ミリーはお買い物がお好き
ご覧頂有難う御座います。
教育庁を出ると、グランは謁見の日取りが決まり次第連絡するとミリーに言い、ミリーはファンジオに伝える事を約束すると、二人は待たせていた馬車に乗り込んだ。
ミリーが御者に次の行き先を告げた。
「帰らないの?」自分の仕事は果たしたはずだ。そう思った。
「ダンヒラーさんの所に寄ってからよ、服の仮縫いが出来たって、朝使いがきたから」
「そっか早いね!徹夜したのかな?」採寸してからまだ一日も経っていない。
「きっとそうね、ジャンの服を作ることが出来て嬉しいのよきっと」
「そんな事あるかな?」喜ばれる事に対して、全く身に覚えがない。
「ふふ、リリステルに有るテーラーがジャンが士官に成る事を知っていたら、今頃大騒ぎよきっと」
アンは意味深な笑顔を向け言った。
「やはり僕は特別なのか……」きっと少年契約者が珍しいからだろうと一人納得した。本当の理由は違う所に有るのだが。
ジャンは馬車を降りると昨日来たばかりのダンヒラー洋品店に再び入っていった。
「こんにちは!」勢いよくドアを開け叫ぶ様にいった。
「これはウォーカー様ご足労をお掛けします」店主は昨日と同じ様にジャンを紳士として向かえ入れた。
「お久しぶり、ダンヒラーさん」ミリーが後から入ってきて店主に声を掛けた。
「これはお嬢様、ご無沙汰しております。お父様の葬儀以来ですかな?」少し驚いた様子で店主はミリーに言葉を返した。
「そうかもしれないわね。事情があって街に帰って来てるの」悪戯っ子の様に笑うとミリーが言った。
「そうですか……」店主は事情やらを深く聞かなかった。大体想像が付いているのかもしれない。
「喧嘩したんだって!」事情通がすぐにばらしたが。
「ジャン……」優しくジャンに声を掛けた。目が怖いが。
「えっと……」獲物を狙う鷹の様な目で睨まれ、ジャンは自分の過ちに気が付いた。
「そうだ!軍服出来たって聞いたんですけど」分が悪いと素早く悟り、道連れにどうにか店主を連れて行けないかジャンは画策した。
唐突に振られた店主は一瞬笑顔を凍らせた後、すぐに元の表情に戻し言った。
「はい、まだ仮縫いですが、一度ウォーカー様に着ていただいてから本縫いに移らせて頂きます」
「そうそう!そうだった!」パンっと手を鳴らし、ミリーの視線を避ける様に店主に頷いた。まるで全てを無かった事にする様に……
「後でゆっくり話しましょうね……」ミリーの声が冷たい。やはり事実はなかなか消えないみたいだ。
「ではウォーカー様、これを」会話を見計らった様に、店主がジャンにコートとズボンを渡した。
ジャンは渡されたそれを持ち、すぐ脇の更衣室に逃げる様に飛び込んだ。
服を着て数分、ジャンは更衣室から出る勇気を振り絞っていた。(がんばれ!おれ!)両手で頬をパシンと叩き、意を決したジャンは、出来うる限りの勇ましさを振りまき更衣室をでた。
「良く、お似合いです」店主は自分の作ったそれに満足そうだった。
「そうね、格好良いじゃない!」
「そ、そうかな」似合う事よりミリーの溜飲がさがった事が嬉しかった。
「それでは、失礼します」言うと店主はジャンが着た服の各部を確認した。それからジャンを座らせたり、屈伸させたり、ジャンの着る服の動きを確認した。
「どこか、都合の悪い所はありますか?」店主が聞いた。
「ピッタリです!」
「それはよかった。では後、今日中に決めなければいけないのは、ボタンと裏地ですな」
「ボタンか……裏地は赤色がいいです!伯父さんと同じやつ!」ニーナに貰ったリボンと揃えようと思った。『リボンは家に居るときは外しなさい』っとファンジオに言われていたため、脱いだ上着のポケットに入れていた。
「そうですか、こんな感じなりますが」赤く手触りの良い布を平織り襟の折り返しの所に当て、ジャンに鏡を見せた。
「完璧です!」リボンと合わせたかったがアンの目が有るため自重した。
「ボタンはこれなんかどう?」ミリーは銀色に鈍く光るそれをジャンのそこに当てた。
「いい生地ね、これ」ミリーが言う
「うん、伯父さんと同じなんだ」
「兄さんも奮発したわね、このお店の生地でしょ?」少し驚いた様子でミリーが言った。
「良い物を身に付けなきゃ、いい男に成れないんだって」ファンジオが言った事をすべて纏めジャンが適当に解釈した答えだった。
「兄さんらしいわね」
店主とミリーは肩を揺らして笑い、ジャンもそれにつられた。
二人はダンヒラー洋品店を後にすると再び馬車に乗り込んだ。数分走らせるとミリーは御者に声をかけ馬車を止めた。
「まだ行く所があるの?」
「他の物も揃えなきゃね!」言うとミリーは馬車を降り、ジャンを引き連れ歩き出した。
「どこだったかしら……」辺りを見回し目的地を探す。
「あった!意外に分かりにくい場所よね」呟くとメインストリートから脇に入った細い道にミリーの目的地は存在していた。
「ここ?」ジャンがオレンジ色の看板を指し言う。
「そうよ、此処の製品は質が良いの」
『ヘ・ルメッス』とオレンジ色の看板に茶色で店名が書かれたそこにミリーは子供の様な顔で入っていった……
ヘ・ルメッスの店内は外観に似合わずとても広く綺麗だった。オレンジを基調とした内装はジャンが想像したより落ち着いた雰囲気で、壁や美しいガラスで作られた棚やショーケースには、まるで宝石の扱いを受けたような革製品が丁寧に飾られていた。
「これって売り物なの?」ジャンには一瞬博物館にすら思えた。
「当たり前じゃない」ミリーが何言ってんの?っと言う感じで返した。
「ここは元々馬術用品を作っていた工房なのよ、でもね先代の店主が鞄を作る事ですごく有名になったのよ。他の国にも支店がある程なんだから」そう言いガラスケースに入った白く小さな鞄を指した。
「何にも入らないよ、こんな大きさじゃ」ジャンが思う鞄ではなかった。
「入らなくていいのよ、アクセサリーみたいな物なんだから」
「へえ、これがねぇ……」ジャンはマジマジとその鞄とやらを眺め余りに0が並ぶ値札に驚愕した。
「高すぎるよ!!100,000クランって……」もはやボッタクリ以外の何者でもない。本気でジャンはミリーの金銭感覚を心配した。
「そのケーターは特別な物なのよ、普通のケーターは4,000クランぐらいよ」
「ケーター??なにそれ、4,000でも高いと思うけど……」もはやジャンの理解を超えた。
「その鞄の形をそう言うの、そのケーターは小竜の皮から作られてるらしいわ」
「小竜のねぇ」怪しむ様にそれを一瞥するとジャンはミリーの後を追いかけた。
ミリーは靴が並べられた所に到着すると、付近にいた店員を呼んだ。
「この子に合うブーツが欲しいんだけど」ジャンを指す。
「どのような物が宜しいでしょうか?」さらさらとした明るい茶色の髪を手でフっと掃い、真っ白な歯を見せ店員が言った。ジャンはミリーの好みが分かった気がした。
「なるべく、男らしいのがいいわ。形は士官が履くような感じの」ミリーは何か考える様に店員に伝えた。
「でしたら、これなど如何でしょう?」そう言うと、黒い膝まである乗馬用のロングブーツを差し出してきた。女性ものですが、シルエットは男性用と変わりません。馬の皮を使用していて、踵やつま先に補強もあり、ソールには水牛の皮、縫い糸は当店の基準でもっとも丈夫な一番糸を使用して軍での使用にも耐える事のできるブーツで御座います」店員は一気に説明を終えると、ジャンに微笑んだ。
「履いてみたら?」ミリーが言った。
「うん」ジャンは店員からブーツを受け取ると傍に合った椅子に座りそれに足を入れた。
「どうでしょうか?」跪き、履かせる手伝いをしていた店員が聞いた。
「ぴったりだ!」足に吸い付く様な履き心地にジャンは驚いた顔をした。
「気にいった?」ミリーはその様子を嬉しそうに見ていた。
「うん」ジャンが大きく頷く
「じゃあこれを戴くわ」ミリーが言った
「有難う御座います」言うと店員はブーツをオレンジ色の綺麗な箱に詰めジャンに渡した。
その後、ジャンは店でベルトや他の小物類を買ってもらい、両手に荷物を抱え帰路に付いた。