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ジャンの物語  作者: N・クロワー
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寄り道



 王宮を後にした二人は暫くの間無言で馬車に揺られていた。ファンジオは自宅では無い所を御者に伝えており、ジャンは不思議に思った。


「どこ行くの?」ジャンが聞いた。


「行けば分かるさ」ファンジオはまるでもったいぶる様に言った。


 二人が馬車から降り立ったのは、リリステルの中央から少し離れた大通りだった。灰色の石を敷き詰めた石畳の道の両脇には、個人商店と思われる平屋、高くても二階建て程度の店が立ち並んでいた。人通が多く、もしジャンがメインストリートを見た事が無かったら、それと勘違いしただろう。


「凄い人だね」呆れた風に言った。


「ああ、ここにはデパートは無いが、各種専門店が多いからな」


「デパートじゃダメなの?」ジャンはデパートの食堂が大好きだ。


「ダメじゃないさ、ただ、デパートは広く浅く、専門店は狭く深くって所だ」機嫌良く答えた。ファンジオは自分の下に甥が帰って着た事が嬉しかった。


「マッチ箱から棺桶までって奴?」どこかで見た広告を言ってみた。


「マッコイ商店のキャッチコピーか?」


「それそれ!」リリステルで最も有名な箱物専門店だった。



「付いたぞ」少し先にある平屋の店を指し言った。


「あの、S&Wって書いて有るとこ?」やたらSとWが強調して書いて在る店名を指した。


「ああ、スカッシュ&ウィルキンソン銃砲店だ」


「あそこが!!」まさに聖地に来たとばかりにジャンが叫んだ。


 ジャンは足取りも軽く、ファンジオを引き連れ、駆け出した。



「ファンジオ!」軍服を着た男が駆け出す二人に声を掛けた。


「おお!久しぶりだなウィル、どこ行ってたんだ」驚いた顔で声を掛けてきた男に返した。


「ジャン、先に店に入っていていいぞ」ウィルと呼んだ人物に駆け寄ろうとしたファンジオが言った。


「分かった」当然の様に返す。聖地を前に待てる訳が無かった。




  300インチは有るガラスのショーウィンドウにジャンは釘付けになった。飾られる銃の数々がジャンを誘惑し彼を夢中にさせた。

「こ!これは!コルク・ガバメント!!」最近、王国軍砲兵隊に正式採用されたピストルを見て一人叫んだ。

「そして--ジグ・ザビエル!!」若手士官に人気ナンバー1のそれはジャンが涎を垂らす一品だ。

「初めて見た!ダンとケビン、羨ましがるだろうな……」寂しげに笑い、一人呟いた。




「いらっしゃい--って坊主か、どうしたこんな所に一人で?」店員は一人店に来店した少年を怪訝に見た。

 ゲジゲジの眉を器用に歪めジャンを睨む。喉には横一線に切り傷が有り、ジャンは店員が元兵士だと言う事に気が付いた


「伯父さんが先に入ってろって」ガラス越しのファンジオの後ろ姿を指し言った。


「そう言う事か!」店員は納得したのか、短い黒髪をボリボリと掻きながらジャンに笑顔を見せた。


「見ててもいい?」店員は怖いが、もはや我慢出来なかった。


「いいとも、見るのはタダだしな」目尻の上がった瞳を細め、そう言うと豪快に笑った。


 店内にはホルスターや弾薬入れ、他の雑貨が棚に並び、ガラスケースのカウンター越しには、猟銃や騎兵銃など沢山のストック付きマスケットが掛けられていた。ジャンはそれを一通り見回した後、ガラスケースを除きこんだ。


「これ……」一つのピストルの前でジャンの視線が止まった。


「お、坊主お目が高いな」ジャンの様子に気付いた店員が声を掛けた。


「サンド・イーグル……?」噂でしか聞いた事が無かったが間違いないとジャンは思った。


「ご名答、見たこと有ったのか?」


「初めてだよ、でもこんな大口径のピストルなんてそれしかないでしょ!」興奮して返す。


 サンド・イーグルは『IMIイグノス・ミリタリー・インダストリーズ』が開発した実用性を無視して、威力だけに特化させた大型ピストルで『100口径(25.4ミリ)』と言う規格外の大口径を採用し、しかもパーカッションロックとの無謀な組み合わせの為、マニュアル規定量の炸薬で女子供が発砲すると、『肩が外れる』や『1ヤード後方に吹き飛ばされる』っといった事が発売直後から噂されていた。実際威力は凄まじく、当たりさえすれば一撃で像の脳ミソを吹き飛ばし、装甲馬車のドアをも貫通する事が出来た。正にピストル界の帝王と呼ぶに相応しい代物だ。


「ははは、坊主も好き物だな、持って見るか?」


「いいの?!!!」


「持つのはタダだからな!」言うとケースから出しジャンに渡した。


「すごい!」ずっしりとしたサンド・イーグルをジャンは両手で構える。


「重いだろう?普通の人間じゃサンド・イーグルは扱えない、まあ軍人でも無理だろうな、もともと冗談で作られた様なもんだIMIの創業100周年に100口径だからな」言うとカウンターに灰皿を置き持っていた両切りの煙草に火を点けた。


「そうなんだ」(200周年のはもっと凄そうだな)密かに思った。


「いや……一人居たな」ふと思いだした様に店員が呟いた。


「だれ!?」ゴリラの様な大男を思い浮べた。


「昔、アーリア国との戦争の時、奴らから『連合の赤い奴』って恐れられていた騎兵を知っているか?」


「連合の赤い奴?知らない、何で赤なの?」ジルの二つ名をジャンは知らなかった。馬鹿にした様に返す。


「まあ、坊主の歳じゃ知るわけないか。赤毛の馬を駆り、赤いコートを返り血で更に赤黒く染めた奴をアーリアの兵達は恐怖に駆られそう叫んだ」


「へえ……」それはきっと鬼じゃ無かろうか、っとジャンは思った。


「おれも昔、奴の戦いを見たことが有る、あれはマッドウェイの酷い負け戦の時だ、俺の居た大隊は敵の契約術で戦列を乱され、敗北は決定した様なもんだった、指揮官は引く事を許さず、それでも方陣を組んだまではよかったんだが……」深く煙を吸い込むと一息ついた。


「それで!?」ジャンの食いつきが半端無い。


「その後が問題だった、味方の他の隊が陣形を乱し敗走する中、残った俺達の所に敵が集まり始めた。次第に包囲され、奴らが着剣したのを見た時、俺は自分の死を悟ったね」目を細め、来るべきクライマックスに向け店員が言葉を区切った。ジャンは声を発さずただ店員を固唾を飲む様に見守った。


「その時だ!!」カウンターを拳で叩き吼えた。

「右翼の敵方から叫び声が上がった『連合の赤い奴だ!』一瞬でその場の空気が変わったのが俺にも分かった。俺達の対面居た敵は、目の前の俺達を無視して声の方向に一斉に振り向いた、指揮官さえもな」


「すごい!よっぽど有名だったんだね!」自分に重ねその状況を思い浮べた。


「ああ、俺も当時見た事は無かったが、存在だけは噂で知っていた」


「続きは?」お前の余計な思い出など要らない!と言う様にジャンは貪欲に物語を求めた。


「せかすな、それで俺達は対面に居た敵の背中に、弾丸を叩きこんでやった。そして敵の陣形が崩れたのを見計らい士官が俺達に着剣命令を出した、その時だ!奴を見たのは……近衛の着る赤いコートが見えた、燃える様な赤い馬を駆り、背中にサーベルを4本、首から紐に巻きつけた6丁のピストル、両手の着剣した騎兵銃をまるで槍の様に揮い、単騎で敵の大隊の中央を駆け抜けて俺達の元に来た。そして返り血で赤く染まった顔を拭う事無く、奴は俺達の前で叫んだ」


「何て言ったの!!?」熱に染まる様ジャンの顔が赤みを帯びた。


「奴はこう叫んだ『王国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ』ってな、その言葉にそこに居た全兵士が奮い立った、それからの戦闘で、もはや怖い物なんて何も無かった、俺には敵が七面鳥に見えたよ、きっとあの場に居た仲間全員がそうだと思う。それからはあっと言う間さ、陣形を立て直せない敵が敗走を始め、俺達は命を捨てずに済んだ」


「その言葉聞いた事ある!『崖の上の雲』って芝居のネル提督が訓令するシーンで!」聞き覚えの有るセリフにジャンが食いついた。


「作者の、ジブリ・シーバは俺の戦友だ。奴も戦いに参加していた、まあパクリって奴だな」店員はそう言うと火の消えた煙草を灰皿に押し付け、ショーウィンドウの彼方を細い目で見詰めた……





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