アレに向かって
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「それより、クインの所に行ったのか?」ダンが唐突に言った。
「クイン? 行って無い。なんで?」ジャンが首を振った。
「馬鹿だなお前、契約者で士官になるんだぞ! 今がチャンスだろ、女はそういうのに弱い!しかも明日出発なら尚更さ!」
「そおかな?」ジャンが顔をしかめる。
クインは同じ学校に通う女の子でジャン達より一つ年上だった。蜂蜜色の綺麗な髪をアップにまとめ、大きい切れ長の目が、一層彼女を大人びさせた。ジャンは彼女が微笑む時に見せる目――元の冷たい目が優しく下がる様子が堪らなく好きだった。クインは学校で一番のアイドルだったがダンとケビンの好みじゃ無いらしく、三人の中ではジャンだけがクインに憧れを抱いていた。
「ったり前だよ!あいつ等は理屈じゃ無い、感情だけで生きているんだ! 最近まで何時でも手玉に取れる存在だったお前が、契約者でしかも士官! あいつにしたら急に遠い存在になる。そして唐突な別れ、クインの琴線にばっちり触れる!」偏見に満ちた、物言いがダンの口から飛び出す。
「えー! そんな事あるの!?」ジャンが疑り深い様子を見せた。
「そうだって!なあ、ケビン! 今夜行ったら絶対出来るよな!」ダンの顔がイヤらしく笑う。
「うん! 絶対出来るよ!」ケビンもゆがんだ笑みを見せた。
「出来るって何が?」ジャンが少し身を乗り出した。
「アレに決まってるだろ!」ダンが言う。
「アレって?」ジャンは鈍い。
「入れる奴だよ」ケビンが興奮した様子を見せた。
「何を?」いや、それ自体をジャンは詳しく知らなかった。
「アレに決まってるだろ!! 他に何入れるんだ!」
「ああ――あれね――やっぱり!」思いっきり、知ったかぶった。
「ったく、鈍いな」ダンが呆れた様に吐いた。
ジャンはその手の事にかなり疎かった。母子家庭で育った故に、家にはコレと言った資料も無く、友達とそういう会話になった時も良く分からず適当に聞き流していた。女の子は好きだったが、性欲の対象として彼女達を見るには、ジャンは余りに幼く、発展途上だった。
「でも、そんなに上手いこといくかな?」言葉を無難に選び二人に問うた。
「大丈夫だって、女はそういう欲が強い!」ダンが言いきった。
「そうさ! 今日捨てなきゃ、いつ捨てるんだ!」ケビンの声が力強く後押しする。
「そうだね……」何を捨てればいいのか分からなかったが、場の雰囲気に圧され言う。
「よし! 心が決まったなら行ってこい! 明日の朝見送りに行くから、その時に顛末を教えてくれよな!」トビっきりのイヤらしい顔でダンがジャンの背中を押した。
「聞かせろよ!」ケビンがダンに続いた。
「お――おう!」ジャンは拳を握り、勇んだ様子を二人に見せた。
二人と別れ、ジャンは元来た道を戻った。石畳の道に出ると、家と反対の方向へ歩き出す。辺りを彷徨う空気が冷たく、ジャンを心細くさせた。
(アレってなんだろ? やっぱオッパイの事かな? でもそしたら入れるって――なにを?)
考えを巡らせ足早に道を歩く。さっき巻いておいた煙草に火を点けると煙を連れて薄暗い闇を駆け抜けた。アレに向かって……
(やっぱ素直にクインに聞くしかないかな――クイン年上だしアレの事も知ってるよね)
少し歩き、通りに面した一軒の家の前で立ち止まった。レンガを漆喰で白く染めた小奇麗な家の正面を一目見渡すと家の脇に回った。庭の向こうに見える部屋の一つに明かりが灯っていた。それがクインの部屋である事はこの付近の男の子にとっては常識だった。
生垣をひょいっと飛び越え、芝の上を小走りに明かりの見える方に走る。背伸びして、窓から中の様子を伺うとクインの後ろ姿が見えた。小さい暖炉の前で寝そべって分厚い本をめくっていた。蜂蜜色の髪が暖炉の火に反射してキラキラと輝いていて、薄明かりの中のクインが一層神秘的に見えた。
ジャンは一瞬躊躇したが、二人の言葉に後押しされた様に、窓のガラスを優しく叩いた。
ジャンがガラスを叩いてから少し間が空いた--ジャンには一生に思える程長い一瞬が過ぎ、クインがガラス越しに現れた。白い部屋着のワンピースの上にネイビーブルーのカーディガンを羽織っていて、学校では見ることの無い雰囲気にジャンの心臓は宴を挙げていた。
「あら、ジャン珍しい。怪我したって聞いたけど。初めてよね?家にくるなんて。こんな時間にどうしたの?」白々しくクインが言った。ジャンにはクインの冷たい目が一瞬優しく微笑んだ気がした。
「う--うん。明日町を離れるんだ。今までダン達と一緒に居たんだ。帰り道にたまたま明かりが灯いていたから……」ちょっと見栄を張った。
「へえ、お別れを言いに来てくれたの?それだけ?」冷静な物言いのクインの冷たい目がジャンに刺さる。
「えっと--それだけじゃない……けど」ジャンの顔が赤い。
「ふーん--まあいいわ、せっかくだから休んでいきなさいよ。寒いでしょ外は」罠に掛かった小鹿を見る様な目--クインの瞳がジャンを襲う。
「あ、ありがと」ジャンは窓枠に手を掛けると、グッと身を引き上げ部屋に入った。
「ここに座るといいわ、暖かいわよ」クインは暖炉から明らかに離れたベットに腰掛けると、隣に来る様ジャンに促した。
「うん」様子がオカシイと思いつつ従う。ジャンがクインの横に腰掛けるとクインはジャンに触れる様体をずらし、ジャンの顔を除いた。
「それで、何所に行くの?」
「リリステルの士官学校……」クインの白い、艶々とした顔が近づき、ジャンの心臓は宴からカーニバルに移項した。
「凄いじゃない!!」クインが声を上げた。
だが、クインは王立士官学校を知っていたわけではない。リリステルという大都市と士官学校の響きに反応しただけだ。
「っそ、そうかな?」クインの濃いブルーの瞳が輝く様は堪らなく魅力的だ。
「それで私に話しって?」何かを期待する目がジャンに向けられた。
「え?」唐突に振られてジャンの機能が停止しかけた。
「えっと実は……」必死に立て直し、今夜の目的を告げようとする。
「分かってる--」ジャンが全てを言う前にクインの指がジャンの唇を止めた。
「??」滑らかな指を口先に当てられ、発する事が出来なくなった。
「私も同じ気持ちよ--」もうジャンはクインの目を見る事すら出来なかった。
数秒が経ち、ジャンの顔にクインが近づいて来た。指とは違う感触がジャンの唇に走る。思わずジャンは目を閉じた。
暖かく、柔らかいクインの唇がジャンのそれを覆った。ジャンはクインから香る石鹸の良い匂いと柔らかい唇に感じた事の無い感情が姿を現した事を悟った。
そして唇を重ねたまま一時が経ち、意識が怪しくなった時、不意にジャンは口の中にヌルヌルとした異物が入って来る感触を感じ、すぐに目を見開いた。
ジャンの前には長いまつ毛と、目を閉じて自分に口付けするクインの姿が在った。そしてジャンは自分の口の中を暴れ回る異物がクインの舌だと気づいた。
(入れるって舌の事か!!)ジャンは激しく勘違いした。そして不意に思い出した。
(アレの時はオッパイを触るんだよね……)中途半端な知識を元にクインの胸元にワンピースの上から手を当てた。布切れの向こうに在る柔らかい何かが、ジャンの手の平いっぱいに広がった。
クインの舌に負けない様ジャンがクインの中に入った瞬間、クインは不意に唇を離した。。
「触りたいの?」クインの冷たい目が恥ずかしそうにジャンを見つめた。
「え--!?」ジャンは急に恥ずかしくなり俯いた。手は離れなかったが……
「そう……」何かを決心した様にクインが言った。
クインはネイビーブルーのカーディガンを脱ぐと、ワンピースの胸元のボタンを開け始めた。それの合間からクインのまだ膨らみきってない、白い胸とピンク色の頂点、肌触りの良さそうなお腹がチラリと見えた。そして彼女はジャンの手を取るとその隙間から、自分の胸にジャンの手を当て、その上から自分の手を重ねた。
クインの心臓の鼓動がジャンの手の平に柔らかい感触と共に伝わり、それからすぐにジャンはクインの唇を求めた。
ジャンはクインの中に入っていった。極めの細かいクインの肌と、少し硬くなったそれの頂点を優しく触る。それの頂点をジャンの手が触れる度、重ねた唇からクインの声に為らない吐息がジャンの耳にも届いた。
クインは自分の胸を触るジャンの手に重ねていた手を放すと、ジャンの服の合間から手を入れ、腹部を優しく撫でた。
暫くの間、互いに唾液を求め合い、舌が粘膜の中を交差した。
不意にクインの唇がジャンから離れ、クインがジャンを上目使いに覗いた。二人の口の間に滴る唾液が、一層卑猥な様子を引き立たせた。
クインの潤んだ瞳がジャンを見つめた。それを見たジャンはトンでもない勘違いをした。
(終わった! 僕はアレをやり遂げたんだ!)悶々とした満足感にジャンは包まれた。
「どうする--?したい?」頬を赤く染めたクインがジャンの太ももに手を当て、恥ずかしそうに言った。
「明日早いし、もう帰るよ」これ以上したら唇が無くなる!ジャンは思った。
「そう--続きは又今度ね……」クインが残念そうに言った。少し落ち込んだクインの様子がジャンにも分かった。
続きって何!!??今までのが全てだと思い込んでいたジャンは、それが口に出にかかったが、男としてのプライドが邪魔をした。
「そうだね、続きは又……」そう言うしか道は無かった。アレの全てを素直に二人に聞いておけばよかったとジャンは本気で思った。
「それじゃ--また」ジャンが庭に出るとクインが窓越しに言った。
「約束よ!」クインの冷たい目が優しくジャンを包む。
「うん」そう言うと二人はお互いの唇を再び求め合った。ジャンはもう一度クインの胸を触りたかったがジャンの立ち位置がそれを許さなかった。
「私卒業したら、リリステルに行く! それまで待てる……?」クインの顔が見たことが無い位、けなげにジャンに訴え掛ける様だった。
「もちろん!」精一杯強がる。本当は今すぐアレの続きをしたかった。
「よかった--」クインが見たことが無い位の笑顔をジャンに見せた。
「じゃ、行くね」
ジャンは庭を横切り、再び石畳の道に立った。何度も振り返りクインの部屋を見た。クインは窓を開けたまま、寂しそうな笑顔をジャンに送っていた。
ジャンはクインの顔を見ながら後悔の念で一杯になっていた。彼がこれ程後悔したのは、後にも先にもこの夜だけだろう。
何でクインに素直に何も知らないと言えなかったのか--何でもっと知識を蓄えておかなかったのか、自分の不勉強を呪い、二度と過ちは繰り返さないと心に誓った……