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ジャンの物語  作者: N・クロワー
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王の理由



「少し歩こうか」ウィストンが言った。


「はい」


 ジャンが頷いた事を確認すると、ウィストンはジャンの背に手を回し部屋の前に広がる庭園へと誘った。ジャンがファンジオを横目見ると彼はソファーでピセタと談笑している様だった。



 庭園に出ると、緑一杯に茂る木々がジャンを向かえた。木々の合間から石灰岩で出来た像が幾つか見えた。


「バビロの時代より古い物だよ」像を見つめるジャンに言い、続けた。


「体の調子はどうだい?生活に不具合は?」

 

 ジャンはポケットからモルを取り出し言った。

「コイツが一緒だから、平気です」モルはジャンの手の上で蹲り、心地よさそうに、目を閉じていた。


「ほう、名前は有るのかな?」モルの頭を指でなぞり、ウィストンが言った。


「ジェミーって名です。伯父さんは名付けしない方が良いって言ったけど……」


「良い名だと思う」彼は俯くジャンを励ます様に笑顔を見せた。


「有難うございます」


「本当に……ジル、お父さんにそっくりだな」ウィストンを見上げたジャンの瞳を見詰め言った。


「知っているんですか!?」ジャンが声を上げた。


「もちろん、ジルもブレンダーも君の伯父さんも私の部下だった」


「国王近衛騎馬擲弾兵連隊ですか?」存在は有名だ。


「ああ、ずっと昔に感じる--何の因果か今はこんな立場だがね」言うとウィストンは仰ぐ様に空を見つめた。


「嫌なんですか?王様が」ジャンは思わず発した。


「ん……まあ、人から王と呼ばれる事に悪い気はしない。名ばかりの王だが」


「伯父さんは王様自ら権力を民に渡したって、言っていました」


「そんなに格好の良い物じゃ無い。元々私は生粋の軍人、政治には疎い、親の脛を齧り士官学校を出て地位を築いてきたが、もともとは平民出身、身分格差がどうにも我慢出来なくてな、良かれと思い流行りの民衆議会政治とやらに以降しては見たのだが……現実はそう旨く往かないな。結局は貴族院との二院制になってしまった」



「あの……」


「何だい?」


「これは--伯父さんが王様に直接って……」ジャンは俯きもモジモジとしながらウィストンを見上げた。


「言いたい事が有るなら遠慮はいらないぞ」ジャンの瞳を覗き言った。


「王様は……なんで辞めないんですか?」意を決したジャンが放つ。


「……ん?」言われた事が理解出来ずウィストンは思わず聞き返してしまった。二人の間に気まずい空気が流れ、ジャンは頭の中を整えようと瞳を閉じた。


「もう少し分かりやすく言えるかい?」


「えっと、イグノスに王は必要なんですか?」ジャンが遠慮気味に言う。


「うむ……」俯き加減で頬に手を当てウィストンが考え込んだ。


「それは、私が王で有ることが、現体制のイグノスにとって有意義か?そう言う意味かい?」


「たぶん。そんな感じです」


「政権を離した王に存在意義が無いと君は思うんだね?」


「……」ジャンは答えず俯くだけだった。


「君がいう事も至極当然だ。現にそう言う意見も多い。私とて軍に席を置いた事が無ければそう思っただろう」

 ジャンは軍と王の存在に因果関係を見つけ様と考えた。


「君はイグノスとは何だと思う?」


「連合王国!国です!」あまりに簡単な質問だ、そう思った。


「では、『国』とは何だい?」


 ジャンは少し考え思い付いた事を口に出した。

「街や森--友達!だと思います」


「そうだな」ウィストンが小さく頷き、続けた。


「例えば、君の知るそれらが無くなったら、イグノスは国家では無くなると思うかい?」


「え!いえ--僕の居た街が無くてもイグノスは国だと思います。上手に言えないですけど……」

 ジャンは言うと再び俯き、地面に転がる石を見つめた。


「よく分からない?そうだろ?」ウィストンが足を止めジャンを見た。


「すいません。その通りです」


「誤る事は無い。それが私が王で有る理由なのだから」言うとウィストンは上着のポケットから茶色い革の煙草入れを取り出し、中に在った細い葉巻を摘みだした。先端を落とし火を点けると再び歩きだしだ。


「分からない事、それが理由ですか?」ジャンは葉巻の煙に誘われる様にウィストンの後を追った。


「そう、今の時代に置いて、国家とは良く分からない曖昧な物、観念や理念と言った掴み様が無い物だ。そう言うフワフワした物に普通軍人は命を掛けようとはしない」


「どう言う意味です?」


「兵はすぐに変わる政治理念や国境線、民衆、国の利害関係に本当は自分の命を晒したくは無い」


「そうしたら兵士は何の為に戦うんですか?」ジャンの拳に力が入った。


「色々あるが……」ウィストンが頬を擦り遠くを見る目をジャンに見せた。


「理由がですか?」


「例えば昔、このポート大陸の半分を領土とし、ユーリア圏をも制服しようとした王が居た」


「シン・ギスカーン?」


「良く知っているね、学校では教えないだろう?」


「歴史は好きです。本で見ました」得意げに答えた。


「そうか。では、彼らの戦った理由は知っているかい?」


「えっと、知りません……」


「彼は人生の喜びについて、こう残している。『男の喜びとは、敵を撃滅し、それを駆逐し、その者達の財産を奪い、彼らの親しい人々が嘆き悲しむ様子を眺め、奪った馬を誇り、彼らの女と妻を抱く事に有る』と」


「それが兵達が戦う理由?」


「逆の場合も有るし、時代も関係するが、彼らの時はそうだ。私とて許されるなら、そうしたかもしれない」

 ジャンはウィストンの言葉に発する声を失った。


「しかし今は違う。少なくてもイグノスではな。しかし、確固たるナショナリズムやイデオロギーも無い国の、略奪を許されぬ軍には、それらと同等の戦う理由がいる」


「国の為に戦場に行くのに、戦う理由は別って事ですか?」ジャンの頭脳はオーバーヒート気味だ。


「そう、名誉、仲間、そして信じる物の為だ。彼らにとって、いや私もそうだったが、国とは自分の地位、戦友、そして信念なのだ。街を守り戦っても、負けてしまえば街の人々は敵国の民となり敵に成る。今の様な時代、絶対的に服従できる物が兵達には必要なのだよ」そう言うと、煙を深く吸い込み味わう様口の中で転がした。


「どこの国もそうなんですか?」葉巻の香りがジャンを包んだ。


「いや、例外も沢山ある。例えばリングル国等は共和制になってから随分たつ、そこでは兵は制度に服従し戦う。まあ、そうなる過程で国土と人口の半分以上は失ったが」

 ウィストンはジャンの視線の先が自分の葉巻だと気付くと煙草入れから一本取り出し進めた。ジャンは出てきた部屋の窓に目をやり、ファンジオが居ない事を確認すると小さく頷き受け取った。点けて貰った葉巻の火種を煽る様吹かすと、再びウィストンを見た。


「まあ、実際はイグノスもリングルと変わらないのだが、国軍と王国軍の違いは在る。それがイグノスとリングルの明暗を分けた、私はそう思っている」


「なるほど」ジャンは何となく理解した気分になって頷いた。


「まあ、下々の民にはどうでも良い事だがな」


「そうですか?」


「ユーリア圏のどこの国に属しても、民は自分の生活が変わる事は無い、っと思っているからな」


「そんな訳……」途中まで口にして篭り、ウィストンが王で在る理由をジャンは自分なりに理解した。


「兵士が政府の都合で戦うには、命を掛けれる別の理由が必要、って事ですか」ジャンは静かに口に出した。


「私が王で在る内は、その理由の一に成っている、そう思いたい」


「辛くないんですか?」


「誰かが業を背負うしかない。王になった時覚悟は決めた。この国の議会や民はそれを背負える程まだ育っては居ないのだよ。何時かそうなると願うがね、それまでは私が兵の血を浴びるさ」そう言うと笑顔をジャンの見せた。


「君は頭が良いな……」ジャンをじっと見詰めウィストンが意味深に言った。


 ジャンは前にファンジオにも同じ事を言われた事を思い出し、自分の学校での成績は口が裂けても言わないと誓った。



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