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ジャンの物語  作者: N・クロワー
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門出

ご覧頂き有難うございます。




 ジャンは自宅の明かりが消えていることを確認すると、自作した鍵で錠を開け、玄関の扉をそっと開けた。部屋の空気はヒンヤリとしていて、暖を落としてから時間が経っている事をジャンに知らせた。


 自分の部屋には向かわず、真直ぐアンの部屋に足を向けた。


 アンの部屋は相変わらず彼女の香りで満たされていて、ジャンは不思議に落ち着いた。


 ベッドに近づき、ゆっくり上掛けを捲るとアンのベットに潜り込む。アンの温もりと香りが移ったそれがジャンを優しく包んだ。

 

 少年は暖かいアンの背中にオデコを付け寄り添った。


「珍しいじゃない、一緒に寝たいの?」背中を向けたままのアンが言った。


「親孝行だよ」起きていた事に少しも驚かず答えた。

 アンの眠りが浅いのは昔から変わらない。母親とはそんな物だ……ジャンはそう思っていた。


「何処行ってたの?一人で、兄さんが聞いたら怒るわよ--」


「ダン達といた」嘘では無い--半分足りないが……


「へぇ」短く返す。

 他の女の香りを纏った息子を頼もしくも思ったが、香りを移した女にアンは少しだけ嫉妬した。


「ダン、いい匂いになったのね。香水でも付けてるのかしら?」アンがからかう様に言った。


「そ--そうかな、分かんない」ジャンは顔が熱くなり、声が上擦った。 


「お別れはして来たの?」笑いを抑えながらアンが言う。


「二人共、朝見送りに来るって」バレて無いと思った。


「もう一人のダンよ」バレてた様だ。コイツには隠し切れないジャンは観念した。


「誰?」アンが問う。


「クイン」小声で言った。


「あの可愛い子ね--彼女だったの?」


「今は多分そう……」ジャンは、ほんの30分前の事を思い出し赤面した。


「大事にするのよ」アンの言葉の意味をジャンは理解出来ないだろう--男だから……


「母さん、イグノスに来るよね?」分が悪い、そう思い唐突に話題を変えた。


「仕事が落ち着いたら考える」


「そっか」追求はしなかった。


 それから5分も経たずジャンは寝息を立てた。


 アンは寝返りを打ち、眠りに就いたジャンを見て、この町に越した頃を思い返した。


 ジル--彼女の夫が死に、ウォーカーの名は一際大きくリリステルに鳴り響いた。ジャンを知る回りの大人達は小さい息子をよく可愛がってくれた。初めは気にも留めてなかったが、次第に皆の眼が--周りの人間がジャンを見る眼差しが--息子に父親と同様の活躍と死様を求めているようで耐えられなくなり、リリステルから離れた此処に来た。


 実家のクレーガーの家系は契約者が多く、息子もそれに成る覚悟はしていた。しかし、まさかこんなに幼い息子が契約者と成り、ウォーカーの名を背負い王都に戻ることになるとは--アンは想像を超える何か大きな力がジャンをそちらに連れて行くように感じた…… 





 何かの焼ける音と、香ばしいパンの香りでジャンは目覚めた。薄目で隣に目をやったがアンの姿は其処にはもう無かった。


 起き上がり、窓の外を見た。隣の家との隙間から白い光が洩れていてジャンは目を細めた。


 ベットから這い出し、ダイニングへ向かう。


 まだ寝たり無いが門出の朝だ、寝坊は格好がつかない。そう思った。


「調度良かった。今起こしに行こうと思っていたのよ」ダイニングに現れたジャンを見てアンが言った。 


「伯父さんは?」テーブルに用意されたパンの数を見て言った。


「兄さんなら、もう出かけたわ。馬車を迎えに行くって--」


「馬車なら町にも在るのに。他の町から呼んだのかな?」椅子に腰を下ろし言った。


「たぶん、軍の馬車を使う気よ。そっちの方が速いし」そう言うと、アンは紅茶の入ったカップをジャンの前にそっと置いた。


「軍用馬車か……」カップを手にとり、それを啜るジャンに笑みがこぼれた。


 ジャンは出された朝食をアンと競う様に口に詰め込むと、それを紅茶で流し込み、幸せな時間を満喫した。


 ダイニングに射し込む太陽の光が強く成ったと思い、カーテンを少し広げようと窓に向かった。窓際に着くと、人影も疎らな石畳の道をじっと見た。灰色の、大きさを揃えた石が綺麗に並べられた道は町の自慢だった。

 不意に、光の射す方向にふっと目をやる、4頭立てで黒塗りの馬車が近づいて来るのがハッキリとジャンの目に写った。


「伯父さん来たよ!」見たことの無い馬車を見てそれだと気づいた。


「そう……」アンは影の在る笑顔を浮かべた。ジャンは気づかなかったが……







 道に飛び出して来た少年に驚き、御者は思わず手綱を引いた。グリーンの瞳を輝かせながら駆け寄って来る少年を指し座席に座る男が言った。



「軍曹、あの子が今回の移送任務の対象者だ」重々しく言うと、ファンジオは馬車のドアを開け石畳の上に降り立った。 


「伯父さん、おはよう!これに乗って行くの!?」やや興奮した様子でファンジオに聞いた。


「ああ、ブレンダー少将が東方面第三師団の指令官に口添えしてくれてね、借りて来たんだ」


「グラン、様様だね!」ジャンの軽口にファンジオが笑った。


 まじりっけの無い艶の在る黒に染められた四頭立てのキャリッジは、鈍く輝く銀でさり気なく装飾され、大径のワイヤースポークのゴム巻き車輪がピカピカと光り、車軸懸架にはリーフのサスペンションが備えてあった。


 ジャンは馬車を舐める様に見回すと、驚いた顔をファンジオに見せる。


「これ、マイ・インバッハなの!!?」チューリップを模ったエンブレムを指した。


 ジャンが驚くのも当然だった。マイ・インバッハは、非武装国境地帯を挟んで睨み合うアーリア国の超高級コーチビルダーだ。イグノスに販売代理店は無いし、そもそもマイ・インバッハは一般に販売される事はない。購入出来るのはアーリア国政府の位の高い一部の人間だけ。稀に友好国に進呈されるぐらいだ。少なくともイグノスは友好国では無い。


「ご名答、凄いだろ!」ファンジオが自慢げに言った。


「凄い!」素直に頷く。


「イグノスにも、ロイズスやディムラルの高級ビルダーが在るが、堅牢さと走破性はマイ・インバッハが世界一だからな」車体を軽く撫でながらファンジオが言った。


「何でこれがイグノスにあるの?」もっともな疑問だ。


「去年、非武装国境地帯でちょっとした戦闘が有った時、拿捕した物らしい。お偉いさんが来ていたんだな--公に使う事も出来ないし、捨てるのもアレだから、師団の車庫に眠っていたんだ。好きな車体を使って良いってそこの運輸部長の少佐が言ってくれて--遠慮無く。って訳さ」ファンジオは得意げに言った。


「中も見るか?」銀のドアノブに手を掛け言う。


「もちろん!」二度頷くと、空けられたドアから車内を見回す。


 車内を一瞥してジャンは目を奪われた。ハニーブラウンの張りの有る革シートはダイヤモンド形のキルティングが施され、金糸のステッチは歪みなく並んでいた。足元は一枚物の黒いヌバックが敷いてあった。内張りはシートと同じ仕上げが成され、窓枠などの金属部分は全て銀である事がジャンにも分かった。マホガニーで作られた肘掛や、サイドボードの色合いが美しく、ハニーブラウンの内装に絶妙なアクセントを加えていた。


「完璧だね……」ホーっとした様子でジャンが呟く。


「ああ、悔しいがこのカテゴリーじゃアーリア国の方が数段上だ」革の感触を味わいながらファンジオが言った。


「カッコイイじゃない、これで行くの?」家から出てきたアンが聞いた。


「うん!」笑みを浮かべ、アンを見上げる。


「ジャン!」


 振り向くと、少し離れた自宅の前にジャンを呼ぶダンとケビンの姿が有った。ジャンが二人に駆け寄ると、三人は更に少し馬車から離れた。


「来てくれたんだ」ジャンが言う。


「当然!昨日言っただろ」ダンが笑顔で言った。


「親友の門出だもんね」ジャンの肩を軽く小突きケビンが言った。


「あ--」二人を前に息が詰り言葉が上手くでてこない。


「それで?クインと、どうなった?」ダンは朝からそれで頭が一杯だ。


「親友の初体験だもんね」ケビンの頭の中も同じ様なものだ。


「えっと--入れられた……舌--」全てを言い終える前に二人に遮られた。


『えぇ-!!!!!』ダンとケビンが口を揃え美しく重奏し、三人を静寂が覆った。


「入れたんじゃ無くて、入れられたのか!?しかもジャンが下!!」鼻息も荒く唐突にダンが言った。


「いつの間にそんな高等なテクを実に着けたんだ……」ダンの顔から余裕が消えた。


「うん--そうかな……?」二人は確実に誤解している、そう思った。しかし今更アレの事まったく知りませんなんて格好の悪いこと口が裂けても言えない。立つ鳥後を濁さず。ジャンは唇をかみ締めた。


「さすが--だね……」言葉を失っていたケビンが、言葉を思い出しながら言った。


「まったくだ--さすが契約者士官に成る男……」ダンが尊敬の眼差しでジャンを見つめる。

 二人の脳内では、寝そべったジャンに上から冷たい眼をジャンに向け、重なるクインが浮かんでいた。


「他の皆には内緒だからね」ジャンが釘を刺す。

 二人がどんな想像をしているのか分からないが、ろくな物じゃ無いのは確実。こんな噂が広まれば、次にクインに会った時何を言われるか分かった物じゃない。へたをすればアレの続きが無くなってしまう……そう思った。


「分かった」ダンが真面目な顔をした。ケビンも横で頷いている。



「ジャンそろそろ出発だ!」ファンジオがジャンを呼んだ。


「うん、今行く」後ろを振り返り馬車の横に立つファンジオに返す。


「出発だって--行くね」少しトーンの落ちた声が口から出た。


「そうだ!これ!」ケビンがポケットから包みを出しジャンに渡した。


「俺達からの餞別だ」ダンが言う。


「ありがと」中を見ようとすると、ダンが後で見ろと征した。


「それじゃ行くね--さよなら……」ジャンが言った。


「ばか!こういう時はそうじゃないだろ!」ダンが真面目な顔を見せる。


「どうするの?」


「--ま・た・な--そう言うんだ……」ダンはそう答えるとニカっと笑い、拳を前に突き出した。


「そうそう!」ケビンも揃ってダンの拳の横に自分の拳を添えた。


 ジャンは自分の拳を二人のそれにコツンと合わせると二人の目を静かに見つめた……

「じゃ--またな」少しの間を空けジャンが呟く様言った。


「ああ、またな」ダンが返す。


「約束だよ、また……」ケビンが涙目になっていた。





 この朝が、三人が揃って顔を合わせた最後の日に成る事を三人はまだ知らない……


 ケビンは次の年の夏、ロニア人の両親と共に彼らの約束の地に向け旅立った。早くに結婚し三人の娘の父親にケビンが成った事をジャンが聞くのはまだずっと後の事だ。


 ダンは宣言通り、三年後クルックの国立士官学校に主席で入学した。教師のウケも良く、推薦を受けリリステルの王立士官学校への編入も現実に成る直前にそれは起きた。

 級友が食堂で起こした些細な喧嘩の仲介に入った時、相手方の男が威嚇に放った弾丸を胸にうけ、その場に倒れ、再び立ち上がる事はなかった……



 

 三人は再度、拳を強くぶつけた。ジャンはそれが終わると二人に背を向け馬車に駆けて行った。馬車の傍に立つアンと抱き合うと馬車に乗り込み、車窓から体を乗り出し二人に手を振った--三人は互いが見えなく成ってもそれを止める事はしようとしなかった。


 青春の終わりを惜しむかのように………






 


 

別れの部分は好きな映画を参考にしました。

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