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ジャンの物語  作者: N・クロワー
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夜道を駆けて

ご覧頂き有難うございます。誤字、脱字、感想などご指摘を頂ければ至らぬ作者の糧になりますので宜しくお願い致します。





「そういえば、さっき何て言ってたの?」


 ジャンはモルから視線をファンジオに移した。


「さっき?詠唱の事かい?」


「あれが詠唱?僕が知ってるのと違うな……」

 ジャンは不思議そうな顔をした。


「君が知ってるのって?」


「古の契約を果たし地獄の炎を――とか、我汝に命ずる盟約に基づき――とか、そう言うやつだよ。グロス島戦記とか、テンペス騎士団の栄光とか!!」

 ジャンは得意気な顔でファンジオを見た。


「何の事なんだ?」

 全く理解出来ないという顔で、ファンジオはアンに目をやった。


 アンはクスクスと笑いながら答えた。

「芝居よ、最近流行ってるの。青年契約者が活躍する冒険活劇っぽいのが」

 ジャンはその通りと頷いて見せた。


「それは、その本の作者がよっぽど契約術を知らないか、契約術を勘違いしているんだよ」


「どういう事?」

 ジャンは新しい知識に待ちきれない様子だ。


「さっき精霊は言葉に反応するって言っただろ?」


「うん」


「正確に言うと言葉の意味に反応する訳じゃ無いんだ」


「だとしたら、何に反応するの?」


「音だよ」


「音?」

 ジャンは眉を寄せた。


「そうだ、言葉の意味じゃなく音に精霊は反応するんだ」


「それなら声じゃなくて、笛とか太鼓でもいいんじゃない?」唇を尖らせ、剥きになって答えた。


 格好の良い詠唱--子供達が憧れる契約者像だ。無論ジャンもその一人。


「ああ、そうだ。ジャンだって精霊書は見るだろう?」


 ジャンは首を横に振った。観たこと無い、といった顔にファンジオは見えた。


 ファンジオは思わずアンの方を見て、声を荒げた。

「アン、この家に精霊書は無いのか!?」


「あるわよ!精霊書ぐらい。ジャンはまだ12よ、読む訳ないわ」


「学校の授業で使うだろ?」


「兄さんの子供の頃と違うのよ。パゴスの進化精霊論が発表されてから、精霊書を使った授業にうるさい親達もいるの」また面倒な方向に向かい始めたとアンは思った。


「あんなエセ論文でか?」

 ファンジオが大袈裟に驚いたようだった。


「親達の意見も理に適っているようにも思うけど」張り合う様にアンは肩を窄めた。


「理に適うだって?あんな反証も出来ない論文を理由に精霊書を教えないなんて、この国の教育は破綻したのか!?」ファンジオは興奮した様子だった。


「破綻なんかして無いわ。先生も親達も立派な人ばかりよ」


「何が立派なんだ!クリフや精霊書を否定して奴らは何がしたいんだ!」

 ファンジオは苦々しい顔で机を拳で叩いた。


「自分の考えに反するからと言って他の人を否定しないで。大体、兄さんは軍人でしかも契約者よ。政治や教育に意見を言える立場じゃないわ」アンは眉を吊り上げきつい口調を見せた。


「………そうだったな」ファンジオは肩を落とすと目の横を押さえ少し俯いた。


「ゴメンなさい……そういうつもりじゃ無かったのよ……」そう言うとアンは強がっていた顔を曇らせた。


 ファンジオは小さくなり顔を俯けたままだった。


「何の話?」ジャンがアンを見上げて唐突に声を上げた。


「何でもない、ただの兄弟喧嘩よ……」ジャンにはアンの声が少し上擦って聞こえた。


「そうなの?」ジャンがファンジオの顔を覗き込んだ。


「ああ、そうだよ、ジャンは気にしなくていい」


「それで?」


「ん……ああ」

 ファンジオは顔を上げアンの方を見た。やや暗い表情をしていたが、アンは目が合うと微笑んでみせた。


「アン、精霊書を持ってきてくれ」


「旧約?それとも新約?」


「両方在るのか!?」


「いけない?」


「それは……」彼は何か言おうとしたが、言葉を詰まらせた。


「この地方は50年前までロニア人達の土地よ、まだ旧契約派の人達も村にいるわ。この家に両方在る事が不思議かしら?」アンは澄ました顔で平然と答えた。


「ロニア人の土地だって?彼らはただ、中央政府の目の届かない所に勝手に住んでただけだ!」


「兄さん!」アンの口調が強くなった。


「ああ、すまない……新約を取ってくれ」

 ファンジオは議論する事を諦めた。


「えーっと、何処だったかしら?」

 置き場所を忘れ、探し回る妹を見て彼は首を横に振った。


「あった!こんな所に置いたかしら?」

 アンは首を傾けながら、テーブルに分厚い金属の塊の様な本を置いた。外装は、金や銀で装飾され、様々なイコンが鏤められていた。


「なんだ親父のじゃないか」驚いた様にファンジオが言った。


「そうよ、家を出る時貰ったの」そう言うと埃を息で吹き飛ばして見せた。


「ジャン!」

 ファンジオが本を指差した。ジャンはファンジオの指の先にある本を覗き込んだ。


『精霊新契約書』

 そう書かれた金のエンブレムが見えた。

 契約書の内容は精霊殿で見聞きした事はあったが、ジャンが自宅でそれを見るのは初めてだった。


「この絵を見てご覧」ファンジオはイコンの一つを指した。


「これ?」ジャンは右端のイコンを指しファンジオを見た。


「ああ、クリフが小竜の横で笛を吹いているだろう」


「うん」


「小竜の笛って言われるものだ。マネの福音書にも書いてある。クリフは小竜の言葉を聞き、この笛を造ったらしい」


「どんな音?」


「いや、音は聞こえない」


「何それ?」ジャンが顔を顰めぶっきらぼうに言った。


「精霊にしか聞こえないんだ。ト・ランス、そうマネの福音書には書いてある」


「精霊だけ?……どう言う意味?」


「それは分からない。精霊書や他のどの福音書にも書いてないからね」ファンジオは首を振った。


「クリフはこれで精霊を操ったの?」


「福音書にはそう書いてある。クリフが声を使い精霊を操るのは、復活した後だ」


「ふーん」ジャンが不思議そうな表情をした。


「じゃあロニア人の祖、バビロも笛を使ったの?バビロの方がずっと昔の契約者だったんでしょ?」

 ファンジオは意外なジャンの質問に驚いた様子だった。


「バビロか、確かに精霊旧契約書によれば、バビロはクリフが生まれる300年前に契約者になっているな。だがバビロは契約の丘で出会った小竜は、笛の事はバビロに何も言ってない」


「なんでかな?」ジャンが首を捻った。


「小竜が必ず精霊の事を知っている訳じゃないんだ。今の暦が始まってから1800年、この間に生まれた小竜は記録されているだけでも28体だ。バビロからの記録を辿れば30を超える。それでも精霊の事を話したのは、クリフとバビロの小竜を合わせても3体だけだ」


「ふ~ん」ジャンは納得いかない様子だった。


「じゃあ今いる小竜達は?」


「ああ、今世界には3体の小竜が確認されているが、どれも精霊について語ったという情報は無い」


「そっか--」腑に落ちない。ジャンは思ったが、納得した様子を二人に見せた。


「ジャンもう寝なさい、明日は早いのよ」

 ファンジオが話し終えるのを見計らった様にアンは言った。


「そうだな、もう寝た方がいい、明日早く出発だからな」

 ファンジオが後に続いた。


「ちぇ、わかったよ」ジャンは渋々寝ることにした。











 布団に再び潜り込んでは見たが、睡魔はどこかに行ってしまったようだ。


(眠れそうにないや……)天井を見ながら思う。


(明日出発かぁ……皆、僕がいきなり居なくなったらどう思うかな――?)


(……やっぱ、ダンとケビンには言っておいた方がいいよね--)


 思い立つとすぐ、部屋着の上に紺のジャケットを羽織り、部屋の窓に向かった。


 音を立てない様にそっと窓を開ける。外から吹き込む冷たい風がジャンの頬を通り抜けた。ジャンは身震いするとジャケットの襟を立て、窓枠に足を掛け、ふっと息を止め一気に窓枠の上に両足で立った。


 寝静まった暗闇の中に点々と街灯の明かりが見える。不規則に並ぶ街灯が街の形を現していた。


 ジャンは深く息を吸い込み、目を凝らし、それを目に焼き付けた。


『もう戻って来れないかもしれない』ジャンは本能的に感じた。

 ジャン自身はそんな事考えても居なかったが、村を形どる街灯の光が――それがジャンにそう訴えている様だった。


 窓から身を乗り出し、窓枠に手を掛けるとブラっと窓枠にぶら下がった。下を見ずに窓枠から手を離す。一瞬中に浮く感覚があり、すぐに地面の土の感触が足に伝わり、全身をクッションの用に使い、落下の衝撃を逃がした。


 無事、家の脇の路地に立ったジャンは自分の部屋を一瞥すると、通りに向かって歩いた。


 石畳の通りに出ると、家々の灯りは消え、街頭だけが街を照らしていた。


 ジャンは上着のポケットからマッチ箱を取り出すと、中から吸いかけの両切り煙草を取り出し銜えた。靴底でマッチを擦ると、火を囲う様に手で覆い、煙草に火を付ける。


 スパスパと吹かしながら街灯の下を歩く。人通りは無く、静寂と冷たい大気だけがジャンとすれ違った。


 5分も歩いただろうか、ジャンは目的の家の前に立った。


 裏手に回り、ダンの部屋に目をやる。灯りは付いていない。


 ジャンは吸っていた煙草の火種を揉み落とすと、銀色の小箱に、残った煙草の葉だけを揉み解し入れた。


 窓に近づき、中に目を凝らす。


(居ないみたいだ――って事はあそこか……)


 再び、通りに戻り歩きだす。少し進むとわき道に逸れ、石畳の道が土に変わった。草の匂いがする方向にジャンは足を進めた。村を囲う街灯を通り過ぎ、石造りの橋が暗がりに見えてくる。


(いたいた、やっぱりね)


 ジャンは橋の脇で光る、小さい赤い光を目に留めると足を速めた。


「よう! もう大丈夫なのか?」ダンが小走りで近づくジャンに、煙草をくゆらせながら聞いた。


「問題ないさ!ほら」ジャンは右手の傷を自慢げに見せる。


「ホントだ!くっついてる!!」ケビンが目を丸くし、不思議にジャンの腕を見ながら言った。


「それより、紙もってる? 無くなったんだ」到着一番、ジャンが言う。


「あるよ――ほら」ケビンがジャンにシガーペーパーを渡した。


 ジャンは貰った紙に、銀の小箱から煙草を摘み入れるとクルクルと巻き、端を唇で濡らし閉じた。

 

 ジャンが、作った煙草を銜えると、ダンが顔ごと煙草をジャンの煙草に近づけた。ジャンはダンの煙草の先に自分の煙草の先を付けると軽く吹かし火を移した。


「それで?どうするんだ?」煙草を吹かすジャンを横目にダンが聞いた。


「ふふん――」ジャンが目を輝かせ意味深な顔を見せる。


「決まったの?やっぱりアルノー?」彼は父親からトリル州の契約者が辿る数奇な運命を一部聞いていた。

 ケビンが不安げな顔を見せる。


「違う――リリステルさ!」ジャンはニカっと笑うと笑顔を二人に見せた。


「リリステル? あそこに契約者訓練場は無いだろ」


「そうなの?」ジャンが聞いた。


「そうなのって、訓練場じゃなきゃ、刑務所でも行くのか?」ダンが真面目な顔をした。


「違うよ、士官学校さ――」言うとジャンはわざと俯き、煙を吐いた。


「士官学校!?しかもリリステルの!!」ケビンにはその言葉が信じられなかった。ダンもそうだろう、理解していないのはジャン自身――だけだ。


 イグノス連合王国には、20を超える仕官学校が有るがリリステルを除いては殆どが州立、国立は4つだけ、王立に至ってはイグノスに有るだけだ。

リリステル王立士官学校は名の如く王の私財で賄われる私立の士官学校で、今こそ王は運営から離れたが最大のスポンサーで有る事に変わりは無い。元々は近衛師団の将校を育成する為に出来た学校で、入学出来るのは一握りのエリートだけ、王の手を離れた今もそのことに変わりは無い。通常、入学するには各、国軍幼年学校で優秀な成績を収めた者か、他の士官学校から優秀さを3人以上の教師から認められ推薦に拠って編入するかの二つしかない。しかも入学出来るのは、早くても15歳からだ。ジャンが入学するには異様な場所に違いは無い。


「そうだよ。変かな?」ジャンが不安そうな顔をした。


「変って――なあ?」ダンがケビンに同意を求める。


「王立士官学校の中に契約者訓練場があるのかな?」ケビンが考えを廻らせた。


「なんか、契約者学部ってのがあるらしいよ」


「へえ、初めて聞くな」ダンが言った。


「でも、士官学校に行くんだから、ジャン士官になるんだよね?」ケビンが羨望の眼差しを向ける。


「だな。卒業したら少尉様だ!! ジャンが出世頭か――俺も負けられないな」


「ダンも士官志望だもんね!」ジャンが微笑む。


「ああ、リリステルは無理でもクルックの国立士官学校には受かりたいな」ダンが真剣な顔をした。


「ダンなら楽勝だよ」


「そうそう」ケビンの言葉にジャンも乗っかった。


「俺もそう思う!」ダンが満面の笑みを浮かべ二人を見た。


 三人は同時に噴出し、暗闇の中の石橋に、三人の笑い声が響いた。


 ジャンは新しい煙草を巻くと銜え、橋の欄干に背を預けると二人を眺め微笑んだ。





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