王宮訪問
「これはクレーガー中佐、お久しぶりです」
「ピセタさん、お元気そうで何よりです。少々早く着きすぎましたか?思っていたより道が空いていた様で」
「心配には及びませんよ、ウィストン様は今朝早くからお二人をお待ちになってますよ」ピスタの鋭い目が柔らかくなった。
「そうですか」ファンジオはそう言うとジャンをチラリと見た。
「ジャン・リュック・ウォーカーです!」
背筋をピンと伸ばし、ズボンの横に添えた手は反り返っていた。真っ直ぐにピスタを見据え、目が合う前に45度にお辞儀して見せた。
「よく来られましたねジャン殿、お会い出来てとても嬉しい」
言われジャンは顔を上げた
「陛下がお待ちです。ご案内しましょう」ピスタはジャンに優雅に一礼すると二人を建物の中に案内した。
黒く染められた大きい扉をくぐると、金銀で装飾された見事な吹き抜けのホールを通った。柱や手摺りには美しい蒔絵がなされ、ドーム型の天井には、クリフと小竜を思わせる物が描かれていた。床に貼られた大理石のパネルはそれ一枚がとても大きく、ジャンがパっと見ただけでは継ぎ目すら判らなかった。
ホールの中央には柵のされた一角があり、そこだけ大理石の床は無く横たわる漆黒の岩に火に赤く染まる一振りの大剣が刺さっていた。
「フレイムソードだよ」
食い入る様に見つめるジャンにファンジオが言った。
「燃えているの?あれ」
「ああ、あれは現存する最古の物だ」
「最古って、他にも在るの?」興味深げな顔でファンジオを見た。
「燃える剣自体はそんなに珍しくない。戦場でたまに見かける。大抵は契約術のミスが原因だな」
「へぇー、あれ何時から燃えているの?」
「大体150年ぐらいかな。元々はイグノス初代国王の剣なんだ」
「あれを振り回して戦ったの!?」
「まさか!あんな物握ったら手の皮膚が溶けて離れなくなる、それに握れたとしても熱くて持ち上げる事なんて出来無いさ」
聞いたジャンの顔が険しく成る。
「あれは、セシル・ラス・アーサー王自身なのですよ」二人のやり取りを見ていたピスタが言った。
「セシル王自身?」ジャンがピスタに疑惑の瞳を向けた。
「そう、あの剣はセシル王の物、纏う炎は王自身だと言われています」
「意味がちょっと……」人間が炎になるのか?聞いた事無い発言にジャンは戸惑った。
「セシル王は、戦争中大きい契約術を詠唱中に銃撃に合い戦死したんだ。そういう時大概集めた精霊は散って行くんだが、偶々セシル王の持っていた剣ごと精霊が王を飲み込み宿ったって事さ」
「その通り、並の契約術ならフレイムソードも10日程しか炎を纏いませんが、セシル王のそれは途方も無く壮大な術だった様で、今もまだ精霊が宿っているのです。長い年月を経て、いつしか炎は王の魂だと言われる様になりました」ピスタが思いに耽りながら言った。
「なるほど!使い用が無いって事だね」セシル王の物語はジャンの琴線には触れなかったようだ。真顔で言い放った。
「うん--いや、飾ったりとか、眺めたりとか……」数日で歪んでしまった甥を更生させるべくファンジオが踏ん張った。
「氷の契約術で持てたりしないの?」ファンジオをスルーして、画期的なアイデアをドヤ顔でピスタに言った。
「昔試した契約者の方が居たそうですが……自らの手に氷を纏い、剣を掴もうと。しかし弱い術では炎に勝てず、強い術は自分の手が凍ってしまい指先すら動かなく成ったとか。結局その上級契約者の方は凍傷で壊死した腕を切り取ったと言う顛末です」
ジャンは相槌を打ちながらピスタの話しを聞いた。
「それにもし、掴めたとしても、入れる鞘も在りません。風の強い日に持って歩くと街が燃える可能性もあります。しかも刀身が熱で赤く色を帯びています、あそこまで熱を持つと鉄は柔らかくなるんですよ」
ピスタの説明にジャンは頷くだけだった。
「でくの坊って奴だね!」ジャンは指を立てファンジオに言って見せた。ファンジオの顔が引きつり、ピスタは声を上げて笑った。
「しかし、木偶にも使い用はあるんですよ」
「そんなもんか……」ピスタの言った意味は分からなかったが、ジャンは上辺だけで言ってみた。
「お喋りはこの位で」ピスタは言うと再び歩きだした。
ホールの脇を抜けると、庭に面した廊下がずっと続いていた。窓から指す日差しが廊下の中でキラキラと瞬いていて、ジャンは外が気になったが窓がずっと高い所に在り、ハシゴでも無いと無理そうだった。
廊下の至る所にジャンの心を奪う置物が飾られていた。布を編み込んで作った鎧やストックの無い変わった形の火縄式のマスケットに目を奪われたが、立ち止まろうとする度にファンジオが顔で威嚇した為、ジャンは後ろ髪を引かれる思いでピスタの後に続いた。
ピスタは廊下の端まで来ると、扉の前で振り返りジャン達に王の部屋で有ることを告げ、ノブを回した。
「陛下、二人をお連れしました」