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ジャンの物語  作者: N・クロワー
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訪問者

ご覧頂き有難うございます。感想など頂ければ、至らぬ作者の糧になりますので宜しくお願い致します。



「まだ12に成ったばかりなのに……あの年で契約者に成る何て聞いた事が無い……」


 小さく呟くと彼女は一息付き、瑠璃色のワインが入ったグラスを見つめ、一口に飲み干すと再び大きく溜息を漏らした。


 ここ数日の疲れが溜まっているのか、白く透き通っていた肌はやや荒れ、深いグリーンの瞳の目の周りには薄く隈が出来ていた。


 ワインを注ごうとボトルを手に取ったが、殆ど飲み干した事に気付きそれを恨めしく睨み、自分の飲んだ量と明日の予定が彼女の頭をかすめ行った。


 ほんの数秒考えすぐに立ち上がると、五歩ほど離れた壁掛けの棚に向かった。


 鈍く金色に光る真鍮で縁取りのされた扉を開き奥からワインボトルを大事そうに取り出すと、ラベルに目を移した。

 色あせたそのラベルを細く節の無い滑らかか指で撫でると、彼女はそれを抱き目を閉じた。


(もういいか)

(あの子が大きくなったら一緒に……思っていたけど)


 少しの躊躇いはあったが、これからの息子の事を考えると、どうしようもなく酔いたい気分に成った。


(せめてあと三年、契約が遅れれば良かったのに……いくら契約者だからといって、あんなところにあの子を連れていくだなんて)


 やり場の無い怒りの様な感情が彼女に込み上げてきた。しかし同時に、それしか方法が無く現時点ではそれが妥当だという事も、十分すぎる程分かってはいた。


(残された日はもう少ない。あの子が契約をした日から四日目だ……まだ召集状は来ていないがもうすぐだろう。召集されるのはあの忌々しい紙が届いた翌日、正午だったはず……契約者管理委員があの子を連れて行く前に、あれが連れて行ってしまう事も年齢的に十分ありえるし……)


 軽く考えこんだあと、ふっきれた様に瓶の首を掴みテーブルに戻った。


 コルク栓の上から掛けてある封印の蝋を剥くのにナイフが必要と気付き、それをさがして部屋の奥へ足を向けた。


 やっと見付けたナイフを手にテーブルに戻ろうとした時、玄関の敲き金が鈍い金属音を上げた。


(誰だろう、こんな時間に。また村の人がお祝いを言いにきたのかしら……)

 少し考え込んでいると、敲き金の音が前より大きくなって鳴り響く。

 慌てて玄関の方にむかって答えた。


「どちら様ですか?あの子ならもう今夜は寝てます」

 酔いも回り少し気が大きくなって乱暴に答えた。


 言葉の終わりを見計らった様に声が返ってくる。


「俺だよ!いくら何でもお兄さまの声ぐらい覚えているだろう!!」

 冗談口をたたく威勢の良い声が玄関に響いた。

 とても聞き覚えのある声で、独特の話し方も彼特有の物だ。


 急に今までのイライラが、ふっと消え今の自分の姿をすごく恥ずかしく思った。

「ちょっと待って、散らかってるから」


 さすがに今の姿は不味いと思い急いで鏡の前に行き身支度を始める。


 散らかる服をクローゼットに押し込みながら神に感謝を捧げた。神など昔、学校の歴史の授業でしか習ったことは無かったが、こういう時に感謝を伝えることが出来るのは古代の神か、あれぐらいしか思いつかなかったし、間違えてもあれに感謝するつもりなど今はこれっぽっちも考えつかなかった。


 ランプの光を受けキラキラと光る金色の肩まである髪をとかし、目の下の隈を消す為に薄く化粧しただけだったが、自分本来の美しさを取り戻した気がした。


 姿見の前で微笑むと綺麗な歯並びをした白い歯がちらり見えた。唇は薄く、ピンク色で、鼻は高くはないが先端の丸い柔らかな雰囲気の形で彼女のお気に入りだ。

 華奢な肩に瞳と似たような色のショールを羽織ると、玄関に飛ぶように行った。



「ファンジオ!」扉を開ける前に彼女は名前を叫んでいた。


 勢いよくドアを開けると、懐かしいがよく見慣れた兄の姿があった。


 シャンパン色の髪を髪油で綺麗に後ろに流し、日に晒された肌は逞しく、褐色だった。

 背が高く立派な胸の筋肉は軍服をより威圧さたが、彼女には気に止める要所ではなかった。


 目が合うと、同じグリーンの瞳が輝き目尻がさがり頬が緩んだ。


「アン 可愛い妹よ」ファンジオが芝居めいた口調で語りかける。


 アンは兄の胸に飛び込んで頬にキスをした。


「兄さん信じられる?今私、神様に感謝していたの。初めてよ神様なんて。こんな最悪な時に颯爽と来てくれるだなんて。あれはあの子を私から奪っていくのよ。あれに感謝や祈りなんて金輪際あげるつもりはないんだから!」


 安心したのか桃色になった頬を膨らませ、興奮気味に捲くし立てた。だがすぐにアンは不謹慎な発言を誰かに聞かれていなければ良いけどと思った。


「神様ってイエス神の事か?最近の研究じゃイエスは神じゃ無かったって話だぞ」


「だったら何だったのよ?」アンはいきなり否定され、兄の面倒な性格を思い出した。


「神の息子って説が学者連中じゃ有力らしい。小竜の古い発言を記録した福音書が見つかった、って話だが」


「神様も人の子って事?」


「そうなるな」ファンジオが深く考える様な顔で言った。


「そんな事どうでもいいわ。イエス様はイエス様よ」アンは少し剥きになって答えた。


「そういえば私が兄さんに手紙を出してからまだ二日しか経ってないのに、何でこんなに早く来られたの?いくら速達でも届くのは明日よ」アンが探る様な顔をした。


 ファンジオは少し面食らった顔をしたがすぐに元の優しい顔にもどった。


「そうだったのか……手紙はまだ受け取ってはいないんだ」


 ファンジオは後ろ手にドアを閉めると、襟を緩めた。


「朝から軍の早馬を乗り継いで来たんだ。取りあえず水を一杯汲んでくれないか」


 そう言うとテーブルの脇にあった椅子にどかっと座り、渡されたグラスの水を一息に飲み干した。


「早く来れたのは、ブレンダー少将のお陰なんだ。アンもよく知ってるだろう?」


 ファンジオはグラスの頭の淵を二本の指で摘み、それを振り二杯目の水を求めた。


「それって、グランおじ様の事?」ファンジオからグラスを受け取り、水差しから水を注ぎながら答えた。


 グランは父の士官学校からの友人で、アンが小さい時にはよく家に父を尋ねにきてたし、15で出来た初めての彼氏がアンのベッドに潜り込んだ時、本気で彼を撃ち殺そうとした父を体を張って止めてくれた。彼女が17歳で結婚を決めた時、若すぎると反対した父を説得してくれたのもグランだった。2人とも酒が回ると戦争の話を始め、お互いに今生きているのは君のお陰だと泣き始め、しまいには言い争い、最後は並んで廊下に寝ていた。

 彼女に息子が生まれた時の喜び様は父以上で、息子の名前が彫られた銀のスプーンを贈ってくれた。

 父が亡くなり、彼女が村に引っ越してからは疎遠になってはいたが、息子の年の節目には手紙をプレゼントを贈ってくれていた。


「そう、グラン・E・ブレンダー少将だよ」


 彼は二杯目のグラスを受け取ると、それを一口飲み、続けて言った。


「少将は今現場を離れて、精霊契約者統括庁の長官なんだ。一昨日の夜遅く、新規契約者の緊急報告が少将に届いてね。新規の契約者が出たらすぐに長官に報告される事になっているんだ。特に今回は緊急でね、契約者がすごく若くて。対応が遅れると重大な事故に繋がり兼ねないからね」


「それで?」アンが頷き、真剣な目を見せた。


「うん、それで報告された契約者ってのが、可愛がっていた親友の孫、部下の甥、つまり君の息子ってわけだ。俺は慌てて少将の家に行ったよ」


 ファンジオはグラスの水を口に含み飲み込んだ。


 彼は銀で出来た細工の美しい跳ね上げ式の煙草入れをポケットから取り出し、吸い口に金箔の巻かれた紙巻きの煙草を一本摘み、吸い口を下にしてテーブルに軽く何度か叩きつけた。


「それから一晩中二人で今後の対応を考えたんだ。なんせこの地方で新規契約者が連れていかれる所っていえば、アルノーにある東方面軍第3師団の契約者訓練場に相場は決まっているんだ。あんな所で少年の契約者が三日と持つわけが無い。すぐに精霊に連れていかれるに決まってる」


 彼は少し苛立った顔を見せたが、煙草に火を付け、甘い香りの煙を吸い込むと落ち着いた顔をした。


「それで結論をつけたの?」


 アンが不安げな顔で、鈍く光る真鍮で出来た小さい灰皿をテーブルに置いた。


 ファンジオはもったいぶった表情を浮かべ、吸い始めたばかりの煙草の灰を灰皿の淵で転がす様に落とすと、足を組み直した。


 それからアンを見つめ口を開いた。


「ああ、それであの子は」そこまで言って直した。


「私の可愛い甥、君の愛しい息子、ジャン・リュック・ウォーカー殿は、リリステルの王立国軍士官学校の精霊契約者学部に入る事になった。今日ブレンダー少将が保証人になって入学の手続きをしている筈だ」


 役者口調でそこまで言うと、煙草を吸い、グラスに口を付けた。


「士官学校?リリステルの?」アンは一瞬大きく目を見開き驚いた表情を見せたが、すぐ悟った様に微笑んだ。


「そう、結局あの人や兄さんと同じ道を行くのね」

 そう言うと兄からまだ半分ほど残った煙草を取り上げ吸い込み、唇を尖らせ細く煙を吐くと、軽く咳をした。


「辞めたんじゃ無かったのか?」


「たまには良いわよ。次に吸うのはあの子が初めて彼女を連れて来た時ね」

 軽く嫌味を言い、悪戯っ子みたいに笑った。


「そうだな、でも今考えられる選択肢で最もあの子にとっても安全なのは、これって事も分かるだろう?なまじ契約者訓練所を無事終業出来たって、アルノーの訓練所じゃ、精霊殿や大学の精霊学部、契約者医療学校に行ける可能性はとても低い。地方の病院じゃ若すぎて門前払いさ。契約者医師見習いにすらなれない。そうなると軍の契約者歩兵ぐらいしか道はない。すぐに辺境の植民地か、アーリア国との非武装国境地帯に送られるんだ。先の戦争で前線に就いた契約者歩兵の平均寿命を知っているかい?」


 そう言うと、ファンジオは新しい煙草に火をつけ、少し興奮した様子で続けた。


「30日間だ!三割の契約者歩兵は任地での最初の戦闘で命を落とすんだ。これは同じ現場にいる新任小隊長とほぼ同じだ。一番最初か、その次に狙われるんだからな」

 ファンジオは自分の言葉にさらに興奮した様だ。


「別に士官学校に反対してなんてないわ。生まれた時から覚悟はしていたんだから。少し契約が早くて混乱してはいるけど」

 そう言うとアンは持っていた煙草を灰皿に押し付けた。


「すまん、そう言うつもりじゃ無かったんだ。ただ俺と少将の決断が最良なのを知って欲しくて」ファンジオがアンの顔を伺う様弱気になった。


「分かってるわ。私だって契約者の娘よ」アンが強がって言った。


「そうだな……」


「これで息子も契約者ね。お父様やあの人は向こうの世界で喜んでいるかしら」


「親父は悲しんでいるんじゃないか?孫は契約者にしたく無かったみたいだからな。ジルは喜んでいるよきっと」ファンジオが明るい顔を見せた。




 アンはファンジオが無理に微笑んだ気がした……




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