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3話 ただの音楽

悠に連れられやってきたのはこじんまりとした五階建ての建物、その地下階にある店だった。

 「ここが俺たちのいつも通うライブハウスな」

 「”らいぶはうす”……とな」

 店に入ると中は薄暗くて、危険な香りが漂っていた。何となく冒険者たちの集うギルド酒場に雰囲気が近いと、剣は感じた。

 店の最奥には魔道具のようなものがそこかしこに備え付けられた舞台があり、そこはやけに存在感を放っていた。さながらこの空間の主役と主張しているかのよう。

 ……ふと、先客が一人いたことに今更気づく。

 この空間にいるにしては、あまりにきちんとしすぎている少女だった。

 見たところ歳は十代半ば。ピンク×グレーのチェックのネクタイが印象的な白のセーラー服を身にまとい、ネクタイと同じ柄のスカートの下からはスラリと伸びた脚が、お行儀よくしている。どうやら今は本を読むのに夢中のようだ。

 「おーい、みなも。おはよう」

 「……っ!!」

 悠が声をかけると、少女――みなもがシャキッと背筋を伸ばす。その時、黒の長髪がハラリと揺れる。少しの硬直の後、彼女は悠の方に向いた。

 「あ、えっと。悠先輩。おはようござ――」

 ふと、みなもと、悠の後ろにいる人物で目が合った。すると、挨拶も途中のまま、彼女はまた硬直してしまった。

 「……」

 「うん? どうした?」

 悠がみなもの顔の前で手をひらひらとさせるけれど、無反応のまま。かと思えば。

 「ゆゆゆ悠先輩。後ろの人は……?」

 「ああこいつ? こいつは――何て説明すればいいだろうな……?」

 「燈華さん! 悠先輩が説明できない関係の女と来ました!!」

 「待てその説明は誤解がある!」

 大慌てで店の奥へ向かう彼女を悠は慌てて追いかける。二人の向かう先を見ると、そこには黒いドアがあった。みなもが黒いドアの奥に入っていく。続いて悠も入ろうとドアノブに手を伸ばすと、ほぼ同時にガチャリとドアノブを回す音。次の瞬間には向こうから扉が開かれ、中から燈華が飛び出してきた。

 「あ、ほんとにいた」

 「お前ドア開ける時はもう少し落ち着きをだな」

 「ああ、ごめんごめん」

 思いの外、燈華は落ち着いている――。

 「……で、お前は人に文句を言える立場だったっけ?」

 ――わけがなかった。

 完全に目から光が消えていた。

 「とりあえず中入って」

 「いや、でもここで話し込んじゃうと他のバンドに迷惑だし……」

 「大丈夫。まだ他のバンドは来てないから」

 ニコリ、と燈華がはにかむ。

 「入って?」

 「は、はい……」

 その顔に悠も笑顔で返すしかなかった。

 

 そうして、半ば強引に引き込まれた悠はその部屋のど真ん中に正座で座らされる。周囲は燈華、みなも、そして、目の前には大男――鍛え抜かれた筋肉に黒のタンクトップ、首にはジャラジャラとチェーンの太いネックレスをした男だ――が座っている。

 もはや逃げ場などないことを悟った悠は恐る恐る床に手をつける。それから、一思いに頭を床にこすりつけた。

 「この度はわたくしの不祥事で皆様に多大なるご迷惑をおかけしましたこと、申し訳ございませんでした!!」

 それは誰がどこからどう見ても土下座だった。

 しばらく頭をこすりつける時間が続いた。やがて、悠が恐る恐る顔を上げる。大男は今も厳かな顔つきで悠を睨みつけながら、


 「いいよ!」


 力強いサムズアップで悠のことを許すのだった。

 その手を見てようやく悠は安堵の息をつく。反面、燈華は浅くため息をついた。

 「本当反省してよ。このバンド解散するの覚悟したんだから」

 「そうか? オレは大丈夫だと思ったけどな」

 「良太は楽観的すぎ」

 良太と呼ばれた大男は「ギャハハ!」とあっけらかんと笑っている。

 「とにかく、悠はしばらくお酒禁止だから」

 「それは間違いねぇ」

 「はい……」

 シュンとする悠に再度良太が笑う。その笑い声で一気に場も和んでいく。

 「そ、それで悠先輩! その後ろの女性は誰、ですか?」

 が、そんな空気もまた、みなもの質問によって張り詰めた。

 「ああ、こいつなんだけどさ。どう説明すれば一番わかりやすいかな……」

 全員からの注目が集まる中、悠が答えに窮する。その様子にいよいよ苛立ちを隠せなくなって、剣が声を上げた。

 「仕方ない。吾輩が説明してやる」

 その声に三人は素っ頓狂な声を上げた。

 「「「吾輩?」」」


      ☓  ☓  ☓


 「――で、お前どうするかな」

 それは社から一度家に帰った時のこと。

 ギターケースから剣を取り出し、代わりにギターを入れたところで、悠が腕を組んで考え始めた。

 「別に、普通に持ち運べばいいだろう?」

 「馬鹿かお前。俺が銃刀法違反で捕まるわ」

 悠に馬鹿呼ばわりされたのは誠に心外だが、なるほどどうやら現代は現代なりのルールがあるのだと、剣は一人納得した。

 「何かお前、別の姿になったりとかできないの?」

 「お主は随分と突飛なこと聞いてくるな……」

 「そう褒めるなって」

 「褒めてなどない。しかし別の姿か……まあなれないことはないな」

 「マジ? じゃあここは一つ頼むわ」

 「まあ、仕方あるまい」

 言って、剣は集中しだしたようで少し黙る。かと思えば体中から蒸気を噴き出し始めた。

 「ケホッ、ケホッ、おい煙出るなら言ってくれよ」

 その煙はなんだかほんのり汗臭さがあって、できるだけ吸わないよう悠は口元を袖で塞いだ。

 しばらくして煙が晴れてくる。すると――目の前、現れたのは赤いショートボブの素敵な可愛らしい少女だった。

 「何……お前、女の子だったの?」

 唖然とする悠に、少女は眉をひそめる。

 「いいや吾輩は男だ! 間違えるな!」

 「じゃあ何でそんな格好してるんだ? あ、すまん。今のは時代にそぐわなかったな。良いと思うぜ」

 「何がどう時代にそぐわないのかわからんが、別にこれは吾輩の趣味ではない。仕方なくなのだ」

 「仕方なく?」

 「そうだ」

 頷き、剣は説明する。

 「今吾輩が使った『変化の魔法』。これならどんな姿にもなれるが、基本的に効果は五分までしか保たないのだ。だが、唯一、この姿と剣の姿だけはその制約を受けずにいつまでもこのままでいることが可能なのだ」

 「へぇ……何だか便利な設定だな」

 「どこが便利なのだ?」

 「そらまあ……趣味の話として」

 「……! だから、吾輩に女装の趣味はない――!」


      ☓  ☓  ☓


 ……と、家を出る前の一悶着をご丁寧に全て解説したところで、燈華が確認に声をかけた。

 「つまりこの子が今朝見た御霊剣……と?」

 剣が頷く。燈華はもはやわけが分からないといった感じに気が抜けていた。

 「えっと、改めましてわたし結城みなもです。よろしくお願いします」

 対し、みなもは改めて自己紹介し、頭を下げてくる。

 「オレは宗良太だ。良太でいいぜ」

 大男もそれに続く。

 「うむ。よろしく頼む」

 剣はそれぞれの自己紹介に頷き、自身のことも軽く伝えた。

 「一応言っとくが、俺たちのバンドは俺と燈華、良太の三人な。みなもはここの店長の娘さん」

 「どうも。ここの店長の娘さんです」

 「ああどうもどうも」

 改めてみなもに会釈され、会釈し返す剣。そこのところ、無駄に丁寧である。

 「しかし悠。ばんどとは一団のことだったのか」

 「一団と言われると、何か違うような気もするけどな」

 良太が首をひねりながら、答えをひねり出す。

 「強いて言うと、家族みたいなものか?」

 「余計遠くなってない? それ」

 「ま、別になんでもいいだろ」

 「わざわざ話引き伸ばしてそんなカスみたいな結論出すな」

 悠と良太に燈華の軽いツッコミが入る。

 「それにしても驚きました。わたし、魔法を見たのは初めてです」

 みなもが感激したように言う。剣はその感想に首をかしげた。

 「いやいやそんなことはないだろう。魔法はそれこそ奴らが使うではないか」

 「奴ら?」

 「魔族に決まっているだろう」

 当然のように剣は答えたが、どうにも四人とも釈然としない様子。かと思えば、燈華が「うーん」と唸ってから。

 「そうは言っても、魔族何てもういないしね」

 「……はっ?」

 それは剣にとってあまりに想定外な答えだった。

 剣に言い聞かせるように燈華は再度言う。

 「だから、魔族はもうこの世界にいないよ。絶滅したもん」

 「それは、どういうことなのだ?」

 「まあ、私も義務教育の範囲でしか知らないんだけどさ――。一九一四年に魔族の殲滅戦争があったんだよ。それで魔族は駆逐されたんだ」

 曰く、かつては均衡状態にあった人間と魔族だが、魔族は魔法を盲信したのに対し、人類は科学技術を大きく発展させることに成功。その後、形勢はあっという間に逆転し、駆逐されたのだという。

 「そう……だったのか」

 予想もしていなかった現実に、剣は一気に脱力してしまう。

 「魔族がもう、この世にいない……」

 その姿を落ち込んでいると捉えたのか、良太が慰めるように言った。

 「だから”たま”も今の時代を楽しめばいいと思うぜ。ひとまずオレたちのライブをよ」

 「そうか……って、”たま”とは何だ。”たま”とは」

 「だって御霊剣って呼びづらいだろ?」

 「そんな腑抜けた名前、駄目に決まっているだろうが!」

 というわけで、御霊剣――改めたまと呼ばれることが決まった。

 

      ☓  ☓  ☓


 ――数時間後。

 みなもに案内され楽屋から出ると、先ほどは空っぽだった店内は人であふれていた。

 依然、部屋は薄っすらと明かりがついているくらいだが、舞台だけは讃えるように煌々と照らされている。そして、その光の中に悠、燈華、良太の三人はいた。

 舞台下からたくさんの人たちに注目されている中でも悠は特に気取ることなく、猫背のままゆっくりと話し始める。

 「どうも”勇者パーティ”です。初めてって人もよく来るって人も今日のライブ楽しんでもらえたらって思います。普段は”四人で”やってるんすけど、今日は三人でやります。よろしくお願いします」

 あいつにしては丁寧な喋り方をしているな、そう思った。

 「あと、私事なのですが、どうやら私、現代の勇者になりました。よくわからないですが、頑張ります。笑」

 冗談と捉えたのか、会場内でささやかな笑い声が起こる。たまはキレそうだった。

 「まあ前口上はこのくらいにして――


 ――さあ、”勇者”ロックで召されろ」


 突然、部屋中の明りがすべて消される。いきなりの出来事に心がざわつく。

 どこかからカン、カン、カンとホップするような小気味よい音が聞こえてくると、ホップからステップに切り替えるみたいに今度は弦を引く甲高い音が会場中に響き渡る。

 知らない曲のはずなのに、何故か心が弾みだす。それはなぜかと考えていると、弦を引く音は甲高いものだけではなく、低音のものもあったのだと気付かされる。この音が下腹部を揺さぶっていたのだ。

 次第に高まり始めていく会場内。やがて、最高潮へと達した時、打楽器を叩く音が盛大に辺り一帯に轟き、あっという間に現実の音の一切をかき消していった。

 そうして、現実を見失った観客に、悠は優しく手を伸ばす。それはさながら、現実から彼らの紡ぐ新たな世界へ誘われていくようにも見えた。そんなことはないはずなのに、悠の背後に虹のかかる草原が広がっているのが確かに見えていた。争いなど微塵も感じさせない、夢のような世界。

 強制的に高められていくテンションの中、たまは思わず呟く。

 「これは――」


      ☓  ☓  ☓


  「ただの! 音楽! ではないか!」

 演奏が終わり、悠が戻ってくるなりたまは強く怒鳴りつけた。

 「お主が魔王を倒すよりも大切なことだと言うから大人しく聞いていれば、ただの演奏ではないか! そんなものを優先するでない!」

 「あ? 人のロックをただの演奏呼ばわりすんなよ」

 怒るたまに悠は萎縮するどころか怒りをあらわにし、食ってかかる。

 「違う吾輩が言いたいのはお主の演奏に対する評価ではない! いいか悠! 魔王を倒さないと世界が終わってしまうのだ! 大好きな演奏もできなくなる! それを守るために戦えと吾輩は言っているのだ! なあ難しい話してるか吾輩!?」

 たまとしては至極当たり前のことを言っているつもりだが、悠は舌打ちする。

 「魔王魔王魔王……って。よくわかんねぇ昔話に俺を巻き込むなよ! 老害!」

 「昔話じゃない! 復活すると言っているだろ!」

 「じゃあその根拠を言えよ!」

 「吾輩が目覚めただろ!」

 「だからお前が間違えた可能性も大いにあるだろ! それ!」

 悠の反論をたまが鼻で笑う。

 「ははぁん。なるほどつまり”お前”は自分の目で見てからじゃないと行動できない愚者と、そう言いたいわけだな? はぁ、今回の勇者は本当に使えないな! ロック何てしょうもないものにも人生を賭けているし!」

 「あ? お前いまなんつった?」

 「別に? 真実を述べたまでだが?」

 「あ?」

 「あ?」

 その時、パン、と手を叩く音が響く。叩いたのは燈華だった。

 「はいはい二人ともそこまで! もうライブハウス閉めるし、何より他の人たちドン引きしているから! その話は後にして!」

 言われ周囲を見る。このライブハウスの楽屋は複数バンドで使うため、確かに二人は悪い意味で注目の的になっていた。ヒソヒソと「あの子、今どき吾輩だって……」「キャラ付けかな……」「とすると魔王ってバンドの世界観の話でもしてるのかな?」と聞こえてくる。いくら大事な話とはいえ、こんなところでやるべき話ではなかったとたまは反省する。

 悠も多少落ち着いたのか、黙々と帰り支度を再開する。

 そんな彼に、たまは最後に告げた。

 「いいか悠。確かに吾輩が間違えている可能性も否定はしないが、それでも魔王が復活する可能性があるのなら、備えておくべきだ。お主の命のためにも、仲間のためにも」

 悠は一度、動かす手を止める。

 が、すぐに。

 「黙ってろ」

 そう言って、たまの前で中指を立てた。

 「勇者が中指を立てるなァ!!!!!!!!」

 

      ☓  ☓  ☓


 「――まさか、こんなところに現れるとはな」

 夜風の強く吹くビルの屋上で、単眼鏡を覗いていた男が息を漏らす。

 男は黒の衣装を身にまとい、黒のハットを深々と被ることで、完全に夜の闇に溶け込んでいた。

 「すぐにでも殺しに行きますか?」

 男の背後、仲間の一人が質問する。

 「……いや、あれでも勇者なのは間違いない。万全を尽くしたほうがいい」

 ハットの男は単眼鏡の先――歩く四人を一人ずつ、換価するように注目していく。そして、最後の人物に焦点を合わせたとき、ニヤリと笑った。

 「いつものアレでいく」

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