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ジャンの物語  作者: N・クロワー
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大人の理由

ご覧頂き有難うございます。誤字、脱字などがあればご指摘お願い致します。




 乗り出した身を車内に戻してからジャンはマホガニーの肘掛にもたれ、ずっと口を開かなかった。


 疾走する馬車の車内は少し跳ねる感じだったが、それは他の馬車と同じで特に気に止める箇所では無かった。


 馬車は石畳の道を抜け、土の道を駆けて行った。林を抜け、木漏れ日が強い日差しに変わる。ファンジオが視界に入ってきた町を指しジャンに言った。


「ジャン、ロックの町並が見えてきたぞ」


「え?もう」壁に掛かった時計に目を移しジャンが言った。


「まだ二時間も経ってないのに--」


「これが、マイ・インバッハの凄い所さ。普通の倍の速度で走っても、乗っている人間が気付かないくらいの乗り心地だからな。しかも一人で押しても進む程、転がり抵抗が少ないんだ。馬の負担も少ない」


「少し流れる風景が速い気がしてたけど」不思議そうに答えた。


「だからこれを選んだのさ。普通の馬車が四日掛かる距離をマイ・インバッハなら二日で駆ける。イグノスの郵便馬車と同じかそれ以上だ。ルーフに頭をぶつける事も無いしな」ファンジオの顔に笑みが毀れた。


 馬車はロックの町で馬を変えると、留まる事無くすぐに走り出した。


 再び車窓から建物が消え、深い緑と眩しい日差しだけが車窓を通り過ぎた。


「ねえ、伯父さん」静寂を破りジャンが発した。


「うん?なんだい?」少し元気を取り戻したジャンを見て、ファンジオが笑顔で返した。


「夜の続きっていうか……」言った後、クインとの夜を思い出し赤くなった。


「いいよ。私に分かる事なら」ファンジオは優しく微笑んだ。


「伯父さんは、ロニア人が嫌いなの?」ジャンは俯き、横目でファンジオを見た。


「え!?」


 ファンジオは予想していなかった質問に一瞬固まった。


「いや……そんな事は無いよ。ただ……」


「ただ、何?」昨夜のファンジオの言葉がケビンに重なってずっと気になっていた。


「クリフの事で旧契約派人を善く思わない人が多いのは事実だ」


「伯父さんは?」


「同期にもロニア人は沢山いる。良い奴もいれば嫌な奴もいるさ。ロニア人ってだけで嫌いにはならないよ」ジャンにはファンジオの顔が曇った様に見えた。


「クリフもロニア人だったんでしょ?」


「ああ、そうだよ。クリフ自身、旧契約派の記者だったんだ」


「記者?」


「福音書を書く人だよ」


「いつ新契約派を創るの?」


「クリフは生涯旧契約派さ。仲間のロニア人に裏切られてもね。新契約派はクリフの死後弟子達が起こしたものだ」


「クリフは何で裏切られたのかな?」


「クリフは純粋な旧契約派だったんだが、小竜が彼の前に現れてからクリフはそれまでの精霊契約書の解釈に自分の考えを付け足し、説いていたんだ」


「それが理由?」


「大雑把に言えばそうだ」


「クリフ自身は旧契約書を否定した訳じゃないんだが、周りのロニア人はそう思わなかったんだな」


「じゃあ伯父さんは旧契約書も信じてる?」


「ある程度はな--新契約書にも書いてある」


「何て?」


「ん~、分かりやすく言うと、クリフの契約はバビロの旧い契約を庇護する為に在るって感じかな」


「へぇー」ジャンは関心した顔を見せ、再び車窓から流れ往く景色を眺めた








 馬車は日が暮れる前に、賑やかなメンフィの街に滑りこんだ。


「今日は此処に宿をとる」ファンジオが言った。


「まだ明るいのに-ー」ジャンが天を指した。


「直に暗くなる、馬も休ませてあげなきゃな」

 

 ロックの街から半日走り続けた馬が、一晩休んだだけで回復し明日も走れる物なのか?ジャンは疑問に思った。


 通りに面した純白の建物の前で、ファンジオは御者に声を掛けた。


「軍曹、我々は此処でいい」


 ジャンは馬車から降り、街を見渡した。


「馬を変え、朝迎えに来てくれ--あまり飲み過ぎ無いようにな」


 ファンジオは御者に銀貨を何枚か握らせると、馬車を見送った。


 ジャンは、『馬を休ませる』って言った癖に馬を変える事を指示するファンジオが何かおかしいと思ったが口には出さなかった。


 二人が純白の建物のクリーム色の階段を上がって行くと、綺麗な女性を脇に連れた白髪の紳士が扉から現れた。


 ファンジオが会釈すると、紳士もそれを返した。

 

 ジャンは余りに年の差が在る二人を不思議にかすめ見、開かれた重厚な扉を潜った。


 爛々と輝くシャンデリアに照らされた吹き抜けのホールは外観と同じ純白の壁紙で装飾され、シャンデリアの灯りが反射した室内は昼間の様に明るかった。


 綺麗なドレスを着飾った幾人もの女性達がジャンの目に映った。


 ロビーの赤いソファーには、美女を脇に談笑する紳士達が居た。

 ジャンがそれを横目で見ると、一人の脂ぎった中年の紳士が、横に居る女性のドレススカートの裾から手を挿し込み、白く綺麗な彼女の足を舐める様に弄り、そしてその奥の彼女の柔らかな部位の感触を楽しんでいた。


 不意にジャンは此処が何処か分かった気がした。

(ここって、前にダンの兄ちゃんが言ってた売春宿とかいう所!!!?)


「クレーガー様、お待ちしていましたわ」

 二人の前に藤色の豪華なドレスを着た女性が現れた。真珠の首飾りが良く似合う。にっこりと微笑みを二人に送る女性はとても美しいが、この建物に居る他の女性より幾分年が往っている様に見えた。


「今晩はマダム」ファンジオはそう言うと彼女の手を取りそれに口付けをした。


 マダムと呼ばれた女性は、ファンジオの挨拶を受け取ると、ホールの奥に居た若い女性を呼び寄せた。


 発色の良いサテンのオレンジ色の鮮やかなドレスを着た美しい女性が小走りに近づいてきた。

 サララサでプラチナブロンドの艶やかな髪をストレートに綺麗に梳かし、小さい顔に大きい藍色の瞳、桃色のルージュを引いた唇がプルプルとしていてとても綺麗だった。


「ファンジオ--来てくれたのね」嬉そうに頬を赤らめ、ファンジオの前に立った。

 

 大きく胸の開いたオレンジ色のドレスから主張する、顔に似合わないタワワな上乳がファンジオの顔を綻ばせた。


「約束しただろ、セシル!」少年の様な笑顔を見せ、ファンジオは彼女を抱き寄せた。



 ファンジオの様子を見てジャンは事のあらましが見えた気がした。


 ジャンの推測はこうだ--ファンジオはジャンの家に飛び切り急いで来る途中、わざわざ此処に立ち寄り今夜の予約を入れた。

 軍の馬車--それも足の速いマイ・インバッハまで使ったのは、この場所でロスする時間の帳尻を合わせる為。馬を休ませると言ったのは、ジャンを納得させる為の体のいい言い訳だ。

 馬を変える指示はジャンに盗み聞きされたが……


 全てを悟ったジャンが横目でファンジオを睨んだ。

 ジャンの氷の様な視線に気付いたファンジオは見せた事の無い位の真面目な顔でジャンに言った。


「ジャン--君の言いたい事も分かる……が、しかし男には何としてでも、やらなければ行けない時があるんだ……」


「貴方はいつもそんな事言ってるのね」セシルは呆れた様に笑うと、ファンジオに腕を絡めた。


 ファンジオは今語った男としての正論をセシルに茶化され、気まずそうな笑みを浮かべた。


 失った信頼を取り戻すべく、キリっとした顔でファンジオがマダムに向った。


「マダム--今夜のジャンの寝床だが……」


「ご心配なく、ちゃんと用意してあります。坊やには、ニーナの部屋を準備してありますから」


「い、いやジャンはまだ子供だ、さすがに保護者としてそれを許す訳には……」

 

『自分を棚い上げて何を言ってるんだ!』 ジャンがもし自分の立場を理解していたならそう叫ぶだろう。


「大丈夫、何もさせませんわ。お世話と話相手が居た方が坊やも退屈しないでしょう?」

 そう言うと優雅な笑みをファンジオに向けた。


「そ、そうだな。気を使わせて申し訳ない。ならば料金はちゃんと二人分払わせて貰いたいのだが」


「何を言ってるんです! 貴方様からそんな--ニーナには私から包んで置きますから、お気使いなく」少し慌てた様子でマダムが言った。

 

「いや、そういう訳には--例え子供相手でも、彼女の一晩の稼ぎを奪う事に為るのだから、ちゃんと払わせて欲しい」ファンジオが食い下がる。


「お気持ちだけ、有難く受け取って置きますわ。ニーナもこの所働き詰めで、今夜はいい骨休めに成るでしょうし……」


「……そこまで言われるのなら」ファンジオが折れた。





「貴方が今夜の私のお相手?」


「え……?」 

 活発そうな明るい声が響いた。明るい栗色の肩まである髪をクルクルとカールさせ、髪と同じ色の瞳がお相手のジャンを興味深そうに覗きこんだ。


 背はジャンより少し高いくらい、小柄で可愛らしい少女。ジャンにはそう見えた。


 クインから香る石鹸の香りとは違う、甘く何処かツンとくる香水の香り、それがジャンの鼻腔を埋め尽した。


「ニーナ、ジャンはまだ子供だ、変な事はしなくていいからな」ファンジオが言った。


「あら--アナタが言っても説得力の欠片もないわ」アヒルの様な可愛い唇をやや尖らせニーナが言った。言うとすぐ、首を傾げ再びジャンに微笑んだ。


「宜しくね--ジャン!」

 ニーナの屈託の無い笑顔を見て、此処に泊まるのも悪くない--ジャンは胸の高鳴りを感じた……



 

「ジャン」ファンジオがニーナに見惚れるジャンに声を掛けた。


「なに?」見惚れた事を悟られぬ様、素早く返した。


「うむ。私は今から敵陣に乗り込まなければ往けない。今夜は徹夜の戦闘に成る。しかし心配はしなくて良いぞ、私には他を寄せ付けない経験値と裏付けされた技術がある!明日の朝再び此処で合おう!」


 真顔でジャンに言うと敬礼し、ニヤっと笑みを見せる。


「さあ--突撃だ!!」

 セシルの腕を取ると、疾風の如くホールの階段を駆け上り、煙の様に消えた……ドアの向こうへ……


 






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