嘘と涙と看板女優。
イエさまへ。
(Aコース:姫王子の日常非日常)
こちらは、短編「泣き虫王子♀と我が儘姫♂」の番外になります。時系列無視。
※安定の綾姫
※安定のカービィ
※安定の魔王
※安定の忠犬()
以上を踏まえてお読みください。
「蓮見ぃいいぃいい」
「そんなビブラートかけなくても聞こえてるわよ」
「もういやぁああぁああ……ずびっ」
ああはいはい、と流しながら、ティッシュを箱ごと差しだす。
あっという間に消費されていく紙を見ながら、ごみ箱をセットするのも忘れない。我ながら、手慣れたものである。
「で、こんどはどうしたの?」
「ひめ、が……」
ぐずぐずと泣く友人に、ため息をついた。またあいつか。
「蓮見にまであきれられたぁあああ! つらい。見捨てられる。もう死ぬしかない!」
「死ぬ覚悟もないチキンが調子のってんな」
イラっときたので、目についた頭を強くはたく。あら、石頭。
「いった!? は? なんで俺? なんでいま殴られた!?」
「あんたがそこにいたから」
じん、後を引く感触にムカついたので、もう一回。こんどは、拳で。
「って、二回目!?」
それなんて理不尽! ――と、わめく駄犬を黙殺して、いまだに大洪水状態の友人をたしなめる。
「旺子」
びく、と肩をゆらした友人に、満面の笑みで扉を示す。
「――まちくたびれたお姫様が、お迎えにいらしてよ。王子様?」
教室後方の戸口には、今日も今日とて麗しい笑みを咲かせた、可憐な姫君の立ち姿。ひらりひらりと手をふる様は、皇室もかくやという気品を感じさせる――とは、いつかの馬鹿王子の言。
たしかに美人だとは思うけど、そんな上品なものかねぇ。
それはさておき、当の発言者はといえば。パアッと顔を輝かせ、ガラケーを素早く構え――たかと思えば、すさまじい勢いでそれを閉じる。
次いで、ふらりと前傾しかかっていた身体が、いっきに窓ぎわまで飛びのいた。
「い、いない! 綾姫なんて目の錯覚、目の錯覚、目の――ああっ錯覚でも麗しいなぁ綾姫まじ可愛い」
ごみ箱を盾に、長身を縮こまらせながら、紅潮した頬でハアハアと荒い息を吐く。――いつもながら、どう考えても逃げる側がちがう。
昼放課の恒例となりかけている倒錯的な光景に、蓮見は、やれやれとため息を吐いた。
となりで、あれ? ジン? と今更すぎる声を上げた駄犬が、意味もなくムカついたので、意味もなく椅子から落としておいた。重ねて言うが、意味はない。
「っ蓮見! さっきからなんなんだよ!?」
「うるさいわね、姉さん呼ぶわよ」
従順さだけが取り柄のようなこの駄犬を、姉は気に入っているらしい。解せない。とても、解せない。
姉に向ける忠誠心の強さだけは認めてやろう。だが、それだけだ。どうして姉が、こんな駄犬――百歩譲って忠犬を気に入っているのか。本当に理解できない。
「――星野」
全開笑顔のまま、ピンと張りつめた呼び声を放つ綾女臣。飴色の瞳が、獲物に狙いを定めるように、わずかに細まった。
あらあら、姫さまは御立腹の様子。
なにしたのかしらね、と変態くさい王子を見下ろせば、真っ青な顔でカタカタと震えていた。しかしガラケーは手放さず、もう一方の手で、それを抑えている。――どんだけ欲望に素直なんだ、あんたの利き手は。
綾姫は、ふと目線を下げて。一瞬で表情を作り上げると――。
「俺から、逃げるの……?」
儚げに寂しげに、それはもう情感こもった、『ギリギリ教室の奥まで届く声』で告げた。
「う、ぐ、ぎゅぁあ……!」
足元で、変態もとい、ど変態王子が、言葉にならない奇声を上げて悶える。ガッタガッタとごみ箱が揺れ、山と積まれていたティッシュが床に散る。
そこを逃す綾姫さまではない。すかさず、第二撃。
「ねぇ、俺、なにかしたかな。心あたり、なくて……迷惑、だった?」
肩を震わせ、声を震わせ、――だめ押しに、綾姫は、『いまにもこぼれそうな涙を耐えて気丈に微笑む』オプションまで付けてきた。
クラス内の至るところから悲鳴が上がる。
「とんでもないわね……」
一瞬で、教室全体を支配下に置いた綾姫さまに、蓮見は舌を巻いた。
彼が入学してからというもの、演劇部の観客が、二倍、四倍――と指数関数的に増えていったという。近ごろでは、ホールの席が足りず、立ち見客すら出る始末。
……そんなさなか、うわぁまたやってるよ、と引いた目で苦笑していたことだけは、駄犬を見直してやってもいい。
旺子? ――愚問である。
その他大勢を落として、ターゲットを仕損じるなど、あの姫さまに限ってありえない。まして、綾姫フリークな残念王子が釣られないはずもない。
でろでろに蕩けた顔でドアに駆けより、ガラケーを構え、一瞬で猫を脱ぎすてた腹黒姫に没収されていた。
「わ、私の携帯……!」
「回収完了、――なんてね? 定期検閲させてもらうから」
ほくそ笑む綾姫の前に、ガックリと膝をつく親友。恒例行事を見届けながら、蹴散らされ横倒しになったごみ箱を脇に寄せる。駄犬の前に押しやって、ひとこと。
「それ、片づけといて」
「俺が!?」
「は、や、く」
2年5組は、今日も今日とて茶番劇。
姉の携帯に、簡単な顛末を送りつけつつ、蓮見汀はため息をついた。