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7話 勇者ロック

――ドンッ!

 突然、強い衝撃が走ってようやく目を覚ます。

 「悪い悠! 中々起きなくてつい!」

 早々、良太に謝られる。とはいえ、何で謝ってきたのか訳が分からなかった。

 「……ここは?」

 周囲を見回しながら、記憶を振り返る。

 確か今日はライブの後、打ち上げがあって。

 そこで西木さんと話をしたけど、結局駄目で、それで、外でクソ剣と喧嘩を――。

 「――そうだ。オイ! あのクソ剣どこだ! こっちは文句はまだまだあるん――だ?」

 やがてぼやけていた視界が明瞭になると、悠は唖然とした。

 目の前、そこにいたのはボロ雑巾のようにされ、満身創痍になっているたまだった。

 頭からの出血、右腕は爆ぜたみたいに血を噴き出しており、肘より先は無くなっている。全身傷だらけでとても生きているとは思えなかった。

 「何で、お前……こんな」

 夢かと疑った。さっきまで口げんかしていただけの相手が、次に目を覚ました時にこんな姿になっているなど、誰が思うだろうか。

 「お。現代勇者の奴、今更目を覚ましましたぜェ! 兄貴!」

 「本当だ! 恐ろしい現代勇者様(笑)のお目覚めだ!」

 空からは嘲笑う声。見上げると、そこには人間に羽を生やしたような姿をした生き物が三匹、空を舞っていた。無論、悠にとって見たこともない景色だった。けれど、空を舞う生物の内、一匹の手中にみなもがいるのを確認して、たまが抵抗できなかった理由はすぐに察した。自分の置かれている状況も、だ。

 傷だらけの剣。囚われのみなも。あざ笑う人間もどき。

 つまり俺たちは、今、蹂躙されている。

 無意識、悠の拳に力が入る。

 「おい……」

 「状況はわかるだろ!」

 たまの切迫した声が悠の発言を阻む。

 「お前じゃどうにもならない! 早く逃げろ!」

 が、そんなたまの背中をガーゴイルの凶刃が襲う。たまらずたまは悲鳴を上げた。

 ゲラゲラゲラゲラ。品性のない笑い声が頭上から降り注ぐ。苛立ち、空を見上げると奴らに捕まっているみなもと目が合った。彼女は恐怖と不安で満ちた顔で涙を浮かべていた。

 「先輩……」

 その涙を見て、悠は――。

 「おいクソ剣!!!」

 「何だ!」

 「お前何にでもなれるんだよなァ!? だったら――」

 「……ハァ!? 正気かお前!」

 「正気じゃねぇ! 本気なんだよ!」

 「訳の分からないことを……」

 「いいから早くしろ! ぶっ殺すぞ!」

 「わかった! わかったから味方を殺すなっ!」

 悠の勢いに完全に根負けしたたまは投げやりな気持ちで叫んだ。

 「あーもうどうにでもなれ!!」

 変化能力を発動すると、たまの身体からは大量の白煙が噴き出し、辺り一帯の視界を瞬く間に遮った。その煙は空中のガーゴイルたちも例外なく包み込み、奴らの視界を奪い去っていく。

 「クソっ! まだこんなすかしっぺを!」

 ゴーグルのガーゴイルが苛立ちの声を上げる。それだけでもたまは少し仕返し出来た気分だった。

 煙は長く保つわけもなく、やがて霧散し視界は明瞭になっていく。

 そうして、完全に霧が晴れたその時。

 「なっ……!」

 ガーゴイルは驚きの声を上げた。

 

 「ステージ……?」


 それは紛れもなくステージだった。バンドマンがライブする舞台。最高のパフォーマンスをするための場所。

 その真ん中で悠は悠然と立ち、自信に満ちた顔で叫ぶ。

 「燈華! 良太! いつでもできるよなァ!!」

 「応!」「当たり前でしょ!」

 悠の背後ではすでに燈華がベースを構え、良太がドラムスローンに着いていた。

 「みなもちゃん人質にとったり、俺のこと上から見下したりよォ、てめぇら随分好き勝手やってくれたけどよォ……」

 そして、悠は背負っていたギターケースからエレキギターを引き抜く。その姿はまるで勇者が背中の聖剣を引き抜くようだった。

 「今から死ぬ覚悟は出来てんだろうなァ!!!!!」

 マイク越しに悠が怒り叫び散らかす。怒声はその場の空気を大きく振動させ、ガーゴイルを怯ませた。

 そして、悠は怒りの表情から一転、真剣な表情でピックを空の上――ハットのガーゴイルに向けた。


 「さあ――”勇者ロック”で召されろ」


 かかげた腕が振り下ろされ、ギターが甲高く鳴り響く。

 「それが一体何だというのだ……――っ!」

 瞬間、ハットのガーゴイルの視界に映っていた何の変哲もない路地裏はたった一瞬で――地獄へと化けた。

 地獄。彼が即座にそう理解したのはステレオタイプな地獄がそこにあったからではない。今、目の前にあるのはかつて、自分たちが経験した地獄の景色だったからだ。

 一九一四年。燃え盛る住宅街。銃器を持って近づいてくる人間。足を引きずり徐々に逃げる速度が遅くなっている姉。

 封じ込めていた記憶を強引に呼び起こされた反動で、彼の心臓は鼓動を早くして呼吸すら乱してくる。早くその記憶を消せと。身体が訴えてくる。

 『ねえ、聞いて――』

 視界に映る姉があの日と同じ語りだしで言う。つい耳を傾けてしまう。

 けれど、次の瞬間には地獄から現実へ景色が引き戻されてしまう。

 「……はっ?」

 状況をまるで理解できない。何をされたのか全く分からない。故に、感情が追いついてこない。

 呆然とガーゴイルは悠を見る。悠がもう一度、腕を掲げ振り下ろしギターを鳴らすと、目の前はまたもさっきの地獄の続きに変わり果てた。

 『これが……』

 地獄。

 『お姉ちゃんとの』

 現実。

 『最期の……』

 地獄。

 『……約、束』

 まるで切れかけた照明のようにぶつ切りに聞こえてくる地獄の音はやがて長く聞こえ始め、現実を支配していく。奏でられるベースの低音が地獄の景色の輪郭をよりハッキリとさせ、ドラムからは街を破壊する爆発の轟音がひっきりなしに聞こえてくる。

 そうして、ハットのガーゴイルの視界が完全に地獄に変わり果てた時、彼はたまらず叫んだ。


 「姉ちゃん!!」


      ×  ×  ×

 

 「”勇者”ロックーー。バンド名にちなんで、悠さんたちの演奏はそう呼ばれてます」

 それはライブハウスでのこと。

 ライブの最中、みなもが教えてくれたことだった。

 「それは普通の演奏と何が違うのだ?」

 たまが訊くと、みなもは自分のことのように自慢げに答えた。

 「あの人たちは―ーその場で曲を作っているんです」

 「その場で曲を!?」

 その発言に驚きを隠せないたま。

 いくら自身に音楽の知識がなかったとしても、その行為がいかに現実離れしているかははっきりわかる。

 百歩譲って一人で演奏しているならばまだ可能かもしれない。が、彼らは三人で演奏しているのだ。いくら思考が似通っていたとしてもできる芸当ではない。不可能だ。

 それに……。

 「そんなことをして何になる? いくらその場で曲を作れたところで曲が良くなければ意味はないだろう?」

 いくらその場で瞬時に作れたとして、生み出された曲が駄作ならば誰も聞く耳を持つはずもない。

 たまの質問に、「確かに、たまさんの通りならば価値はありません」とみなもは一時は肯定する。けれど、すぐに否定した。

 「けど、あの人たちは違うんです。だって、あの人たちには―ー類まれなる観察眼があるから」

 その言葉の意味を、みなもは嬉しそうに説明する。

 「今日のライブ会場にはどんな心境の人が来ているのか、あの人たちはそれを、顔を見ただけで完璧に察知して、その人たちのハートの一番深いところに突き刺さる曲をその場で作り出すんです! そんな奇跡みたいなことを、あの人たちは出来るんです!」

 「そうして、ハートの一番深いところに曲を突きつけられた人は―ー」


      ×  ×  ×


 「--悠たちの曲を聴いた人は、その演奏にハートをやられ、自分が今一番見たい景色を魅せられてしまう」

 みなもの言っていたことを今になって強く理解する。

 目の前、その場に座り込み、涙を流しているあのガーゴイルたちにはもう現実の景色は見えていない。彼らが見たくて仕方なかった景色を魅せられているのだ。

 もちろんたまにはそれを知る術はないし、ここで彼らを攻撃してしまえるほどに残忍にもなれない。

 だから、見ているしかなかった。

 目の前の彼らが見たかった景色を経て、どう心変わりしていくのかを。


      ×  ×  ×


 「コラっ! アンタ、前に喧嘩するのはもうやめるってお姉ちゃんと約束したのもう忘れたの?」

 それはずっと昔のこと―ーまだ学生だった時のことだった。

 俺のせいで学校に呼びつけてしまった姉ちゃんと二人で、暮れなずむ通学路を並んで歩いていると、姉ちゃんがたしなめる様に言った。

 覚えていることを指摘され、俺は無性に苛立ちを覚える。

 「わかってる。わかってるよ! けど、先に仕掛けてきたのはあっちだぜ!?」

 「先に仕掛けてきたのがどっちか何て関係ない。教えたでしょ? 相手を屈服させるために拳を振り上げればそれはもう暴力だって。お姉ちゃん、暴力は嫌いだな」

 姉ちゃんは至って冷静に詰めてくる。理解してくれない寂しさが、さらに苛立ちを募らせる。

 「そんなこと言ったって! あんなの黙ってられるか!」

 「何か言われたの?」

 姉ちゃんの真っすぐすぎる蒼の瞳に突き刺され、ようやく自分の失言に気付く。

 「そ、それは……」

 言えるわけがなかった。

 馬鹿にされていた張本人に、真実など告げられるわけもなかった。

 両親は、俺が物心つく前に死んだ。

 勇者と戦って命を落としたのだという。

 仲の良い親戚もおらず、誰も両親の代わりになってくれなかった。だから、俺たち二人は自分たちの力で生きていくしかなかった。

 両親が死んだ時、学生だった姉ちゃんはまだ幼かった俺を育てるために退学した。そして今は、昼に清掃の仕事をし、夜にそういった仕事をしている。

 それがどういうわけか、一部の生徒にバレていた。で、そのうちの一人があまり俺と話したこともないくせに、今日は妙にご機嫌にヘラヘラと笑いながら言ってきた。

 

 『なぁなぁ教えてくれよ。いくら出せばお前のお姉ちゃんと出来んの?』

 

 その時のあいつのねっちょりとした醜い表情が今でも脳裏に浮かんでくる。

 「どうした? 顔が怖いぞ?」

 不意に頬を触られる。手のひらで顔を包まれる。ひんやりとしていて、けれど心地良い感触。

 姉ちゃんの長い銀髪が揺れる。心配するその顔に、改めて今回のことは黙っていようと決心する。

 「……別に、何でもない」

 優しい手をゆっくり振り払って、姉ちゃんと距離を取るように一歩前を歩く。

 「とにかく、もう姉ちゃんに迷惑はかけないから。安心してくれよ」

 「……はぁ、やっぱりわかってないじゃん」

 姉ちゃんのため息が後ろから聞こえてくる。かと思えばコツ、コツ、とハイヒールの音が聞こえてきて、その音は俺の前へと進んでいった。

 そうして、二歩前で姉ちゃんは俺の方に振り向いた。

 「喧嘩するなって言ってるのは迷惑だからじゃない。アタシがアンタに喧嘩するなって言ってるのは―ー」

 

      ×  ×  ×


 曲が終わる。

 悠も燈華も良太も、誰も顔を上げない。乱れた息を整えるのに必死だった。

 対し、ガーゴイルにも動きはない。見るからに放心状態で、現実の存在を忘れているようだった。

 ーーやがて、ガーゴイルの一人、ボスがゆっくりと地上に降りてきて、地に足をつくと。その足はいとも簡単に折れて、その場に膝をついた。

 「喧嘩をしちゃいけないのは―ー家族みんなが間違ってなかったって証明するため」

 ボスは涙を浮かべていた。

 「ごめん姉ちゃん……。俺また間違えてた。俺、家族失格だ……!」

 涙はやがて堰を切り、瞳から溢れて出してくる。残った二人も降りてくると、その場にうずくまる。しばらくすると、嗚咽が聞こえてきた。

 その姿から、敵意など紛失してしまったことは容易に察せた。

 その光景に、たまは唖然とする。

 頭も回らない中、悠を見ると、彼は未だ息を切らしながらも、やり切った顔で空を仰いでいた。

 

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