5話 カッコ悪い
打ち上げはライブハウスの最寄り駅、その近辺にある大衆居酒屋で行われた。店は貸切で予約されており、今日ライブをしたバンドや店の人間、熱狂的なファンが参加していた。席はテーブルと座席の二種類あり、参加者は所狭しといった具合で席に着いている。
打ち上げの乾杯がかれこれ一時間前にあり、今は会場もだいぶ出来上がっていた。
「……ったく、悠も打ち上げ行くなら行くってちゃんと言ってほしいわ。あいつは報連相がなってないんだよ、報連相が」
燈華がグラスを机に叩きつける勢いで置いてうなだれる。それを良太は「まあまあ」となだめている。
「というか、みなもちゃん高校生なのにこんな会に来ちゃって大丈夫かい? 普段こういうところ来ないだろ」
つまみの枝豆をちびちび頬張りながら良太が訊く。みなもはオレンジジュースのグラスを両手で持って飲みながら。
「はい。こういう会、あんまり来たことなかったので。それに、今日は皆さんもいますし」
そう言ってはいるが、みなもの視線はすぐさま悠のいる方に向いた。酒を飲んでいないのに、心なしか頬が赤くなっている。
みなもにつられ、たまも同じ方を見る。
悠は四人から離れた席で西木のグループと一緒に飲んでいた。その中で、悠はビールを浴びるように飲んで、イエスが神を崇拝するかのように両手を広げている。
「あいつに酒飲ませて大丈夫なのか?」
不安視するたまに、燈華が言う。
「大丈夫、あれ飲んでないから」
「なっ! あれで!?」
「よく見て。あいつさっきから口に入れるふりして全部横からこぼしてる」
「だからあいつの服、あんなにビチョビチョなのか……」
しょうもない真実にたまは呆れた。
「そこまでして何がしたいんだ、あいつは」
「……さあ、わかんない」
ぶっきらぼうに答える燈華はどこか遠くを見つめていた。
そんな彼女の横顔にたまは訊いた。
「あいつは――悠は昔からああなのか?」
「ああっていうのは?」
「えっ、あ、そうだな。なんというか……」
「ダサい? 情けない? それともカッコ悪い?」
困惑していると、燈華からそんな言葉をかけられる。
あまりに直球すぎる言葉にたまは素直に頷けない。が、そんな気遣いも燈華には筒抜けだったようで、「まあ今の悠を見ていると、そう感じるのもしょうがないよね」と、彼女は笑う。
「いつもギターを背負ってるくせにまともに練習してないし、今が勝負所だって言うくせにやることはこういう場で媚びへつらうことばっか。ほんと、カッコ悪い」
またも燈華が笑う。乾いた笑いだった。
潤いを取り戻そうと彼女が勢いよくグラスの酒を呷る。けれど今度は、グラスを力なくテーブルに置いた。
「……でもさ、昔はあんなんじゃなかったんだ」
「では、昔はどうだったのだ?」
たまが訊くと、燈華はどこか遠くを見るように答えた。
「そうだね、昔の悠は――」
☓ ☓ ☓
「ちょっとトイレ行ってきます!」
そう言ってから、どれだけ時間が経っただろう。
便器の中に顔を突っ込みながら、悠は焦燥感に駆られていた。
「早く戻らねぇと……」
西木はレコード会社の社長の息子だ。
彼に認められ、実際にメジャーデビューしているグループも何組か知っている。だからこそ、”勇者パーティ”もいち早く彼に認められる必要があると、悠は感じていた。
媚びてでもいち早く認められる必要が。
『――中身のないロック』
脳裏に浮かんでくる、かつてのバンドメンバーの言葉。
それを振り払うように何度も頭を振る。
いつまでそんな幻想に囚われている。あの時、誓ったはずだろう。
「俺のせいで……これ以上あいつらを足踏みさせるわけには……いかない」
水面に映る情けない顔に向かって、そう独り言つ。
そして立ち上がって、トイレを後にした。
席に戻ると「お、来た来た」と西木がにこやかな笑顔で悠を迎える。
「すいません、上から出したら下からも出ちゃって、遅れました」
「汚ぇなぁおい」
西木の取り巻きの一人がそう苦言を呈しつつも、ゲラゲラと笑っている。依然、盛り上がっているようで悠が安堵していると、西木が「ねえ悠くん」と声をかけてきた。
「さっきの話なんだけどさ」
「さっきの話?」
「メジャーデビューの話ね」
メジャーデビュー。その言葉に心臓が掴まれた感触を覚える。
「あれ、やってもいいよ」
「……え」
期待していた言葉は想像よりもはるかにあっさりとかけられた。あまりにあっさりすぎて、最初、悠の頭はその言葉を理解できなかった。が、ようやく頭が追いつくと姿勢を前のめりにせずにはいられなかった。
「マ、マジですか!」
「ああマジだよ大マジ」
頷く西木に、喜びを爆発させる。
「よっ――!」
「――ただし代わりにさ、みなもちゃん紹介してくれない?」
喜びの声を断絶したのもまた、西木の一声だった。
「……えっ?」
唐突に湧いてきたその条件に、とっさに返事ができない。今度は頭が言葉を理解しようとしない。脳が拒んでいる。
硬直する体。肩に西木が手を置いてくる。
「いいだろ? 僕、あの子が気になっていてね。あの子と君、長い付き合いなんだろ?」
「それは、まあそうですけど……」
「いいじゃないか。君たちはメジャーデビューができて、僕は気になる子と話ができる。WIN-WINの関係だと思うけどな」
「そ、それは……」
その時、悠の脳内にみなもを紹介するという選択肢はなかった。
けれどここで断り西木の機嫌を損なわせ、メジャーデビューが遠のいてしまうこともまた、耐えがたいことだった。
だからこそ、いかに西木の機嫌を損なわせずにみなもの紹介を断るか、その方法について必死に考え始めていた。
「……それ、俺じゃ駄目ですかね?」
「何? どういうこと?」
「いや、みなもちゃんじゃなくて、俺と付き合ったほうが良くないですか? その方が楽しいですよ」
一瞬、緊張が走る。失敗したかと、後悔しかける。
「……ふっ」
が、西木はツボにハマったようで、徐々に笑いを大きくし始める。なんとか軌道修正できたと、悠も安堵する。
「いやいや、僕は別に男が好きというわけじゃないから」
再び緊張が走る。軌道修正できているわけがなかった。
「いや、でも」
「でもじゃないよ。僕が聞いてるのはみなもちゃん紹介してメジャーデビューするか、この場から消えるか、選べるのは二択だけ」
肩に乗った西木の手に力がこもる。まるでその先の人生の顛末を握られているようだった。向けられた笑顔から感じる圧力に、悠の呼吸は浅くなる。そのせいで、酸素が脳に行き届かない。頭の中も混乱を起こす。
どうすれば、いったいどうすれば――。
――パシャン!
次の瞬間、目の前にいた西木の顔がずぶ濡れになっていた。
放心状態のまま液体の飛んできた方向を見ると、そこにはグラスを西木に向けたたまの姿があった。
「……外道が」
たまが吐き捨てる。
西木は何が起きたのかすぐ理解できず、しばらくそのままだった。が、徐々に顔は赤くなり、やがて怒号を上げた。
「何すんだてめぇ!」
西木がたまの胸ぐらを掴む。怒号が大きかったせいで周囲の人たちは二人に注目していた。「お……喧嘩か?」「というか相手、女の子じゃん」「あの男ダサすぎるでしょ」「ってか、あの女の子誰?」とヒソヒソ声が聞こえ始める。
「言われてるぞ?」
たまが鼻で笑うと、西木はさらに怒り拳を振り上げる。
「っこの!」
振り上げた拳がたまに向かってくる――が。
――次の瞬間、西木は膝を崩してその場に倒れていた。
「……へっ?」
西木は何が起きたか理解できていないようだった。どころか、西木の取り巻きにも、悠にも、その場にいたほとんどの人が何が起きたのか、まるで理解できていなかった。
おそらく、何かをしたのであろう張本人は西木を見下ろすこともせず、さっさと近くにいた悠の腕をつかみ。
「行くぞ」
「……は? おい! 待て離せ!」
「駄目だ」
そう言って歩き始めてしまう。
悠は必死に抵抗するも、たまの掴む力はあまりに強く引き剥がすこともできず、そのまま外へ連れ出されてしまった。




