名と、すれ違っただけの自分の存在がなぜ一致したのかが気になった――が、その疑問は、次のスラルの話で簡単に吹き飛んだ。

「やはり君のことだったか……。キューエルの遺体が見つかった直後の異端者騒動だ。キューエルから聞かされていた鷹の眼ホーク・アイの名が、すぐに頭に浮かんだ」

 ――な……に? 今、何て……

 スラルの話が呑み込めず、ネイは言葉を失った。

 驚くネイを見て、スラルがニヤリと笑う。我が意を得たり――そう言いたげな勝ち誇った笑みだった。

「言ったろ。“君のことを知りはしなかった”と。しかし、鷹の眼ホーク・アイという賊については、キューエルから聞かされていたのだよ」

 言い終えると同時にスラルが大きく一歩踏み込み、伸びのある突きを放ってきた。

 ネイの反応がわずかに遅れ、衣服の脇腹部分が裂ける。当然、反撃などできるわけもない。体勢を崩し、地を這うようにして距離を取るネイを見て、スラルが低く笑った。

「どうした、鷹の眼ホーク・アイ。今のはずいぶん反応が遅れたな。キューエルのことを聞き、心が揺れたか?」

「黙れっ!」

 ネイが怒鳴ると、スラルはサーベルを構えたままで声を上げた。

「ギャリー。さっきの表情から察するに、彼はキューエルから私のことを何も聞いてはいない。ここで始末しても問題ないだろう。――荷物を見る限り、連れは極少数だ。近くに潜んでいるぞ」

 スラルの意思を受け、ギャリーが腰の剣を引き抜く。両手持ちの長剣だ。

 ――こいつ、キューエルのことを持ち出すタイミングを図っていやがった。

 ネイは悔しげに奥歯を噛み締め、スラルを睨みつけた。

 ギャリーが肩を怒らせながらスラルの背後を横切り、ビエリたちのいる方向へと向かって行く。

「ビエリ、逃げろっ!」

 ネイが叫び、同時にスラルが踏み込む。

 邪なる者を斬り裂く凶刃が、ネイに向かって弧を描き出す……

 

 

 

 つづく

 

 

なんというか……

ちょっとした愚痴ですが、この章は理屈っぽくて書いていて非常につまらなかったです。

挙句、何度書き直しても簡略化できず、分かり難い上に長い……(09/09/17)

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