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110章 演説者

 闇の中、燭台の灯かりに照らされ姿を見せた二つの影。それを目にし、リムピッドとユアが同時に声を上げる。

「ネイ!」

「ホーリィ!」

 レイルズを背負ったネイと、ホーリィを抱え上げたビエリ。二人はユアたちの前まで辿り着くと、レイルズとホーリィをそれぞれ下ろし、ゼイゼイと呼吸を荒げて肩を上下させた。

「ホーリィ、無事だったのね」

「ユアも無事そうで」

 ユアとホーリィが手を取り合って喜び合う傍ら、リムピッドが壁際に横たえられたレイルズを覗き込む。

「ネイ、レイルズが動かないよ。それにひどいケガ」

 その声でユアとホーリィも心配げにレイルズを覗き込む。

 レイルズの白髪は血に染まり、服の裂けた肩と脇腹にも傷痕が見える。力無く落ちた両拳は腫れあがり、まさに満身創痍といった様子だった。

「ちょっと問題があってな。生きてるがしばらくは動けない。――とりあえず、ここから離れるぞ。治療してやるにもここを離れてからだ」

 そう言ってネイが目配せすると、今度はビエリがレイルズを背負い、ネイはラビに肩を貸した。

「さて――」

 ネイが億劫おっくうそうに吐息を漏らし、ユアの背後にジロリと横目を向ける。

 ユアの背後では十数名の子供たちが身を寄せ合うようにして不安げな表情を浮かべていた。ユアと共に監禁されていた反乱組織レジスタンスの少年たちだ。

「人数が少ない」

 少年たちを目にしたリムピッドの言葉がそれだった。

 捕らえられたレジスタンスの人間はもっと多いということだったが、年齢の高い者たちは次々に処刑されたらしい。結果、まだ『子供』と言える少年たちだけが残された。

 その事実を知ったリムピッドは一緒に連れて逃げるように哀願し、ネイも始めはそれを拒否したが、最終的にリムピッドとユアの眼差しに押し負ける形となった――

(これだけの人数で戦力になるのは……)

 少年たちの顔を一巡し、ネイが小さなタメ息を漏らす。

 要は、ビエリ以外は全員が足手まといだ。かと言って、いつまでもここでグズグズしているわけにもいかない。

 顔を伏せたネイの腕に、ユアがそっと手を伸ばす。

「お願い、諦めないで。この子たちが頼れるのは貴方だけなの」

 ユアの言葉に心臓がドキリと跳ねた。全員が逃げ出すことは無理かもしれない、という考えがネイの頭をよぎっていたからだ。

 絶句してユアを見下ろすと、真っ直ぐに見上げてくるその視線とぶつかり、ネイは理由わけのない居心地の悪さを覚えてユアの手を乱暴に振りほどいた。

「行くぞ」

 動揺を隠すように短く言い放ち、ラビに肩を貸しながら歩き出す。

 不機嫌そうなネイの背中と置き去りにされたユア。ビエリは二人に視線を行き交わせ、困ったように短くうめいた。

 

 

 

「どうしたもんかね」

 通路の終わり、身を低くしながら採掘場を覗いたネイが険しい表情を作る。

 採掘場の乱闘騒ぎはすでに治まり、一箇所に集められた囚人たちを帝国兵が囲んでいる。どうやら点呼を取り囚人の数を確認しているようだ。

 作業をそのまま再開させるのか、それとも一度全ての囚人を牢獄に戻すのか、そのどちらかは判断出来ない。願わくば作業を再開して欲しいところだが、それは期待出来そうにない。

「どう?」

 同じように身を低くして隣までやって来たユアが声をかけてくる。

 身を寄せられ、ネイはわずかに身を離して顔をしかめた。この女は苦手だ――なぜか分からないがそう思う。

「良い状況とは言えないな。おそらく囚人たちはこっちに戻って来るぞ」

 ネイは、ユアと目を合わさないようにして答えると、チラリと後方の様子を窺がった。

 リムピッドが背負った荷物から包帯を出し、ホーリィ、ビエリと共にレイルズの応急処置に当たっている。他の少年たちは、身を低くしながら神妙な面持ちでネイたちの様子を見守っていた。

「あの人数じゃ身を隠すことも出来やしない。逃げ出すなら今だ」

 ユアが相手のせいか、人数が増えたことを責めるような口調になってしまう。

 ネイはそっと立ち上がるとビエリたちの許に戻り、レイルズの様子をリムピッドに訊ねた。それに対してリムピッドが肯いて返す。どうやら手当ては終わったようだが『痺れ針』の影響もあり、レイルズが動けるようになるにはまだ時間が必要そうだ。

 包帯を巻かれてぐったりとしたレイルズを目にし、ネイの口から思わず舌打ちが漏れる。

「まったく、肝心なときに『入れ代わり』やがって」

 レイルズに向かって不満をぶつけるが、当然ながらレイルズからの反論はない。

「ビエリ、よく聞け――」

 レイルズを見下ろしながら言うと、不意に声をかけられたビエリが小動物のようにビクリと身を震わせた。

「採掘場には兵士が百人程度いそうだが、採掘場を抜けなきゃ外には出られない」

 ネイが向き直ると、ビエリは顎を引いて視線を泳がせる。

「そこでだ、俺が兵士を引きつけて足止めしてやる。おまえはその間に、他のヤツらを連れてあそこの通路へ向かえ」

 ネイが指差した先、採掘場から伸びたもう一つの通路が見える。通路は今いる場所と、その二つしかない。必然的に、もう一方の通路が出口へと向かう路だ。

「兵士を引きつけるって、一人でやるの?」

 心配げな声を上げたのはリムピッドだ。

「足手まといを連れているより一人の方がやり易いんだよ。――とにかく、おまえたちは先に行けばいいんだ」

 ビエリが不安げに目を逸らそうとすると、ネイは逃がさないように両手でビエリの顔を挟み、無理矢理に視線を自分に向けさせた。

「頼むぜ、ビエリ」

「ネイハ? ネイ、ドウスル?」

「俺は後から必ず追いつく。上手く通路まで辿り着いたら、しばらく進んでそこで待ってろ。――いいな?」

 睨むようなネイの視線を受け、ビエリが小さく肯いた。

「よし、じゃあ行くぜ。俺が合図をしたら移動を開始しろよ」

 

 

 

「並べ。おかしな行動を見せたら即刻斬り捨てるぞ」

 立ち並んだ囚人に帝国兵が怒号を飛ばす。

 手枷をめられた囚人たちは言われたとおり大人しく並んでいたが、青痣あおあざのできたその顔にはニヤニヤとした笑みが浮かぶ。多少なりとも日頃の鬱憤を晴らすことができ、どこか満足した様子だ。

 そんな囚人の中の一人がフと牢獄へ続く通路に目をやり素っ頓狂な声を上げた。

「なんだあ、あいつは?」

 その声で他の囚人たちも『その人物』に気付いた。

 牢獄へ続く通路の方向から、おかしな格好をした人物が真っ直ぐに向かって来る。

 頭全体に包帯を巻き、目と口だけを出した格好。囚人服を着ていないことからも囚人ではない、というのが分かる。

 囚人たちのどよめきに気付いた帝国兵もその視線を追い、包帯男の存在に気付いた。

「な、なんだ貴様は、止まれ! どこから入ってきた!」

 帝国兵が一斉に槍を構えると、包帯男は抵抗する意思がないのを示すように軽く両手を上げた。しかし、歩みを止めることはない。手を上げたままで近づいて来る。

「落ち着けよ。俺は怪しい者じゃない」

 見るからに怪しい格好で包帯男が言った。

「止まれ! 止まれと言っている!」

 槍を突き出すようにすると包帯男はようやく足を止め、ちょっと待て、と言わんばかりに帝国兵に向かって片手をかざす。

 手を翳したまま、包帯男がもう一方の手をゆっくりと腰の袋に伸ばすと、帝国兵の間に緊張が走る―――が、袋から取り出したのは小さな玉だった。

 帝国兵が顔を見合わせ、その後で再び槍を構え直す。

「何だそれは! おかしな真似をすると容赦せんぞ!」

「まあまあ、今説明するから」

 包帯男は玉を見せつけるように帝国兵に向かって突き出した。

「これはだな、まずこの玉についたくさびを引き抜いて――」

 言いながら楔を引き抜いて見せる。

「で、投げる」

 言うと同時に下手したてでひょいっと投げて転がした。

 帝国兵の視線が転がる玉に集まる。玉は槍を構えた帝国兵の足許に辿り着き、次の瞬間、玉から勢い良く白煙が噴き出した。

「な、なんだあっ!」

「目が、目がああ!」

 立ち昇る白煙の中から聞こえて来る帝国兵の悲鳴。その状況に、難を逃れた帝国兵と囚人たちが言葉を失う。

 わずかに出来た時の空白。しかし、包帯男の声がそれを動かした。

「皆、聞けえ! 私は自由の渇望する者。自由を奪われた諸君たちと共に、自由を勝ち取るためにやってきた」

 包帯男が高々と声を上げると、呆気に取られていた帝国兵も我に返る。

「と、捕り押さえろっ!」

 槍を構えて駆け出した帝国兵に向かい、包帯男がさらに玉を投げつける。

 再び立ち昇る白煙。悶絶しながら帝国兵が槍を落とすと、それを見た包帯男は落ちた槍を取りに向かった。

 煙に巻き込まれないように地べたを這ってに進むが、それでも目がみて涙が出る。

「ぐお、確かにこいつは強力だ」

 槍を拾って白煙の中から抜け出すと、目を擦りながら何度も咳き込んだ。その様子を呆然としながら眺めている囚人の一人に、咳き込みながら手にした槍を投げて渡す。

 囚人が慌てながら槍を受け取ると、包帯男は咳払いをして再び声高に叫んだ。

「諸君の身を重き鎖で繋ごうとも、その心だけは繋げはしない。自由を欲する心は決して繋げはしない! 共に戦おう、明日の自由を勝ち取るために!」

「……」

 拳を高々と上げて見せたが、囚人たちは何の反応も示さない。ただ口を半開きにして阿保面を浮かべるだけだ。

「あれ?」

 囚人たちが何の反応も示さないことに困惑し、包帯男が振り上げた拳を恥かしげにゆっくりと下ろす――と、その直後、囚人たちが勝鬨かちどきを上げるように一斉に叫んだ。

「そうだ! 自由のために戦うぞ!」

「うおおお! やってやるぜ!」

「鍵だ! 鍵を持ってるヤツを探せ!」

 口々に叫び、囚人たちが一斉に帝国兵に襲いかかる。

 仲間の半数近くを白煙に呑まれ、帝国兵は慌てふためいていた。成す術もなく次々に組み敷かれ、槍を奪われていく。

 包帯男は暴れる囚人たちを目にして胸を撫で下ろすと、今度は出口へ向かう通路の方角に二つばかり玉を投げつけた。立ち昇った白煙が壁となり、通路への視界をさえぎる。

 準備は整った――包帯男は満足げに肯くと、牢獄への通路に向き直って手を上げようとする。しかし、それを阻止するかのように背後から肩を掴まれギクリとした。

 弾かれたように振り返ると、そこには口の端を上げた囚人の顔があった。肩を掴んだ囚人は包帯男に向い、高々と拳を振り上げて叫ぶ。

「共に自由を!」

「お、おお……自由を!」

 包帯男が声を上擦らせながら応えると、他の囚人たちも『自由』を口にして叫び出す。

 肩を掴んだ囚人は親指を立てて見せると、そのまま何も言わずに走り去って行く。その後ろ姿を見送り、包帯男は苦笑いを浮かべながら緩くかぶりを振った。

「本当に単純で馬鹿なヤツらだ」

 改めて牢獄への通路に向き直ると、通路に身を隠した者たちの姿が見えた――ビエリたちだ。

 包帯男と目が合うと、ビエリとユアは気まずそうに目を逸らし、他の者たちは嫌そうに顔を歪めた……

 

 

 

「最悪。囚人たちの指導者になってるわ」 

 ホーリィがネイの言動にタメ息を漏らす。

「悪ノリしすぎ。結局、自分は何もしてないし」

 呆れるように言ったリムピッドの視線の先、包帯姿のネイは、安全な場所で自由を口にしながら囚人たちを鼓舞していた。その姿にユアが笑いを噛み殺す。

「とにかく、彼が注意を引いている間に行きましょう」

 ユアが言うとリムピッドを皮切りに、レイルズを背負ったビエリ、ラビに肩を貸す少年たちと、次々に通路から身を出していく。

 囚人たちの暴動と立ち昇る白煙に視界を遮られ、帝国兵がビエリたちの姿に気付くことはなかった。

 

 

 

 ネイは玉を投げつけて白煙を絶やさないようにさせながら、ビエリたちが移動を開始したのを視界の隅で捉えた。

 全員が通路から出たのを見て取ると、素早く腰に下げた袋の中身は確認した。玉の数は残り三つ、ここで使い切るのは得策ではない。

 次にやることは――

「鍵を奪ったら他の囚人たちも自由にしてやるんだ!」

 ネイが指示を出すと囚人たちは上官に従うように声を上げ、十数名の者が牢獄へと向かう。

 当然ながら、囚人たちに自由を与える使命感に目覚めたわけではない。牢獄へ向かわせた理由は――

(よしよし、これでオズマの足止めも出来る)

 ネイは牢獄へ向かう囚人たちを目にし、ほくそ笑んだ。

「自由を!」

 囚人たちを鼓舞し、自由を連呼しながら槍を拾い上げてそっと後退りを始める。

 ある程度距離を置くと踵を返し、近くの物陰に飛び込んで顔に巻いた包帯を手早く外し始める。それが済むと、タイミングを見計らって再び物陰から飛び出した。

 暴れる囚人たちの間を蛇行するように素早くすり抜け、一気に駆け抜ける。

「あれ? あの包帯男はどこへ行った?」

 背後で囚人の声が聞こえたが無視をする。目立つ包帯を外せば、ただでさえ薄暗い採掘場で服装の違いなどはそうそう分かるはずもない。ましてやこの混乱と白煙だ。

 ネイは腕で顔を覆うようにすると、きつく目を閉じながら敢えて白煙の壁に飛び込んだ。その方が走り去る姿を見られなくて済む。

「ぐっ!」

 きつく目を閉じていても、さすがに沁みる。

 目を開けることなど出来るはずもなく、位置関係の記憶を頼りに白煙の中を突き進んだ。途中、何かにつまずきバランスを崩したが、そんなことを気にしている場合ではない。

 記憶が確かなら、もう白煙を抜けるはず――恐るおそるまぶたを上げると、そこには朱色の薄暗い世界が広がっていた。

 上手く抜けられた――安堵の息を漏らし、呼吸を整えながら肩越しに振り返る。しかし、白煙が壁となっていてどういった状況になっているのかは分からない。

「まあ、束の間の希望に酔いしれてくれ」

 ネイは白煙に向かって笑いかけると、大きく息を吸い込み再び走り出す。

 背後では、今だに自由を叫ぶ囚人たちの声が聞こえていた……

 

 

 

 つづく

 

 

 数日前、裏レクイエムの方で『5章・息吹』を更新しました。よろしかったらそちらもどうぞ。


 先月、投票をクリックしてくださった17?名の方、ありがとうございました。大変励みになりました。


 あと、これはどうでもいい話ですが、今回の章から『うなずく』という表記を『頷く』から『肯く』に変えてみました。理由は……よく分かりません。

 最近、ちょっとした理由で小説を何冊か読みましたら、ほとんどの小説が『肯く』の方だったんです。

 単純に作者によって違うのか? そちらの表記の方が見やすいのか? それとも肯定している感じが出るのか?

 理由はよく分かりませんが、何となく見やすいような気もするので変えてみました。

 いつか時間が空いたら、今までの章も直して統一しよう、と思っています。……本当にどうでもいい話ですが(笑)


 では、次回も読んでいただければ幸いです(08/08/04)

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