【ツッコミどころ満載歴史小説】独裁者K
その王国ではつい最近、政権の交代があった。
街中のカフェで、それぞれの仕事場で、国民たちは未来への不安を語り合っていた。
「新しい王様は平民の出身だけど、どうやら独裁者らしいぞ」
「大丈夫かな……。これまでだって圧政に苦しめられてきたのに」
「さらにひどい生活になるのかもしれん」
時は17世紀。
TVなどで新国王の顔を見ることもなく、新国王は城から出ないひきこもりなので、国民は誰もその姿を見たことがなかった。
想像力を駆使して絵描きたちがその姿を絵に描いた。
厳しい顔でこちらを睨み、裂けんばかりの口を笑わせる国王の姿に、民衆は恐怖していた。
◇ ◇ ◇ ◇
「国王さま」
「国王さま」
城の大広間から臣下たちがぞろぞろと、六畳一間の王の部屋を訪れた。
「どうか私をご贔屓に」
「どうか私に甘い汁を」
すうっと王の間のふすまが開いた。
中から16歳の少女が現れ、ニヤリと笑う。
その歳にして絶大なる力で王位を強奪した新国王、独裁者Kことクラミーシア・パイドックそのひとである。
「独裁者K!」
「独裁者K!」
彼女の前に臣下たちはひれ伏した。
「どうか私に甘い汁を─!」
ポップな赤い王冠をかぶり、アヴァンギャルドな赤いマントに身を包んだ独裁者Kは、手に持つステッキを振り上げると、臣下の者たちに言い渡した。
「この国はわたしのものなの↺!」
いちいちその語尾が、歌うようにしゃくれ上がる。
「おまえたち、私の好きにさせてくれる↺?」
臣下たちがさらに深くひれ伏す。
「はっ!」
「仰せのままに!」
「なんでもやります」
「その見返りに、どうか私に甘い汁を!」
◆ ◆ ◆ ◆
アルベルト・ハーゲイは46歳。強欲な雇い主の元で今日も馬車馬をやらされている。
「なぜ……こんな生活をさせられなければいけないのだ……」
呟きながら、ハーゲイは車を引いて街を走る。
「俺は……人間なのに……」
「オラッ! もっと速く走らんか!」
御者が後ろからムチで叩く。
「4時までには目的地へ着くんだ! あと6時間だ! 休まず走り続けるんだ!」
「いや……。仕方がないのだ」
ハーゲイは自分に言い聞かせる。
「前国王の政策にはめられたのだ。『全国民総借金令』で、重い債務を背負わされ、妻子は借金の担保にとられ……」
ハーゲイは足に力をこめた。
「俺が頑張るのは妻子を取り戻すためだ!」
額から流れ落ちる汗も拭かず、歯を食いしばり、重い車を引いて走るハーゲイのその前に、黒服の男が二人、突然立ちはだかった。
「アルベルト・ハーゲイだな?」
見覚えのない男たちの顔に、ハーゲイは戸惑う。
「そ……、そうですが……。何か?」
男の一人が一枚の紙を、突きつけるように見せた。そして、言う。
「借金全額免除だ」
「ええっ!?」
「ある偉い御方からの命令で私たちはやって来た。その御方がおまえの借金をすべて肩代わりしてくれることになった。そして……」
「あなた!」
「パパ!」
ハーゲイの妻と18歳の娘が黒服の後ろから顔を見せた。
「アンナ! フランチェスカ!」
数年振りに再会した家族と抱き合いながら、アルベルト・ハーゲイが尋ねる。
「それで……その偉い御方というのは?」
「極秘だ」
「明かすなと言われている」
「キヒヒ……」
抱き合うハーゲイ一家を柱の陰から見つめる赤い影があった。
「おまえたちはこの私が幸せにしてあげるんだからね。この、私の、独裁力で↺!」
◇ ◇ ◇ ◇
老ハンナ・プーは84歳。
毎日腐った豆しか食べられない貧困の中で、今まさに力尽きようとしていた。
夫とは三年前に死別している。夫が唯一残してくれたあばら家の中で、床から生えた大豆を摘み取ると、納豆菌に浸してぐちゃぐちゃとスプーンで混ぜ、それを口に運ぶ。
「……これが最後の食事だよ。味わってお食べ」
そう自分に言い聞かせながら、思い出す。
「あぁ……。あの頃は楽しかったねぇ……」
老婆の前に幻覚が浮かぶ。
元気だった夫と、息子夫婦と、孫たちと、ひとつのテーブルを囲んで、みんなで納豆を食べた。
あの頃は納豆だけでなく、パンもあった。固いパンだったけど、それに納豆を塗り、みんなで食べれば笑顔があった。
息子夫婦も孫たちも、みんないなくなった。
前国王のため戦争に駆り出され、みんないなくなってしまった。
老婆の頬を涙が伝う。
「最後に……またみんなでテーブルを囲んで納豆を食べたかったねぇ……」
粗末な木の扉が、外からノックされた。
老婆の返事も待たずにそれが開き、子どもたちが三人、笑顔で駆け込んできた。見知らぬ子どもたちだが、あの頃の孫たちを思い出させた。
「おばあちゃん!」
「ぼくたちと一緒に納豆を食べてよ!」
「だ……、誰だい?」
驚いて老婆が問う。
「夢……? それとも天使?」
「パンも持ってきたよ。ほら!」
「あったかいスープもあるよー」
笑顔と涙で顔をクシャクシャにさせながら、老婆は子どもたちを招き入れた。一緒に納豆パンを食べながら、彼らにまた聞く。
「誰があなたたちを私のところへ寄越してくださったの?」
子どもたちは楽しそうに答えた。
「ヒミツだよ」
「ヒミツなんだけど……赤いべべ着た知らないお姉ちゃん!」
「あんのガキども……」
それを天井裏から見ていた赤いマントの少女が、小声で舌打ちした。
「言うなって言ってんのに……。あとでお仕置きにいちごタルトを食らわせてやるわあっ↺」
「国王さま」
その後ろに付き従っていた小太りの臣下が耳打ちする。
「そろそろ引き上げませんと……。のぞきをしていることがバレてしまいますぞ」
◆ ◆ ◆ ◆
「おまえたち、ご苦労っ↺」
ふすま一枚を通して、独裁者Kが臣下の者たちを褒めてつかわした。
「ははっ!」
「ご満足いただけたようで、何よりにございます」
「どうか、甘い汁を」
「至福、至福!↺ 私って、なんて利己的なのかしらあっ↺」
ふすまの向こうから独裁者Kのどす黒い声が言う。
「他人の喜ぶ顔を見ていると、私の胸の内にもね、殺意を晴らしたような喜びが浮き上がってくるのおっ!↺」
「まさに独裁者でございますな」
臣下の者たちが口々におべんちゃらを言う。
「ご自分の快楽のことしか考えてらっしゃらない」
「どうか、私どもにも甘い汁を──」
「まだよ!」
異常者の声が、病気のようにふすまの向こうで呟く。
「もっとよ……もっと。愚かな民衆どもをもっと幸せにしてあげるのよ! ウィひひッ!↺」
「甘い汁を!」
「独裁者Kさま! どうか我らに甘い汁を!」
「うるさいーっ! あげるから早く部屋へお帰り! ほれっ↺」
ふすまが少し開いた。
そこから独裁者の手が覗く。
その手には不思議な甘い汁が注がれたガラスのお椀が持たれていた。
「おお!」
「ありがたや!」
「いただきます!」
臣下の者たちが甘い汁に飛びついた。まるで樹液に群がるカブトムシのように。
「ウィひひひ……。おまえたち、すっかり『甘い汁中毒』だわねいっ↺」
それは独裁者特製の、飲めば夢見心地になれる、砂糖を入れたホットミルクだ。臣下たちは皆、これを飲むのが大好きなのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
西ナーロッパに実在したこの国の、この頃の記録は、現在では残っていない。独裁者 K がそんな異常者だったということは、臣下の者たちを除いて、誰も知らなかったからだ。義賊の伝説となって残ってはいるが、その正体が独裁者Kだったことは、漏らせば甘い汁をもらえないため、誰も口外することはなかった。
19歳で豆大福を喉に詰まらせ、独裁者Kは天国へ逝った。いや、地獄へ落ちた。わずか3年ほどの短い天下であった。
「私はね、いじいじ虫が嫌いなのおっ↺」
地獄の鬼たちに独裁者Kは語る。
「世界をね、自分の思い通りにしたいのおっ↺ ハッピーエンドしか許さないんだからねえっ↺」
気持ち悪がってドン引きする鬼たちを見ながら、彼女は気持ちよさそうに、言った。
「あはは! 誰も私を愛してくれないんだ! そんなやつで私はありたいのおっ!↺」
わずか3年の天下でなければ──長くその支配が続いていれば、彼女の正体も広く知れ渡っていたことであろう。
しかし民衆は遂に何も知ることなく、独裁者の早逝に安堵し、それとともになぜか現れなくなった義賊に恨みの念を募らせることになるのであった。
↓独裁者Kの歌
https://suno.com/s/eqNkMgHKN0JtmdHd




