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99章  敵の定義

 刃と刃がぶつかり合い、命を散らすように刹那の輝きを放つ。それを合図にするように、砂漠の白兵戦は幕開けた。

「次の風が来る前に勝負を決めるぞ!」

「中央に入れるなっ!」

「押せえ!」

 ディアドの兵士とモントリーブの兵士、その両者が入り乱れて怒声と剣を交えた。

 月明かりの下、舞い上がった砂埃が冷たい風に乗り、周囲の視界を霞ませるが怯むことはない。

 先頭に立ったアギナガは幅広曲刀シャムシールを振るって目の前の兵士の首をねると、返り血に染まった頬を拭うことなく切先で前方を指し示した。

「中央だっ! なんとしても中央に斬り込み陣形を割けえ!」

 その鼓舞に、後に続く者たちが雄叫びを上げて応える。

 恐れることなく砂地を蹴り、待ち構えるモントリーブ兵へと次々に襲い掛かった。

「ええい、中央を固めろ! 斬り込ませるな!」

 襲い来るディアドの兵士を斬り倒しながらグロッソが声を荒げるが、モントリーブの兵はその指示に応えてることが出来ない。

 その様子にグロッソが歯軋りをする。

「どうした、指示通りに動かんか!」

「グロッソ団長、無理です! 左右の矢への対応で中央にまで手が回りません!」

 グロッソの近くにいた部下が弱音を吐くが、その部下に次の指示が届くことはなく、言い終えたと同時に首筋に矢が深々と突き刺さった。

 口から溢れ出た血にしばし呆然とし、事を把握すると裂けんばかりに目を見開きグロッソに向かって両手を泳がせた。

 グロッソは舌打ちをすると向けられた手を振り払い、別の兵士の襟元を掴んで強引に引き寄せる。

「あいつだ、あの男が指揮を執っている! ヤツを狙え!」

 グロッソが指差した先、勇猛果敢にシャムシールを振るって前進を続けるアギナガの姿があった。その指示に兵士は一度頷くと、その旨を周囲の兵士に伝えた。

 すぐさま行動に移り進路を塞ごうとするが、アギナガの剛勇ぶりでさらに勢いづくディアドの兵を止めることが出来ない。

 突き立てられた槍の如く、成す術も無く深々とディアドの進入を許してしまう。

 グロッソはその光景に顔を歪め、犬歯を剥き出しにしながら怒りに肩を震わせる。

 一気に押し切るようにモントリーブの陣形を切り裂いたアギナガは、ようやく歩みを止めると振り返って思い切り声を張った。

「よし、抜けたぞ! 外だ、外に押し出せ!」

 その指示が出る否や、中央に斬り込んだディアドの兵が、今度はモントリーブの兵を外に押し出すように向きを変えた。

 二つに別れたモントリーブの陣形は、中央から剣、外側からは矢、といった具合に挟まれる形となり、さらなる混乱の深みにはまっていく。

 

 

 

「さすがです」

 アギナガ率いる第一陣が敵陣形を切り裂いたのを目にし、後方に控えていたミューラーは感嘆の声を漏らした。

 ミューラーの見守る中、モントリーブの陣形は二つに別れ、中央から外に向かって徐々に隙間を広げ始める。

 ミューラーは満足げに頷くと、背後に待機するディアドの兵に向き直った。

「アギナガさんが路を作りました、次は我々の番です。――いいですか、兵は神速をたっとぶ、というやつです。ですから剣は鞘に収めたままにしてください」

 ミューラーの指示にディアドの兵が顔を見合わせた。

 いくら砂漠の猛者とはいえ、剣も抜かずに戦場に飛び込むのはさすがに躊躇する。

「帯剣したまま敵陣に飛び込めと?」

 兵士の一人が異議を唱えようとすると、ミューラーはそれを手で制して首を左右に振った。

「今は混乱していますが、数はあちらの方が多い。時間をかければ必ず戦況は覆されます。――同胞が死ぬんです」

 厳しい眼差しを向けるミューラーに、兵士たちがゴクリと喉を鳴らす。

「我々の任務は敵を斬り倒すことではない、剣は必要ないんです。生き残りたいのなら、仲間を救いたいのなら、脇目も振らずに死に物狂いで戦場を駆け抜けなさい」

 静かでいながらも異論を許さぬような口調。その力強さに、兵士たちも覚悟を決めて深く頷き返した。

 それを見てミューラーもホッとしたように表情を緩め、細い目を垂らしながら笑みを浮かべる。

「じゃあ、はりきって行きましょう」

 ミューラーの言葉に兵士たちは苦笑いを浮かべ、肩をすくめながら顔を見合わせる。

「何だかなあ……。そんな簡単に、ちょっとそこまで、みたいな言い方をされてもなあ」

 兵士の一人が呆れ気味に言うと、戦場だということを忘れたように全員が声を上げて笑った。

 

 

 

「アギナガ、来たぞ!」

 誰かが発した声を耳にし、アギナガは南の方角に顔を向けた。そこで目にした光景に、アギナガは一瞬言葉を失い我が目を疑う。

 予定通り、松明を片手にフードを被った一団が真っ直ぐに向かって来る。ただ、その手には武器らしい物が見当たらない。腰に収めたままでいるのだ。

 しばし唖然とした後、アギナガは思い至ったように短い笑い声を漏らした。

「まったく、とぼけた顔してやってくれるな」

「アギナガ!」

 再び聞こえた呼びかけに、アギナガは表情を引き締め大きく息を吸い込んだ。

「来るぞ、押し出せ! 路を空けろ!」

 アギナガの指示に一際大きな雄叫びが上がる。そんな中、一人の男が慌てた様子でアギナガに顔を近づけた。

「アギナガ、あいつら……」

「ああ、剣を抜かない気だろう。――あんな姿を見せられたら、燃えないわけにはいかんな」

 アギナガが白い歯を見せて笑うと、男も鼻を擦りながら笑みをこぼす。

 ミューラー率いる第二陣の様相に気付いたのは二人だけではない。それはすぐに他の兵士にも広がった。

「なに考えてやがるんだ!」

「あいつら死ぬ気か!」

 剣を振るいながらも口々に文句を吐き出す。しかし――

「何を言ってやがる! 要は、俺たちが敵を近づけなきゃ済む話だろうがっ!」

 ディアドの兵士は、確かにその戦意を上昇させていた。

 

 

 

「一気に駆け抜けなさい!」

 先頭を行くミューラーが、背後を振り返ることなく声をかける。

 返事はなかったが、背後の砂を蹴る音が加速したのを確かに感じた。

 ディアドの兵が作った二列の壁。その間を脇目も振らずに駆け抜ける。迫り来る敵の攻撃は、始めから視界に入らぬといった具合だ。

 途中、ミューラーはアギナガの姿を横目で捉え、互いに小さく頷き合う。

 もう一人、もう一人の姿を素早く視線を走らせ確認しようとするが、その姿を見つけることは出来なかった。

(カーク君、どこに……)

 胸中に黒い影が広がる。

 不吉な予感を胸に抱きながらも一気に戦場を駆け抜けると、その先に広がる天幕の群れが目に飛び込んで来る。

「あいつら、天幕に向かったぞ! 行かせるなっ!」

 後方から聞こえて来る絶叫に近い声。それでもミューラーたちは振り返ることも、足を止めることもしなかった。

 さらに何か叫ぼうとした声が苦悶の声と変わり、砂地に倒れ込む微かな音が聞こえる。

 見ずとも状況は分かった。予定通りに両翼隊の弓が援護し、追って来ようとするモントリーブ兵を仕留めたのだ。

 戦場の怒号が背後に遠ざかっていき、代わって正面に張られた無数の天幕が近づいて来る。

 そこでミューラーはようやく足を緩め、荒い呼吸を飲み込みながら背後に向き直った。

 同じように息を荒げたディアドの兵士。数人は犠牲になったかもしれないが、ぱっと見た程度ではその数を減らしているようには見えない。

 ミューラーはそれを確認すると安堵の息をつき、再び表情を引き締めた。

「では、これからすぐに火を――」

 そこまで言ったとき、兵士たちがミューラーの背後に向かって驚きの表情を見せる。

 ミューラーはいち早くそれに気付くと、咄嗟に前方へと身を投げ出した。

 空気を切り裂くような音と、後頭部のあたりに感じた微かな風。

 ミューラーは砂地を転がり片膝を突いて向き直った――と同時に、ディアドの兵士たちも腰を落としてシャムシールを引き抜く。

「驚嘆に値する判断の早さだ」

 片膝を突くミューラーに向けられた冷やかな声。月明かりに照らされたその人物にミューラーが目を剥いた。

「カー――」

 思わずカークの名を呼びそうになり、慌てて咳払いをしながらフードを目深に被り直す。

「狙いは良かった。あの数の差でここまで辿り着いたのは見事だ」

 カークが言うと、天幕の影からぞろぞろとモントリーブの兵が姿を見せた。

 その数は二百人程度、カークの一団――すなわちミューラーの元直属の部下たちだ。

 ミューラーは小さく舌打ちをすると共に逡巡した。顔を晒して協力を求めるべきか。

 二百に対してミューラーたちは五十程度。それも、相手はミューラー自身が賊や傭兵から見出した精鋭だ、どう考えても分が悪い。

「誰が指揮を執ったか知らんが俺の目は欺けん。俺は優れた指揮官の下で永い年月を過ごした」

 それが自分のことを言っていると分かり、ミューラーは思わず苦笑した。

 まさか、自分が教え込んだことがこんな形で返って来るとは思ってもいなかった――と同時に嬉しくもある。

 好戦的なカークが状況を見極め後退した。その成長を褒めてやりたいところだが、今はそんな状況ではない。

「さあ観念しろ、時間をかけては仲間が力尽きる。だが、その数では我々には勝てん」

 もっともなカークの意見にタメ息が出る。

 ミューラーは腹を決め、賭けに出ることにした。

 元々が血気盛んな連中だ、もし裏切ったと知ればどういう反応を見せるかミューラーにも分からなかった。

 そもそも、部隊としての結束を教え込んだのミューラー自身なのだから、例え怒りを買ったとしても文句は言えない。しかし――

「カーク君、今は君たちと揉めてる場合じゃないんです。路を空けてくれませんか?」

 カークがピクリと眉を動かし、カークの後方に立つ者たちも眉をひそめた。

 ミューラーはゆっくりと立ち上がると短く吐息を漏らし、目深に被ったフードに手をかけた。

 月明かりの下に晒されたミューラーの顔。

「なっ!」

 さすがのカークも驚愕し、目を見開きながら言葉を失った。

「こういうことです、困った状況でしょ?」

 ミューラーが小首を傾げて見せるが、カークはまだ動くことが出来ないでいた。

 カークの背後にいる者たちも同じだ。口を半開きにしたまま、ただただ目を丸くする。

「ミュ、ミューラー団長? 一体何を……。確か、鷹の眼ホーク・アイってヤツを追ってたんじゃ……」

 カークの背後に立っている一人が、たどたどしくもやっと口を開いた。

 その男の問いに、ミューラーが困ったように指先で頭を掻く。

「どこから説明して良いのやら、色々とありまして」

 ミューラーは苦笑しながら申し訳なさげに顔を伏せた。

「お、おいカーク! ど、どうするんだよ」

「黙れっ!」

 カークがようやく発した声は、背後からの問いかけを一喝するものだった。

 チラリと肩越しから背後の男たちに視線を送り、再び前を向くと顔を伏せる。

 様々な考えが頭を駆け巡っているのがカークの様子から見て取れた。

「おい、カーク」

 黙り込んだカークに背後から心配げな声をかけるが、カークは顔を伏せたまま身動き一つしなかった。

「あのお、カーク君?」

 今度はミューラーが心配げに声をかけると、カークはゆっくりと顔を上げて鋭くミューラーの方を睨んだ。

 その眼差しにミューラーがたじろぐ。

「カーク君、さっきも言ったように、これには色々と理由が……」

「おいカーク、どうするんだ?」

 矢継ぎに前後から声をかけられ、カークは深く息を吐き出した。

「どうするも何もない。俺たちは、ただ敵を斬り捨てるだけだ」

 カークのはっきりとした解答に背後の男たちが口の端を上げ、ミューラーは引きつった笑みを浮かべる。

 カークの逆に反った曲刀、その切先がミューラーの方を向く。

「これより戦闘に入る」

「げっ! カーク君、ちょっと待った! 逆反り曲刀ククリとうを収めてください」

 カークに向かってミューラーが両手をバタバタと振るが、その制止を聞かずにカークは砂地を蹴って駆け出した。

 それに続き、後方の者たちも剣を片手に一斉に駆け出す。

 慌てるミューラーの背後、ディアドの兵はカークたちを迎え討つべく腰を落とし、シャムシールを構えて呼吸を飲み込んだ。

「いっ!」

 目前に迫ったカークに、ミューラーはきつく目を閉じて顔を背けながら両腕で身を守る体勢を取った。

 しかし、ミューラーを襲ったのはカークのククリ刀ではなく、過ぎ去る幾つもの風だった。

 恐るおそるミューラーが目を開けると、次々に迫ってくる元部下がミューラーの横を素通りして行く。

 カークの一団はディアドの兵にも手を出さず、そのまま走り去ろうとする。

 ミューラーたちは、ただ呆然としながらカークたちの背中を目で追った。

「カーク君!」

 ミューラーが我に返って呼び止めると、カークが一度立ち止まって振り返る。しかし、カークはどう解釈したのか小さく頷いて見せると、踵を返して再び駆け出してしまった。

「ああ……」

 ミューラーは何か言いたげに短くうめき声を漏らし、カークを止めようと前に伸ばした右手は行き場を失う。

「カーク君、行く前に破城槌はじょうついがどの天幕にあるか教えて欲しかったのに……」

 ガックリと肩を落としたミューラーにディアドの兵が歩み寄る。

「ミューラー殿、一体彼らは?」

 その問いに、ミューラーは顔上げると笑って見せた。

「詳しい話は後です。――さあ、今のうちに手分けして火を放ってください」

 ディアドの兵は戸惑いを見せながらもミューラーの指示に従い、松明を片手に四方へと散っていく。

 全ての兵がその場を去ると、ミューラーはカークたちが走り去った方角へと顔を向けた。だが、すでにカークたちの姿はそこには無い。

「カーク君、ありがとう……」

 ミューラーは姿の見えぬ部下に礼を言い、目頭を押さえながらそっと顔を伏せた。

 

 

 

「グロッソ団長、あれを!」 

 部下がグロッソの背後、北の空を指差す。

 星が輝く夜空の中、のたうつ蛇のような影が天に向かっているのが見えた。夜空よりも濃いその影は、グロッソの見ている前でその数を増やしていく。

 その光景が意味することを、グロッソもすぐに察した。

「天幕に火を放ったな! やつらの狙いは天幕だったのか」

 舌打ちを漏らし、すぐさま天幕の消化と討伐に向かうための一団を選抜する。

「行け! 一人も逃がすな!」

 天幕に向かうよう指示を出し、再び正面に向き直る。

 混乱をきたしていた陣形も落ち着きを取り戻し、数に多いモントリーブが徐々に戦況を覆しつつあった。

 このままいけば遅かれ早かれ勝利する――己の戦功に笑いがこぼれかけたとき、それを打ち砕くような声が上がる。

「グロッソ団長! あれを!」

「今度は何だ!」

 苛立たしげに再び振り返ると、その異変に気付いてグロッソは眉をひそめた。

 天幕に向かわせた一団が、目と鼻の先で歩みを止めていたのだ。

「何をしている!」

 グロッソが声を張り上げたとほぼ同時、歩みを止めていた兵が次々に砂地に倒れていく。

 天幕に向かわせた殆んどの兵が倒れると、その先にいる一団が目に飛び込んで来た。

「なっ! 貴様っ!」

 その一団を目にした途端、グロッソが目を吊り上げ怒りを露にする。

 姿を見せた一団は、同じ軍であるはずのカークの一団だった。

「カーク、どういうことだ!」

 悠然と近付いて来るカークに向かい、グロッソが怒声をぶつける。

「事情は俺も知らん」

 冗談を言った様子でもなくカークが真顔で答えると、グロッソのこめかみに青筋が浮かび上がる。

「ふざけるな! 敵に寝返るつもりかっ!」

「敵に寝返る? 勘違いするな、始めからディアドが敵というわけではない」

 尚も悠然と歩を進めるカークに対し、グロッソはジリジリと後退した。

「敵とは――」

 カークの顔に冷笑が浮かぶ。

「ミューラー団長の障害となる全ての者だ」

 手にしたククリ刀がゆっくりとグロッソに向けられた……

 

 

 

 つづく

 

 

 ええ……今回、昨夜の内にチェックが終わっていたので起床して朝一の更新です。

 なぜ朝一にしたかと言うと、夜に『裏レクイエム』の方も一話分更新する予定だからです。

 

 ちなみに、物語の方は通算でちょうど百話になりました。おめでとう、自分!

 ここまで続いたのも、感想をくれた方々、わざわざ投票をクリックしてくれた方々のおかげだと思っています。

 そういった方々の一人ひとりに大変感謝をしています。ありがとうございました!

 

 通算百話を記念して、というわけではありませんが、上記した通り今晩あたりに『裏レクイエム』の方も更新します。

 よろしかったらそちらもどうぞ。(2008/05/28)

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