4話 むかし勇者の剣、今ニート。絶賛うじうじ中
「――ラパンちゃん!!」
崖の下まで降りると、すぐそこにラパンは倒れていた。アクアは駆け寄り、ラパンの身体を抱きしめようとする。しかし触れてすぐに理解してしまった。彼女の身体はもうすでに手遅れだということに。それでも、彼女の身体を大切に抱きしめた。
「ラパンちゃん! ラパンちゃん!」
何度もその名前を呼びかける。もう彼女の耳には届いていないのかもしれない。それでも、願わずにはいられなかった。
「……アク、アちゃん」
やがてその想いが届いたのか、腕に眠るラパンが目を覚ます。「ラパンちゃん!」アクアは思わず目を見開く。溜まっていた涙が弾ける。
「ごめんね、アクアちゃん……。わたしが不甲斐ないせいで」
朦朧とした意識の中、ラパンが呟く。零れ落ちたのは懺悔だった。
「わたしがもっとちゃんとしてれば……わたしとあなたが衝突することもなかったのに」
「ラパンちゃんのせいじゃないよ! それを言ったらあたしだってもっと早く気づけてればこんなことにはならなかったのに!」
ラパンの体が冷たくなっていく。ラパンのエンジンは大破して再起不能だった。
死がラパンに迫りきている事実を認められない自分がいた。自分の体の温度を分け与えられたらと、心底思う。そんなことをしたところでエンジンが動かなければ意味などないのに。
「嫌だよぉ……ラパンちゃん死なないでよぉ……」
無意識、震えた声が口から洩れる。涙はずっと溢れ続けていた。顔だってぐしゃぐしゃだ。
そんなアクアの顔を見て、ラパンは最期、くすりとほほ笑んだ。
「大丈夫、だよ。あなたのこと、わたし、ずっと空の上で見ている……から」
抱きかかえていた彼女の体がずしりと重くなる。たまらず、アクアは叫んだ。
「ラパンちゃああああん!!!!!!!」
× × ×
「そんな、どうしてなのだ! ラパァァァァァァァァン!!」
「まーたやってるよ」
真っ暗にしていた部屋の照明が突然、灯される。
振り返るとそこには買い物帰りの燈華があきれ顔で立っていた。
「あのさ、平日の昼間から部屋に籠ってアニメずっと見るのは辞めてよ」
「違う! これは作品が悪いのだ! 吾輩は元々、車の勉強をしていたのだ!」
「伝説の剣のする言い訳とは思えないな……」
燈華は肩にかけていたエコバッグを台所のワークトップに置く。その時の音が少し大きくて、たまはビクリとした。多少なり機嫌を取り戻せる言葉を考える。
「……後一応、音楽についても軽く勉強した」
「あほんと」
たまの話を聞きながら、燈華はバッグの中から荷物をいそいそと取り出して、食材は冷蔵庫、洗剤は流しの下と、然るべきところに置いていく。ひとしきり買ってきたものを片付けると、振り返りたまに訊いた。
「それで、悠とは話したの?」
その質問にたまは「うっ……」と、わかりやすく言葉を詰まらせるものだから、燈華は思わず苦笑いした。
「してないんだ……」
☓ ☓ ☓
それは件のライブの日。
ライブハウスから出るなり、悠は一人でさっさと歩き始めた。
「おい悠! どこ行くんだよ」
良太が声をかける。悠は背中をむけたまま、
「帰るんだよ。そいついると不愉快だからな」
「ならば吾輩もついていこう」
「だから不愉快なのはお前だって言ってんだよ!」
「そんなことはわかってる」
「理解したうえでとか最悪かお前!」
たまを振り払うように悠が歩調を速める。
「いいか! とにかく俺は行かないからな! お前みたいなクソ剣といつまでも一緒にいられるか!」
☓ ☓ ☓
「……で、結局。逃げたあいつを強引に捕まえて私たちの参加する打ち上げに連れて行った挙げ句、最後は自室のドアの前で『頼むからもう関わらないでください』って本気の土下座をさせて、渋々私の家に転がり込んできた……と」
「いったいどうすればあいつと和解できるだろうか……」
「少なくともまずは悠の話を聞いてあげるところからじゃないかな」
「うっ……。まあ確かに昨日のことは吾輩も少し意固地になっていた」
「まあ昨日のは特にひどかったけどさ、今までのもそうじゃない?」
「そ、そうか?」
おずおずと聞いてくるたまに燈華は優しく教える。
「たまの話し方はただの押し付けになってるよ。知ってる? 話すっていうのは互いの意見を尊重して初めて成り立つんだよ」
「まあ、確かにそうだな……」
思えば悠以外との会話は相手の意見をすんなり受け入れられる。今だってそうだ。おそらくは、普段は意識せずとも相手の意見を聞き入れるということができているのだろう。たまは一度は納得したけれど。
「……だが、どうしてもあいつの意見だけうまく受け入れられん。あいつのつけあがる顔が無性にムカつく」
次の瞬間、露骨に嫌そうな顔に変わった。それを見て、苦笑いする燈華だった。
「とりあえず今日またライブあるからさ。そこで挑戦してみなよ」
☓ ☓ ☓
「ありがとうございましたー! これからも勇者パーティをよろしくお願いしまーす!」
最後の曲が終わり、悠が観客に呼びかけると、心地よい歓声が返ってくる。その後、迅速にステージの片付けをして裏にはけると、三人はようやく一息ついた。
「今日も盛況だったな」
「ね。固定の人たちも見かけるようになったし」
「さっき店長から聞いたけど、今日はオレたち目当てで来る人が一番多かったってよ」
「……そうか。そりゃいいな」
良太からの情報に悠はゆっくりと頷いた。
「さ、じゃあさっさと片付けして――
「待つのである!」
その時、悠の目の前、楽屋の扉前に赤髪の少女が立ちはだかる。たまだった。
「ゆ、悠よ! 少し時間をくれ! は、話をしようではないか!」
緊張気味で表情もブサイクなたまに、燈華はフッと笑う。後で怒ると、たまは内心そう決めた。
ともあれ、今は悠である。
悠はじっくりとたまのことを睨みつけてから、
「悪いなクソ剣。今日は先約があるんだ」
たまをどかして、そのまま楽屋へと入っていってしまった。
「おいちょっと待て! 吾輩の勇気を返せ!」
「伝説の剣でも人付き合いで緊張することあるんだな」
「一緒に暮らしてみてわかったけど、案外人間くさいよたまは。ドラマ見てよく泣いてるし」
「うるさい! 二人は生暖かい目で吾輩を見るんじゃない!」
遅れて楽屋の中へ。
入ってみると、そこでは悠がスーツ姿の男性と話していた。それも悠がやけにペコペコしながら。
「いやぁ悠くん、中々良い演奏するじゃない! お兄さん驚いちゃったよ!」
「ありがとうございます! そう言ってもらえて嬉しいです!」
「いやほんとに良いと思うよ? 上に掛け合えばあと一グループくらいデビューさせてもらえるかな……」
「ぜひお願いします! 西木さん!」
西木――そう呼ばれた男は社交辞令的に笑う。
「ははは。正直者は大好きだよ」
そこでふと、西木が扉を開いたまま立つたまたちの存在に気づく。
「お、全員そろったね。それじゃあ行こうか」
「どこに行くというのだ?」
「それはもちろん――打ち上げでしょ」




