羞恥心と好奇心のあいだ
ご覧頂き有難うございます。なかなか話が進まなくて申し訳ありません。
「そう……なんだ……」
想像もつかない彼女の人生にジャンはただ素直に驚いた。
しかし頭の片隅には大きい疑問符が在り、それはまだ解決を見て居ない--アレ--である。彼女の話では、この宿はアレを売りにした宿屋で一泊、金貨4枚--800クランという大金だ。
ジャンのお小遣いは一月、銅貨10枚--10クラン。もし自分のお金で此処に来ようとしたら、7年近く掛かる計算になる。
そんな途方も無い金額と引き換えに行われるアレとは何なんだ!!?
聞こう!今聞かないで何時聞く時がある!
ジャンは決意を胸に拳を硬く--強く握り締めた。
「あの--」アレに向かい口を開く。
「貴方埃っぽいわね。お風呂準備してあげる--着替えは?」
ジャンの決意の出鼻を挫く様にニーナが言った。
「え?」
馬車にアンに渡された荷物を全て積んで有る事に気が付いた。
「--ない……」
着替えなんてどうでもいい!俺はアレが知りたいんだ! そんな言葉はジャンからは飛び出さなかった。
「まあいいわ--」ニーナは少し呆れた顔を見せ、すぐに続けた。
「いいわ、クリーニングに出しておくから。白馬館はクリーニングも有名なのよ。わざわざ洗濯物を溜めて来る人も居るんだから。芝居のセリフに成る位なのよ、知らない?」
「……知らない」
「『コートをクリーニングに出したい、できればメンフィの白馬館の様なやつを』って言うセリフよ、聞いたことぐらいあるでしょ? リーブの代表作よ!」ニーナは栗色の瞳を大きくし、ジャンを見た
「聞いた事……あるかも」美しい瞳を輝かすニーナを前に知らないとは言えなくなった。
「でしょ! わかったら脱いで」ジャンの答えに納得した顔でニーナが放った。
「ここで?」ジャンは足元を指し聞いた。
「外で脱ぎたいの? そういう趣味なら構わないけど……」ニーナが意地悪く微笑む。
「……」何も言わない、何も聞かない。こういう時の対処方だ。
「そう--そういう事ね! 気が付かなくてごめんなさい……やっぱり男の子ね!」
そう言うとニーナはジャンの顔に触れるぐらい近づき、ジャンの上着をスルリと脱がせた。唖然とするジャンを他所に鼻歌を奏でながら、シャツのボタンに手を掛け前をはだくと、ズボンのベルトを緩める。
「あ!!」
ジャンが取り付く島は無く、ズボンは重力に従い、シャツはニーナに従った。
残すところパンツ一枚のジャンにニーナが優しく聞いた。
「それも脱がして欲しい?」瞳を輝かせ、ニーナがジャンのそれに手を掛けた。
「これはいい!」ジャンは首を振り言った。
「自分で脱ぐって事ね……」不満げにニーナが言う。
「ちが--洗わなくていい……」
「馬鹿な事言わないで! そんな道理が通用すると思ってるの?」
眉間に皺を寄せジャンに詰め寄る。
「もしかして……恥ずかしいの? 彼方可愛いわね、好きよ! 彼方みたい子--でも私と一緒に寝たいならそれも脱いで!」
「はい……」
さっきソファーで寝るって言ったくせに! なんてジャンには言えない……ただ静かに自分のそれに手を掛けた……
「そう、いい子ね--御褒美よ」 自分のアレを両手で必死に隠すジャンにクリーム色のガウンを渡しながらニーナが言った。
あるなら初めから渡してくれ!! 言える筈なく、ばれない様ニーナを鋭く睨んだ。
「ちょっと待ってて」ニーナは言うとジャンの服を袋に詰め足早に出て行くと、二分もせず帰って来た。
「何ボーっとしてるの? 座ってれば?」
帰って来て早々に言うとニーナは獅子を装ったカランに手を伸ばし、バスタブに勢い良く湯気が上がった。
ジャンはそれを見終えると、ニーナがジャンのジャケットのポッケから出して置いてくれた茶色い包みを手に取り、それの横で小さく丸まるモルの背を優しく撫でた。
「何なの?それ」ニーナがジャンの手を指した。
「友達からもらったんだ--餞別だって」言うと茶色い油紙を縛る麻紐を解き包みを開く。
吸い口の付いた紙巻タバコの束が目に飛び込んだ。ジャンはそれを一本手に取ると、側面を鼻に沿え香りを味わった。普段口にする物とは違う、まだ新しいタバコ葉の放つ草の匂いがジャンに二人を想い出させた。
それを銜え、テーブルに添えられてあったマッチで火を点け、ユラユラと白煙を口から逃がし、煙を楽しんだ。
「いい香りね、上物じゃない」ソファーに戻って来たニーナがジャンの銜えた物を指した。
「ニーナもどう?」一本摘み差し出す。
「ありがと、でも仕事中は吸わないの」
またそれか--ジャンは思ったが口にはしなかった。
「そろそろいい頃ね」呟くとニーナはバスタブに向かい、湯を張ったそれに腰掛けた。手でそれの温度を確認するとジャンを手招きした。
「早くいらっしゃい」
ニーナは未だ躊躇する恥かしがりやを優美な顔で見詰めた。
ジャンが腰掛けるニーナの前に立つと、彼女は両手をガウンに滑り込ませ、ジャンが瞬きする間にそれを脱がせた。
あわてて自分のアレを両手で隠すジャンにニーナが微笑んだ。
「ふふ--可愛いわね」言うとジャンを湯船に促した。
「ぷはぁー」
肩まで浸かり、柔らかな湯の感触を味わう。両手がアレから離れる事はないが……
ニーナはドレスの袖を捲るとジャンの背中に回った。
「いい香りでしょ?」
爽やかな草の香りを放つ液体を手にニーナが言った。
「何それ?」
「シャンプーよ! 私のオリジナルなの」
言うとニーナはジャンの金色の癖毛にそれを揉み込み泡立たせた。
「どう? 気持ち良い?」ジャンの頭皮を揉み解しながらニーナが聞いた。
「最高です--」泡を避ける様瞳を硬く閉じるジャン--鼻から下は緩みっぱなしだ。
「流すわよ--」
ニーナは桶で湯を掬うとジャンの髪の泡を綺麗に落とし、細かい目の鼈甲のクシで濡れた金色の髪を後ろに撫で付けた。
「似合うじゃない」ピッチリとオールバックに成ったジャンに笑顔を向けた。
ニーナに褒められたジャンが赤面した顔を湯に沈めている間に、彼女は布で石鹸を泡立てジャンの首筋にそれを当てた。
「くすぐったくない?」
「うん--大丈夫」
ニーナは抵抗する事を諦めたジャンの体を優しく洗っていった。喉元を擽られた猫の様な表情を浮かべるジャンを愛おしむ様目を細め見ると、湯で体を濯いだ。
「弟がいたらこんな風だったのかもね……」独り言の様呟く。
「ジャンは兄弟いるの?」手に取った化粧水をジャンに付けながら聞いた。
「居ない」すっかり艶やかになった顔でジャンが返した。
「そう--なら私がお姉さんに成ってあげる! 嬉しいでしょ? こんな綺麗な姉を持つ弟なんて彼方も鼻が高いわね」
「そうかな……」男としては素直に喜ぶ事は出来ない。嬉しい事は事実なのだが--
ニーナはクスクスと笑いながらクリーム色のガウンをジャンに渡し、フカフカのタオルでジャンの金色の頭を覆うと、クシャクシャとタオルを操り髪の水分をそれに移した。
「はい、出来上がり!」言うとジャンの肩をポンと叩き、背を押した。
再びクルクルとした癖毛になったジャンは開放させると直ぐにソファーにもたれ掛り、吸い掛けのタバコに再び火を灯した。
既に日は落ちていて、今部屋を照らすのは四隅にあるランプだけ。灯りを搾っているのか、ランプの数に比例せず部屋は薄暗く、ジャンの口から出る白い煙が幻想的な空間を作っていった。
ニーナはジャンの傍らにチョコンと腰掛け、出来たばかりの弟を嬉しそうに眺めていた。ジャンが吸い終えたタバコを灰皿に押し付け、ふと目を彼女に向けると彼女はニッコリと目尻を下げ、何かをねだるような甘い顔をジャンに向けた。
「どうしたの?」ドキドキする胸の鼓動を悟られぬよう問う。
「呼んでいいのよ!」
「え--何を?」
「姉さんって--」アヒル口から可愛らしく囀るニーナを見てジャンは唇の動かし方を忘れた気がした。
「……………姉さん」
ジャンの中で何かが崩れた--弟でもいい! 彼女の喜ぶ顔が見られるなら……彼女の笑顔を消さない事が今の自分の使命だ! 唇をかみ締め、じっとニーナを見詰めた。
「なぁに? ジャン」満足げな顔を浮かべ、小首を傾げた。
ランプに照らされ波の様にうねる栗色の髪--夜空を彩る星を思わせる瞳--プルプルとゆれる愛らしい唇--そして計算され尽した仕草、すべてが完璧だった。もしジャンが一人前の大人の男なら直ぐにでも彼女を浚い、世界を敵に回しても彼女を独占しただろう。それ程の美しく、愛しい表情だった。
「なっ--なんでもない」無理やり呼ばされた事すら忘れてしまった。
「ふふ--変な子ね」
言うとニーナは立ち上がり、直ぐに帰って来ると言い残し、部屋から出て行った。