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ジャンの物語  作者: N・クロワー
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運命の日

ご覧頂き有難うございます。

初めての投稿です。もし感想など頂けましたら、至らぬ作者の糧になりますので宜しくお願い致します。

 



「ダン!ここに来ればよく見えるよ!」


 そう言うと少年は、塀の上から身を乗り出し、下に見える男の子に手を差し出した。

 

 ダンと呼ばれた、刈り込まれた赤毛の少年は、それを掴むと勢いよくレンガで造られた塀の、小さな出っ張りに足を掛け、グイと体を上にやった。


 ダンがもうすぐ塀を登りきる直前、塀の内側から聞いた事の無い不思議な音と、幾つもの銃声が聞こえ、塀の上に居た少年はダンを引き上げる事を忘れ、背後の光景に見惚れ固まった。


 塀の上の少年の目に映るのは、今放たれた銃の黒色火薬の硝煙から、マスケットを奉げた戦列歩兵が姿を現す瞬間であった。


 赤いフロックコート姿で、煌びやかな飾りを付けた兵達が、三列横隊で現れ、何も無い所で不気味に赤く燃え盛る炎に、マスケットを構えた。


「すごいよダン!こんなの見た事無い!」

 

 塀の上の少年は金色のクルクルとした癖毛を振り乱し、ダンの方に振り返った。


 次の瞬間、多くのマスケットが煙と共に一斉に火を吹いた。


「二級上契約者付き戦列歩兵大隊の演習なんて、この州の王国軍演習場じゃ初めてだからな。 それより早くしてくれよジャン」


 引き上げられる事を忘れたダンは怒り口調だ。


「ゴメン、今引っ張るから」塀の上の少年は悪戯っぽく笑うと握る手に力を込めた。


 ダンは塀の上のジャンに引き上げられ、レンガを幾つも重ねた分厚い塀の頂に立った。


「盛観だな」辺りを見回し、その場の空気感を味わうとダンが言った。


 再び硝煙を掻き分け、赤い軍服姿の歩兵達が現れた。


「突撃……かな」戦列歩兵が着剣する様子を見て、ジャンが呟いた。


「そうだな」ダンが頷き、続けた。


「それにしても歩兵達の銃、見たこと無い形だな」


「そう? ワンチェスターマスケットに見えるけど……」ジャンが手を日除けに目を凝らす。


「違うよ!ワンチェスターよりスリムだし、銃身も長い。銃剣だってパイクじゃ無く剣型だ!」ダンが言った。


「そういえば、そうだね。14ミリのファームスマスケットかな?銃身の形がそっくりだし」ジャンはグリーンの瞳の目を細め、再び歩兵達を凝視した。

 興奮して居るのか、年の割りに幼い顔の白い頬を赤らめ、眼は真剣だが口元は緩みっぱなしだ。


「いや、あれはナイト・アーム社の新型だ!当たり金も火皿も見当たらない!」


 ダンはキュロットのポケットから取り出した収縮式の望遠鏡を覗き込み、自分の仮説を確認した様に頷くと、それをジャンに手渡した。


「本当だ! フリントロックじゃないね」渡された望遠鏡を除き込み言った。


「ああ、在れはパーカッションロック式の新型だよ。もう実戦配備か――ナイトアームすごい生産能力だな」

 ダンが関心した風に漏らす。


「僕それ知ってるよ! ナイト21マスケットさ! ライフルに成るって噂だったけど?」塀の下から別の声が聞こえた。


「それは無いと思うよ。照準が見当たらないし、一射目が標的から100ヤードだ」望遠鏡から目を離さずジャンが言った。


「確かに、ライフルなら500ヤードから撃ってもいいもんな。それに配備するなら散兵からだろ。装填に時間掛かるし」ダンがもっともらしく言う。


「普通弾並みの装填時間の弾丸が発明されたって、父ちゃんに聞いたんだけど……それより、早く僕も上げてよ!!」


「悪い! ケビン忘れてたよ」ダンは塀の下の太った少年にバツが悪そうに答えた。


 ジャンは望遠鏡を自分のポケットに仕舞い込み、塀の下のケビンに手を差し出した。

「ほら掴めよ」


 ジャンはケビンの右手、ダンは左手を掴みグッと引っ張った。


「ケビン!そこの窪みに足を掛けろ!そこで一息付いたら一気に引き上げるぞ!」ケビンの重さに耐えかねたダンが、見ても居ないのに適当に言った。


「わかった!」ケビンはそう言い、近くに在った適当な窪みにつま先を突っ込む。


 ケビンが窪みに足を掛けると、上に居る二人の腕に掛かる負担が少なくなった。


「いくぞ!」ダンは言うとジャンと顔を見合わせ頷いた。


 ジャンはケビンの右手をしっかり握り、仰け反る様な体勢で力の限り引っ張り付けた。


「もう少し!ガンバレ!」下からケビンのまるで他人事の様な掛け声が響いた。


「ばか!頑張るのはお前だよ!」顔を真っ赤にして、ダンが声を荒げた。その様子がジャンは可笑しくて適わなかった。


「ケビン、タバコ三本貸しだからね!」ジャンが噴出しながら叫ぶ。

 タバコ三本なら、そう悪い仕事でも無い――ジャンは思った。


「痛」


 ケビンの頭が見え、あと少し、本当に少しの所でジャンは右手に沢山の針で刺された様な鈍い痛みを感じ思わず声に出した。体中が熱くなる感覚がジャンを覆う。


 次の瞬間、地面に何かを叩きつける鈍い音がジャンの耳に聞こえた気がした。


 ジャンは自分の手がケビンから離れてしまったと思い慌てた。


「ケビン!ごめん!」一瞬下を見る前にダンの居る方に目が行った。


「ダン! ――あれ?」

 自分の横にダンの姿は見えず、ジャンが下を見ると、ダンは塀の下の地面に叩き付けられ、喘ぎながらもがき、ケビンは仰向けになって落ちていた。


 ケビンの白いふっくらとした顔や、大きめの空色のシャツを着た体は所々赤く染まり、彼は起こった事に驚きと恐怖を隠せないでいた。歯をガチガチと鳴らし、体は金縛りに在った様にピンと爪先まで固まっている。


 ジャンは一瞬ケビンに見入り、次第に赤く染まって往くケビンの手に、何か、自分の右手の用な物がしっかりと握られて居る気がした。


 ジャンは反射的に自分の在る筈の右手を見て発する言葉を失った。


 ジャンの腕は肘から下がゴッソリと無くなり、そこからポタポタと血が滴っていた。それがケビンを赤く染めて往く理由だと悟るのに、時間はそう必要では無かった。




 そして次の瞬間気を失い二人の居る塀の下に身を落とした。


 ケビンが声に成らない何かを発する。ダンは頭を抑えながら立ち上がり、ジャンに目をやった、理解出来ない何かから逃げるように、悲鳴とも聞こえる叫び声を上げた……何時までも、ずっと……








 ジャンはある意味幸運だったのかもしれない……違う、幸運と言うのは言い過ぎだ。

 その事が起こらないのが、この時代で幸運な事なのだから。精精で少し運が良かった……っと言った所か。



 大隊付の契約者医師が、ダンの凄まじい悲鳴を聞き付けた歩哨に連れられ、ジャンの元に駆けつけてくれたのだから……




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