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118章 模索

 初老の男が一人、真紅の絨毯が敷かれた渡り廊下を小走りに通り過ぎる。しかし、その足取りは重く、息も絶えだえだった。

 目の前に見えてきた階段を恨めしげに睨むと、一呼吸置いてから意を決したように上り始める。一段一段、這いつくばるようにゆっくりと。

 ヒイヒイ、と細い悲鳴を上げながら目的の階までどうにか辿り着くと、いくつも並んでいる扉の一つを乱暴に叩いた。しかし、返事を待つことはしない。

 初老の男は乱れた衣服を気にすることもなく、倒れ込むようにして扉を押し開けた。

 部屋に転がり込むと、扉に背を向けるようにして一人の男と、一人の女が立っていた。その二人のさらに奥、長机に両肘をつき、顎の下で手を組み合わせた男の姿が見える。

 三人の視線が初老の男に集まり、それぞれが怪訝そうに眉をひそめた。

「ピケ殿、そんなに慌てて一体何事か?」

 長机に肘を置いた男が初老の男に向かって口を開いた。

 なんの動揺もない落ち着いた口調。しかし、いくばくか批難めいた気配はある。

 ピケはすぐに返事をしようとしたが、乱れた呼吸のせいで上手く声が出せずにゴクリと喉を鳴らした。

「し、将軍……。エインセ将軍、大変です。帝国軍が――」

 どうにか言葉を発すると、いち早く反応したのはエインセの前に立っていた男だった。

 男がピケに歩み寄り、そっと背中に手をまわす。

「ピケ大臣、どうぞ落ち着いてください。今、飲み物をお持ちします」

 男は柔らかな物腰で言いながらピケの身体をソファに促がそうとした。しかし、ピケがそれを拒否するように身をよじる。

「エウ副団長、そんな悠長なことを言っている場合ではありませんぞ。帝国軍が国境沿いに陣をいているのです」

 ピケの発言で、女――アティスが目を見開き声を荒げる。

「大臣、それはどういうことですか」

「どうもこうもありません。帝国軍が、軍事教練ぐんじきょうれんと称して西の国境沿いに陣を布いているんです。――国境沿いなどに陣を布き、なにが軍事教練か。あれは我が国への挑発行為以外の何物でもありせんぞ」

 一気にまくし立てたせいで頭に血が昇ったのか、足許がフラつき、エウが慌てて手を差し伸べた。

「慌てている理由は分かった。しかし、エウ副団長の言うとおり、少し落ち着きたまえ」

 エインセが座したまま声をかけると、ピケはエウにもたれるような格好のままで再び怒鳴り出す。

「将軍まで何を悠長なことをおっしゃるか」

「国境沿いとはいえ帝国の領土内であるならば、我々がどうこう言えることでもなかろう。――何より帝国とは休戦協定がある。無下に事を荒立てるわけにもいかん」

「では見過ごせとおっしゃるか。それでは我が国の威信が――」

 異議を唱え続けようとするピケの口を、エインセが手が制す。

「ピケ殿、今すぐ我が王に書簡を送っていただきたい」

「書簡、ですか……。それはどういった内容で?」

 ピケが不満げな口調で訊ねると、エインセは唇の間から歯を覗かせた。

「我が私軍と正規軍の合同教練を執り行ないたい。そのために、早急に正規軍をこの地に送っていただきたいのだ」

 エインセの要望を聞いてピケは呆然とした。

 この期に及んでの合同教練――その意図を汲み取るまでにわずかな間が空く。しかし、すぐにハッとすると目を輝かせ、短い返事を残して勢いよく部屋から飛び出して行った。

 エインセが咳払いをすると、開け放たれたままの扉をエウが静かに閉める。

「ピケ殿もすでに御年だというのに……。あのように血の巡りが良すぎては、長生きは出来そうもないな」

 エインセが呆れた様子で苦笑し、エウが声を押し殺して笑う。

「正規軍との合同教練、ですか」

 アティスが確認するとエインセは無言のままで席を立ち、壁にかけられたサーベルを手に取った。

 ――この国、フォンティーヌの正規軍は、常に王都にて待機している状態にある。各街に常駐する兵士は、それぞれの地方を統治する人物の私軍となっていた。それゆえ、将軍といえども正規軍を必要とする際は、その都度“国王より兵士を借り受ける”という形を取る必要があった。

 それは兵力を調整し、地方による兵力格差を最小限に押さえるためであった――

 エインセが手にしたサーベルを鞘からわずかに引くと、窓から射す陽の光が刃を白く輝かせた。

「我々も軍事教練で見せつけてやればいよい。休戦協定が結ばれたとはいえ、我が国は常に臨戦態勢であるということを」

 

 

 

 中庭を横切ろうとしたとき、不意に声をかえられアティスの足が止まった。

「ねえ、さっき太ったオジさんが慌てて駆けて行ったけど、何かあったの?」

 声の方向に顔を向けると、セティが林檎りんごに噛りつきながら片手を軽く上げてくる。どうやら一人のようだ。

 いつもはギーが張りつくように一緒にいるが、今はその姿が見えない。

「大したことではない」

 アティスが再び歩き出すと、セティが林檎の果肉を頬張りながら隣に並び、歩調を合わせて来る。そのセティにチラリと目をやり、アティスは小さな吐息を漏らした。

「その格好、もう少しどうにかならないのか」

「へっ? どうしてよ」

 セティが自分の身体を見下ろすと、紅茶色をした髪が肩口で柔らかに揺れた。

 膝上までの光沢を帯びた黒いブーツ。同じく黒いショートパンツ。健康的な太腿をこれ見よがしに露出させている。

 将軍の許に客人扱いで身を寄せる婦人としては、たとえ二百歩譲ったとしても相応しい格好とは言えない。何より、無骨な兵士たちにとって目に毒だった。

「これ、動き易いのよね。アティスの男装と同じ感覚よ」

 肌を露出させた格好は動脈を狙われやすい。そんな無防備な格好と同じにされては堪らない、とは思うが、戦闘時の不利益を口にしても無駄なことは分かっていた。そもそもがセティは兵士ではない。

「――それより、ネイたちのことはなにか掴めたの?」

 明日の天気でも訊ねるような調子に、アティスは首を左右に振って応えた。

「いや、なにも。しかし、なんの情報も入って来ないというのが、なによりの吉報だろう。なにかあればそれなりの情報が入るだろうからな」

 セティが、ふーん、とつまらなそうに鼻を鳴らした。

「心配か?」

 アティスが横目で訊ねる。しかし、セティは否定も肯定もせず、引き締まった顎に片手を当てて低く唸るだけだった。

 中庭から別館に入ったところでアティスが一人の兵士を呼び止める。

 急ぎ、西の国境に向けて出立するむねを伝えると、兵士は慌てた様子できびすを返して駆け出した。

 傍らで二人のやりとりを眺めていたセティが片眉を歪める。

「今から西の国境に軍を動かすの?」

「そうだ」

「西の国境いといえば、ソエールの近くよね」

 ――ソエールとはフォンティーヌ国内で南に位置し、聖都に最も近い街。ネイがエインセたちと出会った街だ。

 エインセはフォンティーヌの南部から南西部にかけてを領地とし、この街、グラスローを拠点としながら西に位置する国境の守護も任されていた。

 西の国境とは元アーセン――現ヴァイセン帝国領との国境であり、さきのヴァイセン帝国との戦争の際、最も熾烈な攻防を繰り広げた土地として知られている。

「もしかして、帝国軍が攻めてくる?」

 セティが険しい表情を作ると、アティスはかぶりを振った。

「いや、おそらくはただの脅しだろう」

「脅し?」

「現在、帝国軍は砂漠の国ディアドに侵攻しているだろ。その争いに我々が介入する動きを見せれば、休戦協定を破棄し、すぐにでも攻め込むという意思表示のつもりだろうな。もし大陸南部のディアドが陥落すれば、帝国軍はさらに進行し、大陸東部も容易に手に入れる。そうなれば遅かれ早かれ、このフォンティーヌは東西から帝国軍に包囲されることになる。そうなることを阻止するため、この国がディアドの救援に兵を動かすと踏んでいるのだろう」

「だったら、教会と帝国の繋がりを示す証拠をネイが持ち帰っても無意味じゃないの。ディアドの救援に動いたら攻め込まれちゃうわけでしょ。そうなった場合、自国を防衛する兵士とディアドの救援に向かう兵士――帝国軍を相手に兵力を割く余裕なんてあるの?」 

「苦しいだろうな。が、そんな思惑通りには事を運ばせぬよう、我々が西の国境に向かうんだ――」 

 そう言った直後、帝国領土に侵入していた際に遭遇した、ある一つの出来事が頭をよぎった。帝国領土となったアーセン地方。その街の一つ、サイホンで黒騎士たちの一団と遭遇したことだ。

 血路の騎士――黒騎士の姿が鮮明に脳裏に甦った瞬間、アティスは落雷に打たれたかのようにビクリと背筋を伸ばした。

 ――そうか。黒騎士ヤツが、わざわざ本土からサイホンまで来ていたのは、国境沿いに陣を布くためだったのだな。ならば、今回指揮を執っているのは…… 

 アティスの口許に冷笑が浮かび、胸の内では黒い歓喜が渦を巻き始めていた。

 

 

 

「――ちょっといい」

 背後から声をかけられ、ネイは荷造りのために忙しく動かしていた手を止めた。

 振り返ると、トゥルーとリムピッドの二人が並んで立っていた。

「なんだよ」

 作業を中断させられたことで不機嫌さを露にすると、リムピッドが上目遣いに視線を向けてくる。

「あのさ、ルー先生から聞いたんだけど……。ネイはここで別れるって本当?」

「ああ、本当だ。でも俺だけじゃなく、ビエリも一緒だ。俺たちはこれから西に向かうからな」

 リムピッドが、そう、とタメ息をこぼすように呟く。

 エマたちとルートリッジは、ネイとは逆――現在地より東に向かい、聖都を目指す予定だった。

「で、おまえたちはどうするんだ? とりあえず、ルーたち一緒に行くのか」

 ネイが兄妹に向かって交互に目をやると、兄であるトゥルーが小さくあごを引く。

「そのつもり。レイルズのこと、最後までちゃんと見届けたいから……」

 そう言ったトゥルーの横で、リムピッドが目を伏せた。

「なるほど。――で、それが済んだら反乱組織レジスタンスの再出発ってわけか?」

 半ば冷やかすようなネイの調子に、トゥルーが苦笑いを浮かべる。

「いや、牙の団の今後の活動については未定なんだ。今まで犠牲になった仲間、巻き込んだ人たちを納得させるには、簡単に死ぬわけにはいかないし……」

 バツが悪そうにトゥルーがうつむくと、ネイは緩くかぶりを振った。

「まあ、俺には関係ないけどな」

 それ以上は興味がない、というようにネイが荷造りを再開するが、兄妹は立ち去ることはせず、所在なく足許に視線を落としたままでたたずんでいた。

「なんだよ、まだ何か用か?」

 うとましげなネイの視線を受けて、リムピッドが躊躇ためらいがちに口を開く。

「今さら“簡単に死ぬわけにはいかない”とか言って、あたしたちだけ逃げ出すのはズルイ……かな?」

「ズルイ?」

 ネイが再び手を止めて向き直ると、兄妹は視線を避けるように顔を伏せた。

「俺たちさ、どうやって皆を納得させたらいいのか分からないんだよ。死んだら納得させることなんてできない。でも、今さら自分たちだけ逃げ出すのはズルイって分かってる。でも――」

 トゥルーがそこで声を失うと、引き継ぐようにリムピッドが口を開く。

「エマさんに言われて気づいたんだ。あたしたちは結果に目を向けないで、活動してるってことだけでいい気になってたんだよ。――でも、きっとそれじゃダメなんだよ」

 リムピッドののかすれた声を聞き、ネイが憂鬱ゆううつな吐息を漏らす。

「だったらズルくて結構じゃねえか。逃げ出すことができるのは、生き残ったヤツの特権だろ」

「でも、逃げてどうやって土地を取り返すのさ。そんなんじゃ……誰も納得させられない」

 駄々をこねるようなトゥルーに、ネイは舌打ちをした。

「だったら、納得させられる別の方法を考えればいいだろ」

「だから、その方法が分からないから悩んでるんでしょ」

 当たり前のことを言うな、と批難するようにリムピッドが口を尖らせてくる。

 なぜか責められている状況に腹が立ち、兄妹の頭を続けざまに引っ叩いた。 

「だったら分かるまで悩んでろ。どうせ逃げ出せば、うんざりするほど時間があるんだからよ」

 兄妹は叩かれた頭を両手で押さえ、恨めそうに下から睨んでくる――が、しばらくすると気力が抜け落ちたかのか、兄妹は同時に肩を落とした。

「俺たちが逃げ出すことを、死んだ皆は許してくれるかな……」

「そんなこと俺が知るわけないだろ。死んじまったおまえたちの仲間に会ったことなんてないんだから」

 腕を組んで当然のように答えると、兄妹は嫌な物でも目にしたかのように表情を歪めた。

「あのさぁ、ネイ、自分で言うのもなんだけど、いたいけな少年たちが悩みを打ち明けたら、タメになることを一つでも言ってくれるのが大人なんじゃないの?」

 真顔で放たれたリムピッドの抗議。それに対し、ネイが神妙な面持ちで頭を縦に振る。

「なるほどな。だったらタメになることを言ってやる。――死んだヤツが許してくれるかどうかは好きに決めろ。どんな答えでも、死んだヤツは反論なんてしねえよ」

 鼻で笑い飛ばしながら訓示すると、兄妹は唖然とし、その後で乾いた笑い声を上げた。

「はは……最低の答えだ。相談する相手を間違えたよ」

 

 

 

 見送る者、見送られる者に別れて向かい合う。

 互いに仲間、同士、友と呼び合う者たちではない。ほんの短い期間、時間が交差しただけの者たちだ。それでも別れを惜しむ空気が確かにそこには在った。

「じゃあ、そのうちオズマが来るだろうから、“あれ”を返しておいてくれよ」

 ネイが背後の黒馬に親指を向けると、エマが肯き、アレ扱いに異議を唱えるように黒馬がいなないた。

「それと、“さっき俺が言ったこと”をちゃんとオズマに伝えろよ」

「わかった」

 リムピッドは目を伏せたまま、ふて腐れた表情で返事をした。

 ネイは苦笑するとリムピッドから視線を外し、一台の荷馬車に顔を向けた。荷台に乗っていたラビが軽く片手を上げてくると、無言のまま小さく肯いて返す。

「じゃあ、行くか」

 ビエリに声をかけると、ルートリッジの隣に立っていた人物が、まるで自分が声をかえられたかのように進み出た。

 ルーナだ。ルーナは全ての視線を集めながらネイの隣に並ぶと、ネイやビエリと同じように見送る者たちと向かい合う。

「……おい、何をしてるんだ? おまえはあっち側だよ」

 エマたちの方を指差して見せると、ルーナの白い手がネイの袖口をちょこりと掴んでくる。

 ネイはギョっとした。しかし、当人は正面を向いたまま顔を向けようともしない。

「あのなあ、おまえは向こう側。こっち側じゃないの」

 ゆっくりと、多少語気を荒げながら言って聞かせるが、いつもの如く、自分に都合の悪い声には無反応だ。

 ――このっ。

 怒鳴りたいのをグッと堪えて腕を前後に振る。しかしルーナの手は離れない。さらに激しく振る。が、やはり離れない。

 二人の様子にルートリッジが目を細めた。

「ルーナにも自分の意志がある、ということだな」

「ルー、余計なことを言うな。俺たちは遊びに行くわけじゃないんだぜ。ただでさえ帝国の本土に近づくっていうのに、足手まといを連れて行けるかよ」

「こっちはこっちで、帝国兵が国境で待ち構えているかもしれないのだろ? だったら危険なのはどっちも同じだ。同じ危険なら、おまえが責任を持て。そもそも、ここまでルーナを連れて来たのはおまえだろ」

 ニヤニヤと笑いながらルートリッジが痛いところを突いてくる。

 勝手に着いて来たんだ――と、反論しかけたが、その言葉を飲み込んだ。

 ルーナがいかに着いて来ようとしても、最終的にネイが受け入れなければ済んだ話だ。理由はどうであれ、自分が連れて来た、というとと大した違いはない。

 結局はがっくりと肩を落とし、後悔を吐き出すように深いタメ息をつくしかなかった。

「――わかった、わかりましたよ。一緒に連れて行くから手を離せよ」

 今度はルーナも素直に手を離す。その調子のいい反応に、怒りを通り越して呆れてしまう。

「じゃあ、あたしも――」

 リムピッドが手を挙げようしたがエマに手首を掴まれて一睨みされると、シュンとなって身を小さくした。

「じゃあ、今度こそ行くか」

 ネイは肩を落としたままビエリに顔を向けたが、そこで目にした光景に驚き、思わず仰け反った。

 ビエリの顔を引き寄せ、口づけをかわす女の姿。収容所でユアと共に捕らわれていた女、ホーリィだった。

「ありがとう、大男さん。鉄格子を持ち上げたとき、格好良かったわよ」

 で上がったような顔色で、直立不動となったビエリの姿が笑いを誘う。

 レイルズとの永遠の別れによって娼婦たちの間に広がっていた暗鬱あんうつとした空気。そこにほんの一時いっとき、穏やかな風が流れる。しかし、ネイだけは苦悩するように頭を抱えていた。

「ネイ、どうしたの?」

 リムピッドがネイを真似て難しい表情を作る。

「おかしい……」

 ネイがボソリと呟いた。

「おかしいって……。なにが?」

「今回、俺も結構がんばったはずだ。いや、どちらかといえば俺の方ががんばった。なのに、どうしていつも美味しいところはビエリが持っていくんだ? 絶対におかしいだろ」

 しきりに首を捻りながらブツブツと文句を言うと、リムピッドが白い歯を見せて笑った。

「きっとさ、ビエリのがんばりは純粋に見えるからだよ。でもネイの場合、がんばること自体にいちいち裏がありそうなんだよね」

 リムピッドが皮肉をいうと、それを援護するようにルートリッジが、うんうん、と頭を縦に振った。

「ああ、そうですか。そりゃあ、どうもすいませんね」

 ケッ、と吐き捨てたネイに、リムピッドがモジモジとしながら近づいて来る。

「でもさ、あたしが荷台から落ちたとき、ネイは助けてくれたよね。あれは嬉しかったよ。だから――」

 リムピッドが顎を持ち上げながら目を閉じた。

「ああ? なんの真似だ」

 ネイが眉をひそめる。  

「だからあ、ビエリが羨ましいんでしょ? だから、御礼にキスさせてあげるって言ってるの」

 片目だけを開け、じれったそうに早口でまくし立てると、リムピッドは再び目を閉じた。が――

「おら、ビエリ、さっさと行くぞ」

 固まるビエリを軽く蹴りながら、何事もなかったかのように遠のいて行くネイの背中。

 リムピッドは目尻を吊り上げると、すぐさま駆け出してネイの背中に跳び蹴りを喰らわせた。

 

 

 

 二頭の馬の影。一頭は真っ直ぐに駆け、もう一頭は右へ左へ彷徨さまようように駆けていく。

「ビエリってさ、馬を操れないないんだね。あれで本当に目的地まで辿り着けるのかな」

 リムピッドが笑うと、ルートリッジがかぶりを振った。

「ねえ、ルー先生。あたしたち、またネイに会える?」

 ルートリッジと共にいれば再会することもできるだろうが、聖都まで逃げた少年レジスタンスがその後でどうなるのか、それは当人たちにも分からない。

「さあ、どうだろうな。――いつか言っていたように、ギルドの人間をネイに紹介して欲しいのか?」

「ううん、それは諦めた。土地を取り返して、いつかギルドに――なんてことは無理そうだもんね」

 リムピッドはぎこちなく笑って見せた。未来への不安が表情を硬くさせる。

「あたしたちさ、いつかギルドに入って鷹の眼ホーク・アイっていう盗賊みたいになりたいって言ってたでしょ」

「ああ……。そんなことを言ってた、かな」

 ルートリッジが曖昧に返事をすると、その話を耳にしていたユアが不思議そうに小首を傾げた。

「でもさ、ギルドには入れそうもないし、目標をもう少し近場に変えてみるよ。あんまり初めから高みだけ目指しても現実味はないと学んだしね」

「学ぶことは大切だな」

 ルートリッジがもっともらしく言うと、リムピッドがクスリと笑う。

「だからさ、とりあえずネイを目指そうかと思って」

「とりあえず、か」

 ルートリッジが含み笑いをすると、その後ろではユアが口許を押さえて笑いを堪えていた。

「なに? あたし、なんか可笑しなこと言った?」

 不思議そうにそうするリムピッドの肩に、ユアがそっと手を置く。

鷹の眼ホーク・アイなら私が紹介してあげましょうか?」

 ユアの申し出に、リムピッドとトゥルーが目を丸くした。

「ユアさん、鷹の眼ホーク・アイと知り合いなのか?」

 トゥルーが喜々とするとユアは静かに肯いて返し、遠ざかる二頭の馬に指先を向けた。

 しかし、兄妹はユアの行動の意図が分からず、困惑しながらルートッリジに目をやった。

「良かったな、目標が変わらなくて。しかし、あんなのを目標にすると人格が歪むぞ」

 ルートリッジが声を上げて笑うと兄妹は同時に思い至り、互いに顔を見合わせた。

「嘘だろ……」

 トゥルーが呟き、リムピッドが近くの丘の上に向かって駆け出す。息を弾ませながら駆け上った丘の上。見下ろすの景色の中に遠く離れ二頭の馬が見える。

 一杯に空気を吸い込み、喉が裂けるかと思えるほどの声でネイの名を呼ぶと、小さくなった影が手を上げたのが見えた。

 ――また会おう。絶対にまた会おうよ、鷹の眼ホーク・アイ

 声には出さず、再会の約束を投げかけ、リムピッドは力一杯両手を振った……

 

 

 

 つづく

 

 

 今回、また更新まで間が空いてしまいました。

 次回こそは早く仕上がるように努力します。

 

 

 ここからは、一人の方に向けての謝罪です。

 二、三日、と言ったのに、大変申し訳ありません(09/08/02)

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