6話 コンビニに行くだけ
建物の外に出たところで、たまは悠をゴミ捨て場に投げ飛ばす。勢いに耐えることもできず、悠はそのままゴミ袋の上に倒れてしまう。
頭を振り、悠はたまを睨みつける。
「何すんだお前!」
「ボロを出す前に助けてやったまでだが?」
「台無しにしたの間違えだろうが!」
「せっかく人がここまで準備してきたのによ……」グチグチ小言を垂れる悠に、たまもさらに苛立つ。
「ではお前は仲間を売ったのか?」
「それは絶対にしない!」すぐさま悠が否定する。
「けど、もっと穏便な解決方法だってあったかもしれないだろ! どうすんだよ、これでまた夢に遠のいたぞ!」
彼の言い分に、たまは失望のあまりため息をついた。
「仲間を売ってくるようなやつに、ロクなやつはおらん」
「そ、それは……」
「そして、そんなやつの言葉を信じるお前も、ロクなやつではない」
「っ……!」
怒りのままに、たまの胸ぐらを掴む悠。
そんな彼の姿を、ちょうど店から出てきた燈華が「ちょっと!?」とすぐさま止めに入る。
「流石にここで喧嘩はやめてよ! 警察沙汰になるから!」
「だめだ! 今回ばっかしは許せねぇ! 一発殴る!」
「これはこいつと吾輩の問題だ!」
けれど、二人はあまりに熱くなっており、とても落ち着ける状態ではなかった。
「いや悠、お前わかってるだろ? そろそろ落ち着かないと……」
燈華とともに出てきた良太が慌てた様子で言う。
「こんな失礼なこと言われて黙ってられるか!」
「……もう! いい加減にして!」
我慢の限界を越えた燈華が、二人の溝に的確に正拳突きを打ち込む。「ぐふぅ……」「おえぇ……」と、二人はそれぞれ情けない声を出しながら、腹を抱えて地面に膝をついた。
良太は「あちゃあ」と頭を掻きながら、
「だからやめろって言ったんだよ。燈華は格闘家一家の娘で、本人も空手黒帯持ちなんだから」
「それは吾輩にも欲しい情報だった……」
「というか、有段者が素人に暴力振るなよ……」
絞り出すように悠が言うと、燈華は平謝りしながら、
「でも、あんまり言うこと聞かないから……」
「「そんな理由で……許されてたまるか」」
そのまま二人はその場に倒れ込んだ。
「……と、とりあえず運びます?」
ようやく店から出てきたみなもが訊く。良太は浅くため息をついた。
「まったく、しょうがないな……」
良太が悠とたまを米袋のように背中に担ぎ。そのまま三人でその場を去ろうとした――その時。
「――お前らのせいだからなァァァ!!!」
後ろから怒気をはらんだ叫び声が聞こえてきた。振り返ると、そこにいたのは顔面蒼白になった西木だった。ギョロリと西木の目がみなもを捉える。みなもがビクつく。
「お前らがおとなしくその子を差し出していれば少なくとも僕は助かったんだ! 犠牲者はお前らだけで済んだんだ!」
「……何言ってんだ? あの人」
「さあ?」
その叫びの意味を良太たちはまるで理解できなかった。ただ、それにしてはあまりにも西木の顔は狂気を帯びすぎている。叫ぶごとにつばが飛んでいるが、それを気にする様子もなく。もはや歯止めの効かなくなったみたいに目は泳ぎまくっている。
念のため、燈華は軽く周囲を見る。けれど、それらしい危険は確認できない。
「けど、お前らはそうしなかった! だから死ぬんだ! 僕も死ぬんだ!」
「いったい何で死ぬんだ!? オレたちにもわかるように教えてくれよ!」
「知るか! 僕はもう逃げる――あ、いや逃げません! コンビニに少し飲み物を買ってくるだけです! 決して逃げません! 逃げませんから!」
唐突に笑顔を貼り付けて敬語で叫び始める西木。それはまるで誰かに話しかけているようでもあったが、言葉とは裏腹に逃げるように走り出している。けれど、その様子には一つ違和感があった。
――走る西木の身体がその場からまるで動いていなかったのだ。
「許してください! コンビニ! コンビニ行くだけですから!」
走っていないわけではない。腕を振り、足を動かしている。だというのに、進んでいないのだ。違和感の正体を探ろうと良太が目を凝らすと、その答え自体は実に簡単に見つかった。
「浮いてる……す……すげェ」
西木の身体はみるみる浮き上がっていく。最初は小石程度の高さしか浮かんでいなかったが、気づけば一軒家よりも高く位置していた。
「どうなってんの……これ」
燈華が震えた声を漏らす。今目の前で起きている超常現象を理解できる人間はこの場に誰もいなかった。
「コンビニ……」
涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにした西木が戯言を漏らす。状況を理解できないながらも、目の前の彼が怯えていることだけ理解した良太はとりあえず彼を安心させようと近づきはじめる。
「お、おい。わかったからちょっと待ってろ! 今どうにかして降ろして――」
――しかし、そんな彼の眼の前で突如、西木の腹が貫かれた。
「……は?」
突然の出来事に良太は唖然とする。その後ろでは燈華、みなもが戦慄し、声を出せずにいた。
暗闇の中、目を凝らし注意深く見る。西木の腹を貫いたのは――”手”だった。
その手はやがて腹から引き抜かれる。力を失った西木の体は重力の赴くままに、地面へと落下していく。すると、西木の背後にいた存在が良太たちの前に明らかになる。
そこにいたのは黒いハットを被った、黒づくめの男。その姿は人間そのものだったが、西木の倒れた姿を前に無表情で佇んでいるのを見て、明確にヒトとは違う種族であると、良太は直感した。
目の前に現れた脅威を前に、良太の心臓は警鐘を鳴らす。そして、その警鐘は体を伝わり、たまの意識を目覚めさせた。
「……ん?」
寝ぼけた様子でたまは周囲を見回す。
「なっ――!」
が、黒づくめの男を確認するなりすぐに良太を振りほどき、その場に飛び降りた。
「おい良太! 話と違うではないか!」
「何がだよ!」
「とぼけるな! 目の前の奴が動かぬ証拠ではないか!」
たまが苦虫を噛み潰したような表情で男を睨みつける。
「――こいつは魔族だ!」
たまの叫びに男は無表情のまま口を開く。
「お前が伝説に聞くあの”御霊剣”か。思ってたより、可愛らしい姿をしているな」
「ほっとけ」
「平和ボケして女装でもハマったか?」
「ほっとけ!」
「……フッ」
「ぶっ殺すぞ貴様!!」
怒り狂うたまをなお鼻で笑う男。
「選択肢をやろう。そののびている現代勇者を俺たちに差し出せ。そうすれば、お前たちには手を出さないでいてやる」
「断る」
たまが即決するが、男は眉一つ動かさない。
「そうか。なら殺し合うしかないな」
まるで予定調和だったかのように、男は言う。
辺り一帯に緊張感が走る。首元にじわりと嫌な汗が浮かぶ。口が乾いて無意識、たまはかたずを飲む。
「ずいぶんと余裕そうだな」
「まさか。ただでさえ数の有利はそっちが上だというのに、さらに伝説様までいるのだぞ? 余裕なはずがない」
「ならばもう少し厳しそうな顔をしてみせたらどうだ?」
「ははっ。それはないな」
「なぜだ!」
「フッ――」
「――きゃあ!」
瞬間、背後から女性の叫び声が聞こえてくる。振り返った時にはそこにいたはずのみなもの姿がなくなっていた。
「上だ」
男に促されるまま空を見上げる。そこにはコウモリのような羽を生やした男二人が宙を漂っていた。奴らの一人、ゴーグルをした男の手中にはみなもの姿もある。
「ガーゴイルか……!」
たまが舌打ちする。その時、それまで無表情を貫いていたハットの男が―ー初めて顔を嬉しそうに歪ませた。
「これで人数は四対四。平等になったな」




