男の買い物
ご覧頂ありがとう御座います。
二人は精霊契約者統括庁を出ると街の中心街へと足を向けた。ジャンは沢山の建物が立ち並ぶ光景に圧倒され、キョロキョロしながらファンジオの後に続いた。歩く距離に比例するように人々が増えジャンは祭りでもしているのかと思った。
「伯父さんどこ行くの?」祭りなら肉が食える!そう思った。
「君の服を作りに行くんだ」祭りでは無い様だ。
「制服?」
「ああ、契約者学部は幼年学校と違い通常の軍士官の制服だからな。君のサイズは既存に無いから時間が掛かるんだ」
「伯父さんと同じ制服?」
「そうだよ」
それから暫く歩くとファンジオは右に曲がり、急に道が狭くなった。二人が細い道を抜けると先は煌びやかなリリステルのメインストリートだった。道幅が広く、ジャンは馬車4台は並べると思った。
通りにはデパートが立ち並び、ジャンはショーウィンドウに映る自分の姿を見ながら歩いた。ガラスの向こう側には見た事も無い綺麗なドレスや、一体何時被るのか分からない奇怪な帽子などジャンの興味を引く物で溢れかえっていた。
「まだ遠いの?」ジャンがファンジオを見上げた。
「もう少しだ。ほら、見えて来た」
「どれ?」
「あの角の看板が見えるかい?」
『ダンヒラー洋品店』
変わった書体で書かれた看板がジャンの目に飛び込んできた。全ての文字が小文字で、dやhの文字が細長く書かれていてジャンには凸凹な失敗作に見えた。
「あそこ?」ジャンは看板を指差した。
「ああ、私の行き着けでね。私ほど一流の人間に成るとやはり身に着ける物も、それなりで無ければ。ここはリリステルで一番のテーラーさ」
ファンジオの冗談事にジャンは頷いた。
「僕もそう思っていたんだ!」一瞬真面目な顔を見せ、それからすぐにグリーンの瞳を輝かせながらファンジオに笑って見せた。
口から見える白い歯にファンジオはアンを見た様な気がした。
「君は頭が良いんだな」ファンジオはジャンの金色の癖毛を撫で回し、くしゃくしゃにすると、じっとジャンを見た。
二人が店に入ると、店主らしき男が愛想よく近づいてきた。
「これはクレーガー中佐、お久しぶりで」
白髪混じりの黒髪が綺麗に髪油で横分け、ワイシャツにウエストコート姿の男が言った。
首から下げたメジャーを見て彼がこの店のテーラーだとジャンは思った。
「今日はこの子に人一揃い用意せて欲しくてね」ファンジオがジャンに視線を移した。
「幼年学校の制服ですか?」店主が聞いた。
「いや、士官の物でだ」
「士官用ですか!?」
店主の驚いた表情がジャンにもわかった。
「複雑な事情でね」ファンジオが肩を窄めた。
店主は驚いた表情のままジャンを見た。
「彼方はとても優秀なんですね」店主がジャンに言った。
「うん、特別らしいよ」
ジャンもファンジオの真似をし、肩を窄めた。その様子にファンジオは苦笑し店主は柔らかく微笑んだ。
「では、此方へ。宜しければお名前を頂けますか?ご迷惑で無ければ」
「ジャン・リュック・ウォーカーです」胸を張り言った。
「有難う御座います。ではウォーカー様、採寸の方を始めさせて頂きます」
ジャンは紳士として扱われる事に満足そうな顔をした。
体の隅々まで時間を掛け計られると、ようやくジャンは自由に成る事を許された。
「生地の方はどう致しましょう?」店主がファンジオを見た。
「ジャンに選ばせてやってくれ」ファンジオはジャンを見た。
「生地って?」興味ありげにジャンが聞いた。
「ウォーカー様、士官の服は黒色と決まってはいますが、黒の生地にも沢山の種類が有るのです」
「何が違うの?」
「はい、材質はもちろん、色合、肌触、丈夫さ、しわの具合、全ての生地がメーカーにより様々な特徴を持っています」
「ふーん。伯父さんのは?」
「クレーガー様の服は当店の生地で仕立てさせて頂いています」
ジャンはファンジオを見た。
「この店の生地は最高さ、ゼニアスやロロピナの様な所と肩を並べる記事はイグノスじゃ此処だけだ」
ファンジオが指を立てた。
「有難う御座います。クレーガー様にそう言って頂けると私も仕立て屋冥利に尽きます」言ってファンジオに会釈した。
「じゃあ、僕も同じで!」
「宜しいのですか」驚いた顔で店主がファンジオの顔色を伺った。
「ああ、ジャンがそう言うなら。好い物に年齢は関係無いからな」ファンジオが微笑み、返した。
「分かりました、それで進めさせて頂きます。サイズはどう致しましょう?このぐらいのお年頃ですと、少し大きく作っても差し支えないかと……」
「いや、実寸通りで構わない。士官様がダブダブじゃ格好がつかないからな」
「では、その様に」
「とりあえず、三着欲しい、一つは早め、出来るなら今週中が良いのだが」
「かなりお急ぎなんですね……」店主が初めて険しい顔を見せた。
「すまない、面倒を掻ける」
「分かりました。至急作業に掛からせて頂きます」
「たのむ」ファンジオが頭を下げた
「お願いします」ジャンもそれに習う。
店主はジャンを見て微笑んだ……
ファンジオは店主にクライン大金貨を6枚渡し、発注書の控えを受け取った。
「では、宜しく頼む」ファンジオが椅子から立ち上がり、ドアを開き、ジャンの後に続いた。
「お父様に良く似てこられましたね、ウォーカー様」ジャンを見送りながら店主が言った。
「父さんを知っているの?」ジャンはビックリして振り返った。
「もちろん。お父様の制服も私が作らせて頂きましたから」そう言うと店主は二人を送り出した。