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104章 見えずとも

 蒼く欠けた月は滲んだ輪郭を空に描き、物悲しげな淡い光を地に注ぐ。

 数多あまたの星は月の光を喜ぶように、色とりどりの輝きを力強く放つ。手を伸ばせば掴めそうなその輝きの一つが、不意に銀の残像をのこしながら零れ落ち、蒼い夜空に溶けて消えた。

「おっ、星が流れた」

 ネイが天を仰いで呟くと、夜特有の香りが柔らかな風に乗って鼻先をくすぐる。

「星は人の生命を反映してるという。だから星が流れると、誰かの命が尽きた、ということらしいぞ」

 そう言ってル―トリッジはネイに並んで天を仰いだ。

「縁起でもねえな。盗賊の世界じゃ、流れる星を三つ目にした後の仕事は必ず上手くいく、って言われてるぜ」

「盗賊のジンクスというやつか? 後ろめたいことを生業にしているわりに、ずいぶんロマンチストじゃないか」

 ルートリッジが目を細めて愉快そうに笑った。

「盗賊なんて臆病だからな、何にでもゲンを担ぎたがるのさ」

「おまえもそうなのか?」

「俺はゲンは担がないが、臆病だろうな。臆病者は罠を避け、臆病すぎる者は宝を逃す――盗賊の間にはそんな言葉もある」

「なるほど」

 静かに笑う二人の背後、ガチャリと音を立てて裏口の扉が開き、ビエリを先頭にレイルズとリムピッド、それにトゥルーが姿を見せた。

 先の二人は予定通りだが、予定にない後の二人にネイが眉を寄せる。

「なんだ、見送りか?」

 ネイが訊ねると、リムピッドが応える代わりにビエリが困ったような低い呻き声を漏らした。

「ついて行く、リムがそう言ってきかないのよ」

 最後に姿を見せたエマが後ろ手に扉を閉めながら肩をすくめた。その隣ではトゥルーが心配げな顔をリムピッドに向けていた。

「ついて行く? 俺たちにか?」

 ビエリがコクリと頷く。

 荷物を背負い、顔を伏せがちに背けたリムピッドはふて腐れているように見える。どうやらエマたちに散々反対されたようだ。

 そんなリムピッドを見下ろし、ネイは深いタメ息をついた。

「あのなあ、俺たちは遊びに行くわけじゃないんだ。ついてきても楽しいことなんてないぞ」

 その言い方が気に障ったらしく、リムピッドが唇を尖らせながら恨めしげにネイを見上げる。

「そんなこと分かってるよ」

「じゃあどうして?」

「あたしたちの仲間だって捕らえられてるんだ。無事かどうかこの目で確かめたい」

 固い意思を瞳に宿らせるリムピッドの言葉に、ネイは目頭をきつく押さえた。頭が痛い、というやつだ。

「はっきり言うが、おまえのお友達を助けるつもりはない」

「そんなことは期待してない。本当に無事を確認したいだけ。それさえ分かれば後から自分たちでどうにかするよ。あんたの邪魔になるようなことは絶対にしない」

 絶対にしない云々(うんぬん)ではなく、その存在自体が邪魔だ、と言いたいが口にはしない。そんなことを言っても意固地になった子供には逆効果だ。

「もし連れて行ってくれないなら大声を出すから。娼婦館ここ、帝国兵も客として来てるんでしょ?」

 リムピッドはそう言って娼婦館を仰ぎ見た。

 すでに何人かの客が訪れ、並んだいくつかの窓からは明かりが漏れている。

 ネイがエマに視線を送ると、エマが小さく頷いて返す。どうやらリムピッドの言うとおり、今いる客の中には帝国兵がいるようだ。

 おまえも何とか言え、という意志を込めてレイルズを見ると、それを汲み取りレイルズが静かに口を開いた。

「ネイが言ったように、我々の目的は君の同胞を救うことではない。それともう一つ、君が危険な目に遭っても救うことは出来ない。――その二つを心得てくれるなら私は反対はしない」

 レイルズの条件提示にネイは顔を覆いたくなった。

 なんとか言え、というのはそういうことではない。子供に条件を出せば、それを守れるかどうかは別にして必ず受け入れるに決まっている。

 案の定、リムピッドが力強く頷き、ネイはがっくりと肩を落とした。

「リム、ちょっと待てよ。やっぱり危険すぎる」

 意気揚々とする妹をトルゥーが鎮めようとする。

 思わぬ援軍にネイは胸の内でエールを送った。さすがはお兄ちゃん、そう褒めてやりたい衝動に駆られたが、そんな気分もトゥルーの次の言葉ですぐに消沈する。

「代わりに俺が行くよ」

 その言葉にネイのこめかみがピクリと震えた。

「役に立たないならどっちが来ても同じだっ!」

 ネイがいきなり怒鳴リ出し、トゥルーとリムピッドが目を丸くする。

「どっちが来ても同じなら、もう準備が出来てるならおまえが来い。時間の無駄だ!」

 ネイは目を吊り上げながらリムピッドを指差した。

 

 

 

「これを持っていけ」

 ルートリッジが筒のような物をネイに投げて寄越す。続いて薄い厚さの長方体の木箱。

「これは……」

 二つを受け取るとネイは渋い顔をした。その二つに見覚えがあったからだ。

 いつだったか、ルートリッジに年齢を聞いた際に吹き付けられた物――

「そう、吹き矢だ。木箱の中には針が入ってる」

 言われてネイが木箱の蓋を開けると、箱の中には針が十本ばかり入っていた。

 針は幾分太く中指ほどの長さがある。よく見れば先端からすぐのところに輪のような物が取り付けてあった。

「それは大型の動物を捕獲するためのものでな、針自体が筒状になっていて芯の部分が空洞になっている。それと、先端付近に輪が取り付けてあるだろ。その下には穴が空いているはずだ」

 ネイは針を一本手に取り、輪にそっと触れてみた。少し力を込めれば簡単に上下しそうだ。

「針の中には液状の痺れ薬が入っている。その針が目標に刺さると輪がずれて、その下にある穴から針の中の薬が漏れ出すという仕組みだ」

「へえ」

 ネイが感心したようなうな声を漏らした。

「ちょうど良い原料がこの館に置いてあったんだな、少々拝借して薬を作っておいた」

 ルートリッジの言葉にエマが驚く。いつの間に取ったのか、全く気付かなかった。

「原料は――」

 さらに説明を続けようとすると、ネイは手をかざして首を振った。

「原料の説明はいいよ。――それで、これを刺すとどれくらい効果があるんだ」

 説明を遮られてルートリッジは不満げな顔を見せたが、気を取り直すように咳払いをした。

「その針は大型動物の捕獲用だからな。命を奪うようなことはないだろうが、刺されば十も数えるうちに腰が立たなくなるさ」

「持続時間は?」

「人間に試したことはないからはっきりとは言えんが、今すぐ刺したとしても日の出までは死んだように動けんだろうよ」

 ネイは納得したように頷くと、筒をベルトに差して木箱は腰に下げた袋に入れた。

「それとこれも持っていけ」

 さらにもう一つ、今度は小袋を投げて寄越す。

 ネイが中を覗くと、そこには拳大の黒い玉が入っていた。玉の表面は何かの樹皮のように見える。

「それはな……。作り方の説明はいらんか?」

 ルートリッジが確認すると、ネイが苦笑しながら頷く。

「玉にくさびが打ってあるだろ? その楔を引き抜いて、三つも数えれば中から煙が出て来る。中に入っている液体が空気に触れ――」

「ルー」

 原理を説明し始め前にネイが釘を刺すと、ルートリッジはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「煙が出ると同時に薄めた痺れ薬を霧状に噴出する。かなり目にみるからな、ちょっとした目潰しになるぞ」

 ネイは玉を一つ手に取ると、それを繁々と眺めて再び袋に戻した。

「ありがたく使わせてもらうよ。――じゃあ、もう行くぜ」

「うむ、気を付けろよ。ビエリ、リム、おまえたちも無理はするな」

 ビエリとリムピッドが笑みを浮かべながら頷く。

「レイ、貴方もよ」

 エマが念の押すように言うと、レイルズが静かに口を開いた。

「この身に代えても必ず救い出してみせます」

「レイ、人の価値に優劣はないと教えたはずよ。それは、誰かの身代わりになっていい人間なんていないということ。まずは自分の身を第一に考えなさい」

 エマがきつく言うと、レイルズは曖昧な笑みを浮かべて顔を伏せた。それは頷いたためか、それとも顔を逸らしたのか、そのどちらとも判断できなかった。

「行くぞ」

 ネイがそう言って背を向けると、レイルズたち三人もそれに続く。

 ルートリッジ、エマ、トゥルーに見送られ、四人は足早に収容所を目指した。

 途中、不意に人の視線を感じ、ネイは一度足を止めると振り返って娼婦館に目をやった。

 娼婦館はすでに遠く、視線の主を確認することは出来ない。

「……」

 それでもネイには確信があった。今、確かに自分に向けられている視線。

 ネイが一人遅れたのに気付き、ビエリが立ち止まって小首を傾げる。

「ドシタノ?」

「いや、何でもない」

 緩くかぶりを振ると再び娼婦館に背を向けた。

 とても見えるとは思えない。それでも、ネイは背中越しに小さく手を振った。

 

 

 

「グヌヌ……」

 歯をギリギリと鳴らし、ビエリが力を込める。

 次の瞬間、鈍い音を上げて鉄柵が地から浮き上がった。外れた鉄柵の下、口を空けた暗闇に砂埃が舞っている。

 収容所の裏手、草の生い茂った地にぽっかりと空いたそのあなを、見下ろしながらネイは呟いた。

「空気孔、か」

「そう、空気孔だ。収容所の周囲にはこういった孔がいくつか在るらしい」

 レイルズが片膝をついて手を伸ばす。

 孔からは冷たい空気が流れ出し、地の底から微かに金属を打ち付けるような音が聞こえて来る。

 ネイも片膝をついて中を覗くが、孔はかなりの深さがあるらしく、真下に伸びる底なしの深い闇しか見えなかった。

「しかし、ずいぶんと無警戒な侵入口だな」

「ここは収容所だ。警戒などしなくとも、好き好んで入ろうとする者はいないだろう」

 レイルズのもっともな意見にネイが苦笑いを浮かべた。その物好きが四人もここにいる。

「それで、この孔はどこまで繋がってる?」

 ネイがそう訊ねると、レイルズが顔を上げた。

「地下の天井まで繋がっているそうだ」

「天井から下まではどれくらいの高さがあるんだ? 下りて行ってもそこから先に進めないんじゃ意味がないぜ」

「かなりの高さがあるらしいが、この空気孔だけはどうにか下りられるそうだ」

「どうにかねえ……」

 ネイがもう一度空気孔に視線を落とした。

 働き蜂ワーカー・ビーのエマが仕入れた情報なら間違いはないだろう。それは頭では分かっている。しかし、自分自身が認知していない情報経路では、完全に信用することが出来なかった。――盗賊の習性だ。

「ビエリ、ロープを」

 レイルズが言うと、ビエリが背負っていた袋を下ろして中からロープを取り出した。

「おい、ロープを垂らすのか? 天井からロープが垂れていたら気付かれるぞ」

「安心しろ。この孔は途中から傾斜がついているらしい。ロープを伝って下りるのはそこまでだ。――その前にもう一度だけ確認しておきたい」

 レイルズはビエリとリムピッドを交互に見た。

「ここはあくまで侵入口で、出口は正面口の一つしかない」

 それは、一度入れば危険を冒すことなく出ることは叶わない、ということだ。しかし、ビエリもリムピッドも迷うことなく頷いて見せた。

 二人の決意に、逆にレイルズの方がわずかな迷いを見せる。本当に二人を連れて行くべきか、その決断に躊躇ちゅうちょする。

「ここまで来ておまえが悩むなよ。グズグズしてるなら俺が先に行かせてもらうぜ」

 いつの間にか近くの木にロープを結びつけたネイは、言うが早いかレイルズを押しのけ空気孔へと下半身を入れた。

「レイルズ、おまえは最後にロープを解いて自力で下りて来い。おまえなら出来るだろ? ――じゃあ、お先に」

 レイルズが止めようとしたが、ネイは軽く手を上げて笑みを見せると、そのまま孔の中へとスッと呑み込まれていく。

「まったく、勝手なことを――」

 緩くかぶりを振るが、軽い調子で姿を消したネイを見てレイルズの意志も固まった。

「では二人は先に行ってくれ。私はロープを解いて後を追う」

 二人に指示を出し、レイルズが漆黒の孔を見下ろす。

 孔の中で反響する低い風の音。その音が、何者かが上げた嘆きの声のように聞こえた……

 

 

 

 つづく

 

 

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