それはありふれた悲劇
ごめんなさい、とは言わないと、あの人は言った。
凍り付いたような、微笑で。
俺は「魔王」への生け贄のようなものらしい。
魔力が高くて、生まれたばかりで、適性があったから。
そんな理由で、俺はそれに選ばれた。
物心ついたときには、俺の全身にはびっしり呪が刻まれていたし、自分の魔力をそれに浸透させる術をひたすら覚えさせられた。
それに不満を持ったことがないわけじゃ、ない。
俺の両親ってひとは俺を金と引き替えに売ったらしいし、周りの大人たちだって世界の平和とやらのために俺を魔王に差し出すわけだ。
何もかも投げ出したくなることだってあったけど――俺がそれでもそうしなかったのは、神官様だったり賢者さまだったり、かつて魔王――今いるのとは違う魔王らしい――を倒したってひとたちが、ひっそりと教えてくれた秘密の話があったからだ。
そして、俺が完全に魔力制御ができるようになった、その日。
俺は魔王の元へ、賢者様に連れられて行った。
俺自身が転移魔法を使うことはできないから、誰かが俺を連れて行かなくちゃならない。
本当は、神官様も剣士様も、癒術士のお姉さんも、共に行きたいのだと言った。でも、これ以上あのこを追いつめられないから、とかなしそうに笑った。
そして俺は、たったひとり、魔王のいるという石造りの建物の中にいる。
賢者様は、この建物の前まで俺を送って、外で待っている、らしい。
俺は戻ってこれるの、と言ったら、虚をつかれたような表情をしたあと頷かれた。
あんまりみんなが悲愴な顔をするから死ぬのだとばかり思っていたけれど、違うらしい。
魔王のいる建物は、神殿に似ていた。
俺はあまり神殿に立ち入ったことがないから詳しくはわからないけど、構造とか雰囲気が。
ただ、人の気配がまったくしなくて、もの悲しい雰囲気に包まれているのだけが違う。
一番奥の扉を、開ける。そこに魔王がいるのだと、きいていたから。
「……? だれ?」
声が、した。
「ああ、そうか。もうそんなに、経ったの」
感情をどこかにおいてきてしまったような声だった。
俺とそう変わりないくらいの、女の子の声だった。
「そうか、君が――」
ふわり、と目の前に人影が現れる。
それが、魔王なのだと、わかる。
黒い髪、黒い目、肌の色も見慣れない。
だけどそれは、女の子だった。俺と同じ人間に見える、女の子だった。
「君が、門だね」
問いかけるような口振りじゃなかったけど、俺は頷いた。
女の子は、それに少しだけ、笑ったみたいだった。
「半信半疑だったんだけど、本当に門をつくってくれたんだね、あのひとたちは」
「それは、賢者様たちのこと?」
突き放した言い方が引っかかって尋ねてみる。無視されるかと思ったけど、魔王の女の子は頷いた。
「そういえば、そんなふうに呼ばれているんだったね」
「賢者様は、外にいるよ。ほかの人たちも、会いたがってた」
「……ふうん。今更、謝りたいとでもいうのかな。謝罪の代わりに、私は門を求めたんだけど」
「会いたくは、ない?」
「どちらでもいいの。もう。かえれれば、それでいい」
だから、と魔王が笑う。禍々しく、痛々しく。
「君に、ごめんなさいとは言わない。ひとひとりの人生を狂わせてでも、私は門がほしかった。名誉も賞賛もいらないから、帰らせてほしかった」
笑う。泣くように、笑う。
「ねえ、――私を、元の世界に帰して」
すがりつくみたいに、かつての救世主が、俺に触れた。
「君にはそれが、できるんでしょう?」
ああ、やっぱり魔王じゃない。賢者様が、神官様が、――みんなが言ってたとおり。
この世界と、人々に運命を狂わされた、異世界の少女が、そこにいた。
お題:求めたのは門 制限時間:15分 で挑戦したもの。しかし15分を大幅にオーバーしていた気がする。
出せなかった設定としては、魔王の女の子がいるのはかつて彼女が召喚された神殿だとか、神官様はそこの神殿出身だとか、門は一度しかその役割を果たせないから彼女は召喚されても還す術がなくて、だけどそれを伏せられたまま救世主として動かされたとか。
彼女が召喚されて十数年は経ってるけど、魔王から受けた呪いで外見変わってないとか、賢者その他のかつての救世主パーティの面々も影響は弱いけど同じ呪いを受けているとか。
まともに書いたらとても後味悪い話になりそうだなって思ったけどこれだけでも充分ひどい話ですね。




