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ジャンの物語  作者: N・クロワー
10/32

メンフィの夜明け

ご覧頂き有難うございます。



 ニーナは10分程で部屋に戻って来た,細い両手に白銀のトレーを抱えていた。


 それの上に載っていた銀のティーポットから華やかな香りの紅茶を彩りの美しい磁器のカップに注ぐと、そこにそれよりも濃い琥珀色の液体を継ぎ足した。


「今入れたの何?」ジャンはニーナが持つクリスタルのデカンタを不思議に眺め言う。

 

「ブランデーよ」短く返すと二つ目のカップにも同じ様に注ぐ。


「よく眠れるわよ、これ飲むと」ニーナは微かにアルコールの香りが立つティーカップをジャンの前にそっと置いた。


「……」湯気と共に怪しく立ち込める酒の臭いに思わずジャンは顔をしかめニーナを見た。


「毒なんて入ってないから大丈夫よ!」軽くかき混ぜたそれを口に含み言った。


「うん……」ニーナに急かされ、嗅ぎ慣れない香りを撒くティーカップに口を付けた。


 口一杯に広がる何とも言えないモアっとした感じをジャンは感じた。

(マズイ!!何なんだこれは!?)心の中で叫び、さも旨い様な顔を作りニーナに微笑んだ。


「どう?お口に合うかしら?」言うと、自分もそれを口に運び、満足そうに頷いた。


「美味しいね、これ」ジャンは思ってもいない事を口に出し、残った歪な香り立つ紅茶を煽るように飲み干した。


「そんなに気にいったの?まだ有るわよ」豪快にそれを飲み干した弟を、輝く笑顔で見つめ、二杯目を優しく促した。


「え?」飲み干せば終わると思っていた試練に続きが有る事を知り、ジャンは驚きを隠せなかった。


「遠慮しなくてもいいのよ!お姉さんの奢りだから!」小動物に餌を与え喜ぶような目でニーナはジャンを見つめた。

 

「あ……有難う……姉さん」機能停止した頭脳を数秒で建て直し、ジャンが発した。


「ふふ--可愛いわね」姉と呼ばれた事が余程嬉しかったのか、先程より勢い良くデカンタの中身がティーカップに飛び込み、それをジャンの前に置いた。


 先程より遥かにアルコールの香り立つ紅茶と呼べるか怪しく成ったそれを、ジャンは親の敵の様に睨んだ。


 ジャンがもう少し大人であればその香りは志向の物であったろう。しかし、今現在の少年にとってそれは、異臭以外の何者でもなく、ジャンが二杯目を求めたのは美人が勧めるそれを断る事をジャンのプライドが許さなかったからだ。


(全部飲んじゃだめだ!!)学習機能を働かせ、酔いが回り始めたジャンの頭脳が解決策を模索した。


 のぼせ揚がったジャンの出した答えは、渡された一杯の紅茶をいかに長く持たせるか!この一点に尽きた。


 ジャンは仇を手に取ると、口に運び上面を舐める様掬うと、如何にも旨い様な顔を装った。


「美味しい?」ジャンの様子を笑顔で見守るニーナが言った。


「うん--すごく……」輝く笑顔にこれ以外の返答は出来なかった。


 




 ブランデー度数50を超える二杯目の紅茶を意地で飲み干したジャンが瞼を下げ始めたのをニーナは見逃さなかった。


「彼方大丈夫?」酩酊するジャンの顔を心配そうにニーナが覗き込んだ。


「たいひょうふ」もはや大丈夫ではない返事をしたジャン。


「可愛い、酔っちゃたのね。もう飲まない方がいいわ、ベットに行きましょう」飲ませた本人はいたって素面だ。


「うん--」言うと立ち上がり千鳥足で彼方のベットを目指した。


「ほら、寝る前にちゃんとガウンを脱いで!」ベットに倒れ込もうとするジャンを制止させ、羽織るそれを脱がした。ジャンは素っ裸になると促されるまま皺一つ無いシーツに飛び込んだ。


「もう寝たの?」数秒で寝息を立て始めたジャンを横目にニーナは自身のドレスを脱ぎ捨て下着姿に成ると、ジャンに添い寝した。


「お休みなさい。可愛い弟さん……」呟く様に言うと、ジャンの頬を撫で、自身も静かに瞼を閉じた。



 甘い香りと頬に当たる柔らかな感触でジャンは眠りから覚めた。ニーナがジャンの頭を抱え込む様に寝ていた為ジャンは彼女の胸に顔を埋めていた。男として理想的な目覚めを少年はかみ締める様に味わう。目を開けると純白の下着からニーナの白い胸がジャンを包む様に顔を出し、それの谷間から甘い香りがジャンの鼻腔をくすぐった。


 ジャンは目の前の光景に満足すると、再び胸元に顔を埋めた。


「起きたの?」唐突にニーナがジャンに声を掛けた。


(もう少しだけこの時を!)ジャンは声に反応すること無く狸寝入りを決め込んだ。


「ふふ」ニーナは微笑するとジャンを抱く手に力を込めた。その力の分だけジャンの顔が胸の谷間に埋もれていった。


「ぷはぁ!」息が出来なくなり、ジャンはニーナの胸から浮上するしかなかった。


「お早う、よく寝た?」浮上したジャンに視線を合わせるとニッコリと笑いニーナが言った。


「……うん」自分の企みが見透かされた事が恥ずかしく、顔を赤くしたジャンは彼女から視線を逸らした。


 ニーナはクスクスと笑うとシーツから抜け出した。朝日を浴びたニーナの姿は美しくジャンの言葉を失わせた。


「彼方も着替えなきゃね」ニーナは素早くドレスを着ると、クリーニングに出したジャンの服を取りに部屋を出て行った。


「ふう」ジャンは一息吐くと夢のような時間が終わる事を悟った。


 ジャンがシーツの中でモゾモゾしているとニーナが服を抱え部屋に戻ってきた。


「はい、すっかり綺麗よ!」抱えていたそれをベッドに置いた。


「ありがと」短く返すとジャンはシャツを羽織り、見られない様、素早くズボンをたくし上げた。ニーナは一瞬ジャンを見て、意味深に微笑んだ。


「伯父様はもうロビーで待ってるわよ」上着をジャンに羽織らせながら彼女が言った。


「え?もう?早いな……」正直此処を離れたく無くなっていた。


「朝食はお弁当にしてあるから、馬車で食べるといいわ」


「わかった」無理やり搾り出した笑顔でニーナに返すと、いまだ寝ているモルをポッケにしまい込んだ。


「さあ、行きましょうか」支度が終わった事を確認すると昨日と同じ様にジャンの手を取るとニーナはドアを開けた。


 気持ちゆっくりとした速度で二人は階段を降りロビーへと向かった。すでに朝食を終えタバコを銜えたファンジオはジャンが来た事に気が付くと読んでいた新聞を閉じた。


「お早う、ジャン、よく眠れたかい?」腫れ物が落ちた様なスッキリとした顔をジャンに見せた。


「うん、ぐっすりだよ」間逆の顔でファンジオを見た。


「そうか、じゃ、出発するぞ」タバコを灰皿に押し付けるとファンジオは席を立った。





「有難うマダム。世話を掛けた」言うとファンジオは何枚かの金貨を彼女の手に握らせた。


「近くに、いらした際は是非寄ってくださいね」マダムは微笑みを返すと優雅にお辞儀した。


「ああ、そうするよ。セシルにも宜しく伝えてくれ」


「セシルって人何でいないの?」小声でジャンは横に居たニーナに問いかけた。


「たぶん、腰が抜けて立てないのよ、昨夜は激しかったみたいだから」ジャンの耳元でそっと返した。


「へえ……」(激しいと立てなくなるのか--アレは)又一つアレへの疑問が増えた。


「はいこれ!お弁当」難しい顔で考え込むジャンに、ニーナは新聞紙で包んだそれを手渡す。


「良い匂いだね、中身なんだろ?」一瞬にして笑顔に戻ったジャンを見てニーナは優しい顔を見せた。


「楽しみは後に取っておくものよ!」肩を窄めそう言うと、髪を束ねていた、赤いリボンを解きジャンの首元に巻きつけた。


「これは?」ネクタイの様になったそれを指しジャンが尋ねる。


「お守りよ--」笑顔で短く返すと、彼女はジャンに口付けをした。



「さすが甥子さんね」


「そんな事は未だ教えてないさ……」


 二人の様子をマダムとファンジオは驚いた顔で見守っていた。


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