息子
二人は並んで庭園を歩いた。ウィストンはジャンの話す学校での事や友達とのエピソードに声を上げ笑いながら聞いていた。
庭園に在る美しく広がる池の淵で、黒石の作ベンチに座るとウィストンが聞いた。
「さて、私の『子』に成る事に問題は無いか?」
「光栄です。両親もそう言うと思います」無難に返した。
聞いたウィストンが嬉しそうに微笑んだ。
「では、此処で杯を交すとしよう」言うとポケットを漁りだした。
「君は、成れて居ないだろうから少しだけだが」
ウィストンはコートのポケットから小瓶を取り出し、それを飲んだ。精巧に作られたミニチュアボトルの三分の一を飲み干し、ヨード臭の漂うそれをジャンに差し出す。
「少し癖があるが私の故郷の酒だ」
『タリラ』書かれたとラベルを掠め見ると、ジャンは渡されたそれを味わう事無く飲み干した。
「うげっ」あまりの味に思わず咽た。
ウィストンは笑ってそれを見ていた。
「これから私達は親子だ、これはどちらかが死んでも変わらない。君を息子に出来て誇りに思う」
ウィストンは真面目な顔でジャンに言った。
「僕も、嬉しいです。ウィストン王」ジャンは満面の笑みでウィストンに返した。
「そんなに改まって私を呼ぶ事は無い」
「じゃあ、何てお呼びすれば……」(まさかパパは無いよね……)
「まあ、東の国の伝統に乗っ取れば、『オヤジ』辺りが妥当だろうな」ニヤニヤとした顔でジャンを見た。
「……おやじ」小声で言ってみた。
「ん?なんだ?」ウィストンの意地の悪い顔が綻ぶ。
「何でも無いです、オヤジ」何かふっ切れた様子でジャンが叫んだ。
「そうか!息子よ!」何を納得したのかウィストンも壊れ気味だ。
二人はこの調子のまま、元の部屋に帰って行った。部屋ではファンジオが待っており、既に二人が杯を交わした事を聞かされると、さほど驚く事も無く、頷いていた。
「さて、無事に私とジャンは親子と成った訳だが……」ウィストンはソファーにもたれ掛ると王家の印の入った吸い口の付いた煙草を、テーブルに置かれた煙草ケースから取り出し火を点け、続けた。
「ジャンの卒業と任官式なんだが、手筈は如何なっている?」
「いえ、自分はその事に付いて詳しくは聴いて居ません。グラン少将にお任せしています」
「そうか、ではグランに聴いてみよう」そう言うとピセタを呼び寄せ、耳打ちをした。ピセタはそれを聴くと部屋を後にした。
「久しぶりに忙しく成りそうだな」悪戯好きの子供の様な顔で二人に笑って見せた。
「お世話を掛けます」ファンジオは大事に成りそうな予感を感じ、背筋に汗が伝った。
「気にする事は無い、自分の息子の為だからな」機嫌良く煙草を吹かしジャンを見た。
「オヤジ、ありがとう御座います」ジャンは笑って王に言った。
「ジャン……」ファンジオは何か言い掛けたがそれ以上言葉を繋ぐことはしなかった。
「どうしたの?伯父さん」
「いや、何でもない」まさか甥が遠くに行ったようで寂しい、なんて事は口に出来ない。
「陛下そろそろ」ピセタが部屋に戻り、王に小声で言った。
「もうそんな時間なのか、悪いな二人とも。こんな王でも少しは仕事が与えられていてな」王は笑顔でジャン達に言うと立ち上がり、自分の机に向かった。
「ファンジオ、帰りに寄るといい」言うと何か書いた上等な紙をファンジオに渡した。
「お預かりします」ファンジオは王のサインが書かれたそれを大事そうに受け取った。
「ジャン--息子よ、まだ話し足りないが、私の責務を分かってくれるか?」ウィストンが真剣な面持ちでジャンを見据えた。
「分かってます。オヤジ」ジャンはウィストンの言葉を、さも理解してる様笑って見せた。
「では、次合うのは任官式の時だな」
「はい」
「おっと、大事な物を忘れて居た」言うと王は上着の内ポケットから藤色をした宝石箱くらいの小箱を取り出した。
「この日の為に用意していたんだ」嬉しそうにそれをジャンに手渡した。
「これは?」
「あければ分かる」ウィストンは意味深な笑みを浮べた。
『ジャン・リュック・A・ウォーカー』そう彫られた純金の名札が中に納まっていた。
「名前に、『A』を入れるのが習わしでね、勝手だが、ミドルネームの後に入れた。気に要らなかったか?」
ジャンはブンブンと首を振り、満面の笑みでウィストンを見た。
「それは良かった、居急がせた甲斐がある。軍服に良く合うはずだ」ウィストンはそう言うとジャンの頭をポンっと叩き部屋を後にした……