8話 剣も食べ物の誘惑には勝てない
「たまたまだ!」
「あーそうだな、味玉も美味しいよな」
「そんなことは一言も言ってない! 少しは話を聞く姿勢にならないか!」
「お腹が空いてるから聞く姿勢にはなれないんだなこれが。お、来た来た!」
ガーゴイルの襲来の後、「小腹が空いた」という悠のわがままに賛同した良太は行きつけのラーメン屋に立ち寄っていた。みなもは未成年なので先ほど全員で家まで送り、燈華は用事が出来たようで今回はパスするとのことだった。
目の前にお出しされたラーメンを前に、恍惚とした表情を浮かべる悠。
「まったく、緊張感のないやつだ」
やがてたまの前にも悠と同じものがお出しされる。いわゆる家系ラーメンというやつだった。脂の浮いた白のスープに、麺は細麺、チャーシューは分厚く、見ているだけで脳みそに衝撃が走る。
「……はっ!」
気づけば割りばしを割っていたたまだった。
「ふんっ、まあ食べながら話した方が効率的だからな!」
徹夜越しに食べるラーメンは最高に美味しく、たまは一時的に多幸感にあふれていた。
完食して水を呷る。口の中にあった幸せがさっぱり流れていき、たまは正気に戻る。
「今回の奴らはたまたま魔族の中でも話が分かる奴らだったから、殺されずに済んだがな。今後はそうとも限らないぞ。それに、不意打ちで襲われ、音楽を奏でる前に殺される可能性もあるかもしれない。だからこそ悠、お前はきちんと自分自身を鍛えないと駄目だ」
残っているスープを蓮華で何度も掬い飲みしながら、悠は答える。
「やなこった」
「やなこったではない。やるのだ」
「いや、だから嫌だって言ってんだろ」
「……では聞こう。何がそんなに嫌なのだ」
スープを飲む手が止まる。悠はゴクリと口に残っているものを飲み込んでから。
「……疲れるから」
「もっとマシな理由を用意しろこのたわけ!」
深くため息をつくたま。
「とにかく、俺はパスだ」
そんなたまにハッキリ告げて、悠は立ち上がり店を後にする。
「おい待てっ! だからこれは希望を聞いているのではなく義務だと――」
「知らん。俺はお前が嫌いだ。これ以上の理由はないだろ」
「何を甘えたことを」
「好きに言えよ」
パシャン! と扉が閉まる音が店内に響いた。
「まったく! 何なのだあいつは!」
朝を迎える直前の、物静かで青みがかった帰り道で唯一たまが昼間みたいに喚き散らす。
「あれだけの騒動がありながらまるで危機感がない! 自分がまだ死なないと本気で思っている! 何であんなどうしようもない馬鹿が現代勇者なのだ!」
怒りを発散するように絹のように滑らかな赤髪をぐしゃぐしゃとこねくり回す。その様を良太は一歩後ろから苦笑いで見守っていた。
「吾輩が嫌いだから! そんな赤子のような方便で通ると思っているのも心底腹が立つ! お主もいい加減あいつに言ってくれ!」
「そんなこと言われたって、オレは悠の方針は否定するつもりはないな。嫌いなものは嫌い。シンプルでいいじゃないか」
「シンプルじゃ駄目な時もあるだろうが!」
たまの鋭い眼光が良太に突き刺さる。
「さっきあんな目に遭ったというのに、お主らは魔族を、魔王を舐めすぎている! 確かに今この世界の文明は大きく発展しているが、魔王はそれ以上だ! こんな街、一瞬で更地にされるぞ!」
「うへぇ、そりゃすごい」
「すごいと思うならそんな変な相槌を打つな!」
話に乗るつもりが、さらに怒られる良太だった。
付き合ってられんと言わんばかりにたまは視線を前に、先ほどよりも歩調を速める。良太も置いてかれないように速足になる。
「まったくどいつもこいつもふざけてからに……」ブツブツ呪詛を唱えるみたいに愚痴を言うたまに、良太はふと訊いた。
「……なあたま。一つ訊きたいんだけどよ」
「何だ!」
「仮にお前の言う通り悠が戦うための訓練をして、魔族を全員駆逐したとして、本当に平和が訪れると思ってるのか?」
良太の質問に、たまは振り向き目をしばたたかせ。
「……そんなことを聞いてくることに驚きだ」
それから、さも当たり前のように続けた。
「いつの時代も争いの種は魔族だ。人間だけの世界になれば平和になって当然だろう」
そう語るたまの表情は真剣そのものだった。目を見ても何も迷いを感じない。だからこそ、良太は今ここで自分が必死に否定しようとしても無駄だろうことを悟った。
「……そうか」
「お主もいつまでも悠の側にいればいつかは戦いに巻き込まれるだろう。そうなる前に逃げるか、共に戦うか考えておくのだな」
そう言って前を歩くたま。
その背中に、良太は言った。
「たまはこの後、また悠のところに行って説得か?」
「まあな……」
「やめとけ。今のままじゃ絶対説得できないから」
「うっ……やはりそうか」
「それよりよ、どうせ悠にフラれるくらいなら、少しオレの手伝いしてくれよ」
良太の提案に、たまは足を止めて振り返った。
「手伝い?」




