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ジャンの物語  作者: N・クロワー
32/32

成長

 ご覧頂有難うございます。連載を始めて一ヶ月経ちました。ストーリーを進めたい気持ちが強く、小説を書いているつもりが出来たのは台本でした。暫くは今まで投稿した分の修正を優先したいと思います。更新速度が少し遅くなりますが宜しくお願い致します。



 『新兵訓練』(ブートキャンプ)はジャンを廃人寸前まで追い込む程に過酷だったが、無事折り返し地点の3週間が過ぎた。行軍、ランニング、筋トレの他に射撃訓練も加わり、ジャンも何とか一人で20回の腕立てを出来るまで成長していた。ただ夕飯に在り付けた事は今だ無かった、ジャンがバードマンの力で腕立てを終え、訓練終了の声を聞く頃は、食堂の営業時間を終えていた。それでもジャンは何時も灯りの無い食堂まで走り、途方に暮れる毎日を繰り返していた。




 教練軍曹の朝は早い、訓練生の起床時間より1時間は早く起き、訓練の準備を始める。就寝も遅く、報告書を書き終えると次の日の訓練計画書を纏め、ベットに入るの頃は日付を超えている。訓練生を受け持つ間の平均睡眠時間は4時間程しかない。しかも訓練生と共に走る事など当たり前で、体力的にも精神的にも過酷な仕事だ。軍人としてのプライドと責務が彼らを仕事に向わせる。


バードマンは特別に割り当てられた、一人部屋で仰向けのまま鋭い瞳を開けた。 小さい机とベットぐらいしか家具は置かれて居なかったが、バードマンは自分に対する待遇が悪いと少しも思ってなかった。通常、軍曹でしかない下士官の彼に与えられるのは良くて2人部屋だ。元来士官候補の新兵訓練は、士官学校を出て実務経験を数年詰んだ2種の少尉が受け持つ事が殆どだ。バードマンは元々連隊付きの教練軍曹で在り、受け持つ訓練生は入営したての二等兵だ。旧知のグルップに頼まれ、士官候補新兵訓練の教練軍曹を引き受けていた。


「さて」ベットから起き上がると、ハンガーに掛けた白色のカッターシャツを羽織った。グルップに頼まれ渋々来たものの、意外に面白い毎日に彼は久しぶりの充実感に満ちていた。受け持つ訓練生はまだ毛も生えて居ない少年一人、『あれ(ジル・ウォーカ)』の息子とは言え一体何がグルップの様な男まで動かしたのか?任務を引き受けた時は怪訝に思った。しかも少年一人の為に訓練所の3分の1を占有して、給仕にまで緘口令を敷く。極秘に進められる新兵の受け入れ準備は異様な様子だった。だが実際に来た訓練生を見てバードマンは納得し全てを悟った。『あれ(ジル・ウォーカー)』の息子でイグノスで始めての少年精霊契約者、しかも『A』の文字を名前に刻む『それ』(ジャン)を自分に託したのは元上官で在り、現在は王として名を馳せるウィストン・アーサーその人で有るという事はグルップが語らずとも直に理解出来る事だった。「時間か……」机に置かれた時計をズボンのポケットに突っ込むと濃紺の上着を掴み扉を開けた。



 ザクザクとブーツで土を踏みしめる音が寝ているジャンの耳に聞こえた。バートマン愛用の足首までを覆う茶色い登山ブーツに似たそれは、靴底の素材が独特なのか少年には聞いた事の無い独特の足音をさせた。最近それに気付いたジャンはそれを聖者の行進と名付け、目覚まし時計の代わりとしていた。


(きた?)3週間で鍛えられたジャンの聴覚は近づく(バードマン)を素早く感知した。ピクピクと聞き耳を立て、届く独自の音色に耳を澄ませた。上掛けを跳ね飛ばし、ベットから飛び出ると、寝巻きの乱れを正し扉が開くより早く、気をつけの体勢をとった。


「起床!」もはや定番と成った叫び声を上げバードマンが扉を開ける、吊り上がった黒い瞳がジャンを睨んだ。ここ一週間はバードマンが兵舎の扉を開ける前にジャンは直立で彼を迎えており、小さい兵士を見る彼の目は訓練当初のそれとは違って居た。


「お早う御座います! サー!」厳しい訓練の成果が有ったのか見違える程勇ましく成ったジャンが言った。踵を揃えつま先を45度開き、気をつけの体勢で教官を迎えた。寝起きとは思えない眼は、バードマンのそれをキチリと捕らえ曇りの無い目にバードマンは息を呑み一瞬言葉を無くした。


(虎の子はやはり虎か……)「貴様も少しは見れる『クソ』に成ったな! 本日より午後はグルップ中佐殿が受け持つ! 午前は何時も通りだ! 飯を食いクソをしたら兵舎前に装備を整え集合! 「解散!」何かを納得した風にジャンに今まで見せた事の無い顔を少年の瞬く間にすると、何時もと違う予定を口にした。


「はい! サー!」そんな顔も出来るのか――人間らしい瞬間を見せた教官に違和感を感じた。ジャンは日課になった、食堂への全力疾走を息一つ乱さずやり遂げ、クラムチャウダーとクラッカーの簡素な朝食を3人前平らげた。クラッカーを少し残し、深緑の幼年学校の制服のポケットに詰め込むと席を立ち兵舎へ急いだ。ベット脇の籠の中には、動く事を忘れた様にモルが丸まって微かに寝息を立て小さい体を震わせていた。

「ほら、ごはんだよ」クラッカーを細かく砕きジェイミーと名付けたモルの傍に置いた。「お前どれだけ寝れば気が済むんだよ……」口を尖らせ小さい鼠のようなそれを撫でた。「未だ拗ねてるのかよ」入営して3日間、自身の存在を疲れのあまり忘れていたジャンをジェイミーは許す気は無い様だ。

 起きている姿がジャンに想像出来ないほどジェイミーは毎日睡眠を貪り、ジャンはそれの瞳の色の記憶すら怪しくなっていた。




 

「着剣!!」バートマンが射撃を終えたジャンに叫んだ。30ヤード程離れたターゲットには数個の着弾の後が残り、彼は満足そうに頷いてみせた。元々構造を理解していたのか、ジャンは銃の訓練に関してバードマンも舌を巻く程の優秀さを見せつけて居た。熟練と言っても過言では無いその手並みは1分間に5回の射撃を可能にし、しかも30ヤード先の標的に当てる事が出来た。


「!!―-サー!」黒色火薬の硝煙の中ジャンは腰に付けた茶色の鞘から鏡の様に磨き込まれた銃剣を取り出し、銃身の固定装置に付けた。最初20秒かかった銃剣の装着時間は今では4秒程まで短縮出来ていた。


「着剣完了しました! サー」控え銃の体勢を取り、姿勢を正した。スパイク型の銃剣が太陽に反射し、キラキラと瞬いていた。グラウンドには敵兵の軍服を模倣したそれを着せた人形が幾つか2人の眼下に広がり、直に下されるであろう命令をジャンは固唾を呑んで待った。



「突撃!!!」指揮棒を振り、バードマンは20ヤード離れた敵に見立てたワラの案山子(かかし)を指した。


 ジャンはマスケットを構えると叫び声を上げ走り出す。「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」出せる限りの大声で奇声を上げジャンは20ヤードを駆け抜けると案山子にそれ(銃剣)勢い良く突き刺した。ブスリとワラに銃剣の刺さる音が周囲に響く。ジャンはそれ(銃剣)を更に深く突き刺すと右に捻った。


「ちぇすとー!!」ワラ人形の腹を裂いたそれを引き抜き、もう一度喉元に突き刺す。


「そうだ! 敵を見たらすぐに殺せ! 向ってくる敵は勇気の有る敵だ! 先に殺せ! 逃げる敵は意気地の無い敵だ! すぐに殺せ!」


「はい! サー!」今正にジャンはマダーライセンスを得た。


「グズグズするな! 次の(案山子)に掛かれ!」バードマンは一瞬笑みを浮べた。彼なりに生徒の成長を喜んでいた。

「はい! サー!」勇ましく答え次の案山子に駆け出した。




「良いか! まず士官を殺せ! 次に契約者! 契約者士官を見つけたら、真っ先に殺せ!」全ての案山子の腹を裂き、喉を突き刺し終え、控え銃の体勢を取るジャンの前で声を上げる。戦列歩兵が中心の戦場に置いて士官の死はその部隊の崩壊と同義だ。後ろから自軍の士官に殺される事が無くなった招集兵は平気で逃げ出だす。


「はい! サー!」ジャンの成長は著しい。戦士の顔をバードマンに向けキリリとした表情を見せた。


「では、午前の訓練はこれで終了とする! 昼食後、指導教官室に第一種正装(士官用フロックコート)で出頭せよ!」


「はい! サー!」捧げ銃でバードマンに答えた。


「解散!」満足した様に頷くとバードマンは歩き出した。



 ジャンは何時もの様に誰も居ない訓練生食堂で昼食を胃袋に詰め込んだ後、兵舎に戻り三週間ぶりに自身のコートに袖を通した。ほんの少し窮屈に成ったそれのボタンを締めるとベルトを腰に巻いた。エレノアとノアール、二丁のピースメーカーを私物居れの箱から取り出し、ベルトに付けた牛革のホルスターに収めた。最後に膝まで有るロングブーツを履くと、首に赤いリボンをネクタイの様に巻き兵舎の扉を開けた。



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