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115章 主従

 遠い――今のリムピッドには、目と鼻の先に見える荷馬車が恐ろしく遠い。

 死を認識する猶予ゆうよは心が恐怖に侵食されていく時間でもあり、四肢を動かす気力さえ奪っていく。

 恐怖から目を背けるかのように、ジッと顔を伏せていたのはどれほどの時間か。長く感じた間も、実際はさほどのことでもなかったのかもしれない。

 あざ笑うような馬のいななきがリムピッドの耳に届く。首筋に生暖かい鼻息を感じた――そう錯覚するほどに、すぐ背後で嘶いたような気がした。

 勇気を振り絞って伏せていた顔を持ち上げると、恐々と肩越しに背後を覗き見る。

 まず目に飛び込んできたのは騎馬隊の影だった。それだけで思わず悲鳴を漏らしそうになったが、それと同時に騎馬隊が進行を止めいることにも気づいた。

 走り足りない、そう主張しているかのように体を揺する馬に、それを落ち着かせようと手綱を引きながら短い声を発する兵士。その兵士の表情には警戒心が浮かんでいた。

 しかし、その警戒心はリムピッドに向けられたものではない。その証拠に、兵士の視線はリムピッドを素通りし、さらにその先に向けられているようだった。

 兵士の視線を辿り、リムピッドが正面に顔を向け直すと、先ほどと同じように荷馬車が見える。しかし、見えたのは荷馬車だけではなかった。

 ――あれは……レイルズ?

 収容所の兵士から奪ってきた槍を片手に持ち、レイルズが荷馬車の手前に立っているいる。

 用件が済んだかのように荷馬車が再び動き出すと、それと同時にレイルズが静かに足を踏み出した。

 夜露よつゆのせいかレイルズの輪郭は霞んで見え、その長い白髪は月明かりを浴びてキラキラと輝く。それだけならば神々しい印象を与えたのだろうが、背後に広がる夜空と、引きずるようにして持つ槍も組み合わせると、神々しいというよりも闇から現われた死霊のような印象を与えた。

 緩やかだったレイルズの歩調が少しずつ早くなり、それに伴なって姿勢が前に傾いていく。悠然とした歩みから小走りに、小走りからさらに加速し、ついには全力で駆け出す。

 まさに宙を舞う死霊のように、倒れたネイとひざまずくリムピッドを軽々と飛び越えると、足を緩めことなくさらに突き進む。

 当初は慌てた騎馬隊もどうにかクロスボウを構え、驚嘆すべき速度で突進してくるレイルズに狙いを定めた。

 レイルズにクロスボウが向いたということは、その背後に位置するリムピッドたちにも危険が及ぶ。それを気にしてのことか、レイルズは突如として跳ぶように真横に身を動かした。

 直線的に、ときに鋭角に移動しながら、槍を手にしたレイルズが騎馬隊へと迫る。その変則的な動きは空を裂くいかずちのようだった。

「放てえ!」

 焦りをにじませた男の声が響き、直後にクロスボウの矢が一斉に放たれる。

 それでもレイルズは止まらず、駆けながら地面に槍を突き立てると、それを支えに跳躍した。

 向かって来る矢を飛び越えるように宙を舞い、横倒しの格好となった身体の下を無数の矢が通過していく。その回避方法に騎馬隊は仰天したが、それだけでは終わらない。レイルズは宙に浮いた状態でさらに身体を捻って背筋を伸ばし、斧を振り下ろす格好さながらに両腕を振った。

 突き刺した槍が地面から抜け、穂先が勢い良く弧を描く。刃は寝かせた状態となっており、それは斬るのではなく、叩きつけるように兵士の頭頂部を襲った。

 穂先の根元で柄が折れてしまうほどの強烈な一撃。兵士は目を白黒させながら短いうめき声を漏らし、ゆっくりと馬の背から崩れ落ちる。

 尋常ならざる動きで距離を詰めて一斉に放たれた矢を飛び越えると、さらにはそこから強烈な一撃を見舞う――騎馬隊はその光景に息を呑み、動くことが出来ずにいた。

 

 

 

『先に行くんだ。守る対象が二手に別れては、救えるものも救えない』

 そう言ったレイルズの背中がトゥルーの脳裏に甦る。

「大丈夫、大丈夫だ。絶対にレイルズが助けてくれる」

 馬車馬にむちを入れながらトゥルーが何度も同じ言葉を口にする。それは祈りを捧げるようであり、許しを乞うようでもあった。

 ネイを、そして何よりも自分の妹を置き去りにしたという事実が胸を締め上げる。目眩めまいと共に吐き気が込み上げ、トゥルーはたまらず口許を押さえた。

「あのままリムたちを待っていたら、全員が捕まっていた。だから……仕方がないよ」

 荷台に乗った仲間の一人がトゥルーの行動を肯定するが、その言葉は何のなぐさめにもならなかった。

 これまで反乱活動を行い、仲間を泣くなく見殺しにしたこともあった。その都度味わった己の無力さに対する怒りと悔しさ。しかし、今回はそれらの感情とは全く異なっていた。

 たった一人残された肉親。その存在を失うかもしれないということに、ただ恐れ、ただ震えていた。

 震えを止めようとするかのように、荷台から伸びたユアの白い手がトゥルーの肩にそっと置かれる。

「大丈夫、必ずレイが二人を助けてくれるわ」

 優しく穏やかで、それでいて力強いユアの声が胸に染み渡る――と、不思議に震えが治まり、トゥルーは小さくあごを引いた。

 ――言葉は耳だけで聞くんじゃないんだな……。

 そんな場違いな考えがトゥルーの頭に浮かび、不意に今まで犠牲になった仲間たちの顔を、悲鳴を思い出した。

 ――俺はアイツらの言葉をちゃんと聞いてたのかな……

 こらえていた涙が溢れ出し、止めようとしても嗚咽が漏れ出す。

「ごめん……、ごめん……」

 置き去りにした妹か、犠牲になった仲間たちか、誰に詫びているのか、誰に詫びたいのかトゥルー自身にも分からない。ただ、優しく背中を擦ってくれる手の暖かかさが自分への許しのようで、どうしようもないほどに申し訳ない気持ちになった。

 

 

 

 ――悲鳴に近い怒鳴り声と、暴れ狂うような馬のいななき。そして、獣の咆哮ほうこうを思わせる叫び声。それらの喧騒の隙間から、自分の名を呼ぶか細い声が聞こえてきた。

 混濁する意識の中でまぶたを持ち上げると、歪んだ視界の中に目を赤くさせた少女の顔が浮き上がる。

「ネイ、しっかりして」

 少女の口の動きに合わせて聞こえる声が、やけに遠くに感じた。

 わずかな呻き声を漏らしながら重たい上半身を持ち上げると、泣き顔の少女が感極まったように抱き着いてきて、その勢いだけで再び倒れ込みそうになる。

 もやがかかったような思考で少女がリムピッドであるとどうにか認識した――と同時に、状況を把握しろ、という自分の声が頭の中で響いて我に返る。

「ヤツらは……追ってきた騎馬隊はどうなった」

 抱きつくリムピッドを引きがしながら頭を軽く左右に振ると、ズキリとした鈍痛があった。しかし、今はその痛に妙な安堵感を覚える。まだ生きているという確かな証拠だ。

「ネイ、レイルズの様子がおかしいの」

 質問にちゃんと答えろ――そう悪態を吐きたかったが、それすら面倒に感じるほど全身が重い。

 焦点を合わせるように目を凝らして周囲に視線を走らせると、そこで目にした光景に唖然あぜんとした。

 地に倒れた幾人もの兵士に、その周囲であるじを失い暴れる馬――と、その光景の中でレイルズの背中を見た。

 レイルズは倒れた兵士にまたがり、今しも拳を振り下ろそうかという格好をしている。

 なぜレイルズがいるのか? レイルズは何をしているのか? そんな疑問が瞬間的にネイの頭をよぎった。

 ネイとリムピッドの見守る中、レイルズは振り上げた拳を打ち下ろすかに思えた。しかし、その拳は下ろされることはなく、レイルズは兵士に跨ったままで苦しげに身をよじると、顎を一杯に持ち上げて天を突くように叫んだ。

 叫び声を上げて無防備となったレイルズの背中を、別の兵士が馬上からサーベルで斬りつける。するとレイルズは我に返ったように振り返り、今度は斬りつけてきた兵士の片足に手を伸ばした。

 兵士の片足を両腕で抱え込むと素早く中腰になり、地面に身を投げ出すように自分の身体を回転させる。その勢いで兵士は落馬し、ブチリと何かが弾け切れるような嫌な音が周囲に響いた――膝裏のけんが切れたのだ。

 兵士が絶叫し、悲鳴を撒き散らしながら膝を抱えて転げ回ると、レイルズは素早く立ち上がって兵士の喉許を片手で押さえつけた。

 膝裏の激痛と窒息の苦しみ。兵士がその両方に身悶えしながら白目を剥くと、レイルズは再び苦しげに身をよじり、叫び声を上げながら兵士の喉許から手を離す。

 レイルズの一連の行動を目の当たりにし、ネイは言葉を失った。

「ネイ、レイルズがおかしくなちゃったよ」

 リムピッドが怯えたようにしがみついてくる。しかし、ネイは返事をすることが出来なかった。

 レイルズの様子がおかしいことは言われずとも分かる。一見すると、凶悪な一面が再び顔を出したのかと思えた――しかし、今回は何かが違う。

 レイルズは肩口を斬りつけられると、またも斬りつけてきた騎馬を標的にする。全身を血で染め、それでも身を守ろうともせず、ただ愚直ぐちょくに挑んでいく。その異様な相手に対し、騎馬隊の間には畏怖の念が広がり始めていた。

「なぜまだ動ける……この狂人が」

 兵士の一人が畏怖と嫌悪感を絞り出すように言う。しかし、ネイはレイルズの姿に畏怖や嫌悪感とは別種の感情を抱いて目を離せずにいた。その感情とは――

「ネイ、レイルズが死んじゃうよ」

 リムピッドがネイを揺すると、どこかに飛んでいた意識が戻ったかのように、ネイの身体がビクリと震えた。

 もの思いにふけっている場合ではない。ネイは立ち上がろうとしたが、膝が笑い、踏ん張りが利かない。

 震える膝を叩いて歯を食いしばると、不意にネイの足許が影に覆われ、リムピッドが悲鳴に近い驚きの声を発した。

 騎馬かと思いネイが慌てて顔を上げると、一瞬世界が灰色に染まったのかと錯覚する。

 馬だ――灰色の毛並みをした大きな馬が、まるで壁のように目の前に立ち塞がっていた。そして、その大きな馬の背には、騎馬隊よりも歓迎できない男の姿があった――

「オジさん!」

 先に口を開いたのはリムピッドだ。

 ゴルドランで帝国兵に絡まれた際に助けてくれた大男――オズマとの思いがけない再会にリムピッドが目を丸くする。

「ジっとしてな」

 オズマが馬上から二人を見下ろし、射すくめながら短く言い放った。

「オズマ、あんたに構ってる場合じゃないんだ、どいてくれ」

 ネイが睨むと、オズマは自分のこめかみを指差して見せた。

「頭、強く打ったんだろ? 足にキてるじゃねえか。そんな状態で近づいても足を引っ張るだけだぜ」

「だったらオジさんが助けてよ」

 リムピッドがすがるように見上げると、深いタメ息を漏らして馬から降りた。

「まさか、あのときの嬢ちゃんも仲間だったとはなあ……。嬢ちゃん、前に言ったろ? 俺は帝国軍に雇えわれてる身なんだよ。どちらかと言うと敵だ」

「でも、あたしを助けてくれたじゃない」

「あのときと今じゃ状況が違うだろ。それに――」

 オズマが背後に目を向けると、レイルズが引きずり下ろした兵士を殴りつけ、またも叫び声を上げているところだった。

「今回ばかりは誰も手を出しちゃいけねえよ」

「どうしてよ!」

 尚も引き下がらないリムピッドに、オズマが緩くかぶりを振る。

レイルズあいつが相手にしてるのは、アイツ自身だからさ」

 

 

 

 身を動かすたび、存在を印すかのように地面に赤黒い染みがつく。無数にできた衣服の裂け目から覗く傷口は、なぜまだ動くことができるのか、そう不思議に思えるほど深いものだった。

 これで何度目か、レイルズは落馬した兵士を組み伏すと、身を悶えさせるように天に向かって叫ぶ。

「さっきからあの調子だなあ。――嬢ちゃん、嬢ちゃんの目にはアイツの姿がどう映る?」

 オズマが問うと、リムピッドは困惑した表情をネイに向けた。そのリムピッドの様子に、オズマが声を出さずに笑う。

「まるで、鎖に繋がれた獣が身悶えしているように見えねえか?」

 オズマの言葉にネイが息を呑んだ。つい先ほど、ネイも似たような想いを抱いたからだ。

 レイルズの異様さを目にしたとき、畏怖や嫌悪感よりも、その得も言われぬ美しさに目を奪われた。野生の獣が身悶えし、咆哮する姿――レイルズの姿にその美を重ね、心奪われた。

 組みつき、拳を突き出し、蹴りを放つレイルズの姿にオズマが目を細める。

「あれはよ、必死で獣をしつけてるんだぜ。誰が主人か教え込んでるんだよ。野生の獣は自分よりも弱いヤツには従わねえからな。――それにしても、おかしな男だよ。さっきら見てれば、ありゃ素人の立ち回りだぜ」

 呆れるたようにオズマが笑うと、ネイが眉をひそめる。

「どういうことだ?」

「良くも悪くも一人の相手に集中しすぎるのさ。一対一サシの勝負ならそれでいいが、多勢を相手にする戦い方としては最悪だ。――おら、終わるぜ」

 レイルズが最後の一人となった兵士を背負うように投げ、喉許に手刀を叩き込む。

 息を荒げた獣のように両肩を上下させながらフラフラと立ち上がると、次なる獲物と判断したのか、顔を伏せたままでゆっくりと三人に向き直った。

「あんな素人みてえな立ち回りで、本当に全部倒しちまいやがった。――さて、それでどっちが残ったのか。俺としちゃあ、どうせ強い方が残るんだからどっちでもいいけどよ」

 オズマが喜々としながら一歩進み出ると、それを待っていたかのようにレイルズが駆け出す。

「レイルズ、もう止めろ!」

 ネイが叫ぶがレイルズは止まることなくオズマに駆け寄ると、血に染まった右拳を突き出した。

 突き出された拳がオズマの頬を捉えた瞬間、力の無い乾いた音が響き、オズマが哀しげにレイルズを見下ろす。すると、その視線にされたかのようにレイルズは崩れ落ち、地面に両膝をついてうな垂れた。

 膝の上にダラリと落ちた両拳は皮が裂け、痛々しいほどに赤黒く染まっている。

「限界か?」

 オズマが頬に着いた血を拭いながら言うと、レイルズがうな垂れたままで小さく首を縦に振った。その動きが残された最後の力だったのか、ゆっくりと後ろに倒れていく。

「レイルズ!」

 仰向けに倒れたレイルズに、リムピッドとネイが慌てて駆けよる。

 四つん這いになったリムピッドが涙声で呼びかけると、レイルズは眩しそうに目を細めながらリムピッドを見上げ、柔らかに微笑んで見せた。

「どんなに腕が立とうが、多勢に対してあの立ち回りはねえな。あれじゃあ一人ひとりに一対一サシの勝負を挑んでるようなもんだ。だがよ、相手は順番待ちなんかしてくれないんだぜ」

 オズマがどこか怒ったように言うと、レイルズが静かに目を閉じる。

「手厳しいな。だが、それも致し方ないだろう。多勢に対しての立ち回りなど、組織ギルドでは学ばなかったのだから」

「ギルド……? そうか、おまえは暗殺者アサシンかよ」

 オズマが合点がいったように首を振った。

 ――戦と暗殺は根本的に異なる。アサシンは人知れず標的のみを仕留めることを良しとし、多勢に対して向かっていくことなど愚の骨頂と考える。派手な大立ち回りは姿を見られるだけでなく、捕縛される可能性も高くなるためだ。

「だがよ、手加減は良くねえな。れるときにる、それはアサシンも同じだろ」

 オズマのその言葉でネイはハッとし、周囲に目を配った。倒れた二十強の兵士――どうやらその全ての者に息があるようだ。

「今の私はアサシンではない、私はレイルズだ。もう誰の命も奪わない、誰の命も奪わせない」

 自信に満ちた表情をレイルズが見せると、オズマが豪快な笑い声を上げた。

「鉄則なんざクソくらい、か。――で、困ったことに『俺の相手』は決着ケリをつける前に消えちまったみてえだが、そいつとの勝敗はどうすりゃいいのかね」

 オズマがレイルズの顔を覗き込みながら小首を傾げたとき、微かなひづめの音が聞こえてきた……

 

 

 

 森の街道を越えて景色が開けると、目にした光景に驚き、思わず手綱を引いて馬の脚を止めた。

 街道で横たわる幾人もの兵士と、四方に散った何頭もの馬。その装備から、倒れた者たちが先行した騎馬隊であるということが分かった。

「これは一体何事か……。ん? 誰だ!」

 倒れた兵士たちの中でただ一人、背を向けて立っている男がいる。

 男は呼びかけに応じるようにゆっくりと振り返ると、傍らに突き立てた槍斧ハルバートを引き抜いて肩に担いだ。

「オズマ……か? 貴様はこんなところで何をしている。貴様の配属先は収容所のはずだぞ」

 一人が怒鳴り散らすと、別の兵士が慌ててそれをなだめた。

「それよりも、ここで何があったのか知っているなら教えろ。――ここに倒れる兵は脱獄者を追った先行隊のはずだ。我々も後続隊として、その脱獄者たちを追っている」

 自らの任務を誇るように胸を張ったが、オズマはそれを無視すると、視線を走らせて後続隊の数を確認した。

 三十程度の騎馬――その数は、レイルズが全滅させた先行の部隊よりもわずかに多く見える。それを確認し、オズマの口の端がわずかに上がる。

「貴様、何をニヤニヤしているかっ! ここで何があったのかを早く言え」

「見てのとおりだよ、全員やられちまった。だが、とりあえず誰も死んじゃいねえ。ちょっと寝てるだけだ」

 オズマが肩をすくめると、兵士の一人が舌打ちをする。

「知っているなら詳しく言え。一体誰の仕業だ」

 尋問のように語気を荒げ、その眼差しにはオズマに対しての疑惑が込められている。しかし――

「白髪の男だ……。白髪の男にやられた……」

 答えたのはオズマではなく、倒れていた兵士の一人だった。

 どうやら唯一意識があった者らしく、あらぬ方向に曲がっている腕を押さえながら、息も絶えだえに訴えかける。

「白髪の男? それで、その者はどこに行った」

「逃げた……。オズマが馬を貸して逃がしやがった……」

「なに、オズマが?」

 後続隊が一斉に殺気立ち、敵対心をあらわにした視線をオズマに向ける。

「ったく、さっきまでジっとしてやがったクセによ、お仲間が来た途端に元気になりやがって。お喋りな野郎だ……」

 オズマが顔をしかめながらブツブツと文句を言っていると、後続隊の中から一騎の騎馬が進み出た。その進み出た者にどこか見覚えがあり、オズマが小首を傾げる。

「ああん? おまえは確か……」

「オズマ、貴様は我が帝国軍に雇われた身でありながら、我々が追う者たちの逃亡に手を貸したんだ。それは個人間の揉め事どころの話ではないぞ。貴様のしたことは、我らがヴァイセン帝国に対する反逆行為だ」

 馬上から怒鳴りつけきた兵士は、ゴルドランの街中でリムピッドに難癖をつけていた男だった。その際にオズマと揉めたことを根に持っているのか、底意地の悪そうな笑みを浮かべている。

「反逆行為ねえ……。じゃあよ――」

 担いだハルバートを片手で頭上高く持ち上げると、軽く息を吸い込み、全てをなぎ払うように豪腕を振るった。

 ハルバートの柄が馬の耳をかすめ、兵士の肩口から胸にかけて斜めに打ち込まれる。まともにオズマの一撃を喰らってしまった兵士は後方に吹き飛び、二回三回と地面を転がった。

「今のは何行為ってんだ?」

 オズマがニヤリと笑い、後続隊の者たちがほうけたように口をあんぐりと開く。

「貴様、何のつもりだ!」

 一呼吸置いて怒声が上がると、オズマはさもくだらない質問をされたかのように鼻を鳴らした。

「何のつもりって、今からおまえらを一人残らずブッ飛ばすつもりだよ」

「ふ、ふざけるな、気でも狂ったか! なぜおまえが我々に歯向かう」

「そりゃあ決まってんだろ。俺と決着ケリがつかなかったほどの男が、他のヤツに首を獲られるのは気に入らねえからだよ」

 当然のように言い放つと、後続隊の間に困惑が広がる。要領を得られないオズマの返答に、それぞれが顔を見合わせていた。

「オズマ、おまえは一体何を言っているんだ」

 怒りか、恐れか、兵士が頬を引きつらせる。

「分からなくていいんだよ。分かったところでどうせ結果は同じなんだからよ。――今からあの世に片足を突っ込むことになるが、せいぜい歯を食いしばって生き残れよ。今回の勝負は死なせちゃいけねえルールだからな」

 本能で危険を察知したのか、騎馬隊の馬が落ち着きなく馬体を揺らし始めた。

 尊大に、雄大に立ち塞がった獅子が、今しも獲物に向かって牙をむく……

 

 

 

 つづく

 

 

 一応言いますと、リムピッドとオズマは収容所で顔を合わせていません。

 

 大した重要でもないのですが、此処での再会のため、お互いにネイと関わった(関わってる)ことを知らないようになっているはずです……たぶん。

 矛盾があったらすいません(09/04/20)

 

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