疑問
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「軍服って支給されるんじゃないの?」素朴な疑問だった。
「准士官以下はね、士官は基本全ての装備を自前で揃えなきゃいけないんだ」
「変なの」納得いかないのか口を尖らせた。
「変ではないさ。武器自弁の法則と言ってね。古代、バビロが生まれた頃なんかは、自分で武器や装備を用意出来る人だけが戦場に行く権利を持っていたんだ」ファンジオは煙草を取り出しながら言った。
「そんなの何の意味があるの?」
「自分の財産を売り払い、装備を揃え戦いに行く事で、その国の政治や執政に意見しようと彼らは考えたんだ簡単に言うとね」
「命まで懸けて?」
「うん、バビロの時代は国の概念が今よりずっと強かったんだ。今と違い負けた国の国民は奴隷になるか、殺されるかの二者択一だったからね。国を守る事が家族を守る事と同義だったんだ。いまは国が負けても、そうはならないだろ?」
「なるほど、それで政治に口を出そうと……」
「その古代の流れを士官は引き継いでいるんだ」
「なら政府に意見できるの?」
「いや、ウィストン様が即位してからイグノスでは、王や王族、軍、契約者は政治に強く干渉出来ない決まりなんだ」
「なんで?」
「力の有る人は自分の都合で国を動かそうとするからね、ウィストン王はもともと平民の出だから、それが嫌だったんじゃないかな。それが善いか悪いかは別として」
「ふむふむ--じゃあ、王様要らないんじゃないの?」ジャンは思った事をつい口に出してしまった。
「それは……ジャンが直接ウィストン王に聞いたらいいさ」
思い掛けない言葉にジャンはビックリした。
「怒らないかな?」
「そんな事で怒る方じゃないよ」ファンジオが微笑した。
店から出て暫く歩くと、もはや見慣れた黒塗りのキャリッジが待っていて、二人は帰路についた。
途中良い匂いのする場所でジャンは首尾良く子羊の串焼きを手に入れ、ご機嫌な様子をファンジオにみせた。
口いっぱいに肉を頬張り至福の顔を見せるジャンに、(やはりアンにそっくりだ!)そう思ったが口に出すことは止めた。
二人が家に着く頃には、日は落ちてしまっていて周りの家々にも灯りが灯っていた。
ファンジオの家に点いている灯りを見てジャンが言った。
「誰かいるの?」
「ミリーだよ。旦那と喧嘩して帰って来てるんだ」
「ほんと?」
言葉と同時にジャンは馬車を飛び降り走りだし、樫の重いドアを開けホールに飛び込んだ。
「ミリー!ただいま!」
ジャンの声が聞こえたのか、黒犬を足元に連れた女性が二階の廊下に見えた。
腰まで有る長く美しい髪はジャンと同じ金色で、微笑みはアンを思わせたが、淡いグリーンの瞳はアンよりも黄色が強く、目尻の様が負けん気の強さを伺わせた。濃いブルーのドレスの胸元から強調されるそれはアンよりも立派でジャンは見てはいけない物を見た気がした。
「ジャン!よく来たわね!」駆け足に階段を降りると女性はジャンに抱きついた。
「ミリー久しぶり!僕、契約者になったんだ」
ジャンは得意げな顔でミリーを見上げた。
「ええ、聞いているわ」ミリーは複雑な心境を隠す様、微笑んで見せた。
「ヒューと喧嘩したの?」
彼女はいきなり核心を突かれ顔をしかめた。
「喧嘩なんてして無いわよ、あの人ったら私が男の人と会話するだけで怒りだすのよ!器の小ささにも限度があるのよ!」吐き出す様に言うと頬を膨らませた。
(怒り方がアンそっくりだ)ジャンは思った。
「お前が少し我慢すれば良いだけじゃないか」ジャンの後から入ってきたファンジオが言った。
「あら、結婚も出来ない兄さんに言われたく無いわ」鋭い視線がファンジオを刺す。
「この国は一夫多妻制度が無いからな。俺に結婚は無理ってことさ、内戦に成りかねない」真面目な顔でファンジオが言って見せた。
ジャンはミリーと顔を見合わせて笑ったが、ポケットのモルの様子にハっとすると口を閉じた。
「姉さんは一緒じゃないの?」
「まだ仕事が残っているんだって。落ち着いたら考えるって言ってたけど」ポケットをまさぐりながらジャンが答えた。
「そう、忙しいのね」言うとミリーは肩を窄めた。
「そう言えば、グランおじ様から言伝があるわ。秘書の方がさっき持って来られたの」
「見せてくれ」
「ダイニングに有るわ。ジャン、夕飯はまだでしょ?」
「うん、お腹ペコペコだよ」腹を擦り言う。
ファンジオはジャンの言葉を聞き、さっき買い与えた子羊の串焼きとジャンの胃袋の大きさを相対的に考えてみたが、理解出来る範疇を超えた事を知ると苦笑いした。
三人は揃ってダイニングに向かった。ジャンの目の前には、ゴロゴロと具材の入ったシチューがパンと共に置かれた。
「これよ」ミリーはファンジオに手紙を渡すとジャンを横目で見た。
大振りの肉を口一杯に頬張り、この世の全ての快楽を味わって居るかの様なジャンを観て(アンにそっくりだ!)ミリーは思った。そしてサイドボードのガラス越しに見えるゴーヒバのチョコに目を移すと、すぐに隠そうと心に決めた。
「ミリー、明日ジャンを頼めるか?」グランからの手紙を見終えたファンジオが言った。
「いいけど、兄さん何かあったの?」
「いや、部隊に一度顔を出して置きたいんだ。指揮官が5日も居ないと、たるんでしまう」
「わかったわ。任せておいて」
「明日ジャンを教育庁まで連れて行ってくれ、ブレンダー少将も同席するから、ミリーでも大丈夫だろう」
「了解!」ミリーはファンジオに敬礼して見せた。それを見たジャンも真似をして、ジャガ芋で膨らませた顔をファンジオに向け敬礼した……